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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《遭難者の行方》編

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第六話『隠し事』

「今日こそは、お父様の言いつけ通り、二人で、ちゃんと、お勤めをするぞ」

 灰色の空とグラデーションを描くような黒髪女、光峰青依は、中庭にある木陰で地べたに座り昼食を摂っていた俺の元へ来てそう言った。背中に張り付くようにしている愛野はリュックサックか何かだろうか。

 ちなみに、中庭と言ってもアニメやら漫画やらでよく出てくるちょっと良い学校の飾り付けられた綺麗な中庭ではなく、本校舎と体育館の間にあるちょっとしたスペースだ。この学校にはちゃんとした中庭もあるが、しっかり整備されているだけあって基本的に人が居る。そういう人が居る場所を避けて食事をしている俺からすれば、ここで出くわしたということは偶然なんかじゃなく、こいつらが俺を探してきたと考えて間違いないだろう。

「わーったわった。もうしつけーっつの」

 朝から、というか昨日の夜から何度も言われている事だ。結局昨日、転校手続きで帰りが遅れた光峰を放置して一人でお勤めを済ました事に対してご立腹なようだ。

「貴様は心底、底意地が悪いようだからな。何度だって言うさ」

 そう言うお前も大概、お口が悪いようで。なんなの、喧嘩腰でしか俺と対話出来ないの? そろそろ御藍のおっさんにクレーム付けてクーリングオフしちゃうよ?

 対応がめんどうになって無視して昼食を再開すると、光峰は俺と対面する形で腰を下ろし、弁当箱を広げた。中身は俺と同じ。俺の母さんが作った弁当なのだから、同じで当然だ。

 光峰の後に居た愛野は俺と光峰の仲介人よろしくの位置に腰を下ろす。その手に弁当らしきモノは無い。どうやら一昨日と同様、既に昼食は済ませてきたようだ。

「そのお勤めなんだが」

 と、光峰は強い口調で提案してきた。

「学校の思念体を減らさないか。学校でのお勤めは難しい、というのは解っているが、流石にここまで思念体が多いと居心地が悪い」

「……え」

 光峰の提案に反応したのは愛野のほうで、俺は小さく舌打ちを返すだけだった。

「この学校、そんなに思念体が居るの?」

 目を見開いて、アホみたいに口を開けた状態で光峰を見つめながら愛野は問う。対して光峰は、そんなことも教えていないのか、と糾弾するような目でもって俺を睨んできた。

「愛野殿はもはや関係者と言っても過言では無いお人のはずだ。なのに何故、愛野殿の居場所の現状も教えていない?」

 かったるい詰問だなぁ、まじで。

「……関係者ってほどでもねぇだろ。魔心導ってもんを知ってるだけの、しがないただの一般人。それ以下でも以上でもねぇ」

 適当にあしらうつもりだったが、光峰は引き下がらない。

「いや、昨日今日で見た限り、愛野殿はかなりの人徳者だ。人望が厚い。思念体というものを知っている以上、誰が思念体のせいで危険な状態になっているのかを知っておく権利があるだろう」

 話の流れが若干飛んだ気はするが、ようは愛野は人気者だから、愛野の周りの現状を教えるべきだと言いたいのだろう。

 俺の台詞への返答にはなってないし、愛野が魔心導の関係者だという証明にもなっていないため、本来なら相手にする必要は無い。そもそも愛野に人望がある人徳者だと言うのは、嫌味とも取れる表現だろう。なにせ愛野はそのせいで散々な苦労をしたのだから。

 現に、愛野ははがゆそうに苦笑しており、それでもわざわざ訂正する気は無いようで、何も言わなかった。

 だが俺のほうには、少なくともひとつだけ言っておくべき事がある。

「これ以上を知って何になる」

「……」

 光峰は露骨に眉を潜めた。

「愛野に思念体と戦う力はねぇぞ。共鳴しなきゃ視ることすら出来ねぇ。で、なんも出来ない愛野に向かって『あなたの隣に居る人がピンチです』って言ってなにがどうなるんだ? 愛野になんか出来んのか?」

