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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《遭難者の行方》編

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第九話『付和雷同~中』

 分離思念体は、思念体の中でも指折りで複雑な思念体らしい。ただ戦えばいいのではなく、かといってただ本人を説得すれば消えるものでもない。

 分離思念体はその名の通り分離した思念体で、基本的にはふたつでひとつの思念体だとのこと。

 母さん曰く、分体と母体に分かれており、そのどっちか一方を倒しただけではすぐに復活してしまうとのこと。だから、昨日倒したはずの神田川弘毅の姿をした思念体は今日も元気に現れた。

 同時に倒す。これが、分離思念体の対処法。

 その同時、というのは解釈が曖昧で、多少時間差があってもどちらか一方が復活する前にもう一方を排除してしまえば、それで済むらしい。

 母体は分体を呼び寄せる。分体が母体に触れたら発生源が消える、という工程があるとのことで、すなわち母体は、発生源のすぐ傍に居る、と。

 発生源のすぐ傍に居る思念体。神田川弘毅のすぐ近くに居る思念体。

 あのトカゲだ。

 あのトカゲの形をした思念体は、色んなもんの集合体だ。学校中から寄せ集められて合体したもんだ。

 見た目からして直接戦えば苦戦必至のあいつが母体だろう。

 あのトカゲと、触れただけで消されかねない危険度の高い思念体を、同時に倒さなければならない。しかも、人目の多い学校で、か、放課後の神田川をストーカーして、だ。神田川をストーキングして、人気の無いところに来たら絶して始末? 二十五秒以内に排除出来る思念体か? まぁ可不可は措いておくにしろ、それで済むのはあれがただの分離思念体だった場合だけだ。

 今は状況が複雑すぎる。

 あのトカゲは色んなもんの集合体だ。愛野の時と同じようにしなければならないと考えるべきだ。愛野の時と同じ思念体であると仮定すべきだ。

 だとしたら、愛野の時のように、学校中の生徒達の注目と感情を集めて一掃する、という手段を取らなければならないだろう。そうしなければ一時的に分散してまた新しく作られてしまう。

「…………」

 母さんとの通話を終え、一人でそこまで考えて、そして思考を放棄した。

「どうだった」

 と、ずっと静かに待っていた光峰が聞いてくる。が、俺はそれに答えず、頭を掻いた。

 学年中の注目を集めた状態で、しかも他の生徒達には思念体と戦っている事を悟らせないように、なおかつ強力な二体の思念体と同時に戦わなければならない。

 アホか。無理だっつの。

 だから俺は降参がてら両手を上げた。

「神田川弘毅は諦めよう」

 その提案に対する返答は沈黙だった。

 顔を上げて光峰を見ると、光峰は怪訝そうに眉を潜めている。「どういうことだ」とその視線が語っている。

「結論から言えば、あの思念体が神田川本人のところまで辿り着いた時、神田川弘毅は物理的に消える」

「なっ……!」

 驚く光峰を無視して説明を続けた。

「対処法は極めて単純明快。あの思念体は一対になってて片方を倒すだけじゃそのうちすぐに復活しちまうらしい。俺らがやるべきことは神田川本人に憑いてるトカゲみてぇな思念体と、神田川弘毅の姿をした思念体を同時に倒せばいい。そんだけだ」

 だが、と、俺はそのまま続けようとして、しかし思わず溜息を間に挟んだ。

「あのトカゲの思念体は、学年中の色んな想いの集合体。そういう都合があって、学年中の注目を集めてる状態で倒さんと復活する。……だから俺らは、学年の皆に見られている中で、二体の思念体を倒さなきゃならんってわけだ」

 そこまで言うと、光峰も半口開けて呆然としていた。ほんと無理ゲーだよな。ゲームとかやらなそうな光峰でも、無理ゲーだクソゲーだとすぐに解るだろう。

「どうしてもなんとかしたいってんなら、御藍のおっさんの協力を仰ぐしかねぇわな。とりあえず学年中のほぼ皆が神田川の事を考える状態を俺達で作り出して、一分以上も時間を止められるおっさんに時間を止めてもらって、そんで三人で倒す」

 だがクリアーしなければならない問題はまだある。

「あの思念体のペース的に今日明日中にそれを実行せにゃならん。が、御藍のおっさんは光峰が管轄してる範囲以外に明智の管轄にも手ぇ出してるらしいじゃねぇか」

 こういう話をする時のくせで、どうも嫌味ったらしい口調になってしまった。だが今は気にする必要は無いだろう。なにせこれは、殆ど嫌味と変わらないのだから。

「……出来ると思うか?」

 しばし黙った光峰。考えてるのか絶望してるのかよく解らない表情で数秒固まって、ようやく動いた唇が紡いだのは、

「緊急事態だ。やらなければならんだろう」

 なんていう堅苦しく凝り固まった台詞だった。

「残念ながら何ひとつとして緊急じゃねぇんだわ。俺達魔心導師は一般市民様を守らなきゃならん立場だが、それは前提として守れる範囲でなきゃならん。全員を完璧に救うことは前提になってない、つーか出来ないだろ。そんで神田川はもはや守れる範囲から逸脱した。これが、神田川を見捨てる理由だ」

