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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《遭難者の行方》編

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第三話『不遇』

 光峰御藍なるおっさん同行の元、我が家である大光司に着く。なし崩し的に愛野も家に上がりこんでいるが、もうこいつは気にしない。だって、愛野のせいじゃないんだもの。母さんが無理矢理、家に上げたんだもの。恨むべきは母さんである。

 大光寺家は、居間だけ何故かフローリング調になっている。ただ単に板張りだった部屋を、ちょっと洋風テイストにいじっただけらしいが、それでも上手い具合に和を隠していて、どこぞの大うつけが和風のロボットを駆使して日本統一を計ろうとするアニメみたいなアンバランス和洋折衷となっているのだ。

 理由は、母さんの惚気として散々聞かされた。曰く、代々大光寺を継いで来た人間ならば和に慣れているが、嫁、もしくは婿に来る人間はそうでは無い。ここは現代日本なのだから当然だ。

 大光寺(大光司)へ嫁に来た現代人である母さん、遠子は和の生活に慣れていなかった。嫁に来た者として慣れろと思われるかもしれないが、母さんを気遣った親父が居間だけでもと改築した。その結果、あべこべな、下手糞な合成写真みたいな部屋構成が完成している。

 四人掛けのテーブル。俺はいつもの場所で座っているが、普段は誰も居ない。一年前までは親父が使っていた椅子に今、とあるおっさん、光峰御藍が座っている。

 俺の隣もおっさんの隣も、誰も座っていない。

 俺は目前のおっさんと話を始める前に、ちらりと横を見た。

 台所のほうでは母さんが晩飯の用意をしている。それを横から愛野が見ていた。

 次に部屋の出入り口を見ると、そこには半開きの扉と、そこから覗くふたつの顔が。暗くてよく見えないが、春香と光峰の娘だろう。二人共髪が黒いから、亡霊にしか見えないんだけど。

「さて、ではさっそくだけれど」

 と、おっさんが口を開いたため、視線を戻す。堅苦しさが無いのは助かるが、その微笑みは俺の嫌いな笑みだった。純然に、他人から警戒心を排除するかのような笑み。

「まずは過解(かげ)の討伐、おめでとう」

 当たり前のように言われた言葉に、俺は眉を潜める。

「タチがわりぃな。名前もあってなお、半人前にゃ隠してたのか。俺、あん時死に掛けたんだが?」

「けれど死ななかっただろう?」

 解りきったように言われたが、それは結果論でしかない。俺は本当にあの時死に掛けた。致命傷を受けた。

 そのカゲとやらがはっきりと「殺す気は無い」と言っていたとしても、その致命傷は揺らがない事実だ。

「死ななかったがトラウマもんだ。あんな危険なもんを秘密にしてるなんて、趣味が良いとは言えねぇな」

 頬杖を着きながら応えると、しかしおっさんは笑った。

「確かにカゲは強かっただろう。けれど、おそらく君が日常的に倒しているどの思念体よりも安全なものだ。なにせカゲは自分自身の思念体。自殺願望でもない限り、カゲが当人を殺す事は有り得ない。カゲに負けるリスクは『新しい自分に生まれ変わる事が出来ない』という、ただそれだけのことだからね」

 確かに、その言い分は納得だ。俺が常日頃から「死にてぇ」とぼやいていたのはあくまで「魔心導師のお役目から少しでも逃れるための言い訳」みたいなものだった。あの程度では自殺願望にはならないだろう。

「カゲが当人を殺さない保証でもあんのか」

 不機嫌を前面に出しておっさんを睨むが、俺の目力程度ではおっさんを動揺させるのは難しいようだ。おっさんは何事も無いかのように続ける。

「ある」

 簡単そうに言ってのける。

「現に、わたしは何度もカゲに負けている。いや、殆どの魔心導師が、一度以上、カゲには負けているんだよ」

 と。

「あ? どういうこった」

 問うと、おっさんは人差指を立てた。

「考えても見て欲しい。カゲは抱いた自家撞着(しがどうちゃく)もしくは二律背反といった、精神的な矛盾から発生している。『こうしたいがそうするわけにはいかない』という相反する心理が呼び起こすものがカゲという思念体だ。だからカゲを発生させた魔心導師には必ず『迷い』が生じている。対してカゲは確固たる意思をもって我々の前に立ちはだかる。そして実力は同じ。実力が同じならば意思の強いほうが勝つのは当たり前の事だ」

