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暗黒ダイヤのエレジィ
作:暁 神夜



《第10楽章》 幾重にも固めた決意の証


 
 寺井の躊躇い、それは単に老婆心に過ぎなかったかも知れない。幼い日から成長を見届けていた寺井にとって快斗は孫も同然、いや、それ以上の存在だった。
 半端な気持ちでパンドラに係わって欲しくない。けれど逆に、快斗の思いは痛いほど解っていた。自分もかつては従事しながら盗一の背中を追っていたのだ。
 しかし今回ばかりは黙って見送る事は出来なかった。それだけ危険を伴う事例だと自らに言い聞かせた。


「快斗坊ちゃま。寺井は先程『パンドラを封印』するようにと匂わせましたが、本心を言えば係わって欲しくないのでございます」

「はァ? だったら何で言うんだよ? あれでオレは完全に煽られちまったぜ。もう止まんねーし、最初っからそんなつもりもねーから」


 強い信念を宿した瞳で寺井を見据え、快斗はどう牽制すべきか考えた。剥製から少しだけ人間に戻った寺井が、観念したように弱々しく目線を返す。
 そして重苦しい息を長々と吐き出し、奥の部屋へと姿を消した。





 二分か三分の後、戻ってきた寺井の手には卓上金庫ぐらいの大きさの箱が抱えられていた。それを恭しく快斗に差し出すと、寺井は小さな声で呟いた。


「これも、快斗坊ちゃまがキッドを継いだ時から決まっていたのかも知れませんな。もう寺井は何も言いません。坊ちゃまの好きになさいませ」

「……寺井ちゃん、これは? まさか――!」


 目を見張って竦む快斗に、寺井が無言で頷く。虚飾に染まった蝋人形のようだった顔は、完全に血の色を滲ませていた。
 判っていたのだ。既に目の前の少年が手を借りなくても自分の足で歩いていける事を。
 九割の誇らしさと残り一割の淋しさを飲み込み、寺井は弱く微笑んでみせた。


「その箱の中には、坊ちゃまの欲する答が――。ですがくれぐれも暴走なさらないように、それだけは寺井と約束してくださいまし」

「――。わぁったよ寺井ちゃん。サンキューな? それから――」


 済まねーな、と心の中で謝罪した快斗は、即座に踵を返した。パンドラに気が逸っていたからではなく、気持ちの切り替えをしたかったからだ。
 寺井に背中を向けた快斗の表情はもはや少年のものではなかった。一瞬不敵に歪んだ口許も直ぐに引き締め、『怪盗キッド』の顔が露になる。


「じゃあな、寺井ちゃん。次に逢うまで達者でな」


 今生の別れを思わせる言葉を穏やかに落とした『キッド』は、譲り受けた箱を一度強く見据えてから脇に抱えた。
 そして闇夜に白き翼を広げ、渾身の力を脚に籠めて大地を蹴り上げた。


「快斗坊ちゃま、お気をつけて。……盗一様、どうか快斗坊ちゃまをお守りくださいまし」


 漆黒の空に消えゆく快斗の姿を飽きる事なく見送った。残された身としては無事を祈る他には何も出来ない。
 快斗が白い点になって漸く、寺井は淋しげに深い息を吐いた。



 それから間もなくの事だ。江古田の街から快斗の消息が跡絶えた。
 


 
 快斗が消息を絶ちました。寺井にもそれは解っていた事だったのでしょう。出来れば引き止めたかった思いを飲み込んだ寺井の気持ちを、実は快斗自身知っていたのだと思います。

 それでも無視するにはパンドラは重い枷のように付き纏い、快斗ばかりか哀までも飲み込もうとしています。――快斗の行き先に何が待ち受けているのか、そこでどんな事実が突き付けられるのか――!

 遂に大きく動き始めた運命の歯車、果たして事の顛末は如何に!?
 











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