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刹那の風景 第三章 作者:緑青

『 ルリトウワタ : 信じあう心 』

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『 掛け違えた釦 』


 アルトが僕を、父親だと認識したのがこの日だと
僕は、先の未来で知ることになる。



 少し照れたような表情と酔いが回っているアルトの話を
僕は懐かしさと至らなさの狭間で、酒を飲みながら聞いていた。

一通り、自分の話したい事だけ話すと
机に突っ伏して寝てしまったアルトに苦笑を落とす。

そんな僕に、よくミッシェルの様子を見に来る精霊が
お酒が欲しいと姿を見せたことで
あの時の話を、詳しく聞くことになった。

姿を見せてもいいのかと問う僕に
あの日の、忘れ物を届けに来たのだからと告げる。
彼女は彼女で、あの日の事を気にかけていたようだ。

『蒼露様には、ちゃーんと許可をもらっているかな!』

そういって胸を張る精霊をみて
なんとなく懐かしい気持ちになった。

『精霊の私に、戦う邪魔だから
 向こうへ行けと言ったのは、後にも先にも
 セツナだけかな』とくすくす笑いながら
注いだお酒を、機嫌よく飲みながらアルトを見て
ポツリポツリと、あの日の事を語りだす精霊。

僕に邪険にされた精霊は、ミッシェルの傍で
事の成り行きを、見守っていたそうだ。

アルトの想いを、僕が知ることを良しとせず
あの日の僕が知ることがないように
少し細工をしたかな、と精霊が静かに話した。

精霊は、僕の意識をアルトに向かないようにしたらしい。
そう言われてみれば、アルトの感情の揺らぎが
僕に届きにくかったように思う。

『セイルが、大切な事をアルトに伝えようとする
 気持ちが輝いていたから、最初は邪魔が入らないように
 緩く魔法をかけていたかな。

 注意を払った方に、意識が向くみたいな? かな?
 多分、そんな感じかな? うーん……』

曖昧な精霊の言葉に笑うと
精霊は使った魔法を一々覚えていないのだと告げる。

まぁ、寿命がないようなものだから
覚えているのも大変なのだろう。

『子供達が、必死にアルトに想いを伝え出した時に
 しっかりと魔法をかけたかな。多分ね。

 子供達が想いを伝え終わったあとに
 魔法を解くつもりだったけど……。

 アルトの想いを、あの時のセツナが知るのは
 あまり、良くない方向へ進むかもって思ったかな』

黒と黒のチームそして、アルトの友人達が僕に話さなかったのは
アルトの気持ちを慮っての事だろうと話していた。

今は父と呼べないと、心からの叫びを聞いてしまえば
誰も、話せなくなるかな? と精霊が懐かしげに話す。

精霊と話しながら、子供の頃のアルトを想い
胸が痛んだ……。

『師匠の人生を縛ってごめんなさい……』

あの時、唯一心に届いた声が今もまだ胸に残っているのは
アルトが自分の行いで、僕の人生を変えてしまったと
自戒している姿を目に入れるせいかもしれない。

アルトの責任ではなく
僕が不甲斐無いためだと。僕が悪いのだと
何度告げても、決してアルトは頷かなかった。

突っ伏して寝ているアルトの頭をそっと撫で
久しぶりの感覚に、苦笑が落ちる。

むにゃむにゃと寝言を言いながら眠る姿に
幼い日のアルトを重ねた。

今では、クロージャ達と共に自分のチームを立ち上げ
【暁の星】のリーダーとして頑張っている。

全ての黒と同盟を組んでいるチームとして
やっかみを受けたりしているが、アルトにとっては
二度目の事なので、何とも思っていないようだ。

文句があるならぶちのめすと、あの時の僕とは違って
相手を、容赦なくコテンパンにしてしまう事から
そろそろ、実力が知れ渡り落ち着いてくる頃だろうと
ヤトさん達が話していた。

