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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《禍根の瞳》編

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第十七話『問いかけの答え』

 縁太刀は縁を切るための道具であり、元々人や物を切るための物ではないが、それでも刃は刃だ。普通の凶器としても使える。

 対して俺の武器は木刀。勿論普通の木刀ではない。思念体と戦うため、魔心導の術を組み込んで作られたものだ。思念体に対しては効果が強い。

 リーチにおいては木刀が優莉だ。縁太刀は短刀程度の長さしか刃渡りが無い。相手に一撃を入れた時の威力は同等だろう。しかし、例えば鍔迫り合いのような状況になった時、刃と木刀では刃が有利だろう。下手を打てば木刀が切られてしまう。

 鍔迫り合いには持ち込まない。それが武器における注意事項だ。

 次に服装。俺はお勤めを終えたばかりという事もあり、動き易い服装をしている。対して相手は袴だ。動き易さでは俺に利がある。問題なのは、思念体であるあいつが魔心導術を使えるか否かだ。

 袴は、あの服装は術の力を高める効果がある。そのため、もしも思念体であるあいつがそれでも術を使えるのなら、魔心導術の勝負では俺が不利。となれば、肉弾戦に持ち込むのが得策だろう。

 俺はその確認を脳内に浮かべ、そしてすぐさま駆け出す。

『聞くぞ、大光司彼方』

 待ち構える思念体が口を開く。

『お前が守りたいもんはなんだ』

 距離は俺が数歩踏み込む事で無くなった。

 駆ける威力も乗せ、「そんなもんありゃしねぇよ」と答えたところで、思念体が防御の構えを取ったのが見えた。、

 鍔迫り合いには持ち込ませないため、木刀を途中で止める。

横に流れていた全身の力を途中で軌道修正し、水面蹴りの足払いへと移行するが、思念体は上に跳んでそれを回避する。

追撃を試みようとしたが、目前に迫っていた飛び蹴りを回避するため、距離を取る。距離を取ってから、会話の続きを紡ぐ。

「そんくらいは解ってんだろ、なんの嫌味だ」

『お前が守りたいもんはなんだ』

「知らねぇな、と言いたいところだが、あれだ、俺はナルシストだからよ。自分が大事っつーわけで、俺が守りたいもんは自分自身だ」

 笑いながら言って、もう1度木刀で殴り掛かる。

 しかしそれは、攻撃というのもおこがましい、ただの威嚇のようなものだ。普通の攻撃をして当たる相手とは思わない。だからフェイントから、という算段だったが、思念体もそれを理解したらしい、回避ではなく、自らの腕を使って受け流してみせた。振るおうとした木刀は容易に上へ逸れていく。

『成長したなぁほんと』

 思念体は笑声を上げる。

 ぐにゃ、とひしゃげるように、思念体の笑みが翳るのが見えた。

そのまま互いに、いくつかの攻撃が空を襲う。どちらも当たれば致命的と知っているから、回避、回避、回避が続く。

「おかげさまでな。随分後ろ向きな成長が出来た」

 攻防に集中するため中断していた問答の続きを、嫌味ついでに吐き出す。が、その嫌味は通用しなかった。

「後ろ? はっ、どっちが前かも解ってねぇのに、どの口が言いやがる」

 俺は黙った。

 おそらく、いや、確実に、思念体はこの沈黙だけで俺の心境を読み取ったのだろう。俺の沈黙の理由を知っているはずのそいつは、知らないはずが無い故にこう言う。

『なら俺が教えてやるよ』

 両手を広げて、得意げに回答を紡ぐ。

『お前が守りたいもんは』一気に身を屈め、刃を構え『――偶像だよ』

 そう言って、今度は向こうから距離を詰めてきた。腹を突かんとして刃を構えた突進。近付かせまいとして木刀を振るうが、屈んだだけで避けられた。思念体はさらに踏み込み、俺の懐へ入り込む。

 相手は既に屈んでいる。俺はそこへ、回避でも防御でもなく、さらなる攻撃を重ねた。木刀を振るった事で生じた横へ流れる力をそのまま活かし、思念体の顔面目掛けて蹴り上げる。

