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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《遭難者の行方》編

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第七話『暗き眼光』

 算段としては、校舎内では余計なことはせず、放課後に校門付近で神田川を待つ、という事にした。学校で発生した思念体を学校の外で倒したところで大した意味を成さない場合が多く、また明日登校した時には戻っているイタチごっこになる可能性も否定できない。

 すっげぇめんどくさいが、ようは愛野の時と同じように、せっかく倒したのにまたすぐに新しい思念体が憑く、という可能性もあるし、排除するなら根本を解決しなければならないタイプの思念体も居る。

 そういう面ではね、学校ってほんとに特殊なんです。だから俺は学校が嫌いだ! 間違えた。そんな理由が無くても俺、学校は嫌いだったわ。

「とりあえず武器になりそうなもんを用意しとくか」

 放課後になり教室を出て、独り言のつもりで呟いた。のだが、

「私の札を貸すが?」

 と、後ろに着いてきた光峰が言ってきた。周りの生徒達には聞かれないように小声でのやり取りだ。

「残念ながら俺は固定詠唱を使えないからな」

 と適当に返すと、後ろの光峰は「なんだと?」と訝しむように言った。

「固定詠唱を使えない? ならばどうやって思念体を排除しているんだ」

「肉弾戦と即興詠唱。固定詠唱は命鐘と血鎖くらいだ」

 固定詠唱ってのは、ようは御藍のおっさんが使ってたようなやつや血鎖や命鐘のように詠唱が決まってる術のことで、即興詠唱と違って効果が安定してる。

 俺の即興詠唱はその場その場で状況だの効果だのを変えて、良く言えば臨機応変に攻撃を変化させるスタイル。対して固定詠唱ってのは、即興詠唱のように臨機応変に変化させるまでもなく色んな思念体に有効な攻撃手段だ。

 一般的な魔心導師は固定詠唱を軸にして戦うらしいが、俺としちゃ即興のほうが肌に合うし、なにより固定詠唱は覚えるのがめんどくさい。

「即興……? 対話というやつか」

「まぁな」

 説明がめんどうだから適当に相槌を打った。歴史を遡れば説明出来なくもないだろうが、残念ながら俺は俺だ。魔心導師の歴史をちゃんと知ってるわけじゃない。いつしか母さんが愛野に教えた通りの、おおまかに砕いて砕きまくって木っ端微塵になったような流れしか知らない。

 ただ、即興の詠唱は思念体との対話と同義だ、みたいな事を、親父が言っていた気がする。

 振り向いて光峰のほうを見ると、小声過ぎて聞こえなかったのか、光峰の隣に居た愛野はなんともなさそうに辺りをキョロキョロしている。そこはかとなく顔色が悪いのは、神田川の心配をしているせいだろう。自分を苦しめていたやつに気を遣うなんて、こいつも大概苦労が絶えない。

「そういうお前の戦闘スタイルは」

 興味こそ無いが念のため、階段を降りきったところで聞いてみた。周りに生徒が居ないことを確認した上で光峰を見る。一応これから一緒に戦うってんなら、知っておくのは義務だろう。義務なのは中学までの教育だけで充分だってのに。

「風林火山を元に組み立てた固定詠唱の、風と山だ」

 俺と同じ段まで降りて立ち止まってから、どこか誇らしげに胸を張る光峰。張る胸なんてそう無いくせに……と思ったが、張ってみると意外とあるのか? Cくらい……いや、パッドだな。本物と偽乳を見分ける力なんざ俺には無いが、こいつがでかいのは、なんか気に食わない。

「効果は?」

「風が近距離攻撃。山は盾、というか結界だな」

「さいで」

 そういや御藍のおっさんが風を使ってたけか。昔は散々聞かされたと思うが、まぁ覚えてないもんは仕方ない。

「ならこうだ。まずは俺が絶して突っ込む。したらお前は山で思念体を閉じ込めろ。逃げられちゃめんどうだからな。んで、十秒ありゃ動きが鈍る程度には痛めつけられるだろうから、俺の絶が切れ次第、お前が絶して風でぶっこめ。動きさえ鈍ってりゃ、留めなんざ簡単だろう」