 お得意のクズ理論を披露して光峰に呆れさせようという魂胆もあったのだが、どういうわけか光峰には無効だったようで、そいつは当たり前のようにこう答えた。

「我々ならば対処出来る」

 その鋭い瞳に見合った、真っ直ぐな物言い。一切の曇りが無い眼光は、その信念を崇拝しているかのようだった。だが、俺から言わせれば破綻した信念だ。

 簡単に言えば、愛野の友達だから助けるべきだと、俺達が協力すべきだと、こいつはそう言っているのだ。理想的で奇麗事で、ただの机上の空論だ。

「友達の友達だから救えって? そいつは贔屓で差別だろ。国から支援されてる俺達が、そのお勤めで助ける人間を選べって?」

 愛野は確かに、今でこそ俺の友達と言える関係だろうが、いつまで続くか解らない縁だ。とはいえ今は友達なのだから、愛野が再び思念体に憑かれたのなら手を貸すこともやぶさかでは無い。だからと言って愛野の友達まで無条件で助けるだなんて、馬鹿げている。俺の手はそんなに多くないし、俺の器はそこまで大きくない。なんなら、人として最低限の手数と器しか持ち合わせていないと言えるだろう。

 そんな手で、いったいどこまでしろと言うんだ、こいつは。

「救えるのならば救うべきだ。我々にはその力がある」

「そりゃご立派で」

 ある意味で高慢とも言える光峰の発言に対して、俺のほうが呆れてしまった。

 そこで、黙っていた愛野が申し訳なさそうに縮こまりながら手を上げた。

「それなんだけど、なんだっけ、大光司のお母さんみたいに、結界とか、そういう術を覚えて、少しでも役に立てるように、とかって、なれないかな」

 なに言ってんだ、こいつ。

「大光司に助けてもらったおかげで私は救われてるけど、それでもやっぱり、思念体のせいで困ってる人も居るわけじゃない? 私の友達とかにも、いつかそれで困る人って出てくると思うの。でも、そのたんびに無条件で大光司に頼ってばっかじゃ、大光司と友達って言えない気がするのよ。だから、私に出来る事があるなら、出来るようになりたいなって」

 終始気弱な声音ではあったが、言っている事に筋は通っている。だが、その通された筋は端からいかれた筋だ。そんなもんなら通さないほうがよっぽど良いと言える程度にはひん曲がっている。

「お前、自分が何言ってるか解ってるか? 無条件で助けて貰ってばっかじゃ友達とは言えないってんなら、お前が無条件でお前の友達を守るってのはどうなんだ。それだって友達とは言えない関係になるんじゃねぇのか」

 とはいえ俺の言い分も正しいとは言えない。友達の定義を知らない俺としてはこれくらいが精一杯だ。そもそも愛野の最近の言動を見ている限りでは、友達ってのは無条件で干渉し合う契約関係みたいなものな気がする。

「勿論、解ってるわ」

 愛野は上げていた手を下ろし、俺のほうを見て小首を傾げ、困ったように苦笑した。

「それが出来たらいいなって思っただけ。だからあんまり気にしないで」

 そう言った後でふと、何かを思い出したかのように「あら?」と呟く。

「大光司、前に『俺は無償で人助けをするんだ。だから見返りは求めない』みたいなこと、言ってなかった?」

 言ってないと思うんですが……。なにそれ、どこの聖人君子?

「愛野殿。こんなやつがそのような素晴らしい思想を持っているはずが無いではないか。冷静になられよ」

 このケツの青い青瓢箪の青衣ちゃんはいったい俺の何を知っているんですかねぇ。

「無論、私とて魔心導師の端くれ。無条件で助けられる人間は限られているなどという現実は弁えている。だが、助けられる人間が多いに越したことは無いだろう。私としては最低でも、友人の友人までは手を貸したい。だから愛野殿。私と友人になって頂けないだろうか。そうすれば私は、愛野殿の友人を無条件で助けられる」

 難儀というかなんつうか、めんどくさい性格してんな、こいつ。世渡りは上手いが渡った先で苦労すんのが目に見えてるタイプだ。下手なやつより性質が悪い。

 そういう悪質な善意に対し、愛野は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「無条件は嫌よ。必ずお礼はする。どっかの誰かさんみたいにお礼拒否みたいな事しないでくれるなら、友達成立よ」

 それ、友達じゃなくて契約じゃね? なにこれ、商談?