 思念体はさらに体制を低くした。殆ど地面を這うような体制だ。だが、片足を上げている俺よりは遥かに安定した体勢だろう。

 思念体が刃を突き出してきた。体勢上、防御は不可能。間に合わない。

 俺は身体を支えているほうの足も上げ、身体を宙に浮かせ、さらなる蹴りを繰り出した。どこを狙ったかも、体勢上確認できていない。しかし、相手の刃が俺に刺さる事はなく、そして足裏にはっきりとした感触が伝わってきた。

 蹴りは当たった。

 その足は相手を突き飛ばし、けれど反動で自分の身体も後ろへ飛ばした。

 俺は崩れた体制のまま落下する。肩から落ちて、数回転がる。打ち所は悪くない。が、ダメージはある。

 すぐさま立ち直す。思念体も、少しよろけながら構えを取り直していた。

 僅かばかりのダメージが互いに与えられた。進展はそれだけだ。

「…………」

 偶像。意味が解らずに言葉を捜すことも放棄していたが、そんなことをする必要も無かったらしい。

『世間様は、守る価値があったか? 守られるのは当然だからって胡坐かいて、守られたいとすら思ってない連中だ。それをまさしく身を持って知らされたお前だ。世間様は守る対象じゃねぇ。なら、友達皆無のお前はなんのために戦う? 誰のために?』

 多分こいつは、小学校のあの事件のことを言っているんだ。そこから話を持ってきている。

「うるせぇ」

 三度、今度は互いが一気に距離を詰めた。右から横一線に振るった木刀。しかしそれは、思念体の左手によって腕ごと止められた。思念体の右手に握られた縁太刀が横凪に振るわれる。俺はそれを左手で、思念体の右手を掴んで止めた。

 互いが互いの手を取り合う素敵な体勢で、続きは紡がれた。

『戦えるのが俺だけだから戦う。大層ご立派な理由だな。でも、それは言い訳だ』

 至近距離で釣りあがる思念体の唇。

『正しいと言われたかった。意味の無い、価値の無い戦いを繰り返す俺に意味をくれる存在が、いつか現れてくれる。その日までは惰性でもなんでも堪えて戦い続ける。それこそがお前の求めたもんで、守ろうとした偶像だ。……まるでいつかの誰かだなぁ』

