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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《禍根の瞳》編

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第十八話『遺恨の寿命~前』

「ひっ! え、なに、え!?」

 あからさまに驚く愛野。突然思念体が見えるようになって、いきなり眼の前に何かが現れたのだ。人間に取れる行動は、悲鳴を上げて浮き足立って何も出来なくなるか、反射で払いのけようとするかのどちらかしかない。愛野が後者だった。それだけだ。実体験を経て知っている。

「愛野! こっちに来い!」

 ずきりと痛んだ腹と肩。それでもしっかりと声は出た。が、愛野はそれを聞いてなおも動揺している。

「でも、ええ、あれ、大光司……って、大光司!?」

 さっき自分が殴り飛ばしたのも俺だったとようやく気付き、困惑はさらに深まる。抱きしめるようにして握った木刀も、すくみきった足も、現状を打破する足枷となっている。

「そいつは思念体だ! いいからこっちに来い!」

 言いながら、指先を思念体が倒れている場所に向ける。血が付着した砂利達を操作して、思念体を包囲する。

 思念体が起き上がる。愛野はまだこっちに来ていない。

「さっさと動け!」

 大した威力を伴わないバラバラの砂利達で小さな嵐を演出する。思念体の周りだけ飛礫(つぶて)が右往左往し、思念体はそれを弾き、回避し、落としていく。

 その隙に、俺は全身の力を込めて走った。足が怪我しているわけではないのだ。腹の痛みと顔の痛みと肩の痛みを無視すれば、走れなくはない。

 状況に着いて来れず立ちすくんだままの愛野の手を取り、すぐに俺の後ろに隠した。

 肩の血は止まらない。今もなお溢れている。くそ、このままだとまずい。心なしか視界がぼやけてきた。一度撤退する必要がある。少なくとも、愛野を安全圏に避難させなければ。

「逃げるぞ」

 どこかに春香が居るはずだ。時間帯からして巫女の仕事をしているはずだが、この騒ぎにも気付かないという事は、境内には居ないだろう。家のほうにも居ないかもしれない。裏手にある物置の掃除をしている可能性が高い。

 ぼやけた視界を振り切り、鈍る感覚を奮い、俺の血が付着した砂利達を一斉に思念体へと走らせ、攻撃にもならない弱々しい目晦ましを思念体へ浴びせる。愛野の手を取って裏手の倉庫へ向かう。全力で走る。

 裏手に回ると、倉庫の扉は開いていたが、春香は外で草むしりをしていた。くそ、巫女服着た女の子が草むしりしてるとか、夢も希望も萌えもあったもんじゃない。せめてジャージでやれよ。

「春香!」

 巻き込む事になるが、こいつだって魔心導師の端くれ。なにより、こいつ本人は将来、魔心導師を目指している。多少なら許してくれるだろう。

「兄上……と?」

 俺の後ろに続く愛野を見て首を傾げていたが、今は説明するよりも先に、

「協力してくれ。思念体が来てる」

 そう言って、春香を追い越し、倉庫へ向かう。

「う、うん」

 流石にすぐには飲み込めないだろうが、春香が後ろから着いてくるのが解った。

 俺は倉庫の中に駆け込み、扉に手をかける。

「お前も入って術をかけろ! 思念体から隠れる!」

 早口に言い過ぎたのか、口調が荒くなってしまった。だがそんなのは今更だ。俺の口調が荒くない時なんて無いしな。

 春香はすぐにその通りにした。春香が倉庫の中に入った瞬間に扉を閉める。そして春香が認識を妨害する術を扉にかける。もしくはこの倉庫そのものにかける。これで、あの思念体からは、一時的にここが見えなくなるだろう。時間は稼げる。

「ねぇ、どうなってるのよ!」

「兄上、何事?」

 二人が同時に問い詰めてくる。その前に俺の怪我を見てくれよ。間近で叫ばれるだけで痛むんだが。

「思念体は参道のとこに居る。多分、すぐに俺を追ってくるだろう」

 その説明に、春香が首を傾げた。

「思念体は、ここには入れないはず」

 その通りだ。普段通りなら、だが。

「母さんが出掛けてんだよ。だから今は結界が無い」

 この寺に思念体が入らないようにしてるのは母さんだからな。

「母上不在を狙って思念体が入ってきた? でも、思念体はそんなに賢くないはず」

「ずる賢いのも居るんだろ」

 着ていたシャツを破いて、傷口の少し上に結び着ける。途中で気付いた愛野がそれを手伝い、その場凌ぎにしかならない止血措置を済ませた。

「思念体が知恵を持つのは、かなり珍しいって、父上が」

「皆無じゃねぇなら居るんだろ。事実、あいつは道具を使ってた。むしろ、俺と全く同じ程度の悪知恵は働かせてた」

 突然現れた愛野を人質に取ろうとしたりな。思念体だからやはり詠唱は使えないようだが、詠唱を阻止しようとさえしてみせた。あれで知恵が無いとは、流石に言えない。

「……どんな思念体?」

 問われ、少し考える。だが、隠してもどうしようもないと気付き、俺は正直に言った。

「あいつは、俺の思念体だ」

 掻い摘んで、俺が変わろうとしたのを阻止するために現れた、元の俺の人格という思念体である、と説明した。変われとするのが今ここに居る俺で、変わるなと言うのが外に居る俺である、と。