 成る程、と思った。それは俺が、カゲとやらとの戦いの最中に抱いたのと全く同じ事だった。

「そういう都合があって、カゲと対面した魔心導師は、一度負ける。勝てるはずが無いから負ける。でも、誰一人として死んでいない。それでも負ける。根性論で乗り切ろうにも、カゲとしてその者と同じ精神構造をしているのだから、同等以上の精神力は搾り出せるからね。……そうやって一度負けて、自分自身から思念体が生じる事もあるのだと悟った魔心導師達は対策を練るようになる。対策を練り、何度か挑み、そうしてようやく勝利する」

 故に、魔心導師の中には四十台になってから一人前になれる者も居るし、なんなら一生一人前になれず、そして自身が定義上では一人前では無い事を自覚する事なく老いる人間も居るのだという。

「けれど君は、一度目でカゲに勝利してみせた」

 それは、と、口を開きかけて、しかし黙った。すぐ近くの台所に愛野が居るからだ。

 俺は別に、一人でカゲに勝利したわけではない。あの戦闘中、春香には裏切られたが、俺には確かに協力者が居た。なんなら、美味しいところを愛野が持っていったと言っても過言ではない働きを、愛野はしてみせた。

「……偶然だろ」

 おっさんから目を離し、適当に視線を泳がせる。

 そこでふと、入り口から覗き込んでくる二人の事を思い出した。

「……おい、そのカゲの事、あいつらが聞いてるとこでして良いのかよ」

「構わないよ。青依はカゲとは出会っていないけれど、認識妨害の術を働かせているから、この会話はあの二人には届かない。春香ちゃんも認識妨害が使えるようだけれど、流石にわたし程ではないだろうから、認識妨害のキャンセルも不可能だ」

 そんなおっさんの奢りとも思える発言はしかし、自惚れとは、自意識過剰とは思わない。当たり前だ。このおっさんは相当の実力者。魔心導師としてでは俺は足元にも及ばんだろうし、春香だって同じ。母さんの結界がなんとか同等か、少し上回るくらいかだろう。

「あら、今、私の事褒めた?」

「まずお前の話題が出てねぇよ」

 台所から顔を出してくる母さん。このくそばばぁの便利な地獄耳はついに千里眼まで覚えたのか。

「彼方君。是非とも、カゲを倒した時の詳しい話を聞きたい」

 言われて喉が鳴った。

「あん時の事か? 簡単だ。風で運ばれてきたゴミがカゲの視界を覆って、その隙に倒したんだよ」

 勿論だが嘘である。というか、言った後にその嘘は通じない事に気付く。

「偶々飛んで来たゴミでは、思念体には触れられないよ」

 おっさんもすぐに気付いたらしく、やはり笑われた。っくそ。

 だが、

「まぁ、嘘を吐いたという事は言いたくないのだろうね。なら聞かないよ。その代わりと言ってはなんだけれど」

 そこでおっさんは一度言葉を切る。これから語るのが本題だ、とでも言いたげなわざとらしい沈黙。アニメだったらいやらしい演出とも言えるような、そういう静寂が数秒置かれた。

 そしておっさんは言う。

「彼方君。集会に顔を出す気は無いかな」

「なきにしもない」

 即答した。当たり前だ。朝からこの回答の仕方を何回予習したと思ってる。このおっさんらが来ることを放課後には忘れていたとはいえ、一応予習はしていたんだ。

 その即答にようやく、おっさんは完璧だった笑みを崩し、苦笑した。

「そう言うと思ったよ。なにせ君は学生でありながら魔心導師のお勤めも果たす多忙の身。集会に顔を出す余裕までは無いだろうからね」

 いや、アニメ見る時間を削れば大丈夫だが、まぁそれは選択肢に無い。だから大丈夫じゃない。

 でもね、と、おっさんはもう一度、笑みを作り直す。

「この提案は、君にラクをさせてあげられる提案でもあるんだ」

 との事。

「ほう?」

 ラクが出来るかもしれない、というのなら、話しだけでも聞こう。

「今日一日この町を見て回っていたけれど、先日まで君が入院していた事もあり、思念体がかなり溢れ返っているね。いや、君が悪いのでは無いよ? でもただでさえ学業との両立でお勤めが半端になっていたところでの入院というのは、やはり影響は大きいだろう」

