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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《禍根の瞳》編

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エピローグ『最初の言葉が紡ぐ最後』

 俺は俺自身の願いを叶えたという自覚に、この上無い多幸感を抱いていた。

 愛野に「その、なんだ、悪かった」と言えた事の話でも、「私も、これからは無神経な事は言わないように気を付ける」と言われた事の話でもないし、なんならトラウマを乗り越えたことの話でもない。

 入院生活って最高だわ。

 という話である。

 ほら、停学と違って課題とか無いじゃん? 今、入院一週間目なんだけどさ、今も点滴というか輸血パックに繋がれてる状態なんだけどさ、それでも、学校に行かなくて済むとか、さらにお勤めから開放されるとか、最高過ぎて生きるのが辛い。しかも知ってるか、美人で若いナースって本当に居るんだぜ? 俺の担当じゃねぇけど。たまにすれ違うだけだけど。

 その話を、見舞いに来た愛野にしたらビンタされた。曰く「女の人に無闇に鼻の下を伸ばしたら駄目なの。気持ち悪いわよ? 気をつけたほうがいいわ絶対にこれは友達としてあんたのために言ってるの」らしい。友達ってほんとうぜぇわ。

 つーか入院して三日目間寝込んでたやつをビンタするとかあいつなんなの。良い子は友達選びは慎重にね! 俺みたいに失敗するから。

 ちなみに俺の容態は、所々打撲してて、裂傷が酷くて、なによりもとにかく失血が危険域だったらしい。血が足りてなくて貧血で常時酸欠状態だから、部屋から出るなっつって個室に入れられてる状態。そんな重症患者をビンタするとかどんな神経してんだ!

 昨日も今日も見舞いに来た愛野だが、今は俺が「喉渇いたー」と言ったら「なら買ってきてあげるわね」と言って出ていってくれた。都合の良い女である。ビンタはそれで許してやることにした。

「元気にやってるかしら?」

 そう言って病室に入ってきたのは、ジュースを持った愛野ではなく、春香を引き連れた母さんだった。

 あれ? 寺は? サボり? とも思ったが、時計を見るともう夜の七時だ。色々と終わらせてきたのだろう。そういえば、母さんも春香も、目が覚めた初日には居たが、それだけなんだよな。どうでもいいけど。

「元気じゃねぇからお菓子買ってきてくんね? で、お菓子置いて出てって」

 俺は一人が好きなのである。

「お菓子は無いけど、甘いものなら持ってきたわ」

 そう言って、母さんはパイプ椅子に腰掛ける。春香はその隣で立ったまま、何故か赤面して俯いていた。

「お菓子じゃないけど甘いもん? なにそれ謎掛け?」

「ほら、春香」

 母さんは隣の春香の尻を叩いて、一歩前に出させた。

 そして当の春香は後手を組んで、つま先でリノリウムの床に円を描いている。

「……兄上、この前は、ごめん」

 どうやら、思念体から逃げてる時に術を解いて扉を開けて、俺を危機に追いやった事を言っているらしい。

「どうしてそんな事をしたのかしら?」

 解りきった様子で問いただす母さん。

「……兄上に、変わって欲しくなかったから……」

 照れながら言ってるけど、それは前に聞いたからもういいよ。どうでもいいよ。

 いいから早く甘いもん出せよ。なんなんだよ甘いもんって。

「どうして変わって欲しくなかったのかしら?」

 謎のドヤ顔でさらに問いただす母さん。

 春香は顔を真っ赤にしながら言った。

「……兄上が、す、す……すきだから……」

 あまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああい!

 俺、味わうための硬直タイムに入ります。

「ち、ちが、そうじゃ、そうじゃなくて……。兄上を、兄上として、尊敬してるって意味で……。そ、そういう、す、すす……好き……」

 ふむふむ、これは確かに母さんの言う通り甘いですな。泣きそうな顔で言ってるのがさらにグッド。

 俺はスマホを取り出す。

「録音するからもう一回」

「ばか」

 逃げるようにして春香退室しました。春香さん、ログアウトです。ギブアップが早いなぁ、あんなんで大丈夫なのあいつ。巫女服姿の時とかセクハラされたらそれだけでどうにかなりそうだな。セクハラするの俺だけど。

「お前は行かねぇの?」

 春香が出て行ったにも関わらず座ったままの母さんにそう問うと、母さんはにやにやしながら答えた。

「いいわねぇ、春香は私が産んだ唯一の宝だわ」

「俺は?」

 なんでそこで唯一って付けるんだよ。俺は宝じゃねぇの? クズだからってゴミ扱い? クズ箱には入れないぜ? サイズ的な問題じゃなく。衛生的な問題で。それも違うか。

「彼方は、宝って言うには可愛げが無いもの」

 にこやかなクソババァ。その顔ぶん殴るぞ。

「可愛げが無い程、成長が早いわ」

「…………」

 そりゃ、ずっと一人ですからね。

 ほら、パーティー組むゲームとかだとさ、一人で冒険したほうが経験値多く貰えるじゃん? だから、一人な俺強いのよ。経験が違うのだよ、経験が!

