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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《禍根の瞳》編

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第十六話『無意識との相対~後』

 横目に階段下を確認。しかし、当然だが愛野の姿は見えない。今すぐに追いかけなければ見失うだろう。

 だが、追いかけられる状況ではない。

 俺は、俺と全く同じ姿をした、しかし私服でスウェットパンツにシャツを羽織っただけのラフな格好の俺と違って、白袴という正装をした俺の思念体を睨みつける。

「俺は今、忙しいんだが」

 思念体に向けてそう言うと、思念体はカラカラと笑う。

『そうだな、録画してあるマジックリンリンを見なくちゃいけねぇ。さっさと急いで部屋に戻れ。大好きな堕落をしようぜ。大嫌いな世間様を無視して、現実逃避の時間と洒落込もうぜ』

 一歩、砂利を踏みつけ前に進んで思念体が言う。

思念体に攻撃するための木刀は賽銭箱の前だ。拾いに行く前に止められるだろう。しかし相手は縁太刀を持っている。普通に戦えば切り刻まれて終わりだ。

「悪いがアニメは後回しだ。それよりも今は、女のケツを追っかけたいとこでな」

 近付かれた分距離を置いて、俺は笑い返す。が、ふと、思念体が笑うのを止めた。

『つれない事言うなっての。最近春香が相手にしてくれないからさー、寂しいんだよ。そのうえお前まで相手にしてくれないとか、なんなの虐めなの?』

「流石は俺だな。こうして見ると、きもさが尋常じゃない」

 思念体は、縁太刀の峰で自分の肩を叩いた。

『きもいとか言うなよ自覚はしてる。お前もそうだろ? 女のケツ追っかけたってどうしようもねぇって事くらい解ってんだろ? お前の大嫌いな自己満足じゃねぇか。やめとけやめとけ無駄骨だ』

 俺はさらにもう一歩下がり、参道から外れて砂利を踏んだ。

 そこで、「そうか?」と強がって、両手を広げてみせる。

「くそったれた理屈にくそったれた理論を。焼き石に水じゃあ意味がねぇ」

 そう言って笑って、主張するように続けた。

「熱を冷ますなら熱源を消せ。臭いもんには蓋をすんならいっそ亡き物にしろ」

『いいねぇ、遣り合おうってか? だが俺はお前だぞ? お前は俺だ。決着が着くと思ってんのか?』

 思念体が一歩近付いてくる。俺はその分距離を取った。

「くそったれ共を痛い目に遭わせ――」

 そして。

 視認出来るぎりぎりの速度で、思念体が一気に距離を詰めてきた。縁太刀の刃が喉元に触れる。

『普通に詠唱だって、気付かねぇわけねぇだろうが』

 会話に擬態させたつもりだったが、詠唱は途中で打ち切られてしまった。すぐさま後ろへ転がって、攻撃を回避する。

「そう甘くはねぇか」

 砂利に滑りながらも体制を立て直す。思念体は静かな立ち姿でこっちを睨んでいた。

『俺はお前だっつったはずだぞ。何企んでるかなんて、おおよその見当はつく。つーか、今のはお前が下手糞過ぎたんだよ。やんならもっとちゃんと誤魔化せ。自分の無能さに自分が嫌いになりそうだぜ。泣きそうだ』

 嫌いじゃない嫌味だ。

『もう解ってると思うが』

 と、今度は思念体が両手を広げた。

『俺はお前から作られた思念体だ。どういう思念体として生まれたでしょうか。はい、挑戦者の俺、回答をどうぞ』

「知らねぇな」

『はい正解でーす、流石俺、解ってるじゃねぇか』

 くっそ、舐めきってるなあの野朗。ぶち殺すぞ。

『俺はクズなお前だよ。お前は、つまり俺はいつだかこんな悩みを抱いたなぁ、俺はどうしてクズなのかと。答えは簡単だぜ? お前が、俺が、見ないふりしてただけだ』

 広げていた両手を下ろし、ケタケタと笑って。

『クズであろうと勤めているのがつまり俺だよ。クズから変わろうとしやがったのがつまりお前だ』

 やっぱりな、と、内心でため息を吐く。

「くっだらねぇ」

『くだらないなんて、このごに及んでまだ言えるのか。それこそが小さい器の証拠だよ』

 そう言って笑って、思念体は続ける。

『お前はクズであり続ける必要があった。そしてこれからもクズであり続ける必要がある。なにせ俺は、お勤めっつう名目の夢喰い行為に身を投じて、人様の心を踏みにじり続けないといけないんだからな。真っ当な志で、そんなもんを続けれるなんざどうかしてるね。他人を踏みにじる事に罪悪感なんて微塵もねぇ。そう思えるクズになる必要があるだろうが』