僕達の話を知らない冒険者達が、次々犠牲になっていき
古参の冒険者達は、それをニマニマと笑って見ているようだ。

一応、止めてはやってるんだぜ? と言っていたが
僕からしてみれば、煽っているようにしか見えなかったが……。

まぁ、アルトに勝てる冒険者はそうはいないと思う。
チームとしても、駆け上がるチームとして注目を浴びているが
たぶん駆け上がることはないだろう……。

アルトの食欲を制御するのは、僕でも無理だったのだ……。
きっと、今まで通りアルトのペースで進むに違いない。

アルトと同じく、食に魅了されたメンバー達が
アルトに不満を持つはずも、止めるはずもないことを僕は知っているから。

『セツナさんの料理が、美味しすぎるのが悪い!』と僕に言ったのは
誰だったかなと考えながら、自分と精霊の盃に酒を注ぐ。


僕とアルトの道は、決して平坦ではなかったけれど
それでも、今こうして父と子として
酒を酌み交わせるようになったことを
僕は幸せに想っているし、アルトを弟子にした事を
後悔したことは一度もない。

いや……。
アルトが居なかったら、きっと僕は生きてはいなかった。
かなで が僕に望んだ【幸せ】を知らずに生を終えたかもしれない。

【 誰かに恋して、誰かを愛して。
  誰かに恋されて、誰かに愛される 】

そんな普通の幸せを……。
僕は知らずに終わったかもしれない。

アルトが最近、自覚し始めた恋のような
感じではなかったけれど。

僕とアルトを、静かに眺めていた精霊が
柔らかな笑みを湛えながら、口を開いた。

『私はね、あの時のセツナに
 アルトの父となる覚悟があったとは思えなかったかな』と
精霊に告げられ、確かにと苦笑しながら頷いた。

死に場所を探し、空虚な自分しか持っていなかった自分に
本当の意味で、アルトの父親となることができたのかは
疑問でしかない。

父親としての役割を演じることはできていたはずだ。
だけど、アルトが本当に求めていたのは
そんなものではなかったはずだから……。

『だけど、あの時のアルトの話を
 セツナが知っていれば……あの日の出来事は
 避けることができたかもしれないと、何度も後悔したかな』

哀しそうな精霊のつぶやきに、僕は黙って盃を傾けた。


アルトの想いと、精霊の後悔。
その事を僕が知るのは、僕が想像しなかった
先の未来でのこと……。




【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】

 自分が全て正しいなんて、考えたことは一度もない。
そう、正しくはないと知っていながら、または諭されながらも
自分自身を変えようとしない僕は、どれ程傲慢なのだろうかと
何度、自分を嗤ったかわからない。

目の前で喚いている彼も、彼なりに自分の正義を貫いているのだろう
僕と違うところがあるとすれば、彼にとってはそれが絶対の正義であり
真実といったところだろうか。

僕は彼を、理解するつもりはないし
彼は僕を、理解しようとも思わないだろう。

その思想が違うのならば、殺せばいいと
人間でないのなら、殺せばいいと
獣人でないのなら、殺せばいいと
半獣ならば、殺しても構わないと
告げたのは、彼等のほうだ。

それが正しいというのなら。
僕は、全てを壊しつくしてもいいのではないだろうか?

そんな、誘惑に駆られそうになりながら
彼への嫌悪は増していく。




「見ていて苛々すんだよ!
 小汚い獣と慣れあってんじゃねぇぞ!」

彼のこの言葉に、リペイドのギルドで言われた事を思い出す。
ラギさんが亡くなってすぐの事……。

彼の言葉と、あの時の感情。
喪失感と苛立ち……。様々な感情が去来し
抑えきれない殺気が微かに零れた。

その殺気に、黒達が反応し眉間に皺を寄せて
彼等を見ていたその視線を僕へと向ける。

視線を向けられたことはわかっていたけれど
それに答えるつもりはない。

彼と目をあわせると、手を出してしまいそうなのを抑え俯き
彼のスフィックロフルとしての思想を黙って聞いている。
彼等は、僕にしか伝えていないつもりだろうが
彼の話は、全ての人間に筒抜けだ。