「……お前さ、俺自身の思念体が出る事、解ってたろ」

 ハイテンションを引っ張るのにも疲れた。会話もテンションも引き下げるためにそんな話しを持ち出した。

「どうかしらねぇ」

 と、母さんははぐらかす。

「ただ、自分の思念体と戦うのは、魔心導師の宿命だって、通過儀礼だってパパが言ってたわ」

「……そうかい」

 呆れた。解っててあの場を放置したのか。クソババァ。

 しかし納得だ。思念体が人から生まれるものなら、人である魔心導師の思念体だってどこかしらにあるはずだ。それと対峙する事があったとて、決して不自然ではない。

過解(かげ)。それが、魔心導師自身から発生して、自分のやろうとしてる事を邪魔してくる思念体の総称よ。罪過の過に解るで過解。影とかけてるみたいね」

 めちゃくちゃ知ってるじゃないですか……。なにしれっと語ってんだよ。

「パパは二十歳過ぎてから自分の思念体を倒したそうよ。他の魔心導師も、大抵それくらいの年齢で、中には四十歳くらいになる人も居るんですって。そうやって自分の思念体を倒す事は、自分自身を越えていく事でもあるから、自分の思念体を倒す事が、一人前の魔心導師になるための通過儀礼になっているらしいの。高校に通ってる内にそうなる事は殆ど無いらしいわ」

 誇らしげなとこ悪いが、それって良い事じゃなくね? 俺、死にかけたんだけど。あんな思いしなきゃならないなら、俺、ずっと半人前が良かった。トラウマ乗り越えるために新たなるトラウマ作っちゃったんだよ? 慰謝料欲しい。

「そういうのがあるなら、先に教えてくれよ……」

「教えちゃ駄目なのよ。自分の力で乗り越えさせるために。だから、このことは春香にも行っちゃ駄目よ」

 ひっでぇな魔心導師の先人共。なんつー決まりを作るんだ。もはや魔心導師を辞めたいとまで思った。ずっと思ってるけど。

 ていうか、この話を春香に聞かせないためにわざと、春香がログアウトせざるを得ない話から入ったとしたら恐怖だ。俺の母さん、腹黒ですか?

 その腹黒さを微塵も感じさせない笑みを浮かべて、それに、と、母さんは続けた。

「ちゃんと、友達も作れたじゃない」

「……友達、ねぇ」

 良いものなのだろうか。愛野とはとりあえず友達になったって事でいいのかもしれないが、「友達最高!」と思えるエピソードはやはり無いため、実感が無い。

 つーか、本当に友達なの? 友達ってなに。友達の定理を教えてくれろ。

「人間関係が不安になるのは、誰だって通る道よ。そういう時に肝心なのは最初の挨拶。出会い頭の一言よ。それ次第で、心密度がどれくらいかが解るわ」

「そいつは便利だ。是非教えてくれ」

「秘密に決まっているじゃないの」

 うふふ、と悪戯っぽく笑いやがってやっぱ殴るか。

 しかし、俺が拳を握るより先に、母さんは立ち上がった。

「そろそろ行くわね」

 早くね? まだ十分も経ってないけど。いや、寂しくなんて無いですよ?

 勿論止める事はなく、母さんは早足に部屋から出て行った。

 すれ違うようにして愛野が入ってきて、母さんと愛野が軽く挨拶している。

 それでも足は止まらず、母さんは廊下へ消え、愛野がこちらへ近付いてきた。

「はい、ジュース」

 と、愛野は棚の上にスポーツドリンクを置いた。

 よし、まぁこれで、あれだ、ビンタ帳消しな。だから感謝なんてしない。当然だ。

 ならなんて言うんだ? 友達ならこういう時なんて言う?

 解らん。

「……よぉ、久しぶり」

 解らんから適当に言ってみた。

「はいな、さっきぶり」

 適当な答えに適当な相槌が返ってきて、愛野はパイプ椅子に腰を下ろす。

 え、これでいいの? まじで? 友達って簡単だな。んなわけあるか。

「…………」

 だが、だとしたらなんて言えば? 何か話す必要はあるのか? もう謝罪大会も済ませてあるし、なんやかんやと雑談的なつまらない会話もしてしまっている。話題が見つからない。

 ああくそあのクソババァが余計な事ほざくから、なんか混乱しちまったじゃねぇか。

「…………」

 沈黙は続く。

 つーか、呼び方って愛野でいいの? 友達って皆下の名前で呼び合ってない? 俺はそれしなくていいの? いや、だって長いものに巻かれるのは好きじゃないし。

「…………」

 なおも沈黙は続く。

 なにこれ。なんだこの空気。ふざけてんの? 爆発すんの? これもしかして気まずい沈黙ってやつなんじゃね? 気まずい空気ってやつを知らない、というか気まずくなるほど誰かと接した事ないから解らないんですが……。

 そうか、こういう時か。

 こういう時の最初の一言が、重要なのか。

「…………」

 沈黙に乗じて、俺は自分の掌を見つめた。

 解らん。解るはずがない。どうしたらいいかの対処法なんて知らん。知るわけがない。

 ならもう、どうにでもなれ。

 俺は顔を上げて、口を開けた。

 途端に、口を開けて何か言い出した愛野の顔が見えた。

 見えたけれど、紡ぎかけた言葉は止められず、二つの声が重なる。



 ――ねぇ、彼方。

 ――なぁ、茲奈。



 気まずさとか、恥ずかしさとか、そういうわけの解らない感情がごちゃ混ぜになったせいだろう。

 続きは、どちらからも紡がれず、生温い夕暮れの日差しが部屋を包んでいた。




          ≪禍根(かこん)(ひとみ)≫編   了
第1章、禍根の瞳編が終了となりました。ここまで読んで下さった方がもし居ましたら本当にありがとうございます。

まだ続きますけれども、いったんは一区切りということで、小休止です。

これから先もお付き合いして頂ければめちゃんこ嬉しいです。
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