 言外に、ほら、神田川を見捨てない理由を提示してみろ、と告げるような視線を送る。ただ睨んだだけとも言える。

 萎縮したのか言葉が見当たらないのか、唇を噛んで制服のスカートの裾を握り締めた光峰は、それでも無理矢理言葉を吐き出す。

「やってみなければ、解らないだろう」

「失敗のリスクがでかすぎる」

 時間差無しでツッコミを入れる。

 失敗のリスクとはすなわち、学年の連中に俺達が魔心導師であると露見してしまうことだ。

 愛野には教えていないが、魔心導師が表立って活躍していない理由の最たるものとして、思念体という存在が一般人に広く知れ渡る事が危険だから、というのがある。

 思念体という力があると知れば、それをなんとか悪用しようとする連中が絶対に現れる。悪用に限らず、活用したいと望むものが続出する。

 しかし思念体は人間にコントロール出来るものじゃない。必ずどこかで調整を間違えて暴走する。例えば夢を諦めようとしてそういう思念体を作り上げた冬月が、間違えて迷い続ける思念体を生み出してしまったように、予定外で想定外の力が流出するだろう。

 そうなれば多分、世界が破滅する。

 これが失敗のリスク。

 それだけではない。半端な力と知識と覚悟では、挑んではいけない物だって存在している。そのことを俺は、経験則でもって理解している。嫌というほど思い知らされている。

 解決しようとして悪化させる。無能な働き者は邪魔なだけ、とはよく言ったものだ。失敗するリスクを考えれば、諦めるほうが有意義な場合が多々ある。

「成功する可能性だって、無いわけではないだろう……」

 力の籠もらない声での光峰の反発。もはや抵抗とは呼べない、ただの我が儘だ。

 駄々を()ねるような光峰の有り様に対し、俺の返答は必要以上に力が籠もっていた。

「その可能性さんとやらは俺達の味方か?」

 説得、というには毒々しい口調になってしまった。取り繕おうとも思えない。俺がクズだからそこはもはやご愛嬌だ。

 だが、取り直す必要があるとは思わない。

 可能性は味方じゃない。失敗する確率のほうが圧倒的に高い現状においては、可能性は敵であると前提に置いたほうが良いだろう。

 きっと、ちゃんと頭を捻れば、本当に賢いやつが思案すれば、その可能性さんとやらが味方に着くような策も練れるのだろう。だが現状、そんなやつはここには居ない。光峰だってそうだ。

「貴様は、助けたいとは、思わないのか……」

 まだ続けんのかよこいつは。

「御藍のおっさんに協力させれば可能性はゼロじゃなくなるだろうな。それが出来ないなら可能性はゼロだ。おっさんの協力は必須だろう」

「…………」

「残念だったなぁ、修行っつう名目でこっちに来て、最初にぶち当たったちゃんとしたお勤めは、助けを請わなけれりゃ解決不可でしたと。随分惨めじゃねぇか」

 俺だったら根を上げてなにもかも放り出す。そうしないだけでもまぁ光峰は立派なのだろうが、立派になるには惨めになる必要もある。それはおそらく、失敗と同義だ。

 挑めど敗色。逃げれば論外。解決したとて勝利にはならない。言ってしまえば、この世界にはよくある話だ。処理しなければならないが、処理したところでメリットはなく、けれど何を選んだところで確実にダメージを与えていく。そういう出来事。そういう運命。

 同情はする。

 同情代わりに策を講じてみる。

 今、俺が考えうる最良の作戦は、光峰は今から学校をサボって御藍のおっさんをここへ連れてきて、その間に俺は血鎖で学校内にあるあらゆる物を武器に変える。

 んで、御藍のおっさんが絶してる間に、光峰はドッペルゲンガーが本体に近付かないように護衛し、俺が怒涛の雪崩れ攻撃で二体を同時に攻撃する。今日の放課後まで待った状態なら、おそらく同時攻撃が可能な程度には近付いているだろう。

 取りこぼした分を、もしくは相手が弱ったところを、御藍のおっさんが攻撃。始末。

 おそらくこれが、現在考えうる中で最も安全で確実な対処法。むしろこれ以外の戦い方なんてあんのか? ってくらいだ。

 だがまぁそんなことをすれば、学校中が大惨事になるだろうな、俺の攻撃で。

 勝率が低く、ハイリスク。さっき光峰も言っていたが、お勤めの最中で連絡が取れない御藍のおっさんを、放課後までに捕まえられることを前提にした、無いものねだりの作戦。当然だが、作戦だなんて言えない。これは一種の夢物語だ。なら、言葉にしないほうが良かろうて。言えないなら、黙る他にない。