きっと、オルダもグリキアも大会の規約など
気にかけもしなかったのだろう。

問題が起きた場合に対処するために
闘技場の行動及び会話は全て、ギルド総帥
職員、黒の知ることとなり
その行動と会話は記録(・・)される。

グリキアが、妨害系の能力を持ち
その能力を発動させていたとしても
会話に対しては、元から無効化される対策がなされている。

それを知りもせずに、能力を発動させているのだから
ご苦労な事だと思う。

今回は、僕が舞台に魔法をかけたことで
闘技場にいる全ての人間が
彼等の会話を聞くことができているが

本来ならば、ギルド職員が実況者として
舞台の上の会話なり、戦いなりの実況をすることになっている。
今回は、実況者が巻き込まれる危険性があるとして出さなかったようだ。

ギルド関係者どころか、闘技場全ての人間に
聞かれていることを気が付きもしないで、朗々と楽しそうに
語る彼を見て、無様だなと心の中で嗤った。

「それに、あのガキ半獣なんだろう?」

彼の言葉に、会場が一瞬ざわめいた。
アルトが半獣であることを、隠しているわけではないけれど
公にしているわけでもない。

「獣人族の奴らが話してたのを聞いたんだ。
 半獣の癖に、長に認められるなんてとかなんとかな。
 長の命令がなければ、殺していたのにってさぁ?」

彼の言葉に、心が冷えていくのが自分でもわかる。

「お前、知らなかったんだろう?
 なら、まだ間に合うからさ
 俺達にあのガキを渡せよ。
 金貨10枚で買い取ってくれるらしいからさ。
 お前は底辺の人間として、あのガキは奴隷として
 適材適所? ていうのか? 暮らすべきだと俺は思うんだが?」

なぜ、ここまで好き勝手に言われなければいけないのか。
僕の為に、彼等を許そうとしたアルト。
あれだけ苦しめられて、それでもなお僕の為に許そうとした。

「あれだ、お前は呪いにかかってるんだ。
 そうに違いない。それを俺が解呪してやる。
 半獣にかけられた呪い、そうだろ!
 誰かに、寄生することしかできない
 あのガキの呪いから、俺が解放してやるよ!
 お前は俺に感謝し土下座したくなるに違いない!」

楽しそうに、本当に楽しそうに笑うオルダに殺意がわく。
オルダ自身、呪いなんてないと知っている。
知っていて、アルトを貶めるために面白おかしく
話しているに過ぎない……。

どこまで、どこまで……アルトを馬鹿にすれば……。
抑え切れない感情を、抑え切れなくなる前に
自分自身に魔法を入れた。

全てを殺してしまわないように……。

「俺達には、大金が手に入り。
 お前は、呪いから解放され
 自由に生きることができる!

 誰も、損することのない取引だ!」

「黙ってください……」

呟く様な僕の声は、興奮して語っている
彼には届かない。

「お前は、18なんだろう?
 まだまだ、人生これからじゃないか。
 頭の弱いお前の代わりに、()
 お前を導いてやるからな」

その声から、導こうなんて全く考えていないことが
窺い知れる。

「女達もお前の事を可哀想(・・・)だと話していたぜ?
 あんなガキに縛られて、まだ若いのに
 自由に遊べないんだろうってな」


彼の台詞と、アルトの声が胸に響いたのはほぼ同時だった。

「あんな、重荷にしかならない獣一匹
 後生大事に扱う意味なんてないだろう?」

『師匠の人生を縛ってごめんなさい』

後に、アルトのこの言葉はオルダの言葉に反応して
告げたものではないと、遠い未来で知ることになるけれど
今、この時の僕(・・・・・)はアルトの表現しようのない
感情と共に、その想いを受け取った。

「黙れ……」

なぜ、アルトがそんなことを思わなければいけないのか。
なぜ、アルトが僕に謝らなければいけないのか。

アルトを弟子にしたのは僕の意思で
アルトが謝る事でも、まして罪悪感を覚える事でもない。

「あ? 何か言ったか?
 俺は口を開くなと言ったよな?」

「僕は黙れと言いました」

「なんだと……?」

もう、抑える気も失くしてしまった。

オルダの言葉にアルトが半獣だと知った
冒険者の思慮に欠ける言葉。
様々な情報が、鳥からもたらされた瞬間

感情を抑えようなどという気は、更々なくしてしまった。

その思想が違うのならば、殺せばいいと
人間でないのなら、殺せばいいと
獣人でないのなら、殺せばいいと
半獣ならば、殺しても構わないと
相反するものを、殺してもいいと
そう謳うのであれば……。

ならば……僕も、全てを殺しても構わないでしょう?