 そんで、と、一旦切ってから続ける。

「すぐには絶を解かないでぎりぎりまで時間を止めてろ。排除が終わっても、目撃者防止のためにちゃんと発動時の立ち位置に戻ってから時間を戻せ。いいな」

「…………」

「おい、返事もできねぇのかてめぇは」

 俺の説明に唖然としてやがった光峰は「ああ、いや、すまん」と罰が悪そうに気を取り直し、

「貴様がそうちゃんと考えているとは思わなかった」

 などとほざきやがった。

「あ?」

「ねぇ、やっぱりさっきから内緒話してるわよね」

「うっせぇしてねぇよ」

 いきなり話に入ってきた愛野を適当にあしらい、ごまかすために歩を再開する。

「で、なんださっき妙に失礼な事を言われた気がすんだが?」

「気を悪くしたのなら謝る。悪意があったわけではなく、いや、貴様は授業中に寝ているようだったから、放課後のお勤めのことなどどうでもいいと考えているのかと思ったのだ。だから驚いた」

「あっ、やっぱり内緒話してたんじゃない! ていうか二人の顔、さっきから近いし!」

「内緒になんかしてねぇよ。お前が聞き逃してただけだ」

 顔が近いからどうした。別に光峰の吐息が耳にかかったところで興奮なんてしねぇよ、俺はそんな思春期病みたいなのにかかっちゃいねぇ。妹の春香だったら興奮したかもしれないから、別にあーだこーだ言うつもりは無いけどな。俺は健全に病気なだけだ。もうわけわからん。

 とりあえず指摘されて直す、というのはクズたる俺に相応しくない行動だろうと思い特に反応しないように心がけたが、光峰のほうが「な、違うぞ愛野殿!」と慌てて離れたから、そもそも俺がどうこうする必要が無かった。

 下駄箱の近くまで来ると、流石に生徒達が何人か居た。帰りのホームルームが早めに終わったおかげで下校ラッシュに巻き込まれずに済んだのは幸いと言えるだろう。

「で、さっきの作戦で文句はねぇな?」

「構わない。それで行こう」

 光峰の了承は得た。

 まぁ作戦だなんだ言ったが実際は今適当に流れを考えただけだから、作戦なんて呼べるほど立派なもんじゃない。

 それに、それで構わないはずだ。なにせ俺の見立てでは、神田川弘毅の思念体は既に消えているんだから。

 事実。

「愛野。待て」

 俺や光峰の後ろに並んでいた愛野を止まらせる。丁度下駄箱に辿り着いたところで、だ。

 俺達の標的、神田川弘毅は、昇降口に立っていた。昇降口に立って下駄箱を見ている。誰か待っているのだろう。その視線はこちらへは向いていないが、それでも今の状態で、神田川と愛野が鉢合わせるのは避けたほうが良いはずだ。

 神田川弘毅。

 一人でそこに立ち尽くし、ただ下駄箱を見つめる男子。

 その背中にも、隣にも、思念体なんてひとつも憑いていない。

 これで、光峰の見間違いだったことが判明した。

「どうやら俺が正しかったみてぇだな」

 と嫌味を言ってやると、光峰は「ふむ」と顎に手を当て、神田川のほうを睨みながら、

「……正面から顔を見るのは初めてなのだが、あれが神田川弘毅で間違いないのか?」

 念のための確認だろう。だが、そこまで深く疑っているというわけでも無いらしく、俺が「そうだよ」と言ってやるだけで、

「そのようだな」

 と、簡単に答えた。腑に落ちなくとも一件落着。神田川の思念体が消えているという揺らがない事実がある以上、納得するしかなかろうて。

「え、神田川君、居るの?」

 俺の合図で下駄箱の陰に立っていた愛野が、ひょっこりひっそりと顔を出した。

 まぁ、鉢合わせさえしなければ、一方的に確認するだけなら問題は無いはずだ。

「神田川君、どこよ」

「居るだろ。昇降口。出入り口んとこだ」

「…………」

 顔を出して覗き込もうとしてるはずの愛野は、しかしそこで黙り込む。現状で俺には愛野の後頭部しか見えてないため表情は確認出来ないが、数秒間ほど出入り口とにらめっこをした愛野は振り向くと、怪訝そうな面持ちを浮かべていた。

