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迷宮への扉 03 A計画とAチーム


 本格的な「学業」が始まっていらい、アスカを筆頭とする、女性陣の機嫌がすこぶる悪くなっていた。そろそろ限界に近いらしい。
 三ノ郭に与えられた、「お屋敷」としか呼べない立派な邸宅の、サロンのような部屋である。
 散々わがままを言って、どうにかこうにか、むりやり作ってもらった五つの長椅子を暖炉を囲むように並べ、かなり高価な物らしい、緻密な幾何学模様の絨毯を敷き、こちらも無理を言って羊毛を詰めて作ったクッションが転がっている。
 さらに、小さなちゃぶ台のようなテーブルを幾つか用意してもらい、今では夕食を終えた後は、この部屋がアーシア達のたまり場となっている。
 レヴィナス以下の、ハイズ領出身者の全員がこの屋敷で暮らしているのだが、時折レヴィナスが加わる事がある程度で、他の者達は遠慮しているらしい。
 この夜もそれは変わらなかった。アーシア達だけで、みな思い思いの場所に座ったり、クッションを抱えて寝転んだり、まるでクラブ活動の合宿の夜のような雰囲気である。
 だが、最近ようやくデザートという概念を覚えてくれた、屋敷の料理長が差し入れてくれたクッキーの大皿を前に、主に女性陣によって交わさている会話の大半は、ようするに愚痴であった。
「頭にきちゃうわ! 何が賢者よ! 高等算学っていうからどんなかと思えば、関数もなければそもそもマイナスすらわからないんだから!」
 デニスやヴィクトリアもそれに同調し、ユウとリナまで文句をつける。
 途端に女性陣全員が口を開く。
「女ってだけで、数学は出来ないとか思い込んでるのよ、あの人たち!」
「法律だってそうよ! 文字が読めない? 冗談じゃないわ! 機械語に比べればあの程度の文章読み解くなんて余裕だっていうの!」 
「この前の賢者なんて、女には無理だ、なんてさ、冗談じゃないわよ、全国英語弁論大会二位をなめるな!」 
「ふん、何が魔導師よ、ちょっとくらい変な事できるからって調子に乗ってさ、こちとら最初から腐り気味の歴女よ、知識だけなら負けないっつーの!」
 男性陣には聞き分ける事は出来なかったが、女性陣はその全てを聞き分けているらしい。
 いくつか、それホント? と思わず聞き返したくなるような台詞が混じっていたとしても、こうした場合に男が口を挟んで良い結果になることは少ない。
 みな礼儀正しく沈黙している。
「私は決めたわ!」
 不意にケイシーが立ち上がる。
「私は女性による女性のための賢者になる! ウーマンリブは私たちが起こすのよ!」
 おおっ! と、主に女性陣からの声があがり、どうやって賢者になるか、女性解放運動なるものを起こすには、どうすればいいか、と、かなり真剣な議論が始まる。
「……ケンジさん、あれ、大丈夫かな?」
「女性解放運動の指導者って、初期はかなり悲惨な目にあってるんだよね……?」
 ナオキが不安そうな声をあげ、シュウが呟き、ケンジが頭をかかえ、アレッサンドロがため息をついて手を叩く。
「女性解放運動もいいけど、あんまり目立つと暗殺されるぞ?」
 アレッサンドロの言葉には、冗談ではすまされない真剣さが篭る。
「なんでそんな事で殺されなきゃいけないのよ!」
 アスカが声をあげると、ケイシーがそれに同調する。
「いいか、国(ステイツ、米国の事を指している)でも、何十人って女性運動家が殺されたんだぞ? 国よりも遥かに人の命が軽い世界で、しかも民主主義なんて言葉すら無い国なんだぞ? どうして安全だなんて思えるんだ?」
 が、この場合アレッサンドロの言葉は正しい。
「やるなら、殺される事を前提にやれ。それから、絶対にベースには迷惑をかけるな」