もう、誰の声も聞きたくはない。

魔力練り上げ、殺気をのせて周りに放つ。
黒達が、僕に何かを言っているが聞く気にもならない。

ゆっくりと視線をあげ、僕を睨みつけているであろう
オルダと真直ぐに視線を合わす。

それと同時に、観客席とは比べ物にならないほどの
殺気をオルダにぶつけた。

さすがに、鈍感な彼もここまでくれば感じ取ることができるらしい。
剣を抜いて、顔色を悪くしながら体を震わせ僕を見ている。

言いたいことは色々あるが
言葉にしようと思えないぐらい苛立っている。

その感情が、殺気を強く引き出し
あちらこちらで、意識を落としていく子供達を目に入れる。
ふと、アルトはと思いそちらに視線を向けると

顔色を悪くしながらも、僕をじっと見つめていた。
耳を動かし、不安げに尻尾を揺らしながら僕から視線をそらさない
その姿を見て、何時もなら冷静になるはずなのに

なぜか、燃料を投下されたように苛立ちは収まらない……。

オウカさんが、何かを指示してリオウさん達が
四方に散らばるように走っていくのが視界に映った。

アルトから視線を外し、僕の殺気で動く事すらままならない
オルダを見据えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「貴方方が、自分の種族を贔屓しようが
 他種族を悪く言おうが、自由にすればいいと思います。
 国によってその思想が違う事を、僕は理解している。

 ただ、それを僕に当てはめようとするのはやめてほしい(・・・・・・)

 自分の国の思想を大事に思うのは大いに結構。
 ただ、この国と相いれない思想を持っているのならば
 この国では口を閉じる事です。

 そして、僕の前ではその思想を語らないでください」

殺気はまだ緩めない。
頭に、心に、体に刻み込むように殺気と言葉を刷り込んでいく。

「……殺したくなるので」

僕の言葉に、グリキアがヒッと短くつまったような声をあげる。

「は、は、はなし、はな、はなし、あ、おう」

オルダが、震えながら必死に声を出すが
その声を聞くだけ、不快感が増していく。

「今更……。話し合うことなど何もありません」

そう、今更……。

「僕が、手を出すと殺してしまいそうだ」

本気でそう思った。
まだ一部、冷静に自分を見つめている自分がいるから
辛うじて制御できている……。

ヤトさんが、休憩を挟まなければ
アルトと話していなければ……。

あの喉の渇きと、不快な音が消えていなければ
きっと、僕は彼等の首を刎ねて(はねて)いた。


「謝る。謝る……か……ら」

「謝る? 謝ってもらわなくても結構。
 僕は、元々許すつもりなどない」

僕の声音から、本気を感じ取っているのだろう
オルダが必死に、言葉を紡ぐが音としてしか入ってこない。

そろそろ終わりにしよう。
そう考え、このまま戦うときっと殺してしまう。
リシアの守護者という枷をつけた今、規約を破るのは
避けたいところだ……。

内心ため息を落とし、ふとフィーが目に入った。
フィーは、ミッシェルを心配するように見つめている精霊を
呆れたように眺めている。

フィーを見て、今まで忘れていた使い魔の存在を思い出す。
その名前も、僕の心境にピタリと当てはまるかもしれない。

ただ、今の僕の感情のまま呼び出すのは問題があると考え
本来ならば、魔法陣など通さなくても呼び出せるが
この場限りの追加の魔法を加えるために
魔法陣を通すことに決めた。

