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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《禍根の瞳》編

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第一話『大光司家のお勤め』

 魔心導師の敵、思念体――少し昔までは未浄魂(みじょうこん)と呼ばれていたらしい――は、今でこそ霊魂の一種として扱われる事で有名になったが、魔心導師が相手取る思念体はそれらとは全くの別物だ。

 人の心から産まれ、なんらかの影響を与える存在で、史実では大災害さえも引き起こしたとされている。

 だが残念な事に、ほんと、非常に、誠に遺憾なことながら、どういった何が思念体による被害なのか、殆どの人間に解らないため、思念体が引き起こす異常事態を幽霊の仕業と勘違いする者も、悪魔の祟りだと思い込む者も多い。さらに言えば、思念体による被害の多くを、これはただの運命の悪戯だと、そう断ずる者が殆どなのだ。

 なので、なら別になんもしなくて良くね? と思う俺のようや輩が現れるのは仕方ない事だとご理解頂きたい。

「兄上」

 襖を開く音と、俺を呼ぶすました声と、『魔法少女マジックリン、はっじまっるよー』という幼い声と素敵なBGMの全てが重なる。

 癒しの効果を持つ過剰なフラッシュと共に流れるアニメのオープニング。やっぱり声優が歌ってる曲はバンドとかシンガーソングライターとか歌手が歌うのとは一味違うな。社会活動という名目の惰性と建前と欺瞞に満ちた日常で汚れてしまった俺の心を、みるみる綺麗にしてくれる。

「兄上」

 部屋に踏み込んでくる小さな足音と、俺を呼ぶ少し怒った声と、『君の心をマジック☆(はいっはいっ)リンリンおーういえー』という天使のささやきよろしくの歌声が合わさる

 俺としてはこのままゴスロリコスチュームで踊り狂っている幼女を眺め続けていたいところだったが、三度(みたび)「兄上」と呼ばれ、仕方なく、ねそべったまま部屋の入り口を見た。

 そこに居たのは巫女だった。黒くて真っ直ぐな髪。瞳はさながらブラックホールのように、見据えた全てを飲み込んでしまいそうな程に深い黒だ。雪のように白い肌……はテンプレ表現過ぎるな。あれだ、ティッシュのように白い肌は、触れれば容易く破けてしまいそうなほど、繊細にキメ細かい。

 そして背は小さい、胸も小さい、幼女姿の巫女である。これこそ日本が誇る文化の融合、和服&幼女。崇高なる萌え文化のひとつと言えるだろう。ヲタクとして誇らしき妹である。

「なんだよ、春香(はるか)

 ため息混じりに問うと、春香も重たいため息を吐き返してきた。

「ため息吐くと幸せが逃げるぞ」

 そう注意すると、春香は再び、今度はわざとらしいため息を吐く。

「兄上だってため息吐いた」

「ため息を吐いたから幸せが逃げるんじゃねぇ。幸せが逃げたからため息を吐くんだ」

「…………うざ」

 つんけんさん風に言われると、その侮蔑もまた心地好く感じてしまう。これ俺もう人間として駄目でしょ、と自覚してしまった瞬間である。

 まぁそんな事はどうでもいい。俺は早くアニメを見たいから、さっさと用件を聞き出すことにした。

「で、なに」

 わざわざ俺の部屋に入ってきて、俺の至福タイムを止めてまで話しかけてきたのだ。これで「兄上の声が聞きたかっただけ」とか言い出したらまじで泣かす。そしてその泣き面を優しく抱きしめる。

 だが当然そんな機会は無い。

「今日のお勤めは」

 お勤め。すなわち、どこぞに溢れかえっている思念体の排除の事だ。

「今日のお勤めは、あー、学校でしてきた」

 勿論だが嘘である。今日の学校での俺の行動は一言では言い表せないが、強いて言うなら『ずっと寝てた』だ。表せちゃったよ。

「町の見回りは」

「今日、俺帰ってくるの遅かったろ? それはあれなんだ、下校ついでに町の見回りをしてきたからなんだ。俺はこれでも、お勤めと私生活の両立を計ってるからな」

 当然だが嘘である。確かに今日、俺が家に着いた時間はいつもより遅かった。しかしそれは単に、下校中に道端に落ちているエロ本を見つけてしまい、中を覗き込みたいと思いつつも人目が多かったため引き下がらなければならなくなり、悶々とした結果近くの本屋に立ち寄ったからだ。

「…………兄上」

 呆れたように三度ため息を吐く春香。俺は構わず、テレビ画面に視線を戻した。ついでに、見逃してしまったシーンがあったため、オープニングの終わりまで画面を巻き戻す。

「兄上。お勤め」

 くどいなぁ、やったって言ったじゃん。だから良いじゃんやらなくて。いやほんとはやってないけどさ。

 何となくイラっときたため無視して画面を見つめる。マジックリンリンはじまるぜー。

「兄上」

 うるさい妹だ。やる気の無さをアピールするため、「リンリンまじで萌えるなぁ今度ポスター買おうかな」と呟いてみる。

「兄上っ」

 ポスター本当に買いに行こうかな、今度の土日にでも。

「あにうえ」

 すん、と鼻をすする音がした。心なしか、春香の声も少しだけ震えている。マジックリンリンはまだ泣き所じゃないんだけどな。おかしいな、なんでこいつ泣いてるの?