「どこ?」

「…………」「…………」

 愛野の態度に、俺は思わず光峰を見た。すると光峰も似たような事を思ったらしく、目が合う。ああ、こんなやつと以心伝心とか、偶然であろうと気分が悪いな。

 が、今は気分なんかよりも優先すべき事がある。

 俺は自嘲した。

「どうやら俺が間違えてたみてぇだ」

 素直に認めざるを得ない。

 が。

「いや、私も見逃してしまったからな。文句を言える立場では無い」

 なんだ、意外と理解力あるじゃねぇの光峰さんよ。文句のひとつでも言われたら機嫌損ねたふりして帰るつもりだったが、そうならないなら仕方ない。

「なら、作戦通り行くぞ」

「了解した」

「え、ねぇちょっと、どういうこと? なにがどうなってるの?」
 話に着いて来れない愛野。どう説明したもんかと考えかけたが、別に今説明する必要は無いなと気付く。

 だから。

「ちょっとしたお勤めだよ」

 と、答えながら一歩踏み出す。踏み出したついでに自分の靴を靴箱から取り出す。

「迅速に取り掛かるぞ。愛野殿。共鳴をするが、驚かないで欲しい」

 とかって生意気なことほざきながら、光峰は自分の靴を取り出し、下に置いて、鞄の中から札を取り出しながら履く。

「え、あ、うん。解ったけど……え!?」

 なんかいきなり間の抜けた奇声を上げてたが、まぁこれで確定だ。

 愛野にもようやく、神田川弘毅の姿が視えたのだろう。

 光峰と思念共鳴をすることで、初めてその神田川弘毅が視認出来たのだ。

 より正確には、神田川弘毅の姿をした思念体を、愛野は、ようやく目視出来た、ということだ。

 おそらく光峰が見たという神田川弘毅が本物の神田川弘毅で、光峰の言うとおり、そっちには今も大きめの思念体が憑いていることだろう。

 俺が昨日今日で見た神田川弘毅、つまり最初は校門、次はグラウンド、次は昇降口と校門の中間の通路に居て今現在昇降口に居る神田川弘毅は思念体で、偽者だから一昨日まで憑いていたはずの思念体が無くなっていた。より正しくは、思念体である偽者の神田川弘毅には最初から他の思念体など憑いていなかったが、俺が偽者を偽者と見分けることが出来なかったせいで勘違いした。

 それだけの、ちょっと恥ずかしいトリックだ。

 ともかくやつが思念体なら、愛野に固執してやがる神田川の思念体だってんなら、ますます鉢合わせるわけにはいかない。

性質(たち)は濁りて悪と見做す」

 呟きながら靴を履いて、鞄を漁り、挟を取り出す。目ぼしいもんを見つけたはいいがこれじゃどこぞのクライムエッジだ。まぁ、好きだから良いけど。

太刀(たち)(こぼ)れてなまくらと化す」

 あらかた愛野との関係を諦めきれなかった未練の成れの果てといったところか。だとしたらかっこ悪すぎだろ、男前さんよ。

「切れぬ(やいば)()(つな)げては、善悪(ぜんあく)()わず(にご)り立つ」

 ただの恋愛感情が、運命に嫌われたせいでこの様だ。いやはや人間は本当にめんどくさい。たかだかそんな感情ごときが、ここまでの執念の生み出しうる。

 縁太刀ほど立派ではないにしろ、ただの思念体を倒す、もといダメージを与えて動きを鈍らせる程度ならこれで充分代替になるだろう。

「目も当てられぬ裁縫(さいほう)を、そのなまくらごと()ち切れ」

 鋏を強く握り、一瞬だけ横目に隣を確認。既に光峰も詠唱を始めている。風林火山を元に作られた固定型の詠唱。その内容など俺は知らんが、どうせすぐに終わるだろう。

 なら、さっさと始めよう。

「絶」

 時間外異次元へと意識の接続。

 全ての動きが止まる。初めから動いていなかった思念体へ、切りかかるべくして駆け出す。

 一秒。

 その間はすぐに無くなる。

 二秒。

 鋏で首元へ切りかかる――が、攻撃を察知したらしい思念体は背中を逸らして回避する。

 三秒。

 追撃の切り返しはリーチの短さのせいか空振った。――そこで、辺りに結界が発生したのだろう、思念体が逃げ出さないための、目算で半径三メートル程度の、半透明の薄紫色をしたドームが俺達を囲う。

