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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《遭難者の行方》編

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第十話『付和雷同〜下』

「栄養失調ね」

 とは、保健室の老いぼれ先生が残していった言葉だ。出張で出かけなければならないとのことで、なんか愛野の飯を出前で取るだけ取って、職員室に届いたら適当な教師が運んできてくれるとか。なんたるビップ待遇。俺も栄養失調で倒れようかしら。教師を顎で使ってみたいです。

「無茶しすぎだぞ、愛野殿。まさかとは思うが、ダイエットか?」

 自分の発言になんの疑問も持たずにそんなことをほざく光峰。

 保健室のベットにくるまっている愛野は苦笑した。

「え、えっと、まぁ、そんなとこかしら」

 恥ずかしそうにするくらいならそんな嘘吐かなきゃ良かろうて。

 俺達の他に保健室を使っている生徒が居ないため、俺は隣のベッドを椅子代わりにした。

「愛野殿にダイエットが要るとは思えんが……」

「青衣ちゃんは細身だもんね。私、贅肉が……」

「いや、愛野殿は安産型だろう。ちなみに私は鍛えているから細身に見えるだけだ。肩幅が広くなってしまっているため、比較して胸が小さく見えるだけであり決して胸部が貧困なわけではない。確かに安産型とは言えない臀部ではあるもののこれとて肩幅との比較で細く見えるだけでちゃんと着くべき肉は着いて」

「お前が肩幅コンプレックスなのはよく解った」

 言っておくけど、お前そこまで肩幅広いわけじゃないから、そんなに気にしなくて良いと思うよ? まぁつまり比較して胸もケツも細いってことになるんだが、なんにせようちの春香よりはマシです。

「き、さ、ま……」

 ぷるぷると震えながら俺を睨む光峰。俺としてはお前に女としての尊厳が残ってるってことが震え上がるほど驚愕の事実なわけで、さらに言えば俺はこいつらの身体を生で視たことがあるってわけじゃなくすなわち未確認で進行形なので会話には入れまい。だからそんなことはどうでもいい。

「いつから食ってないんだ」

 問うと、愛野は「えっと」と少し考えてから答えた。

「一昨日、かな? 青衣ちゃんのスレンダーを見たら憧れちゃって」

「愛野殿……」

「光峰。それは色んなところが嘘だから感激すんのやめとけ」

「き、さ、ま……」

 ぷるぷると震えて会話がループしてるからその反応は無視した。

「少なくとも早食いだのなんだので俺んとこに来るようになった今週始めくらいからは殆ど食ってねぇな。理由は神田川か」

「……それは、」

「そういえば」

 愛野がなんか言い訳しようとしてたから、誤魔化される前に先手を打つ。

「御藍のおっさんと会った時、お前と思念共鳴しようとした時、出来なかったな。あん時お前、神田川のこと考えてたんだろ」

 まぁそりゃ自然なことだ。なにせあの時は、神田川から逃げるため、神田川を牽制するため、という名目で友達に薦められた事を、本当はやりたくなかったが仕方なく行っただけなのだから。

 そんな状態で罪悪感を抱くなってほうが、普通の人間なら無理な話。クズたる俺だから気付くのが遅れた。そんだけだ。

「…………ごめん」

 そう言って愛野は、布団を口元まで被った。ちょうど昔のほ○けー手術の宣伝みたいな感じ。

 愛野のあだ名をメンヘラにしてやろうかと一瞬本気で考えたが、それは本当のメンヘラさんに失礼だろう。多分愛野ほどめんどくさい女はそういない。少なくとも俺の経験上は居ない。まぁ、俺の経験上では愛野以外の友達データが無いわけですが、なにか?

 とにかく愛野はめんどくさい。それでも友達で居てくれますか? 無理です。ってくらいめんどくさい。

「なんでそうまで他人の心配すんだ」

 問うと、愛野は布団で口元を隠したまま言った。

「……友達だったのよ。ちゃんと、友達だったの」

「……そうかい」

 そういえば以前、俺に向かっても言ってたか。友達だから心配して当然、と。

「あんだけの目に遭わされて、それでも友達として扱うってか?」

 そんなに広い心でもないだろうに。

 そんなに広い心じゃないからこそ苦しんだんだろうに。

 いや、愛野は心は広いのか。だから俺みたいなやつとも普通に話せてる。だが実力が伴っていない。拾い上げるための器が足りない。心と現実に差異があるんだ、こいつは。

 広い心と弱い器。相性としては最悪か。

「一年の時、同じクラスだった時は、よく話してたの。良い人なのよ。それは絶対。ただちょっと、都合が悪かったっていうか……」

「良い人? 自分が告白したせいで告白した相手が苛められてるって時になんもしなかったやつが、お前にゃ良い人に見えるってか? それなら確かに俺が善人に見えるのも無理ねぇわな」

