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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《禍根の瞳》編

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第二話『大光司彼方のお勤め』

 百段の階段を下りながらいくつもの鳥居を潜る。空は夕景。下り終えると閑静な住宅街がすぐそこにある。アパート、古い一軒家、パッと見で裕福では無いと解る家々が立ち並んだそこを抜ける。

 駅のほうへ向かえば時間を潰せる娯楽施設が山ほどあるし、なんなら十八禁の取り扱いが緩くて殆ど年齢確認をしてこない本屋だってある。

 俺は駅のほうへ向かった。

 駅に近付くと、商店街だのビジネスビルだの雑居ビルだのが立ち並ぶようになる。建物の背が高くなり、必然的に視界は狭まっていく。

 帰宅ラッシュが始まったようだ。人ごみはピーク間近で、はちきれんばかりに人が居る。

 俺は、その人の流れの中心部、大通りへと踏み込む前に、観察し、見極める。

 幽霊だのなんだのと違い、思念体はそこら中に溢れかえっている。小さいのも含めれば三十人居ればひとつの思念体が居るくらいだ。

 女子大生の腕にブレスレットよろしく巻きついている思念体。形もブレスレットか腕時計みたいな感じ。

 小さい。無視だ。

 サラリーマンの足元に居るちわわみたいな思念体。形もちわわ。まんまるくて不気味な玉虫色をした犬っころ。

 小さい。無視だ。

 OLの背中に張り付いている人サイズの思念体。姿はのっぺりとした人型。殆ど背後霊だ。

 小さい。無視だ。

 女子高生のすぐ後ろに憑いて、女子高生と同じ速度で歩いている人の三倍くらいあるであろうサイズの思念体。うっすらと灰色がかった、足が無くて腕が異様に太い人間みたいなの。

 小さい。……小さい? いや、無理か。

 ああくそ、大きいのが居なければお勤めする必要無しと見做してなんもしないで帰るつもりだったのに、なんだよ今日は、でかいのが二体も居るぞ。実の所、人と同じ大きさの思念体って結構でかいんだよね。あの女子高生とOLはいったいどうしてあんなデカ物に付きまとわれてんの。

 別に大きさが思念体の悪性や危険度を表しているわけではない。小さくても危険で強いのもたまに居る。だが、なんにせよ弱い思念体なら一掃する術がある。だから、弱いのなら気にしなくても良い。後回しだ。

 さて、奇麗事を述べるのであればあの二人に纏わり憑いている思念体を両方相手取って両方倒すというのが理想的なのだろう。が、勿論俺はそんな事はしない。一回の戦闘では一体しか相手にしたくない。だって下手したら俺死んじゃうし。思念体ならほら、明日でも倒せるし。つーわけで片方は明日になったら頑張る。

 なら今日はどっちを倒そうか。女子高生? OL? 迷った時は相手の顔で決めよう。OLのほうは背中の思念体が重たいのか、顔色が悪い。きっと何日も苦しまされているのだろう。

 女子高生のほうは身体に纏わり憑かれているわけではないからか、顔色はさほど悪くない。
が。

「またあいつか……」

 あの女子高生には見覚えがある。つうか、クラスメートだ。同じ高校の同じクラスだ。で、確か先週もあいつ、得体の知れない思念体に纏わり憑かれてたはずだ。先週も助けてやったはずだ。顔が良かったのとナイスバディーだったためよく覚えている。名前は知らない。

「思念体に好かれてんの? まじで」

 一週間以内に新しい思念体が憑くとか、まじで薄幸過ぎる。引越し先が二件連続で幽霊物件だったのと同じくらい不幸だ。いや、まぁ、思念体に憑かれ易い環境に居るやつなら十二分に有り得る事だけどね。

「よし、決定」

 あの女子高生を救ってやろう。いや、違うよ? 顔が良いから選んだんじゃないよ? ただ純粋に、何度も思念体に憑かれる女子高生とかかわいそー、と思って助けてあげるだけなんだからねっ、勘違いしないでね!

 俺は浅く息を吸い込んで、物影に身を沈めた。

(ぜつ)

 呟くと同時に、全ての人の流れが止まった。一応割と複雑な工程があるにはあるが、大雑把に言えば、感情が存在する次元と俺の意思を接続したのだ。

 感情には時間という概念が存在しない。と、魔心導師には伝えられている。故に、時間が止まったと言うよりも、時間という概念が存在しない次元に俺が入ったと言ったほうが近い。

 ようはご都合主義と呼ばれる結界である。この時間が止まった世界で動けるのは俺と思念体だけという、超ご都合主義。しかし残念ながらこの時間停止には時間制限がある。

 魔心導師の実力にもよるが、俺では十秒間しか時間を止められないという役立たずなご都合主義だ。

 俺は駆け出した。人とぶつかろうがお構いなしに駆け、時に小さな思念体を足踏みにし、女子高生の背後に居る巨大な思念体の腕を鷲掴みにした。

 思念体が「ぶるお」と鳴いた。声のトーンからして女の思念体だ。先週は確か男の思念体だった気がするが、まぁどうでもいい。俺は思念体を投げ飛ばす。

 人の三倍はある体躯のそれは大通りの反対側まで吹き飛ぶ。俺はさらに駆けながらバットケースから木刀を取り出した。

 ビルに衝突していたそいつを殴りつけて怯ませると、首のようなところを鷲掴みにし、すぐ隣にあった路地裏へ放り込んだ。幅はギリギリ。

 基本として物質には触れない思念体だが『長年思念体が触れ続けている物質は思念体の影響を受けることで、思念体が存在している次元に近付く』ため、そうなった物質は思念体に触れられる。伸ばし続けた輪ゴムが元に戻らなくなる(さま)と結びつけてくれたらおおむねそれだ。