 ダメ押しである。
 が、ケイシーはもちろん、アスカも逆に、それで火が付いたらしい。
「……わかったわ。なら、別の道を探しましょう」
 と、さらに活発な議論が始まってしまう。
 これには流石のアレッサンドロも頭を抱えた。
「……結局さ、女性解放っていっても、女性が自立して生活することが出来ない社会なのが問題なんだよな?」
 と、ケンジが何気なく呟いた一言に、アスカが食いついた。
「それよ!」
 は? と、ケンジが声をあげた時には、アスカが暖炉の前に立ち上がっていた。
「流石は私のしもべ! いいことを言った! 決めたわ! 私は銀行を作る! あのなんとかってインド人の企業家みたいな銀行よ! 私が女性や貧困者にお金を貸して自立を促すのよ!」
 おおおっ! っと、今度も女性陣から拍手と声が上がる。
「それ、お金かすのはいいとして、どんな仕事をさせるのさ? 全部ギルドが仕切ってるよ? 下手に割り込んだら、それこそ命を狙われるって……」
 再び心配そうにケンジが言うと、こんどはシュウがそれに答える。
「――いや、だったらギルドにも儲けが出るようにしてやればいいんじゃないか?」 「職人さんて徒弟制だっけ?」
「いいえ、全部ギルドが仕切ってたはずよ?」
 ここまで来ると、もう反対意見など何処からも出ない。
「みんな、それじゃとりあえず、出来るかどうか考えて、各自可能性を探るわよ!」
 おおおおっ! と、今度は全員の声と拍手があがった。
「ユウ、紙とボールペン持ってきて!」
 はい、とユウが立ち上がって筆記用具を取りにいくと、再び何がしたいか、どんな事をすべきかについてのブレストが始まる。
 ユウが持ってきた筆記用具を、ナオキが受け取らされて、臨時の書記となる。
 お手本となる実例、すなわち件のインド人実業家がいるため、手織りの生地や小物類の作製から始める事とし、必要な資金の額の算定と、こちらで用意出来る様々な道具類の手配や、生地の材料となる繊維類の確保、各ギルドとの折衝、販売経路の確保などについては、それぞれ専任のチームを作って可能性を探る事になった。
 最終的に、実行段階となったら、実務についてはレダパルタ商会を頼ることにし、サガミ郷でも同じ事ができるか確認をとる事で合意した。
「じゃあそれぞれ専任のチームを作ろう」
 アレッサンドロが声をあげ、翌日から、時間を見て調査を開始する事となった。


「まさか、折衝関連を全部任されるとは思わなかった……」
 アレッサンドロが疲れた顔で呟く。
「仕方ないよ、男が行かないと話にならないんだから」
 ナオキが苦笑しながらそれに答える。
 最初はケンジも一緒だったのだが、アレッサンドロが一番この地の人々に人種的な特徴が似ていたため、結局二人も三人も一緒だ、と、ケンジは資金調達にまわってしまったのである。
 因みに、そう言って出かけた日の夕方には、二〇枚ほどの金貨を持って帰ってきたケンジである。なんでも私物を売って作ったらしいが、ケンジの持っていた私物など、大した物は無かったはずなのだ。
 聞いてみると、目に涙を浮かべて、なんとかいうアニメのキャラクターグッズ、主にフィギュアを、売り払ったと言っていた。
 そんなものをどうやって売りつけたのかわからなかったが、貴族には世界に二つとない珍品の女神像として売り、可愛らしい声の出る物などは、声の出る台座だけ別にして、知人となった魔導師に売ったらしい。
 今はその二〇枚ほどの金貨を元手に、シュウと一緒に商品開発とやらをおこなっている。
 女性陣については、それぞれ、女神の神殿をまわってなにか協力が得られないか探っていたり、実際に物を用意して、作れる小物類や、商品に関するアイデアを練っている。