「弟子の訓練用に用意したものだけど
 性能を試す機会を得たと思いましょう。
 せいぜい、僕の役に立ってください」

オルダにそう告げ、魔法を詠唱し使い魔を呼び出す。

「ギルス」

精霊語で、断罪を意味する使い魔。

「ヴァーシィル」

精霊語で、天秤を意味する使い魔。

ギルスだけでも良かったかもしれないが……。
ヴァーシィルには、グリキアの相手してもらおう。

僕の呼びかけに答えるように、魔法陣が輝きを増し
そこから、ゆっくりと姿を現す二体の魔物。

ギルスは、僕とクッカで作った大蜘蛛。
ヴァーシィルは、僕とフィーで作った大蛇。

中型と大型の中間ぐらいの魔物で
魔力量によって大きさは異なってくる。
もちろん、魔力量が多いほど強くなっていく。

ランクでいえば白に近い赤。
目を見開いて、ギルスとヴァーシィルを見ている二人では
到底倒せない魔物だ。

まぁ……この二体はもう、次元が違う強さに
なってしまっているけれど……気にしても仕方がない。

ギルスは、魔法陣から数本の足を出し、自分の体を持ち上げるように
現れる。その足が地面につくと同時に頑丈なはずの舞台の石版に
ひびが入っていくのがわかる。

ヴァーシィルは、魔法陣から鎌首をもたげるように
のっそりと現れ、周りを見るように
巨大な頭をゆっくりと左右に振ってから円を描くように
魔法陣から滑り出た。

ギルスもヴァーシィルも、僕に甘えるように
頭や体を擦り付ける。その様に、姿は魔物とはいえ
可愛いと思ってしまうのは、僕が創り出したからだろうか。

右手でギルスを
左手でヴァーシィルを宥めるように撫でた。

「この二体は、僕の使い魔です。
 僕の弟子が、大蜘蛛と大蛇と戦ってみたいというので
 戦いを教えるために、創りました。

 性能は、大蜘蛛と大蛇と大きくかけ離れてしまいましたが
 まぁ、弟子と同じでは面白くないでしょう?

 自分は強いと豪語されていましたし
 少し毛色が違っても、そう困ることもないでしょう」

「ま、ま、まって、まってくれ」

蒼白な顔色をしたオルダが口を開くが
その言葉が声として届かない。

彼の唇を読んで、何が言いたいのかを理解する。

僕の感情が、ヴァーシィルに伝わったのか
ヴァーシィルが、その巨大な尾を持ち上げ勢いよく下ろした。

ヴァーシィルの尾が、舞台に触れた瞬間
舞台が粉々に砕け散り、その破片が勢いよく舞い上がり散らばり

その破片が、オルダの頬を切り裂き血が落ちる。

「ヒッ……。た、たす、たすけて」

観客席は静まり返り、息をひそめ
まるで、本物の魔物と遭遇したかのように気配を薄めている。

「よかったですね。
 これが、試合で……。

 ギルド総帥が、そして黒達が
 貴方方を殺すなというから
 僕は、貴方達を殺せない……」

二人が震えながら、僕を見るが
その瞳に、安堵という感情が浮かび上がる。

「だけど、僕は許すつもりはないんです」

「え……」

「だって、そうでしょう?
 アルトを罠にかけ、僕達の穏やか日常を壊し
 僕をこんな場所へと引きずり出した」

「ちが、う。くろ、が」

「また人のせいにするんですか?
 黒はこの大会に出ろと強制していない。
 貴方が、僕と戦う事を選んだのでしょう?」

「だ、だけ、ど」

「黒と知り合うという運が自分にはなかっただけ。
 黒と知り合う機会があれば、自分達は黒に選ばれる。
 でしたか? だから、僕は黒と知り合う切っ掛けを与えた。

 その時に、アギトさんの試しを受けると答えたのは
 貴方達だ。アギトさんに責はない」

「……」

「そうそう。
 大会で、ぶちのめしてやるからな
 腰ぎんちゃく……。逃げるなよ。
 俺は、お前みたいな人間が嫌いなんだと
 僕に告げてくれましたが、僕も貴方が嫌いです。