「ふむ、了解した。ならば友人関係成立だな」

 いやそれただの護衛と雇い主だから。

「よろしくね、青衣さん」

「ふむ、よろしく頼んだ、愛野殿」

 なんでこいつらこんなに気が合ってるんだよ……と呆れたのは数秒で、そういえば二人とも、良くも悪くもお人よしなのなと思い至る。はーそりゃお人よしじゃない俺とは気が合わないわけですわ。

「大分話が逸れてしまったな」

 愛野と数秒微笑みあっていた光峰だが、はたと真剣な面持ちを取り戻し、背筋をぴんと伸ばした。

「愛野殿。この学校には、もとい、学校という場所には思念体が生まれやすく、そして溜まりやすい。そして学校という特殊な環境故にお勤めが行き届かない場合も多々あるのだ。故にこの学校に思念体が数多く存在しているという事はなんら不自然ではない」

 ああ、その話か、と、ぶっちゃけ忘れてた俺としてはちょっと新鮮な話題に思えた。

「それって、やばくない?」

 口元に手を当てて少しだけ青くなる愛野。だが、言ってしまえばやばく聞こえるのは聞いた場合のみで、その実態はそこまでやばくない。

「そうでもねぇよ。思春期の連中が集まってるってのと色んな性格のやつらが入り混じってるから特殊な思念体も生じるし、常に人目があるから長時間の絶が使えるやつでもねぇ限り手を出しにくいには出しにくいが、そもそも手を出す必要性も低い」

 俺が口出しすると、「どういうこと?」と愛野が確認してきた。

 俺は気付いたら食べ終わっていた弁当を仕舞いながら説明する。

「生じ易いし溜まり易い。で、手は出し難いが消え易い。それが、学校っつう場所での思念体の特徴ってこった」

「消え易い?」

 説明が簡潔過ぎたらしい、アホの子たる愛野は首折れてんじゃね? ってくらい首を傾げている。

 追説は光峰だ。

「思念体は自然消滅する場合もあるのだが、学校という場は思春期故に人の心が移ろい易く、さらに三年か四年で人が入れ替わるため、溜まり続けて肥沃化(ひよくか)する事が殆ど無いのだ」

 まぁ、つまり、ほっとけばそのうち消える事が、ほぼ確定してるってわけだ。

 勿論、複数の人間が学校という場そのものに対し、卒業後にもなんらかの形で思念体を送り続けているのなら話は別だが、学校では大抵の場合、思念体は個人に向けられる。その個人に向けられた思念体は、殆どが卒業後に離れ離れになったことでいつしか自然消滅するのだ。

 愛野に憑いていた思念体だって、俺が助けなくたって卒業するか自主退学していればそのまま自然消滅していたはずだ。大学や就職先で新しい思念体に憑かれたり、心が耐え切れずに自殺してしまう場合は話が別だが、これとそれとでも話は別だろう。

 御藍のおっさんの言い分をそのまま借りると、カゲという思念体は発生源が自分自身であるが故に被害の最大値が決定していたため、安全だと言い切れた。被害に限度がある、と言えば、学校での思念体も似たようなもんだろう。

「つまり、困ったり苦しかったりはするけど、それが一生続くわけじゃないから、そんな問題じゃないってこと?」

 そういう愛野の確認は概ね正解だ。

 だが、留意すべき点もある。

「基本的にはそうだが、そもそも思念体に憑かれ易い体質の人間も居るから、高校で思念体の被害に遭ってたが大学ではもう被害に遭わないってわけじゃねぇ。新しい思念体に憑かれたらまぁ苦痛は続くだろうな」

 いつだか愛野には説明した気もするが、フラシーボ効果だかもおおいに関係してくるのが思念体だ。不幸だ不幸だ思い続ければそりゃ不幸になる思念体も完成する。そういうふうに『引き付けられる』ようにして発生したのは『受動型』だったか……。ぶっちゃけそういうのまでは対処出来ない。いや、対処する術はあるが、非常にめんどうだったりする。

「考慮しとかにゃならんのは、あとは突発的な事件、事故に繋がる場合か」

 聞こえるか聞こえないかの瀬戸際を突くような小声になったのは、言うべきだという謎の義務感と、言いたくない本心がせめぎ合ったせいだ。少し前にカゲとやらと戦った時に思い知った事件。小学生の時のあの事件。あれはいわゆる、思念体における例外的事件だった。