 それぞれ自由になる時間は四日に一日程度しかないため、全員かなりオーバーワーク気味ではあったが、それについて愚痴を言うものなどいない。
 交渉の緒すらつかめない、アレッサンドロとナオキを除いて、である。
「どこのギルドも工房も、かなり厳しいな」
「まさか道具すら売ってくれないとは思ってもなかったです」
 なのである。
 農村にいけばどこの家庭にも一つはある、織り機やつむぎ車などについては、とりあえず手に入る。
 だが、そこまでだったのだ。
 産業機械と言って良い、フエルト用の圧縮機や毛糸を作る撚り機などについては、一切手に入らなかったのだ。
「まあ動力が水車だけじゃな。物が大きすぎるし、そもそも河は王家が全て管理してるっていうんじゃ仕方ないさ。サガミ郷ならなんとかなるだろうけどなぁ……」
「手作業じゃとても生活が出来るほど作れないですよね」
 もちろん、様々な細工物を作る道具についても、いわば企業秘密として一切手に入らなかったのである。
 最近通いつめている、トーラボーラ神殿前の広場で、薄いメディと呼ばれるエールを購入し、炙った腸詰で腹を満たす二人。
「あーあ、完全に酒飲みになっちまったなぁ」
「お茶かコーラでも飲みたいですね――!」
「「……それだ!」」
 同時に二人で声を上げる。
「酒じゃないからギルドは関係無いし、お茶ならいけます!」
「炭酸水のソーダだっていけるさ!」
 おおっ! と、大声を上げて二人で手をとり騒いでいると、なにやら馬に乗った一人の貴族が声をかけてきた。
「なにをしてるんだ?」
 とまず英語で話しかけられた事に驚き、すぐさまその声の主に気付いて驚く二人。
「レヴィ! レヴィこそこんなところでなにをしてるの!」
「馬術だと。ハイズ産まれの騎士に向かって、どんな鍛錬をするつもりだったんだか――おい、それより、本当になにしてたんだ? 随分楽しそうじゃないか?」
 と、その台詞にアレッサンドロとナオキが顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「レヴィも一口乗る?」
「なんだ? 面白い事か?」
 と、背後に付き従っていた見知らぬ従者に手綱を預けて降りると、渋る従者をおいやって、三人だけで神殿の階段に腰掛ける。
「それでどんな話だ?」
「儲け話だよ」
 と、ナオキが主体となって、レヴィナスを引きこむべく、説明と説得を開始する。
「……つまり、その「ドリンク」や布や小物を沢山売って、儲けるわけか?」
「違う違う、売って儲けるのは僕たちじゃなくて、お金を貸した相手だよ!」
 と、そこでようやく話の全てが繋がったらしい。
「金貸しか?」
「そう!」
 なにやら一瞬渋い顔をしたレヴィナスだったが、貧民の救済という大義名分があることに気付いて、ニヤリと笑う。
「ナオキ、それは、いけるぞ。俺も金を出す。いや、親父様も金を出す。ハイズ領でもやろう、いや、ハイズ領でこそやろう!」
「うん、いいよ。でも他でもやる。儲けるのは前提だけど、目的は金儲けじゃないから」
 と、ナオキをまじまじと見つめて、不思議そうに見つめ返すのに、深々とため息をつくレヴィナス。
「……わかった。いいだろう。そうだな、おい、ナオキ、お前に俺の個人年金の運用を任してやる。ハイズ領についても許可をとってやる。お前が自分でやってもいいし、代理をたててもいい。確か年にアスフォートで一〇〇枚くらいあったはずだ。人助けして増やしてみせろ。……なんだ? 足りないか?」
「十分だよ! ありがとう!」
 ナオキが嬉しそうに言うのを見て、苦笑するレヴィナス。
「三年は猶予をやる。だからそれまでに結果をだせ。いいな?」
「わかった!」
 それでもなおにこにこと笑うナオキを見て、アレッサンドロに視線を向けるレヴィナス。
