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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《遭難者の行方》編

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プロローグ『議題』

 思念体と魔心導師(ましんどうし)の戦いには、飾り程度の歴史がある。

 歴史というのも(はばか)られる程度の資料しか残っていないが、それでも確かに、生物の感情を糧にして生じる思念体(旧名、未浄魂)なる化け物と、命を賭けて戦ってきた。俺もその魔心導師の一人だ。

 魔心導師のお役目は、国からの支援を受け、日々絶えず発生している思念体を排除し、人々の平和を守ること、らしい。

 その戦いの代償として俺は、合計してほぼ一月、学校を休んだ。

 別に、出席日数を気にかけるほど、俺の人格は出来ていない。だが久しぶりに登校した日、体育教師の肉ダルマが俺へ言った。

『これ以上休んだら、進級、出来ないかもな』

 世は情けというが、実質この世界に情けなんてありゃしない。あんだけ必至こいて戦って掴み取ったものが、愛野との友情と進級の危機というふたつの報酬だ。ありがたすぎて受け取れん。世間は梅雨に突入した現在、降りしきる雨が、登校しようと玄関に立った俺を立ち止まらせる。

 めんどくせぇ。

 だいいち、傷こそ完全に塞がっては居るが、まだ学校再開して三日目なんだぞ。病み上がりにも程があると言える。だというのにこの雨。あの肉ダルマにあんな警告さえ受けてなけりゃ、傷口がふやけて開く可能性があるので休みます、と言っていたところだ。

 それでも、なるだけ早く学校を卒業するためだ、仕方ない。さらに気が滅入る前にさっさと行こう。そう思って靴を履いたところで、後ろから声を掛けられた。

「彼方、どこに居るのかと思ったら、もう行くの?」

 振り向いたそこに居たのは、袈裟(けさ)を着た母さんだ。

「行きたくねぇが行かにゃならん」

 答えると、母さんは口元に手を当てて、わざとらしくおどけて見せた。

「まだ八時前よ? いっつも八時過ぎてから出るのに、どうしちゃったのかしら、心配だわ。お熱、計りましょうか」

「ちゃんと学校へ行こうとする息子の足止めとかまじで信じらんねぇ」

 さらに学校行きたくなくなっちゃうだろ。ほんとやめろよ。

 とはいえ行きたくない場所へ向かっている最中に足止めされたのだから、気分的に乗らない手は無いだろう。俺は、靴を履くとみせかけて玄関に座り込む。

「で、なんだよ」

 問うと、母さんは首を傾げる。

「なんだよって、何が?」

 なんで今更とぼけるのかね、こいつは……。

「探してたんだろ、俺を」

 探してたという事は話があるのだろう。朝食の席が一緒だったのだからその時に話せば良かったものを、どうせこいつもど忘れしていたとかか。

 母さんはぽんと掌太鼓を打ち、「そうだったわ」と、わざとらしく言った。

「今日、学校終わったら光峰(みつみね)のとこの御藍(みあい)さんがこっちに来るって。話があるそうよ」

「光峰?」

 誰だそれ、と言うには、少しばかり縁の強い名だった。大光司家が納める大光寺から最も近くに居る、もうひとつの魔心導師である。

「御藍っつーと、おっさんか」

 みあい、という響きからして女の名前のようだが、五十台近いおっさんである。

 魔心導師は、国が管理しやすいようにと作られた魔心導協会という組合の元に名を連ねているため、横の繋がりが強い。時折集会とかも開くらしい。

 らしい、と他人事のように表現したのは、俺はそれに参加した事が無いためだ。親父は参加していたようだが、流石に刑務所に居るあいつが今も参加なんてしていないだろう。出来るわけないし。

 俺が参加しなかったのは、めんどくさかったからじゃない。集会にお呼ばれされなかったからだ。お呼ばれされても行かないだろうから、日々、お呼ばれされない事を切に願っていた。呼んでもどうせ行かないんだから、ほっといてくれよ、という事である。

 だが、このタイミングはまずいかもしれない。

「まさかとは思うが、集会に顔出せ、とかじゃねぇだろうな」

 まさかと言わず、十中八九そうだろう。

 この間までは魔心導師に一人前半人前の明確な区切りがある事すら知らなかった俺だが、二週間とちょっと前に『自分から発生した思念体を排除する』という、魔心導師の通過儀礼なるものを成し遂げてしまった。母さん曰く、これで俺はめでたく一人前、とのこと。

 今まで俺が集会に呼ばれなかったのは、半人前だったからだろう。

 ともすれば、一人前となってしまった今、お呼ばれが掛かるのは自然の理と言える。一人前になるって不遇だ。ほんと嬉しくねぇよ。どうやって断ろうかしら。

「どんな話かは聞いていないわ。けれど青依(あおい)ちゃんも連れて来るそうよ」

 あおい。青依か。光峰青依。確か俺と同い年の、光峰の娘であり光峰の次期頭首だ。

 光峰とは住居が近いこともあり、親父に連れられて、もしくは向こうがこっちに来て、共同戦線でお勤めを果たす事も昔はあった。俺が小学校の時だ。光峰青依も俺も幼少期思念体が視えていたため、修行という名目で何度も連れていかれた。

「だから?」

 娘が来るとかどうでもいいんだけど……。

 母さんはむふふと厭らしい笑みを浮かべ、口元を手で覆った。

「彼方ってば最近、女に縁があるわね」

「遠慮いただきたいご縁だな」

 これが実は昔生き別れた妹、とかとの再会で、そこから始まるいけない恋愛事情を描いたエロゲー的な展開ならいらっしゃいませごゆっくりどうぞーなのだが、そういうのも期待出来ないだろう。いや、まじで。

