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序章

リセナート魔法ギルド末端事務局 ~フェアリーアイズ・パーティー~



 序章


 朝起きてもぞもぞと寝台から抜け出して、頭を掻きながら、寝ぼけ眼のまま歯ブラシを手に取って鏡の前に立ったオーウェンは、鏡に映った自分の顔に目を移した瞬間、あんぐりと口を開けて盛大に眉をひそめ――。

「やられた……!」

 ぐしゃっと歯磨き粉の入れ物を握り潰した。

 ばたばたと上着を羽織って外へ出て、とある建物の扉をばたんと開けて叫ぶ。

「シェリア! シェリアはどこだ!」

 その場にいた一同がこちらを見てきた。

 ……しかし、目当ての人物はいない。

 じろりと辺りを見回すと、長椅子のところに薄茶色の長い三つ編みがゆるりと垂れているのが見えた。

 ずかずかと歩み寄る。

 三つ編みの主の少女がそこに寝ていた。

「シェリアッ!」

「ひゃあっ」

 オーウェンが少女の耳元で怒鳴ると、少女――シェリアは奇声を上げて飛び起きて何事かというように辺りを見回し、オーウェンと目が合うときょとんとした表情でこちらを見てきた。

 その表情にオーウェンはいらいらしつつ言う。

「なんでこんなところで寝てるんだ。観測結果はどうなった?」

「観測結果?」

 シェリアは首を傾げる。

 オーウェンが人差し指で自分の顔を指し示すと、はたと気が付いたようにオーウェンの眼前に顔を寄せ、じーっと見てきた。

「……あちゃあ、見事にやられちゃいましたね」

「見事にやられちゃいましたね、じゃねえだろうが!」

 怒鳴る。

 近眼のシェリアが眼鏡をかけずとも分かるほどの、それ。

 背後でぼそりと呟きが漏れる。

「オーウェン・オッド・プロイスナーのオッドアイか」

「局長っ!」

 オーウェンは顔をしかめて呟きの主に、緑と、琥珀色の目を向けた。

 ――フェアリーアイズ現象。

 オッドアイ化、バイアイ化とも呼ばれるその目の異変。

 カルチア帝国の小都市リセナートでは現在、住民の八割は片目の色が違うという状態になっている。

 数ヶ月の調査で、何者かの魔法による仕業だということは判明したが、魔法はある一定の法則はあるもののほとんど無差別に発動されているらしく、異変を防ぐ手立ては未だなし。

 それでも、魔法が相手だとなれば、発動の瞬間を観測することはできる。

 魔法の観測ができればこの騒動を引き起こしている主を特定することも可能なはずで、魔法ギルド――の一支部である小さなこの事務局では、その魔法を観測しようと試みているところだった。

 オーウェンが「局長」と呼んだ、鮮やかな新緑の髪をした少年は、肩越しにひらひらと手を振って言う。

「夜通し観測しろってのは元々無理な話だろう? 魔力を注ぎ続けなければ観測機は停止するんだ。シェリアを責めるのは酷ってもんだろう、オーウェン。たとえシェリアが昨日は観測機に指一本触れてないにしても」

「――つまりさぼったんだな?」

 ぎろりとシェリアを睨む。

「きょ、局長~っ」

 シェリアは涙目になりながら恨めしげに局長を見つめた。

 この少年局長は姿こそ幼いが、中身は魔物、年齢不詳――周りに自ら「自称十六歳だ」などと吹聴しているが、自ら「自称」と言うのはどうなんだ? とオーウェンは思う――の正真正銘の化け物だ。

「絞るのもほどほどにしておけよ。今日も『魔法使いギルド』から協力要請が来ているようだからな。いい加減わたし一人で対処するのにも飽きてきたところだ。お前ら、ちょっと行って手助けでもして来い」

「……またか」

 オーウェンはうんざりとため息をつく。

 魔法使いギルドはその名の通り、魔法使いのためのギルドだ。魔法事象全般を扱う魔法ギルドとは兄弟のような関係にあるが、なにかにつけて魔法ギルド――特にその支部の手を煩わせたがる。

 本来ならば別組織である魔法ギルドが魔法使いギルドに従う義理はないのだが、両者間の関係を友好に保つため、本部は魔法使いギルドへの協力は惜しまないようにと支部へと通達している。

 いわば「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」ルール。

 要は理不尽なただ働き。

 たいていはこの化け物局長がひそかに対処しているようなのだが――魔法使いギルドからの協力依頼書はいつも局長の机の上に山積みになっているのだが、局長が実際に行動をしているところを見たことはない――、たまに、「飽きた」の一言で放り出した仕事がオーウェンのような一介の事務員にも回ってくる。

 しかもそのほとんどが厄介な事件で。

 この前などは、とある極悪魔法使いが解き放った巨大な人喰い猫の捕獲に回されて、危うく右手を食われそうになった。

 局長は言う。

「どうせお前らはフェアリーアイズ現象への対処以外には暇なんだ。ちょうどいい息抜きになるだろう?」

 今、その対処に忙殺されてるんだろうが。

 ――オーウェンは局長にそう言ってやりたかったが、下手に食ってかかるとこの局長はちょこっと首を傾げ、「代わってやろうか」などと本気で言い出して魔法使いギルドの仕事を全部押し付けてくるので、とりあえず黙っておくことにする。

 いや、住民への聞き取りや魔法の観測も充分骨が折れる作業で、かくいうオーウェンもここ数日普段着のまま寝台で寝ている始末なのだが。

「ちっ」

 オーウェンは舌打ちをして、上着のポケットに入ったサングラス取り出してかけた。

「シェリア、出かけるぞ!」

 荒々しく出入り口のほうへと向かい、来たときと同じくばたんと大きな音を立てて扉を開けた。

「わああ~っ、待ってくださいよ先輩~っ!」

 シェリアも大きな眼鏡をかけてぱたぱたとオーウェンのあとを追った。

「ははは、若いなー」

 局長が棒読みでそう呟きながら二人を見送る。

 ――二人が見えなくなったところで。

 少年の姿をしたその局長は、その場に残った誰にも見られないようにこっそりと、口元に小さく笑みを浮かべた。

「面白い」

 呟く。

 しかしその後の言葉はなく、笑みを浮かべたまま口を閉ざしてただじっとオーウェンが出て行ったほうを見つめる。

 フェアリーアイズ化したオーウェンの片目の色と同じ、琥珀色の瞳。

 ――やがてその魔物の局長は、ふいっと扉から目を逸らし、山のような書類が乗っている机に目を移してやれやれと首を振り、その膨大な仕事を処理するのに戻った。

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