「うぜぇ!」

 状況を脱しようと俺は蹴りを繰り出――そうとしたところで、その足を踏まれた。蹴りが封じられたのだ。

「っつ」

 先手を打たれた事に僅かの動揺が走る。

 その隙を、俺である思念体が見逃すはずも無かった。

 思念体がにやりと笑った。

 掴み合っていた腕を伝って、身体が一気に引き寄せられる。

 その力の流れを乗せて、思念体の額が俺の目前に迫った。

 一瞬、視界が黒く染まる。そして衝撃が顔面に張り付く。

 頭が後ろへ流れていく。頭突きを喰らったのだ。吊られて体も後ろへ流れかけたが、それを、掴み合っている腕が許さなかった。

 再度引き寄せられる俺の身体。視界も回復しないままに、今度は腹部に、内臓まで響くような鈍い衝撃を覚えた。ぼやけた視界が捉えたのは、俺の腹にめり込んだ思念体の膝だ。

「がぁっ」

 嗚咽と共に身体から力が抜けていく。その隙に、掴んでいた思念体の腕が、縁太刀を握るその腕がするりと抜けた。

 刺される。

 そう察した俺は痛みを無視し、苦痛に悶えるよりも先に、思念体の袴の襟元を、開いた左手で掴む。木刀を握る右手は未だ掴まれている。この状況を利用する。

 思念体が縁太刀を突いてきた。俺は思念体の懐へ潜り込む事で回避しようとしたが、肩に鋭い痛みが走る。決して浅くは無いであろう痛みを感じる。

 それも構わず、相手の襟元を掴んだまま、思念体を背中に背負った。

 全身の力を一つの方向へ向ける。思念体を背負い上げる。

 身体を捻り、そして、思念体を参道へと叩き付けた。

『づあぁっ!?』

 思念体が嗚咽を漏らす。それでも受身はしっかり取ったようだ。これだけで決着には至らないだろろう。だが、掴まれていた右手が、木刀を握る手が自由になる。

 留めだと言わんばかりに、その木刀を垂直に振り落とした。

 が、その木刀が思念体を打ち抜く手前で、胸に鈍い痛みが走る。呼吸が止まる。

 首下を蹴られたのだと察したのは、数歩下がって、砂利の上で肩膝を着いてからだった。

 息を整える必要がある。それはお互い様だった。

 思念体もゆっくりと立ち上がっているが、苦痛の息を漏らしていた。背負い投げのダメージはしっかりあるらしい。

 今の掛け合いの勝敗はどっちだろうか。俺は四度の攻撃を喰らった。頭突き一発、蹴りを二発、そして肩を切られた。

 対する俺の攻撃は背負い投げ一発。参道の上に叩き落したためダメージはでかいだろうが、清算が取れるかは定かではない。

 そう思っていたのは、立ち上がろうとした時までだった。左腕が上がらない事に今更気付いたのだ。

 横目に見ると、かなりの血が出ていた。もうこの服は使い物にならないなと余計な事を考えてしまう程度には、肩が血まみれだ。それに気付くと同時に痛みが増す。思わず木刀を掴んだままの右手で押さえてしまった。

 動かせない事は無いが、動きは鈍るだろう。攻め方を変える他に無い。

 傷口を押さえていた手を、血をばら撒くようにして払いのけた。そして足元の砂利をしっかりと踏みつける。

()(おど)りし赤き洗礼(せんれい)。踊り(くる)いし()しき精霊(せいれい)。踊り場は揺れて(くさび)と化した」

 即興の詠唱を早口で吐き出す。

『っち。言わせるかよ』

 舌打ちと共に思念体が駆け出し、距離を詰めてくる。縁太刀の刃が真っ直ぐ、俺へと向けられる。

「息を潜めし赤き洗礼。なお狂いける悪しき精霊」

 突き出された刃を、木刀で弾いた。だが、それは想定されていたようだ。駆けていた威力を乗せた回し蹴りが炸裂する。俺の横腹を貫く。

「お……どぁ……!」

 吹き飛ばされ、砂利に引き摺られる。止まりかけた呼吸はしかし、今は整えるわけにはいかない。そうすれば、詠唱が途中で終わってしまうからだ。

「……り場、呆れて、鎖と化した」

 なんとか、詠唱を継続する。さっき喰らった攻撃のせいで木刀も手放してしまったようだ。無防備になれば負ける。ここはなんとしてでも発動させなければならない。

『くそっ』

 流石に慌ててか、思念体は体制を立て直す事もせず、蹴り上げた足をすぐさま戻して地面を蹴った。

 俺は紡ぐ。

「――堕落の愚者を落ち着(突)き落とせ」

 そして、俺の肩から溢れた血に染まった砂利達が、思念体へ目掛けて一斉に飛び掛った。

『なっ!?』

 纏めればサッカーボール程度の大きさにはなるであろう砂利の塊を一身に受け止めたそいつは、強く後方へ弾き飛ばされていく。そしてその砂利の流れに、木刀も追加してやった。