 別に、訂正しなくても不機嫌になったりはしない。俺は俺が駄目な事なんざ自覚している。

 とはいえ俺は、魔心導師のお役目が嫌いなのだ。そういう嫌いなもののために尽力出来るほど出来た人間でも無い。アニメの実況スレとかに時折出現する批判するためだけに嫌いなアニメを視聴し続ける輩と違って、俺は純然にアニメを楽しむ事に忙しいのだ。好きな事だけやって生きていきたい。嫌いな事は嫌いで、極力触れずに居たいと思うのは、おかしな事ではないはずだ。

 そんな自分勝手な言い訳を脳内で反芻していたら、おっさんはそれを見透かしたような笑みを作る。

「それは誰のせいなのかと問われれば、やはり、弦十郎のせいだろう」

 そんな当たり前の事をおっさんが言った途端、おっさんの額の横を白い何かが高速で通過していった。

 その白い何かは今の壁に激突し、甲高い音を立てて砕け散る。

 皿だ。

 食器が台所から飛んで来て、おっさんをの真横を急襲し、無残に散ったのだ。

「と、遠子さん!?」

「うふふ、手が滑っちゃったわ」

 と、台所から甲高い声と暢気な声が聞こえる。

「……誰のせいかと問われれば、やはり、誰のせいとも言えないのだけれど」

 わざわざ言い直したおっさんからは異常な量の冷や汗が垂れていた。

「彼方君では対処の難しい思念体も、町のそこら中に居た。……弦十郎が処理すべきだったのに、彼が残してしまった強力な思念体達が」

 母さんを警戒してか、声量を落とすおっさん。少し哀れだった。

「君が集会に顔を出してくれれば、そういう状況を報告してくれるなら、それらの処理を手伝う事だって出来る」

 ふむ、つまり自分の失態を逐一教えろ、と? 何馬鹿な事言ってんだ。

「魔心導師は皆仲間だ。収入が国からの支援となっている以上、縄張り争いも殆ど無い。問題なのは各人のプライドと、そして魔心導師の人手不足だけだ。その足りない人手をどこに回すか、どこを優先すべきかを話し合うのも集会の意義なんだよ」

 納得した。

 別に思念体の処理が行き届いていない事を責め立てているわけではないらしい。魔心導師という少ない人材をどこに裂くかを決めるため、そして俺は俺が居るこの町に人員を裂かせるために、集会に参加しろ、と、おっさんは言いたいのだ。

 確かに俺はラクが出来る。

 だが俺は高校生だぞ? 町のため、人々のため、自分の時間を割いて、趣味とか休息とかを捨て去ってみせろってのか? それこそ馬鹿な話しだ。どれくらい馬鹿かというと馬鹿馬鹿連呼するだけで口喧嘩になっていると思い込んでる小学生くらい馬鹿だ。本質がなんも解ってない。

 すなわち俺がただのクズだという本質だ。

「俺が集会に顔を出さないと手伝ってくれねぇってのは、いくらか薄情なんじゃねぇの? 世の為人の為に思念体を排除すんのが魔心導師のお役目っつーなら勝手にやってくれたって構わんだろう」

 ただめんどくさいからというだけの理由から出たにしては上等な言い分だろう。と思ったが、おっさんは苦しそうに表情を少しだけ伏せた。

「そうしたいのは山々なのだけれど、今現在、相良町(さがらちょう)でそれをやってしまっているという事情があるんだ」

「はぁ? どういうこった」

 相良町はここの隣町だ。そこに居た魔心導師は……はて、誰だっただろうか。同業者に興味無さ過ぎて忘れた。

「相良町は明智(あけち)家が治めているのだけれど、数年前、そこの跡継ぎたるお孫さんが亡くなって、一人残されたご隠居が、今や明智家唯一の魔心導師なんだ。とはいえ彼ももう年配。我々としては引退して安静にして欲しいのだけれど、家族が思念体との戦いで亡くなってしまった事もあってか、意地を張っているんだよ。……協力を拒まれてしまっている」