 この路地裏はお勤めでよく使ってるから、ここなら確実に有効だってのは事前に解っていた。

 俺もその路地裏へ入り、中で詰まっていた思念体をさらに奥へとねじ込む。

 そこで、背後から雑踏が聞こえ始める。時間停止が解けたのだ。危なかった。普通の人には思念体が視えないから、もしさっきのシーンを誰かに見られたら「一人でなにやってんのあいつ」と精神性疾患を持った人間だと思われていた事だろう。

「始まりと同時にゲームオーバー。お前弱いな、助かったぜ」

 でかさに見合わない弱さだった。出来立ての思念体だからかもしれない。こいつはただの見掛け倒しだった。まじで助かった。疲れなくて済むし。

 路地裏に引っかかったおかげで身動きの取れないそいつに感謝を込めて冷やかな笑みを送ってやった。そして木刀を突き刺すと、思念体は光の粉になって霧散(むさん)して消えた。

「はーい第一ラウンド終了」

 絶を使ったせいで乱れていた息を整えるため、二度ほど深呼吸する。

 木刀をバットケースに入れて、路地裏から出る。相変わらずの人ごみに辟易(へきえき)しつつも、この人ごみのおかげで路地裏から俺が出てきても誰も気に止めないのだから、なんとも言いがたい。

 さて、じゃあお勤めの締めとして、小さいやつらを一掃する俺TUEEEEタイムに移行するとしますかぁ。

 と意気込んだものの、しかし。

「ねぇ」

 路地裏を出て少ししてから、後ろから声をかけられた。まぁでもこれで振り向いたら実は呼ばれてたのは俺じゃなかったって落ちだろうからな、俺は振り返らずに歩く。

「ねえってば」

 歩を進める俺の背中に着いてくるように、その声は一定の距離感を保っていた。

「…………」

 俺なの俺じゃないの。解らないうちは返事しません。だって違ったら恥ずかしいし。

「呼んでるじゃん、大光司彼方」

 ついには名前を呼ばれて、肩まで掴まれてしまった。どうやら声の主は俺をお呼びらしい。

 振り向くとそこには俺の予想に沿って、しかし俺の希望に反した相手である、さっき助けたクラスメートが。

「……ん。ああ、久しぶり」

 勿論、このクラスメートは、自分に思念体が憑いていた事を自覚していないはずだし、俺が何かしたなんて事は予想だにしていないはずだ。となれば、このクラスメート様は偶然同級生を見つけたから声掛けてみたぜきゃはっ、みたいなリア充特有のノリをかましてきたのだろうと思った。

 だが違った。

「久しぶりも何も、今日も学校で会ったじゃない」

 と独り言のように呟いてから、そいつは続ける。

「あんた、さっき何かした……?」

 探るような物言い。(いぶか)しげな表情を向けられて、俺はそいつから目が離せなくなる。

 顔立ちは整っている。前から顔は良いとは思っていた。というより、顔は良いと知っていた、というべきか。こいつの顔が良い事は、おそらく周知の事実と言えるだろう。そういう、大衆的な美人に属する人間だ。

 髪は明るく、癖っ毛なのかパーマなのかよく解らんお洒落ヘアーは、自分の肩を撫でるような位置まで伸びている。

「……………」

 よく見てみても、現状で何が起きているのかを把握出来るわけではない。

「黙るってことは、ほんとになにかしたのね!?」

 訝しげな表情から一変、そいつは目を見開いて、俺の両肩を掴んできた。わー俺ってば名前も知らない女子高生に迫られてるぜうれしー。

 なわけあるか。

 結局なんなんだこの状況。

「なんの話だ」

 わけが解らずそう問うと、そいつは言った。顔をさらに近付けて、吐息も触れ合いそうなほどの距離になる。

「まさか、あんたが私の王子様だったなんて……」

「……え、いや、まじでなんの話──」

「私にとり憑いてたやつって、あんたが祓ってくれたんでしょ!?」

「…………」

 顔をさらに近付けてきたせいで、女の瞳に俺の顔が反射して見えた。

 思わず、思考が止まる。

 こいつ、今、なんて言った?

 まさか、思念体が視えてたのか? そんなわけがない。何かの間違いだ。

「あんたが、王子様だったんでしょ!?」

「ちげぇけど」

 本当に何かの間違いだった。王子様って……。もうね、キャラ付けがあからさまに間違ってる。

「いきなり肩が軽くなったの。ずっと重かった心とか肩がいきなりラクになったのよ。前にも五回くらいこういう事があって、毎回毎回、あんたらしき人影が近くにあったの!」

 まくし立てるように言われ、その言葉の渦に飲み込まれる。

 なにいってんだこいつ。え、まじで何言ってるのコミュニケーション障害者なのこいつ。日本語でおけだよ。

「否定しないってことはそうなのよね! そうなんでしょそうだと言って!」

「違うけど」

 話についていけなくても嘘を吐く。これが俺のスタイルである。

 しかし、どうやら眼の前のこの女は人の話を聞かないタイプの人間らしい。俺の肩を掴んでいたそいつの両手が離れたかと思うと、すぐさま右手を握られ、引っ張られた。

「話があるの。場所を変えましょう!」

 そして女にずるずると引き摺られる俺。え、本当に人の話聞いてないのこいつ、違うって言ってんだろ信じてくれよ。まぁ嘘なんですが……。

 俺は、いつぶりかも解らない焦りという感情に蝕まれながら、大通りを歩かされた。
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