 ざまぁみろ、と内心で嘲る。

 たった一回の謝罪さえも許容しないような、その程度の変化さえも恐れたようなやつには堕落って言葉がぴったしだ。クソ野朗。あー、自分で言って虚しくなった。

 俺は仰向けの状態から横に身体を動かし、それでもなんとか顔を上げた。立ち上がるのにも苦労しそうだ。

 対する思念体も同様だった。ゆらゆらとバランスを崩しながら体制を立て直すが、足元がおぼつかない。所々から出血もしている。そして数秒後には片膝を着いた。

 とはいえ、立ち上がるにもあと数秒、もしくは数十秒休まなければならなそうな俺よりは軽傷だろう。俺は倒れたまま、思念体を睨んだ――つもりだった。

 思念体の後ろに鳥居が見える。寺なのだから当たり前だ。だが問題なのは、その鳥居を潜ってきた、一人の女の姿だった。愛野茲奈の姿だった。

「た、大光司!?」

 戻ってきたのだ。さっき顔を出すだけ出して逃げ出したくせに、くそったれな事にこんなタイミングで、何故か引き返してきたのだ。

 これ以上無いほど最悪のタイミングだ。

 怪我して倒れている俺を見て、愛野が駆け寄ってくる。だが、愛野と俺の間には思念体が居る。

 ――愛野には視る事が出来ない思念体が居る。

 その思念体が、唇を尖らせたのが見えた。笑ったのが解った。

 その思念体の手には今、刃が握られている。縁太刀の刃が握られている。

 縁太刀の刃は、魔心導師は思念体の排除に応用しているが、本来の用途は違う。人の縁を断ち切るものだ。

 ゆらり、と立ち上がった思念体が、その刃を握り直すのが見えた。

「っつ……来るな!」

 立ち上がれないまま、俺は叫ぶ。叫ぶと同時に、愛野は驚いたように肩をすくませて立ち止まった。

「な、なに言ってるのよ……怪我、してるじゃない」

 胸の前で両手を握って、愛野はすぐにゆっくりと歩み寄り始めた。

「来るなっつってんだろ!」

 再び張り上げた声に、愛野は今度こそ立ち止まった。

『そうだ、それでいい。解ってんじゃねぇか』

 嘲笑を込めた震えた声で、思念体は言う。言いながら、ゆっくりと愛野に近付く。

 愛野は危険な思念体がすぐ近くまで来ているなんて露も知らずに、その表情でもって、何故止めるのか、と聞いてくる。俺はひたすらに首を横に振った。来るな。これ以上は踏み込むな。そのまま引き返して逃げてくれ。そう懇願したいが、

『逃げろ、なんてつまんねぇ事は言うなよ。こいつは立派な交渉材料だ』

 そう言って、思念体は縁太刀を愛野の首筋に当てた。

 思念体は、基本的に直接人体を傷付ける事は出来ない。出来ないはずだ。

 だが、あれはどうだ? あの縁太刀は、愛野に有効なのか? 解らない以上、あの縁太刀は愛野も切れると考えるべきだろう。

『その一。俺が今、ここでこいつを切り捨てる。だがそうすると、どっからどう見ても、世間様は俺が、つまりお前が、こいつを殺したって事になるだろう。それは困るんだわ。なにせ、俺はお前だからな』

 犯罪行為は犯せない、という事だろう。そりゃそうだ。事が終われば、あの思念体が勝てば、この身体はあいつの物になるのだから。いや、正確には、あいつに戻る、か。

『その二。こいつの縁を片っ端から切り落とす。そうだ、そいつはいい。それで行こうか。お前との縁を切りたいところだが、残念、俺もお前も縁切りの専門家じゃねぇから、どうすればお前とこいつの縁を切れるかを知らねぇ。なら、お前との縁が切れるまで片っ端から切るしかねぇよな? 仕方ないだろ? 例え、こいつが友達全員無くしたって』

 待て。ふざけるな。そいつがどんな思いで、どんな苦労をして、その人脈を築いたと思ってる? そんな簡単に切り捨てようとするんじゃねぇよ。見下げ果てたクズだな。あいつ、ほんとに俺かよ。

「ねぇ、これ」

 愛野は、足元に落ちていた木刀を拾い上げた。そいつで隣の思念体をぶったたいてくれれば簡単なんだがな、それも叶うまい。あいつには思念体が見えていない。

「救急車、呼ばないと」

「駄目だ、辞めろ」

 とにかく動くな。何もしないでくれ。

 なんでこの状況を理解してくれない。今すぐ逃げてくれ。あいつが、あの思念体が、俺が、お前の人生を狂わせる羽目になる。叫びたくなるような嫌がらせと屈辱に耐え抜いてやっとこさ築いた人間関係を、ぶち壊す事になる。

『それが嫌なら、部屋に引き返せ』

 俺の心を読んだかのように、思念体が言った。嘲笑も笑みも全て消し去った、真剣な口調で。

『その程度の怪我なら自分でなんとか出来るだろ? こいつを、愛野を今ここで冷たくあしらって、「もう金輪際俺に近付くな」と、そう言え。「俺はお前が虫唾が走るほど嫌いだ」と突き放せ。なんなら、「生理的に無理」とでも言ってやれ。縁太刀を使うまでもなく、この縁を終わらせろ』

 なんでそこまでして、たった一回の謝罪を拒絶するんだ。そこまでする事じゃないだろうが。そう内心で悪態を吐き思念体を睨むと、そいつは再び、俺の心を読んだ。いや、俺がなんと思うのか、俺自身であるあいつは察したのだろう。