「……あに、うえ」

 おいやべぇ、まじ泣きしてるぞこいつ。

「なんで泣くんだよ」

 仕方なく画面から目を離して聞くと、春香は瞳から零れる涙を両手で拭いながら答えた。

「むしした……。あにうえが、むししたぁ……」

 いつもの事じゃねぇか俺がお前を無視するなんて。こいつはいつになったら成長するんだよ。

「ったく、しゃぁねぇな解った解った行きますよ。三百六十五日休む事なく、俺はお勤めを果たしますよ」

 テレビ画面を停止させて、帰ってきたらすぐに見れるようにそのままにして立ち上がる。

「なんで高校行きながら毎日毎日働かないといけないんだっつの」

 頭を掻きながら、部屋の奥へ向かう。黄ばんでいるせいで何が書いてあるのか解らない掛け軸の前に、黒い木刀が立て掛けてある。俺はそれを引っ掴んだ。

 振り向いて「これでいいか」とその木刀を春香に見せ付ける。すると春香は両手をどかし、瞳に大粒の涙を溜め込みながら、唇を波の寄せ際のように歪ませながら、すん、と鼻をすすった。

「お勤めは、魔心導師の義務」

「命懸けるなんざ、今時の高校生の仕事じゃねぇなぁ」

やるって言ってんのに文句を続けるもんだから、ついつい嫌味で返してしまう。

「父上が不在の今、兄上しかお勤めできない」

「そーですねー。不在の理由が『警察にしょっぴかれた』じゃなければ、納得出来たかもなぁ」

「……しょっぱかった?」

「しょっぴかれた。なんで警察を味付けしなきゃいけないのよ」

あと、その小首を傾げる仕草やめて。まじ可愛いから。

「わたしだって毎日、お勤めしてる」

「あーそうだねそうでした。俺だけじゃなかったな、はいはい」

「なにその言い方」

 適当にあしらいながら、尼さんたる母の代わりに巫女をやっている春香の横を通り過ぎる。部屋の入り口に置いておいた野球のバットケースに木刀をぶち込んだ。

 俺の家、大光司(たいこうじ)家は、一応は寺の形をしている。大光寺という。

 去年、父親が居なくなった事で住職を失った俺の家。当時までは巫女だった母さん、こと遠子(とうこ)が尼さんになり住職の代役を勤め、そして不在となった巫女の枠に妹、春香が入った。

 俺の父親、玄十郎(げんじゅうろう)は元住職であり、思念体を排除する魔心導師である二足のわらじだったわけだが、大光司へ嫁入りしてきた母さんには思念体が視えていないため、思念体の排除のほうは、つまりは魔心導師のお役目のほうは俺が勤める事になった。父親が一人でこなしていた事であり他の魔心導師は当たり前にこなしている両立を、俺と母さんは二手に分断したという事である。

「めんどくせぇ」

 呟きながら部屋を出る。

 大光司が授かっているこの寺は、家と繋がっている。小山の上にぽつんと建てられていて、家は木々に囲まれている。下へ降りるには参道を通り、百段以上ある階段を降りなければならない。出口はひとつなのだ。

 俺はその出口へ向かう途中、境内の前を通った。

 そこで声を掛けられる。

彼方(かなた)

 大光司彼方なる俺の名前を呼んだのは、境内で仏様なのか神様なのか思念体の抽象像なのかよく解らない象に向かって座禅を組んでいる母さんだ。

「なに」

 問うと、母さんはこっちを見ないまま、

「お勤めに出るのかしら?」

 そう聞いてきた。こっち見れば一発で解るだろうに。木刀持ってるんだし。

「そーだよ」

 適当に答え、そのまま出て行こうとするが、「待ちなさい」と呼び止められる。

「私が座禅を組む姿、しっかりと目に焼き付けておきなさい」

「なに、お前死ぬの? 死亡フラグ立ててるの?」

 今までそんな事、一度も言わなかったのに。つーかそうでなくとも、目に焼き付けておけ、は死亡フラグ率が高い。

 母さんは「ふ」っと浅く笑って、悟ったような口調で言った。

「座禅を組むこの姿って、かっこいいわよね」

「座禅を組んだその姿でよくもまぁ低俗な事を」

 全国の住職さんに怒られるぞ。

 まぁ、母さんが誰に説教されようと俺には関係ない。第一、住職とかと違って本当に悟りを啓こうとする必要性は、本来なら大光司家が納める大光寺には無いのだ。なにせ、相手取っているのは神でも仏でもなく、宗教でも仏教でもなく、思念体なのだから。

「あら、低俗だなんて酷いわ。私は純粋に、沢山の人にかっこいいと思われたいだけなの。あわよくばファンが出来て、お賽銭を弾んで貰えたら嬉しいわ」

「純粋さの欠片もねぇわこいつ」

「ついでに、私の術を込めたお守りが沢山売れたら良いわねぇ、うふふ」

解脱(げだつ)したやつの格好で欲まみれな発言やめてくんない?」

「えー、でもぉ、」

「母上」

何かを言いかけた母さんを、春香が止めた。

春香はペタペタと母さんの元へ駆け寄り、そして

「兄上が酷い」

と主張する。さっきのをチクるつもりらしいが、止める必要は俺には無い。なぜなら、

「あらぁ、彼方はだいたい全部酷いわよ? 学校の成績も、態度も」

なぜならこのように、既に話は完結してるからである。酷いのは君らだよ?

「兄上、父上が警察にしょっぱかったって」

「あらぁ、そうなの? 酷いわねぇ」

「何が酷いか解ってんの? お前らそれでコミュニケーション取ったつもりなの?」

俺、全然理解出来なかったんだけど、春香の言葉。

「話がねぇなら俺は行くぞ」

 これ以上この2人を相手にしても時間の無駄だ。逃げるように家を出た。
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