 四秒。

 背中を大きく逸らしている思念体の、おぼそかになっている足に水面蹴りを走らせた。思念体が体制を崩す。

 五秒。

 思念体の太腿へ刃を走らせる。――成功。太腿の付け根に浅くない傷を負わせた。

 六秒。

 体制が崩れているままの思念体が、俺に向かって手を伸ばしていることに気付いた。振り戻した刃でその掌を切り裂いた――ところで、その鋏が消滅した。

 七秒。

 驚いている暇は無い。太腿を切った時は消えなかった刃が突然消えたということは、あの掌に触れたら消滅すると仮定して問題は無いだろう。――そう判断して、さらに延ばされてきていた掌には触れぬよう、その二の腕を裏拳でなぎ払う。

 八秒。

 俺の手は消えなかった。その二の腕ごとやつの掌はなぎ払った。隙だらけになった胸元へ、開いている掌で張り手を見舞いする。

 九秒。

 やつの掌に触れるのは危険だ。鋏のように消されかねない以上、細かい攻撃を幾度も浴びせるのは危険だろう。――そう判断し、今にも倒れようとしている思念体の横へ一歩で踏み込み、その踏み込みの力を反動に変え、足に力を込めた。

 十秒。

 倒れようとしていた思念体へ、渾身の回し蹴り。それが見事に命中したところで、

「絶!」

 気合の入った掛け声と共に、光峰が飛び込んで来る。

 ぶっちゃけ武器が突然消えてひやひやどきどきしてたとこだ。身の安全を考慮して、俺は一旦引き下がる。が、まぁ目的の動きを鈍らせるのは成功だ。足を負傷させた上でド頭にも一発ぶち込んだんだから、怯みはするだろう。

「そいつの手に触れんな! よく解らんが特殊な力があるらしい!」

「了解した!」

 俺が時間を稼いでる間に風の詠唱も済ませていたらしい光峰はすぐさま、それで思念体へ切りかかる。連続詠唱ってことですんげぇ疲れるだろうが、十秒も掛けさせてやったんだ。体力調整くらいは出来ただろう。出来なかったら雑魚認定な。

 しかしまぁなんというか、残念ながら光峰の雑魚認定は出来なかった。

 縦一線に振るわれた、半透明の風の刃。それは一刀で思念体の腕を切り落とす。なかなか悪くない動きだ。

 既に身動きの鈍っている思念体は、神田川弘毅というイケメンの面を被っておきながら、虚ろな表情を浮かべたままだ。

 虚ろな表情、という表現は間違えているかもしれない。

 虚ろ。つまり空っぽである以上、そいつから確かに感じる危険な雰囲気にはそぐわない。この思念体は明らかに、何かに、おそらく俺の予想では愛野に対し、何らかの害意を向けているはずなのに。

 元、恋愛感情の害意。好意の成れの果てとなった悪意。

 そんな、性質が悪いとしか言いようが無いその思念体は、首を刈らんとして横凪に振るわれた光峰の刃を、首を横に倒すことで回避した。と表現すると普通に思えるかもしれないが、その首が綺麗に九十度傾いてるんだから寒気も走る。

 光峰の死角から、思念体の腕が伸びていた。死角から掌で触れようとしている。俺の仮定通りの力を思念体が持っているとしたら、おそらくそうやって光峰を消そうとしている。

「光峰! 右!」

「っつ!」

 隙を取られた割には良い反応、というよりも、こういう合図を受けたら反射で動くようおっさんに仕込まれているのか、光峰は俺が示した方向、つまり右を見もせず刃で切りつけた。

 その刃は思念体のその腕を、肘から手首まで順調に切り、そして、しかし、その刃は掌へ刺しかかると同時に、俺の鋏の時と同様姿を消した。消失した。

「なに!?」

「ばかが……っ」

 動揺したせいだろう、光峰の動きが止まる。敵にもダメージを与えたとはいえ、その近距離で動きを止めるなっての、雑魚認定すっぞ。なんて説教は後回しだ。

 今度は死角から迫っていた腕のほうに気を取られている光峰を、思念体が、その顔がその口が、噛み付かんとして開かれている。犬歯があるわけじゃないが、それでも思念体のあの特殊な力が掌限定とはまだ限らない。判明していない以上は警戒して、不要な接触は避けるべきだろう。

