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ある魔心導師と愚者の話 作者:藤一左

《禍根の瞳》編

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第十話『枯れゆく月と日照』

 ゴールデンウィークと停学期間が被っていたと知ったのは、学校に登校してからだった。聞くつもりは無かったが、周りのクラスメート達が話しているのを聞いてしまったのだ。知らぬが仏とはよく言ったものである。ほんと知りたくなかったよそんな事。え、まじで? まじでそうなの? そんな馬鹿な……停学だ学校休めるやったねっ、とかって喜んでた自分を呪い殺してやりたい。皆休みだったのね。

 とにもかくにも学校生活はいつも通りだった。誰もがいつも通りを装っていた。

 誰もが気にしていませんよオーラを醸し出しているおかげで、露骨にそれをネタにするやつは現れなかった。もしくは、まだ事件直後であるため、誰もが口を開けないだけかもしれない。その余裕が無いだけかもしれない。

 そういうわけで誰もがいつも通りかと思いきや、ただ一人だけいつも通りじゃないやつが居た。

 愛野茲奈である。

 愛野は休み時間のたび、俺のところへ来ようとした。その都度、俺は男子トイレに逃げ込んだ。ふはは、ここまで来れば追って来れまい。トイレは無敵の要塞ですよ。

 問題は俺もここから出られないという点である。おかげで全ての授業に遅刻した。

 それと、いつも通りでないのがもうひとつ。それは校内に居る思念体の数だ。

 かなり減っていた。とはいえ五分の一になった程度だが、まさか愛野茲奈に纏わる思念体を一掃しただけで、これほどまで減るとは思っていなかった。どんだけ影響力のある人間なんだ、こいつは。ある意味で尊敬ものである。

 長々しく現状報告をしたが、結局のところこれは単なる現実逃避だ。流石は俺に支えられているだけあって世の中は腐っており、混沌としているという現実を目の当たりにしてしまった。神田川弘毅という人間に纏わる思念体がとんでもない事になっていたのだ。

 愛野茲奈が被害者である事が明確に露見したために、詳しくは知らんが、神田川に同情していた連中が掌を返して愛野に同情して、神田川を恨んだのだろう。愛野にまとわり憑いていたような思念体が、今度は神田川に憑いている。だがこれは自業自得だろう。めんどくさいし、あっちは助けません。というか無理だ。ほら、また停学喰らうのは嫌だからさ。

「ちょっと、なんで逃げるのよ!」

 放課後、さっさと帰宅しようとした俺の肩を掴んできたのは愛野だ。

「しつこい……なんだよ」

 もう解った。隠れる男子トイレが無いから逃げ場が無い。いや、女子トイレが近くにあるな。そこに掛けこむか。無意味か。

「いや、その、あんたさ、そんなんでも私の恩人なわけだし……えっと、良かったら遊びに行かない?」

「無理」

 俺、忙しいし。アニメとかアニメとか。あ、今日ってば俺の応援してる声優のラジオがやる日じゃねぇか。深夜からだけど、急いで帰らねば。お勤め? 俺、日本人だからそんな外国語知らないんですけど。

「なんでよ……」

 俺の腕を掴んで逃がすまいとしてから、上目遣いで睨んでくる愛野。ふむ、その視線は悪くない。

 俺は掴まれていないほうの腕を、降参がてら挙げた。

「もう解った解った。俺はお前を助けた。それでいい。そこはいい。俺はお前の恩人。その通りだ。お前の言う通り俺は正義の味方で、無償で人助けしてんだ。すげぇなまるで聖人君子(せいじんくんし)だ。そんな聖人君子な俺は人助けの見返りを求めないんだ。たった一回助けただけでそいつと仲好しこよしになるつもりは無い。恩義を(かて)にして人脈を構成する気は毛頭無い。だからこれで終了。恩返しとかめんどくさいから、俺に感謝してんなら遠慮しろ」

 どうだ、なかなか悪くないユニークな屁理屈だろう。

 しかし、その理屈は愛野には通用しなかったらしい。

「それじゃ私の気が済まないのよ。あんたは私のために停学まで喰らっちゃったのよ? それで私が何もしないなんて、出来るわけがない」

 だったら俺に関わらないでくれないかなぁ、割と切実に。

 俺がそれを言葉にするより先に、愛野は続けた。

「ねぇ、なら、あんたのお勤めを手伝うとかって出来ないの? 手伝えることとか無い?」

「無い。言っただろ。魔心導は血筋ありきだ。それが無いお前に、俺の手伝いは出来ない」

 これは嘘だった。本当は不可能ではない。

 思念体とはいわば魂の一部だ。霊魂と似て非なるものではあるが、似たものであることに違いはない。だから、例えば尼さんをやっている母さんは思念体こそ視えないが、それでも思念体を遠ざける結界のようなものを作れる。

 そのため、大光司が収めている寺に思念体は近付けない。霊を遠ざける術は、多少ではあるが思念体にも有効なのだ。不動明王を唱えても、般若心経を唱えても、思念体にダメージを与えられるのである。

 つまり除霊だなんだを学べば、そして鍛えれば、ほんの少しだけ思念体とも戦えるという事になるわけだ。そこでさらに俺と思念共鳴をすれば、そいつは思念体が見えるようになり、尚且つ戦えるようになる。実際に春香は今、それの練習をしている。裏業みたいなもんだ。

 だがそんな選択肢は無いも同然だ。たった一回、結果的に助ける事になっただけの相手に、そこまでの事を要求するのは馬鹿げている。そもそも俺はそんなものを求めていないし、こいつとてそこまではしたくないだろう。

「でも……なんでもするから何か言ってよ」

 とにかく何かしたいらしい愛野は、弱々しい口調でそう言った。

 ん? 今なんでもって。

 と反応したいところではあったが、如何せん俺はクズだ。相手がそうしてくれと言ったなら、それに応えないのが俺の流儀。なんでもすると言ったら何もさせないで居てこそ俺だろう。

 なら。

「じゃあ少し、俺のお勤めに付き合ってみるか」

 こいつには何も出来ない。その無力を痛感させてやろう。

 そう思い至った。

 愛野は目を輝かせ、強く頷いた。

 その目が失望に移ろう様が手に取るようにして浮かんでくる。さて、こいつは何日で根を上げるかな?
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