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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《禍根の瞳》編

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第十四話『彼方の言い分と茲菜の言い訳』

 境内の処理を春香や母さんに任せたまま、明かりも点けず暗い自室にて袴で寝転がっていた。かれこれ二十分くらいこうしてる。あ、そういや今週マジックリンリン見てねぇわ、今から見ようかな。でも、テレビ点けるのも面倒だ。疲れた。疲れ果てた。

「彼方、居る?」

 襖の向こうから母さんの声がした。

「あー?」

 ここに居ますよ声を出して主張。返事も億劫だ。

「私、冬月さんを送ってくるから、お留守番お願いね」

「あー」

 そんなもんは春香にやらせればいいのに。と思ったが、そうか、母さんが寺を空けるってことは、一時的にこの寺の結界が無くなるってことだから、思念体とかそういう邪なもんが入りたい放題になんのか。俺は結界こそ下手糞だが、入ってきた思念体とかは倒せるし。春香もちょっとは結界もどき使えるけど、あれは認識を阻害するだけだから、実質防御力とか無いんだよね。

 まぁいっか。寺みたいな聖域なら、思念体が入ってきたらすぐに解る。思念体が常にどかしらに居る場所と違って、そういうのの気配がはっきりするからな。入ってきたら迎え撃てばいいんだろ? 簡単簡単。ぶちころしてやりまさぁ。

「それと、今日の晩ご飯は、ちょっと良い物を買ってくるわね。期待してて」

「あー」

 買ってくるってことは惣菜かいな。つーか、いつもならそろそろ晩ご飯の時間だ。なのに母さんが買ってくるのを待つくらいなら、春香に作らせればいいのに。下手だけど、食えなくは無い。出汁巻き卵はなかなか成長してたが。

「あと、お友達、ちゃんと送っていきなさいよ」

 追加で注文頂きました。友達って誰。

 襖の向こうから気配が消えた。行ったようだ。うむ、逝って良し! 違うか。

 しかし、すぐに次の気配が来た。

「大光司」

「……あー?」

 愛野だ。

 そういえばまだ居たのか。なんで帰ってねぇの? 一人じゃ帰れないの?

「部屋、入っていい?」

「あー」

 特に何も考えずに返事をしたら、襖が開いた。

「ん。お疲れ」

「あー」

「さっきからそればっか」

 愛野の(ねぎら)いの言葉を受けて、少しだけ顔を上げる。ほんとだよ。ほんとに疲れた。もう気力が全く湧きません。で、何勝手に人の部屋に入ってんの?

 愛野は部屋の電気を点けて、畳の上に座った。巫女服はもう着替えて、制服姿になっている。つまりスカートだ。座り方も正座に疲れたからかお姉さん座りだ。お、この角度なら、み、見え……見え……スカートの下、短パンかよ。

「残念でした」

 べーっと舌を出す愛野。解っててやったのかよこの悪女。俺の期待を返せ。

 スカートの中があんな景色なんじゃ寝てる意味が無い。俺は仕方なく身を起こす。

「で、なんだよ」

 胡坐(あぐら)をかきかながら問うと、愛野は露骨に視線を下げた。寒いのか手もみして、ささくれてもいない指先をいじって、何お前、印を組む練習でもしてんの?

「ん、お疲れさま」

「……」

 なんてことない労いで、逆に返答に困った。

 しばしの沈黙を置いて、やけに気取った声音で愛野は言った。

「大丈夫、かな」

 あーはいはいその話ね。

「もう終わった事だ」

「……そんなこと」

「今さっきでも今でないなら終わったことだ」

 冬月の話を掘り返そうとしたらしい愛野を早々に制する。が、愛野はそれでも俯きながら続きを紡いだ。

「本当に、あれしか無かったのかな」

「無かった」

 俺は即答する。

 愛野は顔を上げた。

「でも、でもだよ? もしかしたら、あともう少しだけ努力を続けてたら、成功したかもしれないのよ?」

 何馬鹿な事言ってんだよこいつは……。

「なぁ、その『もしかしたら』ってどんだけ小さい『もしかしたら』だ? その『もしかしたら』をあいつは今まで何回繰り返したと思ってる? 毎日毎日その『もしかしたら』を繰り返した結果が七年の浪費だ。あいつは幸運な事に仕事のほうは成功してる。天は二物を与えずっつーだろ。あいつは夢を追う才能よりも、仕事をする才能のほうに恵まれてたんだろ」

 愛野は「でも」と何かを言いかけたが、俺が先手を取った。

「でももだけども今は要らねぇんだよ。結果は出た。冬月は夢を諦めて、これから生活してく。真面目な性格みてぇだし、仕事はこれからも上手く行くんじゃねぇの? 夢を諦めた事で、今まで疎遠になった友達とかとも連絡取るようになるかもしれん。お前がこれ以上『でも』だの『だけど』を繰り返すってのは、そういう可能性を否定するって事だぞ。……それに、全部今更だ」