 そうして光峰も黙った時だった。

 静寂が訪れるはずだったその階段に、物音が響く。階下すぐそこから。

 見ると、目を見開いて動揺している愛野が居た。

「……なんで居る」

 友達と飯を食ってたはずだ。俺は母さんと話して光峰と話してって順を追ったから多少の時間が掛かったが、それにしたって、昼食を済ませるには心もとない時間だろう。

 が、

「ご飯食べ終わって、その、神田川君の友達がまた来たから、逃げてくるついでに、二人を探して……雨も降ってきたし、ここかなって」

「っち」

 なんだいつぞやも聞いた話だな。しかも神田川の名前がまた出てきた。どんだけ時の人なんだよ神田川。つーかやっぱ愛野、早食いにも程があるだろ。

「どこから聞いてた」

 顔色からして、核心は聞いてるだろう。

 愛野は答えた。

「神田川君は諦めよう、くらいから」

 重々しい口調。震えた唇。

 助ける助けないの話をしてるって時に、人間関係の取捨選択が出来ない人間のおでまし。タイミングとしては最悪だ。

「なら話は早い。そういうこった。神田川弘毅を助けるのは極めて難しい。だから見捨てる予定で事を進めるが、あらかじめ言っとく。お前は悪くない」

「…………」

 沈黙。

 愛野も光峰も何も言わない。

 だから俺が言葉を紡いだ。

「愛野。お前には関わった人間全てを助ける力なんざ無いってことを自覚しろ。誰だってそんな力は持ってねぇ。それを忘れてなにもかも助けたいと思うのは高慢だ。この状況下に言い換えれば、今もなお神田川の心配をする事が既に高慢って言えるだろうな」

 最低のクズ理論。こんな状況下で悪態として毒づく俺は、多分欺瞞か何かだろう。

 もしくは、助けたいとすら思わない、助けられない事になんの悔いも感じない怠慢。

 なんにせよ、七つの大罪とやらには触れるらしい。

「貴様は、少しくらい言い方を選べ」

 と、光峰が震えた声で言った。怒っているようだ。憤怒。これも大罪のひとつか。

 いや、今更大罪を並べるのも馬鹿馬鹿しい。犯したところで誰も罰しない程度の罪なら、犯しても許されるのなら、それはもはや罪とは言えない。

 そう、もしも罪でないのなら、だからこそ

「お前は悪くない。お前が心配してやる必要は微塵も無い」

 そのはずだ。そうでなければおかしいはずだ。

「…………うん」

 と、愛野は小さく頷いた。頷いてそのまま俯いた。下げた頭を上げようとせず、気付けばそこにしゃがみ込んだ。

「人間関係の、取捨選択、だよね」

 自分に言い聞かせるように、弱々しく呟く。パーマ髪を握るその手は、縋る藁でも求めているかのようだった。

「愛野殿?」「……おい、愛野」

 俺と光峰が同時に言っていた。核心を避けるような曖昧な物言いだが、愛野には何が言いたいのは伝わったらしく、髪をくしゃっている反対の手を上げてから「平気平気」と口にした。

 が、その言葉が平気じゃない証拠と言えよう。「平気か?」とも「大丈夫か」とも聞いていないのに平気だと答えるのは、平気じゃない時だけだ。

 俺は舌打ち様に立ち上がる。

「保健室行くぞ、立てるか」

 しゃがみ込んでいる愛野の前に立つと、愛野は「当たり前よ」と言ってからゆっくり立ち上がり、そしてすぐに体勢を崩す。

 ここで間一髪に紛れ込んで胸のひとつでも揉んでやればラブコメの始まりにもなっただろうが、如何せん倒れる事が事前に解っていたため、普通に受け止めてしまった。

 片腕で支える愛野の背中。制服越しに伝わってくる脱力感と熱。

 風邪? 違う。

 倒れた理由さえすぐに見当が着いたのだからラブコメ風なんて演じれるわけがない。

「光峰、こいつを運ぶぞ。手伝え」

「わ、解った」

 二人掛かりで愛野を支えながら保健室へ誘導する。その気になれば一人でも負ぶって運べただろうが、そうしなかったのはそれが目立ちすぎるからだ。学校中からの嫌われ者である俺に介抱されたとあっては、せっかく回復しつつあった愛野の人間関係が崩れかねない。

 人間関係に悩んだ愛野。

 取捨選択が出来ない弱い人間。

 こいつはきっと、神田川を切り捨てたと口に出して言っておきながら、心の中ではそれが出来なかったのだろう。

 俺に言われたから表では神田川を見捨てたが、心だけはそれを許せなかったのだ。

 その付和雷同の代償だろう。愛野はここ数日、少なくともこの一週間、ちゃんと飯を食っていない。
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