 ええ、殺してしまいたいと思うほど
 貴方が嫌いです。僕は逃げませんでした。
 だから、貴方も逃げませんよね?」

僕が、笑顔でそう告げると
オルダは僕と距離を取るために後退る。

「直接、僕に手を出してきたのなら
 手加減して差し上げたのに……。

 僕は、僕の大切なものに手を出されるのが
 死ぬほど許せないんです」

僕の言葉が終わると同時に、オルダとグリキアが
叫びながら走って逃げだす。逃げることなど叶わないのに
馬鹿だなぁ……。

「好きにしていい。
 首は狙うな」

僕の短い命令に、ギルスが「キシャー」という声で
ヴァーシィルが「シャー」という威嚇音に近い声で答え
舞台を破壊しながら、逃げた二人を追った。

ギルスとヴァーシィルが、声を出したことに
内心驚いたけれど、魔物であれば不思議ではないのかと思い
深く考えないことにした。

大型の蜘蛛と蛇、どれ程足が速くても
逃げ切るなどできるはずがない。

ギルスは、グリキアの足を蜘蛛の糸で狙い
絡めて転ばせ、そのまま糸でミイラのように包んでいく。
糸の操作は魔力でしているようで、ギルスとグリキアの距離は
結構開いているように思える。

糸に絡めとられ、腕も足も自由に動かすことができず
顔だけを出された状態で、グリキアがゆっくりとギルスの方へ
引き寄せられていく。グリキアは必死に叫び助けを求めているが
僕が助けるわけがない。

ズズズ……ズズ……と静かな闘技場に響き渡る音と
引き寄せられるグリキアを目にして、黒達が何かを言っているが
僕の耳には音としてしか届かない。

先ほどからずっと、声は声として聞こえず
音としてしかとらえられない……。

その事が、特におかしいとは思わずにヴァーシィルに視線を向ける。
ヴァーシィルは、長い体でオルダを囲み致命傷を負わない程度に
痛めつけているようだ。オルダは必死に逃げようと剣を持って
ヴァーシィルの胴体を切りつけるが、その体が傷つく事はない。

ギルスが、グリキアと視線が合う位置まで引き寄せ
グリキアの顔が恐怖で歪みきり、涙を流して暴れている。

そして、ヴァーシィルの傍では尻もちをついて
こちらも涙を流しながら叫び剣を振り回していた。

「何の役にも立たない……」

僕の落とした声が、闘技場に響く。

「もう、いいよ。
 右腕を噛み千切れ」

僕の命令に、二体が大きな声で答えると
ギルスは、足をグリキアの右肩に定め大きく上げ
ヴァーシィルは、一度頭をおこしてオルダの右肩に
狙いを定めた。

二人が必死に、やめてくれと懇願しているようだが
その声もその姿も、僕の心に何も齎さない。

誰の声も響かない。

ギルスとヴァーシィルが、二人の腕を引きちぎり
または、噛み千切ろうとしたその瞬間

ヴァーシィルの頭が、緻密に編まれたサフィールさんの
綺麗な魔法陣で防がれ

ギルスの足は、アギトさんの蒼星の凶剣と呼ばれる両手剣で
防がれていた。

二人とも、躊躇することなく
ギルスとヴァーシィルの下に潜り込んで
オルダとグリキアをかばうように、その攻撃を防いでいる。

「よっこらせっと」という掛け声と同時に
ギルスが、バルタスさんに殴られそうになり
後ろへと飛んでその拳を避けた。

ヴァーシィルは、頭をサフィールさんに
尾をエレノアさんに防がれて、オルダから静かに距離を取った。


「邪魔をするんですか?」


僕の声に、黒達が声をあげるがその声は届かない。
唇を読もうとも思えない。

黒達が何かを僕に告げている間に、オルダが走って逃げだす。
その姿に、無性に苛立ちが募る。

ヴァーシィルが、オルダを追うそぶりを見せるが
サフィールさんとエレノアさんが、その行く手を阻み
ヴァーシィルが、長い体を不快だと告げるように揺らした。

二体はその能力の殆どを封印して呼んでいる。
クッカとフィーが、自分達が考えた最強の使い魔だと
自慢する強さのまま呼んでしまえば
二人が即死するだろうことは、目に見えていたから。

今の状態ならば、黒二人より少し上、程度だろうか。
力を開放してもいいけれど……。

必死に逃げる、オルダの背を視界に入れて気が変わった。

「僕が行く。
 ギルス、ヴァーシィル、黒を僕に近づけるな」

僕の命令に、ギルスとヴァーシィルがオルダとグリキアではなく
黒達へと視線を移す。

詠唱を口にのせ、黒に邪魔されないように
ある程度の距離を転移する。

僕の背に、黒達が一斉に何かを叫んでいるが
その声が届くことはない。




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