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旅立ち 03 幸士郎
 両手を縛られた幸士郎が連行されたのは、どうやらこの街の役所のような場所であったらしい。
 幸士郎にも、封建の世であるこの世界では、一つの役所で警察から裁判所から税務署まで、とにかくあらゆる事を一括して統制しているらしい事がわかっている。
 そして、自分がなにやらこの街の法を犯してしまった事や、それによって裁かれる事になるらしい事なども予想がついていたが、その内容が全くわからない。
 三〇分以上待たされたあと、いかにも裁判所的な広い部屋へと通される。
 なんとか見分けがつくようになってきた偉い人の服を着た一人の男の前で、補佐役らしい男がもったいぶった口調で問いかけてきた。
「お前は何者か? 生まれはどこか? 歳は? ティリスへ来た目的は何か?」
 どちらも恐らく三〇代の前半から後半だろう。「偉い人」としては若く思えるが、この世界の人々の平均年齢が三五~六歳である事を考えれば、十分に老成して見えるのかもしれない。
 因みに「偉い人」は明るい栗色の髪に、クリーム色の房がいく本か、所々に白髪が混じっており、その鉄錆色の瞳は鋭いが、口元にはどこか面白そうな笑みが浮かび、どことなく幸士郎を値踏みしているようにも見える。
 控えめに言っても、実に堂々とした「いい男」だ。
 そして、話しかけてきた補佐役の男は、青みがかった黒い髪に、辛うじて握れるかどうかという程度のあご髭と、刷毛を切り取って付けたような口髭をしている。
 単なる補佐役の小役人とも思えたが、「偉い人」とのやり取りから考えると、恐らくそれなりの地位がある男なのであろう。
「私の名前は和泉幸士郎いずみこうしろう。生まれは八王子だがここへはネルから来た。歳は二四歳――いや、数えだから二五歳だな。目的、目的は、そうだな、強くなること、かな?」
 自分で言った台詞に思わず笑いを漏らす幸士郎だったが、その瞬間に背後の兵士が――恐らく「無礼」か「不敬」か、そんな意味の言葉だったのだろうが、ネル語なまりのソナス語に慣れた耳には、ダッセルの方言は非常に聞き取り難い――なにやら声をあげ、手にした長さ二メートルほどの杖を振り上げ打ち下ろしてくる。
 そんないい加減な攻撃を受けた所で痛くも痒くもないのだが、背後からの一撃を、縛られた腕をあげ、軽く身体を反らせただけで綺麗に受け流してしまう。しかも前を向いたままで、だ。
 さらに激昂した兵士がもう一度杖を振り上げたところで、正面の“偉いさん”が声をあげて前に出てくる。
「お前は傭兵か?」
「違う」
「どこでそんな技を身につけた?」
「故郷で」
 なにやら呟き、背後の兵士や補佐役と語り合い、幸士郎の装備を確認しながら、もう一度幸士郎に質問する。
「お前は法を犯して、往来で書物を読んでいたそうだな? 間違いないか?」
 言われてはじめて、周りの人々がまゆを顰めて見ていたことを思い出した。
「……それは正しい。だが、違法だとは知らなかったし、自分の故郷では違法ではなかった。知っていればそんな真似はしない」
「うむ、いいだろう。だが知らなかったとは言え法は法だ。お前にはこの街で一〇ファールス(一〇日)間の奉仕を命ずる。勝手に街から出ることは許さないが、宿に戻る事は許可する。後はこの者の指示に従え。以上だ。次を入れろ」
 と、その場で男指示を受けた兵士が忌々しげに幸士郎のロープを解くと、大きなお盆のような板の上に載せられたままの幸士郎の装備を返してくれる。が、問題の本が見当たらない。
 質問しようとした所で補佐役の一人が幸士郎を呼び、入り口とは別の扉から部屋の外へと誘導し、懐かしいネル語とソナス語の入り混じった言葉で話しかけてくる。  