 俺の言葉を辛辣と受け取ったのか、愛野は畳の目をかじるように、床に爪を立てた。

「……本当に、そうかな」

 言葉足らずで要領を得ない。なのに変なところでポジティブだから手に負えない。

「めんどくせぇ」

 希望論を語る愛野の相手がめんどうになって、そう呟いた。いつも呟いている言葉なのに、知らなかった。この言葉はこんなに重かったのか。

「……え」

 目を見開いて、愛野は虚ろな声音で呟く。俺が何を言ったか、上手く理解出来なかったらしい。

「お前さ、俺に何を期待してんだ?」

 理解出来なかったなら、俺に希望なんざ語ってもどうにもならんと、詳細に語ってやるまでだ。

「叶うかどうかも解らない冬月の夢が叶うまで、それを続ければお前は満足だったか? それとも、結婚適齢期の二十九歳まで引っ張ればお前の気が済んだのか? あいつが自分から『もう辞めます』って言うまで支えてやりゃお前が納得すんのか? そこまでして得られるもんがお前の自己満足だけじゃ割りに合わねぇ。だからめんどくせぇ。そう言ったんだ」

「ちが……そういう事を言ったんじゃなくて」

 しつこいやつだ。まだ何か言うつもりか。

「じゃあなんだよ」

「…………」

 言葉を探すようにして視線を泳がせながら黙った愛野に代わって、俺が続けた。

「お前が言ってんのはこうだろ? もっとあの人のために心身削って働け。国から税金貰ってんだからそれくらいしろ。もっと働け。ラクすんな。最後まで責任持て。そう言いてぇんだろ? ああそうだよな、俺は、俺達魔心導師は、税金で動いてるんだ。だからお前ら一般市民様のための道具だ。そうだよ道具だよ。なら酷使したって構わねぇよな。でも残念だったな、その道具は欠陥品なんだ。だから冬月の思念体を三週間も放置した。まじで欠陥品だなおい」

「ちが」

「一人の魔心導師がどんだけの思念体を相手にしてると思う? 百とか千じゃ済まねぇんだぞ。管轄してる範囲によるが万にも至るだろう。そんだけの大量の思念体全てと向き合って、全てに責任持って、全てにおいて誰もが満足行くように尽力して、尚且つ人様に迷惑かけねぇように、排除漏れが無いように常に気を張って誰一人として見捨てずなにもかもを丸く治めるのが、税金で動いてる俺らの義務だって、そう言いてぇんだろ? 解る解る。そんくらい酷使されたって仕方ねぇよな、なんたって道具なんだし」

「ちがうの、そうじゃなくてっ」

「何がちげぇんだよ!」

 地団駄(じだんだ)を踏むようにして、俺は立ち上がった。いつの間にか立ち上がっていた。愛野を見下している。

 見下されるのが不快だったのか、愛野も慌てて立ち上がり、身振りを振って否定した。

「そうじゃなくて……、そんなんじゃなくて」

「違わねぇだろうが!」

 愛野のおどついた、はっきりとしない態度に腹が立った。むしょうに叫びたくなった。

「お前は失敗したんだ、もっと良い策が、最善があったはずだ。それをしなかったお前は失敗したんだ! 反省して責任取ってもっと良い策を考えろって、そう言いたいんだろ!? そう言ったじゃねぇか! 誰も俺が最善だなんて思ってねぇよ。そんな自惚れてねぇよ解ってんだよ! わざわざそれを突きつけに来たんだろうが! 冬月の夢を見捨てた俺を糾弾しに来たんだろうが!」

「待って、お願いだから聞いて!」

 いつかのように俺の腕を掴んで、両手で両手を掴んで、至近距離になって、愛野は俯く。いや、愛野は視線を落としていない。距離が近付いたから、その身長差で、愛野が俯いているように見えただけか。愛野は頭を垂れるように、俺の胸元に耳を置いた。

「そうじゃないの……ただ、このままじゃ大光司は絶対、強がって、弱音を吐かないって思って……それで、私が一緒に愚痴とか言い合って、弱音を吐き出させてあげようって……。だって、絶対、今、大光司も、辛い思いしてるって思ったから」

 口下手なせいで、愛野が何を言っているのか、よく解らなかった。

「意味わかんねぇ」

 だから呟くと、愛野は俺の胸の中で首を横に振る。少しだけ擽ったかった。

「解ってよ……。だってあんたは、私の悩みの根っことか、悩みの解決策とか、思念体の事とか、デパートや公園で戦ってた時も、その詳細とか、そういうの全部、辞書持ってるみたいに、全部解りきってたじゃない。見透かしてたじゃない。だから、それくらい、解ってよ」