 光峰の首元に狙いを済ましていたらしいその顔面にストレートの蹴りを見回す。そのまま蹴り飛ばしたりはせず、踏み込み、踏み倒し、踏みつける。

 素早く、その足を思念体から離した――が、俺の足から靴が消失した。

 ぶっちゃけまじで迸った動揺だのなんだのを押し殺し、敵のこめかみを、反対の足で蹴り飛ばす。いや、あのまま拘束したほうが良かったのに蹴り飛ばしている時点で動揺を押し殺せてはいないな。

 推定残り時間五秒。

「光峰!」「っつ……解った!」

 俺は振り上げていた脚を振り子のように振り戻し、そこに遠心力を加えてから後ろ向きに飛ぶ。飛んだ勢いと落下する重みの全てを踵に集中させ、いわゆる後ろ回し蹴りを、もしくは回転踵落としを、倒れている思念体の顔面へぶち込む。

 俺の掛け声に応じた光峰は、おそらく全体重を乗せたのであろう肘打ちを、その思念体の腹部へぶち込んでいた。

 所要時間およそ三秒。

 推定残り時間二秒。

「「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあああああああ!」」

 俺と光峰が飛んだのは同時だった。同時に飛んで、絶を掛ける前まで居た場所に戻る。が、勿論体制を取り直すことまでは出来ず、俺も光峰もむしろ立ち上がることすら出来ず、その場に両手両足を着いた。

 そこで時間が動き出す。

「くっ」

 思念体はどうなった、と、なんか土下座しようとしてるみたいな体制のまま後ろを見ると、思念体の居た場所には光の粒が飛散しており、神田川弘毅の形を失っていた。

 つまり、排除成功である。

 ぶっちゃけね、心臓がね、ばくばくイッテルんです。

「た、助かったぞ、大光司彼方」

 俺と同じ四つんばいの体制で、息を切らした光峰が言う。おそらく、噛み付こうとしてたところのフォローについて言っているのだろう。

 俺は光峰と同じように息を切らしながら、鼻で笑って返答する。

「俺はいつ尻尾巻いて逃げ出そうかって考えてたからな。あれくらいのアクションが無かったら逃げてたわ」

 言っちゃ悪いが、まじである。

「ふ……見下げ果てたクズだな」

「うっせぇ、自覚はしてる」

 そこまで言って、数人の生徒から視線を向けられていることに気付いた。視線を向けられるだけで声を掛けてこないのは、一重に四つんばいになっている片方が俺だからだろう。俺ってば嫌われてっからなぁ。

 流石になにも無かったふりを装うことは出来なかったが、まぁどうせ二人揃って転んだと勘違いされるだけで終わるだろう。可能な限り自然な素振りで立ち上がると、光峰も俺に続いて立ち上がる。

 そして、あの思念体の能力は結局なんだったのかという疑問と、そういえば靴を消されたな、という事実を思い出し、足元を見る。片方は靴を履いたままで、片方は靴下だ。

 まさか靴下ダイレクトでコンクリートの上を歩くわけにもいくまい。いや、そこまで綺麗好きってわけじゃない俺としては問題ないから結局なんら問題は無いが、それでも気が引けるのは確かだ。

 仕方ねぇから上履きで帰るかぁ、と算段を着けて、下駄箱から上履きを取り出すために顔を上げると、やけにキラキラした瞳の愛野と目が合った。

 ああ、そういえば光峰と思念共鳴してたから、今の戦いを見てたのな。

 で、こいつはなんでこんな希望に満ちた顔してんの? 人の靴が消されたのがそんなに嬉しいの? お前もクズなの? と思って黙って睨み返していたら、愛野は少しずつ表情を曇らせ、次第に眉を潜めて、ついには唇を尖らせて小首を折った。

「……あれ、キメ台詞は?」

「え、そんなの無いんだけど……」

 思わず素の声で答えちゃったよ? なにいきなり変なこと口走ってんだこいつ。なんかの病気だろうか。

「そんなわけないじゃない!」

 愛野は両拳を握り、力説しながら顔を近付けて来る。

「私の時だって、冬月さんの時だって、あんたの家の時だって、ちゃんと決めてたはずよ! 『誰でもねぇよ、てめぇだろうが』があんたのキメ台詞なんでしょ!?」

「もう金輪際その言葉は使わねぇって心に誓うわ」

 そんなつもりで言ったんじゃないのに、そういうふうに捕らえられちまうともう恥ずかしくて使えないじゃん。俺の語彙がひとつ減っちゃったよ、どうしてくれんだよ。

 まぁ、どうでもいいか。

「いいからさっさと帰るぞ。今日はもうお勤め終了」

 上履きを放って片方しか無い靴を靴箱にぶち込む。ばらばらに落ちたサンダル型の上履きを足であしらって引っ掛けて、そのまま歩き出す。個人的にはどこかしらで休んでいきたいと思う程度には疲れたが、ならまぁさっさと帰ってアニメタイムと洒落込んだほうが有意義だろう。アニメのためなら、まだ頑張れる。