 だが、今し方この手の知識をぶち込んだばかりの愛野に例外まで懇切丁寧に教えるのは、逆に不親切だろう。最初は噛み砕いて簡単に、慣れてきてから詰め込んでいくというのも大事だ。と、春香に色々教えてる時の俺が言っている。

「うーん、難しいのね……」

 どうやら真剣に考えているらしい愛野はうんうん唸りながら俯いた。元より思念体に困ってる友達が居たら力になりたいって思考から悩んでるんだとしたら大層ご立派なお悩みではあるが、別に思念体そのものが難しいわけではない。思念体という存在は、ただ曖昧なだけだ。

 曖昧だから定義が緩い。だからめんどくさい。

「ま、そんな目障りなら命鐘(めいしょう)でもぶっぱなしゃいい話だろ」

 雑魚一掃のチート技です。いわゆる俺無双きんもちぃぃぃぃぃいい! が出来るわけだが代償にかなりの量の血を使うから、別の意味でも気持ちよくなってしまう可能性が高い。Mに目覚めるとか以前に、ミスれば普通に失血で倒れるからな。

「命鐘……? 使えるのか?」

 と、眉を潜めて聞いてきたのは光峰だ。心なしか顔色が青い。

「当たり前だろ、かなり初期に教わった術だぞ」

 平然と答えるが、それが気に食わなかったらしい。光峰は一揆に俺との距離を詰め、肩を掴んで揺らしてきた。

「そんなわけが無いだろう! 命鐘は上位の術だぞ!」

「んな事情は知らねぇよ! 親父が俺と相性が良さそうだってんで叩き込んできやがったんだよ!」

 揺らし続ける腕を振り解き、勢いに任せて言葉を吐く。すると、勢いに負けたわけでもなかろうに、不意に光峰は縮こまった。

「そんな馬鹿な……私は会得出来なかったし、お父様も『会得出来るのは限られた人間だけだ』と仰っていた……大光司がその限られた人間だと……? 世の中間違えている……」

「お前、俺をなんだと思ってんの?」

 俺の人格どうのじゃなくて、魔心導は血筋が全てなんだから、遺伝的才能はもう仕方ないだろ。

 一応、フォローでもないが弁解しておくか。勘違いされると面倒だしな。

「いつでもどこでも何度でも使えるわけじゃねぇぞ。失血で気持ち悪くなる時だってあるし、風が無くて煙が広がり難い時や場所だと効果が薄れる。そりゃたまにやりゃするが、学校での命鐘はハイリスクローリターンだ」

 少なくとも、俺のキャラと性分に見合った行動でない。それに納得したようで、光峰も「そうだな」と呟いていた。

 雑魚にしか使えない、というのもある。それについては、カゲの時と同じことをしてみればある程度強いやつ相手でもなんとかなるかもしれないが、それこそハイリスクに過ぎるだろう。絶対に倒れますよ、あんなの。

「つーかよ」

 俺は後ろにあった木に背中を預けながら、光峰を睨む。

「また話が逸れてんぞ。結局なにが言いてぇんだ」

 せっかく俺が今まで、愛野に余計な事を考えさせないように曖昧な存在である思念体の話を有耶無耶にしてきたってのにここまで話を進められたんだ。しっかり落ちはつけてもらわんと困る。で、落ちが着いたら一段落も着くからそんまんま終わりにしようぜ。駄目? 多分駄目なんだろうなぁ。

「ん……ああ、そうだったな」

 気を取り直し咳払いしてから、改めて話を戻す光峰。だが、

「私は昨日、職員室で教員方に話を伺ったのだが」

「え、話、戻り過ぎじゃね?」

 なんでさっきの話に戻るって流れで昨日まで時間が遡るの?

「貴様は人の話を最後まで聞けないのか。私は昨日、校内で明らかに危険なレベルに達している思念体に憑かれた生徒を見かけたため、その生徒について話を伺ったのだ」

 ああそういうことね、それで思念体の話と繋がるってのは理解したが話し方をちゃんと繋げなかったこいつのほうが悪くない?