 こちらは重要性を理解しているらしい。
「よく見張っててやってくれ」
 緊張を含んだ顔で頷くアレッサンドロ。
「あ、そうだ、レヴィ、レヴィも手伝ってくれてるって話してもいいんだよね?」
 流石にこれにはレヴィナスもアレッサンドロも頭を抱えそうになるが、どこまで理解しているのか、いまいち把握しきれない。
「……わかった。好きにしろ。俺がお前の後見になってやる」
「ありがとうレヴィ、任せておいてよ、みんなも頑張ってるんだ、絶対うまくいくから見てて!」
 ……こうして、資金的余裕と、今をときめくハイズ家の子息、つまりハイズ家が後見である事を受け、さらにレダパルタ商会の協力も受けられる事となった計画は、発案者の名前をとって、アスカ計画と呼ばれ、始動することになった。
 実務面の細かな契約については、レダパルタ商会の支店長と、レヴィナスの法律や弁論術の師匠である、宮廷魔導師をしているという大賢者を交えて決定した。
 それは商会の支店長が青くなってさじをなげるほどの、驚くほどの低金利と、融資条件であり、絶対に失敗する、と、断言させるほどのものであったが、「貧民の救済」という大義名分と、ハイズ伯爵家の後見というブランドも手伝い、ハイズ家に対してかなり後ろめたい皇帝の耳にまで届いた事によって、めでたく(皇帝のお声がかりという事で、無償で)貸金業許可が受けられる事となった。おそらく主導しているのが一〇代の若い少年少女であるという事がわかったためであろう。全ての天領で、同様の営業を行って良いとの破格のお墨付きである。(ただし、この貸金業許可の譲渡は不可とされた。要するにハイズ家とその縁者に対する懐柔策の一環である)

 チームの編成から僅か二ヶ月で、計画は実働段階へと入っており、レダパルタ商会が用意した新市街の倉庫には、新品・中古を問わない大量の機織り機や紡ぎ車といった道具類に、糸や繊維が続々と集まりはじめている。
 計画では、ソフトドリンクの原料生産(粉末の物か濃縮液を考えている)や、サガミ領で生産が始まる予定のビーズを使ったアクセサリーの生産などの計画もあったが、今のところは、生地の生産と小物類の生産、それからレダパルタ商会から提案のあった、タバコの葉の刻み作業だだけである。
 表向きの責任者は、レヴィナスの後見を受けているナオキであり、交渉の顔はアレッサンドロであったが、実際の責任者はアスカであり、計画は、アスカとケイシー、そしてユウとリナが主導することとなり、サガミ郷でも、サガミ政府の融資を受けた、プロジェクト・アスカ・チームが発足し、入植者を対象にした融資と、生産機材の貸与が行われる事となり、順次ハイズ領全体に拡大する予定となった。
 あとは、融資希望者を集めるだけであったが、ここで思わぬ停滞を見せる事になる。
 融資を希望する者がいなかったのだ。
 いや、いたが、融資条件をクリアできる者がみつからないのである。
 通称「A計画」は、起業資金としての融資が前提であるにも関わらず、それを理解して申し込んできたのが皆無であったという事である。
 そこで、ついにA計画の主要メンバーである、Aチーム(アスカ班、アスカ、ケイシー、ユウ、リナ)が、立つ事になった。


「アエリス神殿には、DVで逃げてきた女性や、家族を失って路頭に迷った女性が沢山匿われているそうなの」
 アスカの言葉は事実であった。
 女性の守護女神としてたつ、アエリス神殿に仕える巫女は、その多くが武闘派ぞろいであり、特にエリスと呼ばれる正規の巫女ともなると、下手な騎士よりも強いのだという。
 その武力を背景に、多くの不幸な女性達を匿っており、A計画は、そうした女性達にとっても、間違いなく大きな福音となるはずであった。