 よー解らん話だ。なんでその隠居はわざわざ意地を張る必要があんだ? ラクすりゃ良いのに。本日のおまいうスレはこちらです。

「ご隠居は実力者だ。結界の術ならば国内有数だろう。それでももはや自由の利かぬ体。そんな身体ひとつで処理が間に合う事は無く、相良町の思念体は現在進行形で見る見る増えている。だから我々魔心導協会は今、明智殿には悟られぬよう、秘密裏に相良町の支援をしているんだ。勿論そんなこと、普通なら駄目だ。それでも人々の平和がかかっている事だから、特例としてそういう措置を取っている」

 そこまで語って、やっとこさ俺の嫌いな笑みを作ろうともしなくなったおっさんは、真剣な眼差しでもって俺を見据えた。

「その特例を、これ以上は増やしたくない」

 大人の事情というやつですか。めんどうなもんだ。大人の事情はエロ方面以外に興味は無い。

「っくそ」

 頭を掻く。つまりこれは、強制だという事だろう。「か、勘違いしないでよね! あんたに選択肢なんて無いんだからね!」と可愛い女の子が言ってくれれば諦めも着くが、如何せんこのおっさんではやる気も出ない。演出が足りない。

 だって集会って、明らかにめんどうな匂いがするだろ。確実にめんどうごとだろう。それに参加強制って、まじなんなの。しかも参加する理由が魔心導師として生まれてきたからだぜ? お前どこの主人公だよ。

 そうやって文句を脳内に垂れ流すだけで、逃れる言い訳を考えられなくなっていた。

 そんな俺に助け船を出したのは、まさかのおっさん本人だった。

「やはり、群れるのは嫌いかい?」

「……あ?」

 なに言ってんのこいつ。今ちょっとかっこいい事言わなかった? なんか、最近徐々に増えつつある孤高ヒーローが言われるような台詞。

「弦十郎もね、簡単には、人に心を開かなかったんだよ」

 昔を労わるような、慈しむような口調。柔らかい表情。

「弦十郎とわたしは、遠子さんよりも長い付き合いだ。なにせ親戚のようなものだったからね。弦十郎と遠子さんが交際を始めた時には、光峰家と大光司家で祝宴を開こうとさえ計画した」

「とんだ迷惑だったろうな」

 なんて大袈裟な連中だ。

「ああ、そこまでしては流石に遠子さんに引かれてしまうと気付いた我々は祝宴は諦め、各人一万円以内のプレゼントをするに済ませた」

「なんも済まされてねぇよそれ。どん引きだよ」

「あらそんな事なかったわよ?」

 と口を挟んできたのは母さんだ。

「境内にある木魚。あれ、御藍さんがプレゼントしてくれたものだもの」

「なんつーもんをプレゼントしてんだよ」

 つーかあれ一万円以内なの? 一応寺に住んでる人間としては微妙にショックなんだけど。もっと高いと思ってた。

「ともかくね」

 そして話しはおっさんに戻る。

「我々がそうしたくなるくらい、弦十郎が他人に心を開いた事が、嬉しかったんだよ」

「さいで」

 どうでもいい事だ。親父の話ならなおさら。

「きっと君も、そうなのだろうね」

 話を勝手に進めるおっさん。俺にとっては好ましくない話だが、しかし事態はそうでは無かった。

「解ったよ。君を集会に招待する事は諦めよう」

 潔いな、と思った。それでもその言葉は本当のようで、柔らかく作り直されたその笑みが、信憑性を語っていた。

 ただし、その笑みはどこか腹黒く、

「ただし」

 そう付け加えられた言葉がなんら違和感なく、



「――代わりに、青依を置いて行こう」



 おっさんは、そんな事を、言い切った。
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