 光峰は愛野と俺を交互に見てから続けた。

「その生徒は今まではとても真面目で、人当たりもよく人望があったという。だが、最近になってから態度も暗くなり、あったはずの人望も薄れ、他の生徒達から敬遠されるようになっている、とか」

 どっかで聞いた話だな、と思った。多分、愛野の時と話が似ているからだろう。つうか、生徒のそんな話を転校生に教えた教師ってどいつだ。そういうのって言わないのほうが良いんじゃねぇの? クズだなそいつ。

「…………」

 愛野は黙って話を聞いている。俺は愛野の後ろのほうにある木の葉っぱを適当に数えながら耳を傾けた。つまり半分くらい聞いてない。

「その生徒に憑いている思念体は、遠目で殆どが後ろ姿だったとはいえ昨日と今日で観察してみた。どういった思念体なのかは流石に解らなかったが、私が今まで一人で戦ってきたどの思念体よりも巨大であることは確かだ。与えられる被害も、決して小さくはないだろう」

 一人で、という部分を強調してたってことは、御藍のおっさんと合同でならそれ以上のやつと戦った事があるってことだろう。

 光峰がどこまでのやつと戦った事があるのかは知らないが、この学校には俺一人では対処しきれないであろう思念体がいくつか居る。そのうちのひとつを見つけたと思ってまず間違いない。……あれ、俺、思ったよりちゃんと話聞いてるな。

「学校で現れる思念体の殆どに被害の限度があるとはいえ、あれを放っておけば、彼の今後の人生に悪影響を残すだろう。そんな危険性を、そいつから感じた」

 ほお、流石真面目に修行だなんだしてるだけあって、ちゃんと視てるのな。俺はそこまで厳密に見ようとはしてないから、どれの事を言ってるのかさっぱりだ。そこまで危険度の高そうな思念体なんて俺が思うに神田川くらいしか思いつかないが、それだって昨日今日で消えていた。

 俺が見落としている思念体が居た、という事だろうか。

 そう思っていた俺にとっては、寝耳に水と言える言葉を、光峰は続けた。

「大型の思念体に憑かれているのは、神田川弘毅という男子生徒だ」

 相変わらずに真っ直ぐと、そう告げた。

「……え」「……は?」

 ここまで話を聞いておいてなんだが、なに言ってんだこいつ、というのが最も素直な感想だ。

「彼の状態は不味い。なるだけ速やかに対処すべ」

「待て。ちょっと待て」

 話を続けようとした光峰を止めて、木に預けていた背中を持ち上げる。

「それはおかしい。確かに神田川には危険な思念体が憑いてた。が、それは三日前までの話だ。昨日と今日で何度かあいつの姿を見てるが、その時には思念体なんざ居なかったぞ」

「貴様こそ何を言っている。あのレベルの思念体が出てきたり消えたりするわけがないだろう。時間帯によって弱まるタイプであったにしろ、正当なる魔心導師にも視えなくなるほど縮小するわけが無い」

「そりゃそうだとは俺も思ったが、現に思念体は消えてた。その思念体は本当に神田川に憑いてる思念体か? 何か別のものに憑いてる思念体を勘違いした、とかじゃねぇのか?」

「昨日今日で観察したと言っただろう。間違いなく神田川弘毅個人に憑いている思念体だ。といっても、先も言ったが顔をちゃんと見たわけでは無い。後ろ姿くらいだが、あの思念体がずっと憑いておりあの背丈の生徒は、他には見当たらなかった」

「だが」

「ま、ままままっまま待ってままてま」

 俺と光峰が言い合っていると、血相を変えた愛野が割り込んできた。言葉だけでなく体も、俺と光峰の間に割り込ませてくる。あと、ちょっと噛み過ぎだと思う。

「え、えっと、か、神田川君に、しし、思念、体……? しかも、大きいって」

 二人の間に入ってきたくせに、怯えたような瞳が見つめるのは俺ばかりだ。

 しくじった。

 素直にそう感じた。

 そうだ、光峰がその話を持ち出したもんだから思わず乗っちまったが、もともと俺は、神田川が思念体に憑かれていることを愛野には黙っていたはずだ。なのに無用心にも愛野の前でその話をした。何やってんだ、俺は。

 居心地が悪くなって目を逸らすと、しかし愛野は俺の手を掴んできた。

「つ、つまりか、かかかかかか神田がわわわきゅくくんにしししし死ねし思念体がつ憑依体が思念してるてしょそそしょんにゃことぜんぜぜ聞いてなきゃろんらんらけろ!」

 ほ、ほう、愛野がどれくらいテンパってるかはよく解った。だが何を言ってんのかは全く解んなかった。あと、すんげぇ目が回ってる。どうでもいいが握られた手がみしみし言ってるんだけど?