『困るんだよ』

 と、そいつは言った。

『万が一にでもお前に大切な人とやらが出来たら困るんだ。「そいつのためになる事は何か」なんて事を考えられたら困るんだ。人間はな、一回覚えちまった事は簡単には忘れられないようになるんだ。そうやって人は優しくなってく』

 そして、と思念体は続ける。

『優しくなっちまえば、そいつだけ、愛野だけを特別扱いなんて出来なくなる。愛野に向けていた特別扱いは、いつか愛野以外にも向けられるようになるだろう。お前にその気がなくても、知らない内に気付けばそうなってるはずだ。そうやって億が一にでも、お前に優しくなられたら困るんだ』

 それは解る。困るだろう。なにせ俺のお勤めは人の心を踏みにじる行為だ。今だって、今までの変わりたくないという俺の願いを踏みにじろうとしている。魔心導師はクズでなければ勤まらないのだ。そのはずだ。

『誰の利も考えないってのはラクだぜ』

 ふと、愛野を一瞥する。愛野は青褪めた表情で俺を見ている。

 俺は口を愛野から見えない角度に動かし、願わくば思念体にだけ届けと祈りつつ小さく呟く。

「随分と拘るじゃねぇか。なに、お前、まだ小学校ん時の事を引き摺ってんのか」

『本能が叫ぶんだわ。お優しい人間になられたら困るってさ』

 俺の発言を無視して、もしくは届かず、思念体は続ける。

『毎日毎日、フラッシュバックする赤い教室を忘れるために現実逃避してやがんだ。たった一回の失敗でそれだぜ? これ以上増えたらどうなるよ』

 どうなるのだろう。考えたくもない。つーか、なにお前さりげなく自分のヲタク趣味を過去のせいにしてんの? 全国のクリエーターに謝れよ。

『他人様との繋がりってのは巷じゃしがらみっつーんだ。あの赤い教室とてしがらみのひとつだろう。あのレベルはそうそう無いにしろ、人との繋がりなんてろくなもんじゃねぇよ。ましてや俺達は魔心導師。人の心だのってやつを散々見てきたが故に、そういうのに機敏だ』

 このまま聞いていれば、いつまでも言い訳みたいな論を続けそうだな、と、どこか滑稽に見えた。

『そもそも』

「おい」

 言いかけた思念体の言葉を遮ると、思念体は眉を潜めた。

「お前が守りたいもんはなんだ」

 と、俺は問う。

『……偶像だって、さっき言ったばっかだろ』

 と、思念体が答える。

「お前が守るべきもんはなんだ」

『…………てめぇはなにを……』

 訝しむような顔をする思念体。だが、構ってやるつもりはない。今は、思念体の反応なんざどうでもいい。

 思念体の隣に居るやつは、困惑して何をどうしたらいいのか解らない面持ちの愛野は、俺の木刀をその胸に抱き締めている。

「なぁ、教えてくれ。――お前が守りたいもんは、なんだ」

 俺は言って、そして目を閉じた。

『おい、てめぇはなにを』

 俺の思考に気付いてか、いきり立った声を上げる思念体は無視だ。

 頭の中で、意識を繋ぐイメージを浮かべる。

 現状を打破するには、俺が自分の選択肢を勝ち取るためには、愛野が自ら動いて、危機を脱する必要がある。

 思念共鳴が成功すれば、危機は脱する事が出来る。

 今までは一度も成功していない。だが、思念共鳴は本来なら簡単な術なのだ。条件はただひとつ。互いに同じ感情を分かち合う事。

 今まではそれが出来なかった。そんな事が出来なかった。理由は単純明快。愛野は健気に俺へ近付こうとしていたのに、俺は愛野を突き放す事しか考えていなかったから。

 だが、今なら。

「よくわかんないけど、今は大光司よ!」

 その愛野の言葉に確信する。

「そうか」

 愛野の人間性なら当然と言える発言だろう。目の前に傷付いている人間が居るのだから、それをなんとかしようと、俺の心配をすることだろう。

 かくいう俺とて、巻き込んでしまった立場上、愛野の心配せざるを得ない。

 ほら、同じ感情はこれで完了。

「…………そいつは良かった」

 再び目を開けた俺の視界に飛び込んだのは、握っていた木刀でもって思念体を突き飛ばす、けれど痴漢に反射で殴りかかってしまったかのような驚愕の表情を浮かべている、愛野の姿だった。
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