《第4楽章》 月下美人への惑い
真円に近づいた漆黒の月が照らすとある博物館。その屋上に舞い降りた影が闇を一閃した。
口角を妖しげに引き上げたその影は、月を見上げて薄ら嗤うと表情を殺して呟いた。
「もうすぐ新月。それまでに見つけ出さなきゃね。皆既日食も近いし、ボヤボヤしていられない」
近日の犯行を省みて思った。狙いを絞らなかった事が敗因なのだと。
そして、『パンドラ』を狙うなら無視出来ない相手の存在を忘れていたと自嘲した。
「もう時間が残されていないのは分かってる。けれど今回は間違いないわね」
独り言だと分かっていながら呟いた。それからおもむろに天を仰いだ。
何処かで自分の声を聞いているだろう『白き怪盗』に届くように。
そしてその刹那、望んだ相手の気配が影――哀の全細胞をざわつかせた。
「どうやら来たようね。つまり『パンドラ』である可能性が一段と高くなった証拠。渡す訳にはいかないわね」
口の中で静かに宣戦布告を終えた哀は、予め手に握っていた乳白色のカプセルを飲み込んだ。
「貴女ですか? 世間を騒がす『ネームレス・シーフ』というのは。しかし…わたしを甘く見て戴いては困りますねぇ。本日は格の差を見せ付けて差し上げますよ、……名も無き怪盗さん?」
ポーカーフェイスを保ちながら片眼鏡の奥では碧い瞳が怒りを表していた。
自尊心を傷つけられた鬱憤で冷ややかさは格別だ。
風に靡く白き更衣の裾までが今のキッド……というより快斗としての心情を表しているようだった。
「いい加減こちらを向いて貰えませんか? 話題の女怪盗さんの顔を間近で――」
素直に聞き入れた『ネームレス・シーフ』が振り向いた瞬間、快斗は堪らず言葉を飲み込んでしまった。
暗闇に浮かんだその顔に、一人の少女の面影を見たからだ。
切れ長な眦に薄めの唇。そして特徴的な茶髪が快斗を混乱させた。
まさか……? そう何度も頭の中で反芻する思いを打ち消そうとした。
そんな快斗を見た女怪盗が小ばかにするように鼻を鳴らして冷たく睨んだ。
「待ってたわ、怪盗キッドさん。いえ……黒羽快斗君?」
その一言が快斗のポーカーフェイスを木っ端みじんに打ち砕いた。
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