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貴女に真紅のバラを(アメリカン・ビューティ American beauty)
作:金城 ユウ


 彼女と一緒に、この「バー・アクア」に通うようになって1ヶ月が過ぎた、ゴールデンウィーク前の4月。
 彼女の名前は、田中翔子たなかしょうこ。会社の同僚で、このバーの常連。5年越しの不倫の恋が終わりを告げ、ここで酔いつぶれる寸前の彼女と、ノンアルコールカクテル「シンデレラ」を飲んだのが、ちょうど1ヶ月前になる。(同著者投稿短編、シンデレラを参照)



 今日の僕は、いささか緊張していた。6年越しのこの想いを伝えようとおもって。
 バーテンダーが、僕たちの前にグラスを置く。田中さんの前には、お気に入りとなった「シンデレラ」、僕の前には田中さんをイメージしたようなカクテル、タンカレーのジンを使った「マティーニ」。
 タンカレーのジンは、4回蒸留したクリアなキレのある味が特徴。この個性を活かすためにはどんな美人がいいだろうか?
 僕は、鼻筋が通り、あごの線がシャープな、ちょっと冷たい感じの美人を描き出す。ちょうど田中さんのような。
 そのカクテルを、緊張を解くために飲む。アルコールが腹の底から熱を引き出してくる。
「田中さん」
「どうしたの?久高くだか君。急にあらたまって」
「こないだ言いかけたことなんだけど、君のことが好きだ、付き合ってくれないか」
 ここ1ヶ月、色々と考えたのだが、結局シンプルな言葉になった。凝った言葉はどれも、口に出した瞬間、嘘になりそうで……
「私でいいの?知っているでしょ?村田むらた係長とのこと……」
「ああ、知っている。でも田中さんがいい。同情とかで言っているわけでもない。ただ、初めて会ったときから、田中さんに惹かれていた」
「ありがとう、久高君」
 二人の間に沈黙が舞い降りる。バーテンダーの振る、シェイカーのリズミカルな音が響く。
「久高君、それじゃ、カクテルで口説いてくれないかな?私のこと」



 彼女の突然の提案に少し戸惑う。確かにいくつかの候補が、すぐに頭の中に浮かんだが、田中さんが何を求めてこの提案をしたのか。
 少しだけ考えて、今日にふさわしいと思うカクテルを探し出し、バーテンダーにオーダーする。
「面倒なカクテルで悪いけど、『アメリカン・ビューティ』お願いできるかな」
 バーテンダーは微笑んでうなずく。
「アメリカ美人?そんなに面倒なの?」
 バーテンダーは「いえ…」と彼女に微笑んで、ブランデー、ドライベルモット、グレナデンシロップ、オレンジジュースを同量、シェイカーに入れ、最後にホワイトミントを1ダッシュ、それをシェイクする。
 シェイクが終わると、グラスに真紅の液体を満たす。
「そんなに、面倒なカクテルには見えないけど……」
「ここからが、腕の見せ所だよ」
 バーテンダーがポートワインのボトルを取り出す。
 ポートワイン、ぶどうの発酵を、ブランデーを加えて止めた甘口のワイン。『ポルトガルの宝石』とも呼ばれ、デザートワインとして食後にストレートで飲まれることが多い。
「このポートワインを、フロートさせるんだ」
「でも、プロのバーテンダーなら、そんなに難しくは無いと思うけど?」
「ポートワインのように、糖度の高い液体は、重いから沈みやすい、表面にきれいにフロートするには、本当に技術がいるんだ」
 バーテンダーは、僕らが見つめる前で見事にフロートさせる。赤い液体の表面をポートワインの輝くルビー色が覆う。
「どうぞ……『アメリカン・ビューティ』。アメリカの首都、ワシントンD.C.のシンボルフラワーに選ばれている、赤いバラの品種から名づけられました」
 バーテンダーの説明に田中さんが、僕の顔を見る。そして、恐る恐るといった感じで、グラスに口をつけた。
「すごいわ。複雑な甘みと優しい酸味……本当に…本当においしい」
 感想を漏らし、真紅のグラスを見つめる。
「でも、何故、赤いバラなの?」
「赤いバラの花言葉は、いまさらだけど、愛情・情熱・熱烈な恋。それに今日、ヴェネチィアでは『ボッコロ(バラのつぼみ)の日』なんだ。この日、ヴェネチィアでは老若問わず、愛する女性にバラの花を贈るならわしがある」
「それで、赤いバラの花……」
「どうだろう?」
「そうね。私もカクテルで返事するわ」
 そういって田中さんは、私に聞こえないようバーテンダーにオーダーする。
 バーテンダーは、ブランデーとラム、そしてコアントローを同量シェイカーに入れ、最後にレモンの果汁を少し搾り入れた。
 シェイクされ、淡いオレンジ色の液体を満たしたグラスが、僕の前に置かれる。
 このカクテルは、世界一有名で、セクシーな寝酒ナイトキャップ
「Between the sheets.(ビトウィーン・ザ・シーツ) シーツにはさまれて……いや、ベッドの中に入って。という意味」
 口に含むと、熟成されたブランデーとすっきりしたホワイトラムの香りのハーモニーに、オレンジの香りがマッチした濃厚でけだるい甘さが広がる。
「ありがとう。田中さん」
「いやよ。名前で呼んで」
 僕は少しだけ躊躇して言い直した。
「ありがとう。翔子さん」
 彼女は僕を見つめて微笑んだ。



See you next story.



補足説明
【ボッコロ(バラの蕾)の日】の由来
 この習慣の由来は、遠い昔にさかのぼる。その昔、深く愛し合っていた恋人たちがいたが、男は兵士として戦争に行かなければならなかった。
 戦場で男は傷つき、傷口から滴り落ちた血が倒れた場所にあった白いバラの花の茂みを赤く染めた。女は男の戦友から、愛の証である赤い血に染まった白いバラを届けられ、愛する人の死を知った……
 
 哀しい由来ですが、意中の女性にバラの花を一輪。ロマンティックな話だと思いませんか?
 ちなみにボッコロの日は4月25日です。
 漫画、『ARIA(天野こずえ/作)』の3巻に収録:ボッコロの日
 以下、主人公のセリフ
>「なんだかとっても摩訶不思議…
>もうその彼も彼女も何百年も前のずーと昔にいなくなってるのに
>その彼の想いだけは赤い薔薇となって、こうして今も残ってるんですね…」


最後まで読んでいただきありがとうございます。

両カクテルとも、Bartenderの9巻に収録されています。
アメリカン・ビューティ Glass65 男達に赤いバラを
ビトウィーン・ザ・シーツ Glass68 聖母のラム 後編

ちなみに「私が優しい思い出に変わるまで」に使った「ラストキッス」もGlass71 バーテンダーの恋 後編に収録されています。

この話を読んで、カクテルを飲んでみたいと思ってくれたら、うれしいのですが……













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