「コシローか、運の良い男だ。鞭打ち以上の重罪でなければモーディン様が犯罪の裁きを行う事など無いし、モーディン様直々のお裁きでなければお前は確実に鞭打ち刑だったのだ。何より今日は本来モーディン様がいらっしゃる予定では無かった」
 幸士郎には慣れない難しい言い回しであったが、なんとか理解する。
「同意する(許可する)」
「……なにをだ?」
「運が良いと、同意する」
 なるほど、というように苦笑しながら頷くと、急に真顔になる。
「私の名はアルノルト・フレート。学者だ」
「魔法使いか?」
 どこにでもいる小役人と同じような服装のアルノルトを、訝しげに見て、疑問を口にする幸士郎。
 幸士郎の知る限り、学者とは魔法を使う者であり、魔法使いは学者で、常に魔法使いの証である、指定されたローブを着ているはずなのだ。
「いや。魔法は使えるが魔法使いではない。因みに騎士でもある」
 さらに訝しげな顔になった幸士郎を見て、楽しそうな顔で一つの扉を開き、中へ入っていく。どうやらそこがアルノルトの個室らしい。
 立派な机に椅子。その前に置かれた丸い小さなテーブルと、二つの椅子。
 机の上には、真新しい羊皮紙の束と、なにやら色々と書かれているらしい羊皮紙の束。 
 そして、この世界で初めて目にした、金属で枠組みと補強がされた上に鍵まで付けられた、巨大な数冊の本。全て分厚い羊皮紙を綴じた本である。どれも恐らく二〇キロ近いだろう。
 その大げさな装丁に呆れていると、机の上に置かれていた小さな包みを開いて幸士郎に見せる。
「これはコシローの物で間違いないか?」
 事件の発端となった、幸士郎のシステム手帳であった。
『良かった。無事だったか』
 と、思わず日本語で呟き、慌ててソナス語で言い直す。
「もう戻ってこないかと心配していた」
「返す前に聞きたい。これは一体何処の言葉だ? どこでこれほどの物を手に入れた?」
「初めて見たか?」
 と、逆に真顔で聞き返す。
「幾つかの文字は似たような形を知っているが読めない。神聖文字だろうか? それにこれは、こんな文字は見たことがない。しかもこの白い物はまるで布のようだが、これほど薄くて軽い物を私は知らない。一体何で出来ているんだ?」
 確かに学者らしい、そう苦笑する幸士郎だったが、アルノルトの様子を見ていると、答えるまでは開放してくれなそうである。
「故郷で、知人から貰った物だ。字も故郷の言葉。これは「ペーパー」か『紙』と呼ばれる物で、木から作られているはずだが、作り方は知らない」
「装丁の革は牛か? そして、この止め具は、こんな物も見た事が無い。それに、この魔法はなんだ?」
 と、一番最後のポケットに入っていたカードサイズの光電池式の電卓である。直ぐに帰るのは諦め、座っても良いか確認をとって椅子を寄せると、本格的に質問に答える事にした。
 その質問は多岐にわたって、一応誘導尋問めいた質問もあったが、概ねそれはアルノルトの好奇心による質問であった。
 気付けば部屋の窓(といってもガラスが嵌っているわけではない。基本的には壁に空いた単なる穴で、この部屋には外の景色が透けて見えるほど薄い布をかけてある)に透けて見える街の景色が赤く染まっている。
 幸士郎の視線に気付いて、慌てて立ち上がると幸士郎のノートを名残惜しげに返して、引き止めた事を謝罪すると、翌日は八つめの鐘までにこの部屋に来るように伝えて退出を許可するアルノルト。
「どうかしたか?」
「……実は宿が決まっていない。どこか安くて良い宿をしらないだろうか?」
「それなら――」
 家に来い、と言いかけ、幸士郎の表情に気付いてニヤリと笑う。
「よろしく頼む」
 幸士郎の台詞に続き、部屋に、二人の笑いが響いた。


 




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