 しかし待て。放課後に用事が入るっつーことは。

「今日のお勤めは?」

「彼方が学校へ行っている間に、御藍さんが代わりにやってくれるそうよ。出来るだけ早く話をしたいから、寄り道せずに帰ってきて、だって」

 あ、なんか今日は頑張れる気がしてきた。

 頑張らなくて良い時ほど頑張れる。これも立派なクズの特性である。

 だが、気合が入ったのは一瞬で、すぐ事実に気付く。

 そんだけ急ぎの話って、嫌な予感しかしないんですが……。

 めんどくせぇ。まじで学校休もうか。

 そう思い至り、靴を脱ごうとした時だ。

「お邪魔しまーす」

 と、玄関の扉が勝手に開いた。誰かが外から開けたのだ。

 大きな瞳。肩までのパーマヘア。陽気なさくらんぼ色の平和ボケした唇。

 愛野茲奈(あいのここな)だ。

「あら、迎えに来てくれたの? 良い子ねー」

 硬直する俺を他所に、母さんは嬉々とした口調でそう言った。

 愛野は照れたように頭を掻きながらてへへと笑い、しかしすぐに俺を睨んで、手に持っていたびしょ濡れの傘を見せ付けてくる。

「あんたが待ち合わせの場所に来ないから、来ちゃったじゃない。なんでもっと早く家を出ないのよ」

 そう言われても、待ち合わせの時間なんてまだ五分も過ぎてないし、そもそも待ち合わせ自体、愛野が勝手に決めた事だ。俺に非は無い。

「解ってるの? 遅刻もまずいんだからね。進級できなくなっちゃうじゃない」

「問題ねぇだろ。教師ってのはそういう警告は余裕のあるうちにするもんだ。今になって言ってきたってことは、本当はあと何回かは休んでいいってことだろ」

 そもそも夏休みすらまだ来ていないのだ。休み過ぎても補講という素敵な休み返上プログラムが発動し、なんだかんだで進級出来るようになる。はずだ。多分そんな感じ。人生はやり直しがきかなくても、埋め合わせは出来るのである。

「駄目なものは駄目。休むのは駄目なの。あんたが休まないように、私が一緒に登校してあげるって事になったんじゃない」

 恩着せがましいことこの上ない。してあげる、とこいつは言うが、それだって愛野が勝手に申し出て勝手に決定した事だ。俺の意思じゃない。

「はいはい行けばいいんだろ行けば。靴履くからちょっと待て」

 適当に従いつつものんびりと靴を履く。というか一回履いてた靴を履き直すふりして一回脱いだ。学校、行きたくねぇなぁ。

「もう……。少しは危機感持ちなさいよ。あんたの事でしょ?」

「そうそう、これは俺の問題だから、別に愛野が心配する必要は無いんだ。というわけで、ここは俺に任せて先に行ってくれ」

「あんたに何を任せるのよ……。友達だから心配する必要があるの。いいから早くして」

 友達ってまじでうぜぇなぁ。友達ってようはあれだろ? 他人に干渉するための都合の良い言い訳なんだろ? プライベートとか無視するためのシステムなんだろ? ろくでもねぇなおい。

 靴を履き終え立ち上がる。

「いってらっしゃい」

 と母さんが言ったが、大光司家に、というか俺と母さんの間にそういう挨拶をする習慣は出来ていない。だから俺は無視したが、

「はい、いってきます」

 俺の母さん相手に、何故か愛野が笑顔で返事をしていた。なにお前、大光司家の一員なの? 俺より馴染んでない? ちょっと不安なんですが……。

 玄関の扉を開くと、その不安を煽るようにして雨が降りしきっていた。音を聞いてた以上に強い雨で、決して弱くはない風も吹いているからか、雨粒は斜めに落ちている。参道には勿論、脇の砂利にも排水力は殆ど無いため、そこかしこに水溜りが出来て波紋を描いていた。

 これは傘を差しても足元は濡れるな。

 早々に諦める。靴下が濡れても机の柱とかに適当に干せば良い。大丈夫、俺若いから、足の匂いはそんなに強くない。

 傘を差す。愛野と隣立って歩き始めるが、水溜りを気にせず歩いている俺と、水溜りを飛んだり避けたりしながら歩いている愛野とでは歩調に大きな隔たりがある。自然と俺が先行する形で、少しずつ距離が開いていった。といっても俺は、その距離に最初は気付かなかった。気付いたのは参道の先、鳥居と階段のある場所まで来てからだ。

「ちょっと、早いわよ」

 と後ろから愛野に言われ振り向いて、そこでようやく気付かされる。

 そうか、歩調も合わせにゃならんのか。

「早くしろ」

 立ち止まってとりあえず待つ。が、隣を歩く事に意義があるとは思えず、この待ち時間が不毛である事に気付いた。

 こういう不毛を、甘んじて受け入れる。それが友達なのだろうか。だとしたら、友達という存在のメリットってなんだ? よくアニメとかじゃ友情の力で悪を倒すとかあるよな。そういう素敵な特典でも着いてんのか?

 これこそ不毛で無駄だと失笑したくなるような考え事で時間を潰し、溜息を合図に終わらせる。俯くと、水溜りに渋い表情をした俺が波紋を立てて濁って写った。死んだ魚の目って比喩を目の当たりにした。

「……めんどくせぇ」

 一人呟き、結局すぐ隣に愛野が来るまで待ってから、階段を降りて行った。

 きっと、誰かと繋がっている限り、ちゃんと直視して向き合って、考えていかなければならない事だ。
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