「親しい仲なのか?」

 愛野の反応に関係者であることを感じ取ったらしい光峰がそう確認してくるが、まぁ的外れである。

 とはいえ俺では説明出来ない。つーかしたくない。

「え、えっとね」

 と、未だに動揺して困惑して狼狽中の愛野は俺から手を離して、今度は俺の肩を掴み、激しく前後に揺らしながら説明を始めた。

「そ、その、私実は、前に大光司に助けてもらってて、それがね、その神田川君に関する思念体で……」

 いや、あの、消え入りそうな、声で喋るなら、まず、俺の、頭を揺らすのを、辞めませんか。

「も、もももしかしてその神田川君の思念体て、わ、わた、私に憑いてた思念体が、移った、とか、とか、とか!」

 揺らされていた肩が勢いよく手放された、と思いきや、思っていた以上に揺らされていたらしく目が回った。平衡感覚が曖昧になっていたせいでバランスを取るのが面倒になり、後ろの木を避けるようにして斜め後ろに倒れた。

「そういえば、先程の話と繋がるな。愛野殿はこいつに救われている、と。にわかには信じられないが、実際はどうなのだ、大光司彼方」

 呼ばれ、しかし身体は起こさないまま手だけ上げる。

「一応言っとくが、そいつに憑いてた思念体はしっかり排除してっから、そのまま移ったってわけじゃねぇ。あと、にわかには信じられないがとか言うな。ぶっとばすぞ」

 俺がそういうことをしそうな人間だ、ってのは自覚してるが、他人から言われるとなんかムカつく。いや、赤の他人に言われたなら鼻で笑って一蹴してやる自信はあるが、光峰に言われるとなんか余計にむかつく。

「そ、そっか」

「……ふむ」

 安堵の息を漏らす愛野と、何かを考え込むような相槌を返す光峰。

 上げていた手を下ろし、入れ替えるようにして身体を起こす。

「だいたいだ。神田川に思念体が憑いてるか憑いてねぇかはまず措いといて、学校でお勤めなんてどうするつもりだっての。人目に着かないところへ連れ込んでリンチすっか?」

「それなんだが、お父様から言伝(ことづて)を授かっている。貴様、絶はどれくらい使える」

「一日一回。十秒だ」

「そうか。私は十五秒だ」

「なにそのドヤ顔。え、自慢?」

 ちょっとイラっときたが、別に、真面目に修行してる光峰と不真面目な俺で差があるのはむしろ自然なことと言えるだろう。

「二人合わせれば二十五秒。それだけの時間があり、なおかつ手は二人分ある。思念体を一体排除するくらいなら出来るだろう」

 おー、素敵なポジティブシンキングじゃねぇか。前向きで直向きで素直に過信してる。

「危険度が高すぎる。それで失敗した場合のリスクがでかいから却下だ」

 例えば戦闘中に絶が解けたらどうなるか、なんて、想像したり説明するまでもないことだ。光峰の言い分は失敗しないことを前提に話しているから話にならない。

「成功する可能性のほうが高いだろう」

「その可能性さんとやらが味方だったらいいがな」

「? どういう意味だ」

 首をかしげて眉を潜めて、ついでに口元へ手を当てていかにも不機嫌に不理解を示された。まぁ、そりゃそうか。

「とりあえずうっせぇから一回だけお前の提案に乗ってやる。ただし、放課後、いつでも撤退出来る昇降口から校門の間で、なおかつ神田川弘毅の有様を俺も視認出来たうえで危険だと判断した場合に限りだ」

 思い浮かべるのは、昨日、今日で擦れ違った神田川弘毅の姿だ。確かに態度こそおかしかった、というか殆ど異常だったが、思念体は憑いていなかった。もしかしたら冬月の時のように憑依するタイプのやつだったのかもしれないが、それだとしたらもう事態は終わっていると言えるだろう。バッドエンドであろうと決着は決着なのだから。

「ああ、それで構わない」

「……えっと……?」

 頷く光峰に、どうしたらいいのか解らないのだろう、あたふたするだけの愛野。

 ようやく話は着いた。

 ああしかし、なんで休むべき昼休みにお勤めの話なんかせにゃならんのか。疲れたから、授業中に寝て代替にしよう。

 まぁ、俺は基本、授業はいつも寝てるんだけどな。
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