 ご高説どうもなありがたい説明に、俺は嘲笑を返す。

「別に俺はクズを辞めようとしてるわけじゃねぇんだぜ? 一回『ごめんなさい』を言うだけの簡単なお仕事だ。それくらい大目に見やがれ、器の小さい野朗だな」

『駄目だな。お前がやろうとしてる行為は、他のやつらの心は平気で踏みにじるし傷付けるし足蹴にするけど、ちょっと顔が良くてスタイルが良くて人当たりが良くて都合よく自分のやってる事や思想を理解してくれる女だけは――あいつだけは踏みにじりたくない。あいつだけは特別扱い。そういう事だぜ?』

「一人くらい特別が居たっていいだろうが。ちょっとくらいは良い思いをしたいんだよ」

『それを世間様はどう思うよ。どうして私にはその特別扱いをしてくれなかった。差別だふざけんな。そう言われておしまいだ。他人から見りゃお前の命なんて安いからなぁ。その安い命で一人の人間を大事に出来るんなら全ての人間のために命を削れよ。そういう目で見られるぜ?』

「何見当違いな事言ってんだ。別にそこまでの特別扱いをするわけじゃない。それに、今更謝ったくらいであいつが俺との関係を元に戻す道理はねぇ。散々な事を言ったからな。俺が謝りたい。それだけだ」

『違うね。お前はその先も期待してる』

 流石は俺としか言いようがない言い分に、俺は言葉を失った。

『悪あがきは辞めろよ。俺はクズだ。お前はいつまでどうしたってクズなんだよ。どっかの誰かさんみたいにだれだれに謝って仲直りしたって、そのどっかの誰かさんのように上手くは出来ないだろ。いつ傷付けんだ? 今でしょ。そうやってネタ扱いされるくらい速攻で、そいつを傷付ける羽目になるぜ?』

 そうかもしれない。俺は、友達と仲直りしてみせた愛野のようには上手く出来ない。愛野は良いやつだ。俺が謝ればきっと仲直りまではしてくれるだろう。けれど俺はクズだ。きっとすぐに愛野を傷付ける。

 こういう心配だって長続きしない。三日も経てば「友達ってうぜぇ」とかって言ってるだろうさ。そんで気付いたら傷付けてる。目に見えてる。

『だからさ、そうなる前に、元のクズに戻れ。諦めて部屋に戻れ。んでテレビを再生してリンリンに萌え萌えしようや。気持ち悪くにやけながらさ』

 きっと、そうする事が一番の正解なのだろう。俺にとっても、愛野にとっても。

『俺は心配してんだぜ? 他人はどうでもいいが何せ俺自身の問題だからな。クズでなきゃ他人の心は踏みにじれない。お勤めは果せない。他人の心を踏みにじれるクズでないと、俺は一生罪を自覚して苦しみ続けるだろう。そんなのは御免だろう?』

 それに俺が妥協する事で、俺自身と、つまりこいつと、危険を犯してまで戦う必要も無くなる。一番ラクな解決策だ。誰も苦労せずに済む。

「ああ、そうだな」

 俺はそう呟いて、賽銭箱のほうへ歩き出した。

『流石俺。それでいい』

 その姿を見届けようとしているのか、それとも違う目論みがあってか、思念体は追って来なかった。俺が歩けば歩く程、適度な距離が開く。

 そして、俺は賽銭箱の近くに落ちていたバットケースを拾い上げ、中身の木刀を取り出す。

『ま、そうなるわな』

 こうなる事が解っていたのか、木刀を構えながら振り向くと、思念体は呆れたように嘆息しながらも哂っていた。

『一応聞くが、この状況でどうして俺と戦おうとする?』

 だらけた姿勢のまま思念体が問う。

 俺は答えた。

「お前が俺なら解ってんだろ? ――俺はお前が嫌いだ。それだけだよクズ野朗」

 睨みつけると、思念体も同じように、顔から笑顔を消す。

『奇遇だなぁほんと』

 思念体も、俺と同じように臨戦態勢に入る。

『俺も、たった今そう思ったとこだよ、話の通じないクソ野朗』

 こうして俺は、俺自身と向き合った。
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