「わかんねぇ」

「なんで解んないのよ!」

 説明するに出来なかったのか、愛野は顔を上げた。目が、少しだけ赤くなっている。さっき境内で泣いたせいだろう。

「私はただ、本当に、大光司がさっきみたいに、夢を諦めさせるなんていう普通なら誰もやりたくないような事を、やらないといけないのかなって、それをやってる大光司は、心とか、大丈夫かなって、疲れてないかなって」

「論外だ」

 最後まで聞くのは苦痛だと判断して、途中で切った。俺しか出来ない。だからやる。それだけの話を掘り返されても困るし、なにより、愛野が俺に付き纏う理由が無い。

「なんでてめぇがそこまで俺に尽くそうとすんのかが解んねぇ。なに、お前俺のこと好きなの?」

 そう言って俺は笑った。笑って、なるだけ突き飛ばさないように、今の感情がこれ以上は爆発しないように、愛野を押し離す。

「ちがっ……。と、友達だから、心配して……」

 頬を紅潮(こうちょう)させる愛野を、俺はさらに笑った。

「友達じゃねぇって、何度も言ってんだろうが」

 いや、口には出していなかったかもしれない。思っただけで伝えなかったかもしれない。どうだったろう。忘れた。

 だがともかくその言葉で、愛野の表情が、今度こそ固まる。

「お前さ、もう解ったんだろ? 俺がなにをやってるかって」

 俺がどんな事をやっているのかを、こいつはもう、その本質を見抜いたはずだ。もう、勘違いはしていないはずだ。

「それは……」

 今度こそ、愛野は俯く。視線を泳がすように、小さく首を横に振る。解ってんの解ってないの、どっちなの、それは。まぁ、言いよどんでるなら解ってんだろ。

「思念体ってのはな、いかに言い訳しようと、どうしようもなくても人の心なんだよ。今までは、愛野の時はたまたま、あからさまに汚ねぇ思念体ばっかだった。だから勘違いしたんだろうな、俺が正義に見えたのかもしれねぇな。だが、実態はこうだ。実際はお前が今日見た通りなんだよ。今回の冬月みてぇなやつを、思念体を倒すために切り捨てねぇといけねぇ。これが魔心導師だよ。これが俺だよ。人の心を踏みにじってんだよ。人の願望とか欲望とか希望とか切望とか、そういうのを総括した『人の夢』を喰いもんにして生きてんだ」

 故に魔心導師は、自らを蔑み、こう自称する事が多い。

 ――すなわち、夢喰(ゆめく)い。

 だから魔心導師は影で生きている。後ろめたいから表立とうとしない。そういう事情だってある。

 けれどもこの仕事は、お勤めは確かに必要で、バキューム処理みたいな汚物処理じみた仕事として、国から支援を受けている。

 そうでなければ、仕事として成り立たないから。

 そんなクズに、そんな俺にこれ以上期待しないでくれ。

 そんな綺麗な目で見ないでくれ。

 希望なんてもんを語らないでくれ。俺には眩しすぎて失明しそうだ。

「だけどっ」

「でももだけども関係ない」

 これは結果論だ。決定事項だ。もはや事後だ。

「解ったらもう、俺に関わるな」

 愛野の手を離し、一歩引いて距離を取って、俺は言った。

「目障りなんだよ」

 もう愛野の目を見ていられなくて、視線を泳がせた。でもこれは必要な事で、正しいことだ。

愛野が俺に付き纏う理由なんて無い。理由が無いのならその行為に意味は無いし、意味が無いのなら価値も無い。そして当然、価値が無いのなら、必要の無い切り捨てるべき関係だ。

 愛野からの言葉は無かった。いくらかの沈黙が置かれた。

 数分経ったかもしれない。数秒だったかもしれない。解らない。解らないが、その沈黙の後はこうだった。

「……わかった」

 震えた声と、遠退く足音と、襖が開く音と、襖が閉まる音。

 愛野茲奈は行った。

 当初の予定通り、あいつはこれで、もう俺と関わろうとはしなくなるだろう。計算通りだ。俺を貫き、俺は俺であれと邁進し、そして成し遂げた。最後の最後までクズたらんとした自分がかっこよすぎて、生きるのが辛いね。

 ただちょっと、かっこつけすぎて今日は疲れた。

「疲れた」

 布団も()かず、袴のままなのにその場に膝を着いて、畳の上に倒れこんだ。疲れすぎて膝が笑ってやがる。ほんとに疲れた。まじで疲れた。明日学校さぼろうか。

「つかれた」

 そのまま眠る体勢に入る。

 なんだ、今日は寒いな。全身が震えやがる。疲れすぎて体温調整機能が衰えてるみたいだ。

「……つかれた」

 駄目だ、身体が動かない。声も震えるとかどんだけ寒いんだ。でも布団を敷く余裕も、暖房を着ける余裕も無い。このまま眠ろう。

 少しでも体を温めるために自分を抱きしめた俺の意識は、すぐに落ちた。
やっと話が動き出しましたヾ(o´∀`o)ノ

スロースタートで申し訳ありません……
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