 嫌味を込めると、愛野は勢いよく布団をはがした。

 しかし、その勢いには見合わない消え入りそうな声で言う。

「それでも、本当に良い人だったの。学級委員を決める時も、中学が一緒だったっていう人が無理矢理推薦して、それを『仕方ないな』って笑って受け入れたり、頼まれたことはなんでもやったり、その、クラスで孤立してる人にだって、分け隔てなく声をかけてたり……」

 ほう、つまり俺も神田川と一年の時に同じクラスだったら声を掛けられてたのかね。

「だから皆が神田川君に期待して、神田川君はその期待になんとか応えようとしてくれてて……だから、だから神田川君は、間違いなく、良い人なの……」

 まぁそりゃそうなるわな。

 力があるから求められる。求められるから応える。応えるからまた求められる。

 神田川はそれを、どう思いながらこなしていたのだろうか。

「それなのに、こんな状況になっちゃって……私、どうしたら良かったの……?」

 それは問いではなく、自責だった。

 どうしようもなかった自分を、何も出来なかった自分を、結果的に被害を神田川に押し付ける形になってしまった自分を、愛野は責めているのだ。

 そうしてしまった事に自分は無関係で居られないから、あのトカゲの被害から開放されたはずの愛野は、今もなお苦しんでいる。

 友達だから心配だと。

 なら、友達の定義は? 基準は?

 俺なんぞには解らない自問。

 そういえば、さっきばっか国語の授業で、自殺においやった相手を『友人』と書き記した物語をやったか。

 自殺においやってなお友人を語れるのなら、愛野は神田川を友達だと言えるだろう。

 友達なら、心配するものなのらしい。となれば愛野が神田川の心配をするのは自然なことだ。

 なら、俺はどうだ?

 俺は愛野と友達らしい。

 友達なら、心配するものなのらしい。

 となれば俺が愛野の心配をするのは、むしろ義務と言えるだろう。

 神田川の心配を続ければ愛野が苦しみ続けるというのなら、それはきっと、俺も手を尽くさなければならないことなのだろう。

「助けたいか」

 と、俺は訪ねた。

 すると愛野は数秒黙って、そして小さく答える。

「…………うん」

「解った」

「ま、待て、大光司彼方」

 俺が頷くと、光峰が制止してきた。

「貴様はさっき、それはリスクが高すぎると、殆ど不可能だと、そう言ったではないか。私とてなんとかしたいとは思うが、それは危険過ぎるのではないか? 遺憾なことながら私は、さっきの貴様の言論に、納得してしまっているのだぞ」

 とのこと。

 確かに俺は無理だと言った。持論を述べて諦めようと提案した。

 だが、

「お前の言う通り、俺は底意地が悪くて捻くれてるからな」

 そこで言葉を切って、若干楽しくなって笑いながら言う。

「俺の持論はよく曲がるんだわ」

 助ける理由なら愛野が示した。

 俺が掲げた助けない理由。

 愛野が述べた助ける理由。

 天秤に載せられたそのふたつに、加味すべきものは可能性。

 成功する確率を少しでも上げる方法。

 俺の言葉がよく解らなかったからか、二人は黙っていた。黙ってるなら話は早い。さっさと次へ進もう。

「光峰。おっさんの協力をなんとしてでも漕ぎ付けろ。お勤めは明日決行。俺達が遠足行ってる間に、御藍のおっさんには学校に残ってるであろう分体を処理させる」

「ふ、ふむ……?」

「明日は土曜で、しかも遠足だから、殆どの人間が学校には居ない。そこにプラスで春香も手伝わせる。春香が認識妨害使えば、校舎内には簡単に入れるだろ」

 春香は中学生だから、俺達の遠足とは関係なく普通に休みのはずだ。だからこれは難しくないだろう。

「これだけで分体のほうは片がつく。問題は母体のほうだ」

「そ、そうだ。学年中の注目を集めながら二十五秒以内に倒せる敵とは、正直思えない。思えなくなってしまった」

 その心境の変化は、昨日分体と戦ったが故だろう。そしてそれは俺も同じ。あのトカゲは、愛野の時よりも強くなっていると思っていいだろう。単純に考えるだけでも、あの時の強さプラス分離思念体が合体しているのだ。弱くなっていることはまずないはず。

 それなら、俺達が考えるべきことはふたつ。

 すなわち、二十五秒という枠を取り外す方法。

 そして、全員の注目を集めた上で誰にも見られることなく戦う方法。

「方法があるのか?」

「協力者が協力すんならな」

「それは、お父様と春香殿のことだろう?」

「いいや、それだけなわけないだろ」

 光峰とのやり取りを半端に切り上げ、俺は愛野を見た。

 俺と目が合ってきょとんと首を傾げる。平和ぼけしたようなその仕草が、この言葉でどうなるか見物だ。

「愛野、今日と明日はちゃんと飯を食っとけよ。無理矢理詰め込んで来い」

 二人揃って眉を潜めている愛野と光峰を交互に見てから、俺は言う。



「んでお前、明日の遠足で遭難しろ」



 俺の予想をずっと上回る速度で、愛野の顔は見る見る青くなっていった。
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