 体術は俺と同等以上だ。殆ど喧嘩殺法に近い俺の戦闘スタイルは、ノリだの意思だので力は大きく左右される。となれば、空気に酔って「変わっちまうか」と思っただけの俺の意思と、ずっと俺として生きてきて、そのスタイルを貫こうとする俺の意思では、まぁ前者が負けるのは仕方ないだろう。

 とにかくそんな感じの事を、事情だなんだのを踏まえて説明した。

「それって……」

 愛野が息を呑んで、真剣な面持ちで顔を近付けてきた。

「私に謝るかどうか迷った結果、死に掛けてるって事……?」

「うるせぇ」

 伺うような口調とその顔を払いのける。それはさっき話したろ。

「だったら、今ここで済ませちゃえば、終わるの?」

 突き放されてなお続く問い。俺はそれを否定した。

「そんな単純じゃねぇ。あいつが、つまり俺が恐れてるのはその後だ。下手に人間関係を築いて、それが原因で俺が腐っちまう事をあいつは恐れてる。なら、あいつはそれを阻止しに掛かるだろう。それこそ、さっきみたいにお前に縁太刀を向けて、お前と俺を、神の加護をもって突き放す事でな」

 そうすればあいつの目的は達成だ。あいつは徹頭徹尾、俺と愛野がこれ以上親しくならないようにするため現れたのだから。

「ぶっちゃけ、俺はそれでも構わないと思ってる。ただ、俺はあの時、お前に言い過ぎた。目障りだは言い過ぎだった。それを訂正しようと思った。それだけの事に過剰反応しやがったんだ、あのクズは。まぁ、なんか他にも色々理由があるみたいだがな」

 別に、少なくとも今の俺は、愛野と今後もよろしくしたいわけじゃない。と自分では思っている。だが思念体が言うには、それだけでは済まなくなるという事らしい。

 俺が謝れば愛野は俺を許して、そしてその後もなんだかんだでよろしくして、いつしか愛野に依存するようになると、そんな感じの事をあいつは言っていた。誰かに依存した事が無いから解らん。どうしてそうなるんだ。

 だって俺はクズだ。愛野と仲直りしたところで、三日後には「友達ワロス」と言ってる事だろう。

 本当にただ、言いすぎを訂正したかっただけだ。それだけの我儘だ。そんな事のために今、俺は死にかけて、愛野と春香を巻き込んでる。ほんとクズだな俺。

 それでも。

「そっか。なら、来てよかった」

 と、視線を落とした愛野を見て、あいつに抗って良かったのだと、これが正解だったのだと思えた理由は、俺には解らなかった。

「つーか、お前はなんで戻ってきやがった。確か、一回来て俺と目が合って逃げたよな。あんまんま逃げれてれば、巻き込まれずに済んだんだぞ」

「そんなこと言わないでよ」

 落としていた視線を上げて、愛野の瞳が真っ直ぐ、俺を捕らえる。

「私だって謝りたかったんだから。あの時は、その……無神経だったし」

 なんだ、自覚はあったのか。それは良かった。

「なら、謝罪大会といこうか。……ちゃんと終わらせてから」

 まずは過去の俺を清算しなければならない。過去の俺は、その謝罪大会も認めないだろうから。なんとしてでも、無かった事にしようとするだろうから。

「でも、どうするのよ。あんたは一刻も早く病院行かなきゃだし。話聞いた限りだと、かなり強いんでしょ?」

 致命傷を受けてる俺の状態だと、まぁ勝つのは難しいかもな。

 だが、俺には最大の切り札がある。

「このまま篭城(ろうじょう)する」

 俺はそう言って春香を見た。感情の読めない無表情のまま、春香は首を傾げる。

「春香の力があれば、時間稼ぎは出来るだろう。そんで、母さんが帰ってくるのを待つ。母さんは思念体こそ視えないが、ああ見えて強い術だって使える。昔っから父親の手伝いでお勤めもしてたらしいからな」

 除霊術を応用した攻撃力こそは弱いが、結界に限定した単純な術なら、俺よりも強い。その協力を仰げば、形勢は途端に逆転だ。

 これが俺の最大の切り札。必殺、他人任せ。ちげぇよ信頼って呼べ。

「すぐに帰ってくるの?」

 愛野の問い。それは解らない。冬月とどれくらい話してくるかもそうだし、冬月の家がどの辺りなのかも解らない以上は、時間は計り知れない。

「母さんが帰ってくるのが先か、春香の術が見破られるのが先か、俺が力尽きるのが先か。根性論のチキンレースだ」

 時間と体力との勝負。プラスで我が妹様の底力便りだ。

 そう思っていた。

 春香が、無言のまま立ち上がり、扉の前に立つまでは。

「……おい、何する気だ」

 動くのがたるい俺は、座りこんだまま聞いた。

 春香は答えず、扉に手を掛ける。

「待て。おい待てっての。何、まだ怒ってんの? 下着見せてって言っただけでその扱いは酷くね?」

 今にも扉を開けそうな春香。暗がりで表情がよく見えない。もしかしたらこれも、春香の認識妨害の力かもしれない。

「違う。怒ってなんてない」

 せっかく逃げ込んで隠れて篭城の条件も揃った環境だったというのに、

「ただ」

 春香はゆっくりと、その扉を開け放った。

 まじかよ、と、俺は口の中で呟く。

 もう隠れてはいられない。篭城の条件は崩れ去った。稼げる時間は尽きた。



「――兄上は、変わらなくていい」



 開け放たれた扉の先に、袴を着て、縁太刀を握った、傷負いの俺が立っていた。
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