 あ、そういや今日は木曜日だ。マジックリンリンはもう昨日見ちゃったけど、青春ラブコメにはいつも俺がいるぜ(責務)、辺りを録画してるはず。

 そして校門を出て人目が減ったところで、溜め込んでいた溜息を一気に吐き出す。

「あーこれだから学校ではやりたくなかったんだ。どこのどいつだ、こんな無茶を提案しやがったのは」

 嫌味と毒も一緒に吐き出すと、斜め後ろから返答があった。

「ふむ。正直私自身、もうこりごりだな、とは思った。だが、こういうお勤めも時には必要だろう」

 あーあーほんとご立派な心構えですこと。

「必要であっても必須でねぇならもうやりたくねぇ。時間が十秒から二十五秒に増えたところで強い思念体は強いんだから、リスクが高すぎる。うんざりだ」

 割と露骨にもうやりませんよアピールをしたつもりだが、そこで光峰は黙った。

 その沈黙がどこか不気味で、俺は振り向く。そして、不気味という感情を抱いた時点で既に、心のどこかが気付いてしまった。

「今これを言うのは些か思慮に欠けるとは思うが」

 なんて前置きをした光峰。その至って真面目な表情が裏付ける。

 ああそうだ。俺達が問題に上げた問題は、実のところなにひとつとして片付いちゃいない。

「私が見た思念体は、さっきのでは無いぞ」

 そりゃそうだ。光峰は最初から、神田川の姿をした思念体の話なんてしてない。徹頭徹尾、神田川弘毅に憑いている思念体の話だけだった。

 ただ、さっきの戦いで、神田川弘毅の姿をした謎の思念体、という問題を、解くこともせず黙殺しただけだ。本当の意味で問題に上がっていたことは結局解決出来ていない。

「ああそうかい」

 目を背けたくなるくらいめんどうな問題だ。俺は二人に背を向けて、そそくさと歩き出す。

 すると一拍遅れた後に「ちょっと待ってよ」と愛野の足音が近付いて、俺の隣に並んだ。

「歩くの早いって。疲れたでしょうし、無理しないの」

 俺の心配してんのか、それとも自分が早く歩きたくないからおためごかしてるのかは知らん。知らんが、なんでわざわざ隣を歩く。

 俺の言外の疑問に答えるまでもなく、愛野はペースを落とし、すぐ後ろに居たのであろう光峰となんだよく解らん話を始めた。

「大光司は機嫌が悪いとすぐに無視するのよ」

「ふむ、底意地が悪いな」

「でしょ? せっかく友達になれても、本当に親しいのか解んなくなるもの」

「ふむ、甲斐性無しだな」

 多分二人は隣だって歩いているのだろう。並んで歩いて俺の愚痴を言ってやがる。つーか光峰はまじで喧嘩売ってんだろ。

 だがそうだ。俺と愛野は友達らしい。だが友達ってのが解らん俺はどうしていいかも解んねぇし、前提として友達らしい振る舞いってやつがあってもやらんだろう。友達ってなんなの。その定義は? 基準は?

 その関係になって生じる義務と権利は? それらを総括して結局友達ってなんだって疑問。

 まだある。冬月の読書感想文って関門も残ってる。もっとある。登校日数が足りてないっつうバイトしすぎな大学生よろしくな課題もある。

 また御題目が積まれていく。解くべき問いと切り捨てる問いをいくら分けても、どこの羽虫だってくらい湧いて出てきやがる。どっちであろうと相手にする気は無いんだから、さっさと消えて欲しい。

 ああ、心底めんどくせぇ。めんどくさ過ぎて俺の心の許容値が底を着く。

 もう目も当てられないほどに、問題が山積みだ。
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