「ターゲットはその女性たち。確かにアエリス神殿は大きいけれど、荘園の生産力にも限界はあるし、予算だって無限じゃないわ。事実、アエリス神殿の荘園には奴隷はいないそうよ」
 ケイシーがあとを続ける。
「そうした女の人達も、荘園で働いてるってこと?」
 ユウの質問には、理由がある。
 神殿の荘園で働くのは、一般的に奴隷なのである。
 神殿という事で、通常の農園よりは待遇はいいはずであったが、女性には大変な作業も多いに違いなかった。
 当然だが、それによって外で生活できるほどの賃金が得られるわけでもなく、彼女達の大半は、食べてゆくのに精一杯という状態で生き続けるしかない。
「そう。というより、女の人達が、働いているというべきね」
「それだけ、悲惨な目にあう人が多いって事よ。許される事ではないわ!」
 ケイシーとアスカの言葉に、ユウとリナも頷く。
「それなら、分かってもらえたら、きっと上手くいくね」
「辛い目にあったなら、次は幸せにならないと」
 護衛(騎乗したケンジとナオキ、あとは戦闘訓練を受けた徒歩の使用人、つまり小者と呼ばれる者たちである)を引き連れた、ハイズ家の紋章入りの馬車の中である。
 三ノ郭から旧市街にあるアエリス神殿までは、徒歩でも四〇分ほどの距離であり、馬車だと遠回りをしないとならないため、同じくらいの時間が必要なのであったが、巫女頭との面談という重大事であり、全員正装(以前着ていた、米軍の仕官礼装)したうえ、扱う事になる様々な産物の完成品と、説明用の巨大な図面にフリップまで用意してある。
 あとは、プレゼンテーションが上手くいく事を祈るだけであった。
 時折馬車の中であがる歓声を無視して、サガミ郷を表す水と木の葉をモチーフにした紋章旗を手に旧市街を進めば、アーシア達がどんな風に思われているのかよくわかる。
 すなわち、領主の危機を救った救世主か、悪魔のような技を振るう魔導師のどちらかであった。
「居心地、わるいですね」
「諦めろ。ハイズ領の勝利の立役者の仲間、それ以外に判断材料が無い、謎の集団なんだからな」
 と、何気ない風に言ったケンジであったが、それをぶち壊すように、くっふっふっふ、と不気味な笑い声を上げる。
「ケンジさんなんですかその笑いは?」
「なんかかっこいいじゃん? 謎の集団だぜ? 秘密の組織の一員だもんよ?」
「あーはいはい、ならせめて正義の味方っぽくしません?」
 ナオキがたしなめると、なにを思ったか大喜びするケンジ。
「そうだよな! 正義の味方か! それでいくぞ! 魔王目指すのはやめだ!」
 魔王って……。
 と、頭を抱えたくなったナオキであったが、ナオキにはケンジの本気がちっともわからないのである。とりあえず「わからない時はスルー」の基本方針通りに無視していると、ケンジが大きなため息をついた。
 どうやら突っ込んで欲しかったらしい。
 そんなことをしている間にアエリス神殿前の広場である。
 日差しはいつの間にか柔らかくなっており、運河を抜けて、時折潮の香りを運んでくる海からの風が心地良い。
 神殿の脇には馬車溜りが設けられているが、馬車の数は多くない。
 女神アエリスの神殿は、信者の数こそ多いものの、エディウス神やトーラボーラ神に比べると、どうしても資金力に欠けるのだ。
 そのため、広場も直径七〇~八〇メートルほどで、周囲も大きな屋敷など皆無であり、どれも小さな商店や、小規模な商会の拠点があるだけだ。
 ただ、露天の数はそれなりに多い。広場の中央に軒を寄せ合うようにして並んでいる。
「ナオキ、気張れよ?」
「はい」
 広場に入ってきた馬車と、掲げられた紋章に気付いたのだろう。
 神殿の入り口に立っていた女官か巫女が、中に声をかけ、出迎えの為に階段をおりてきている。
 レディエ・エステルシアにあるアエリス神殿では、ここが主神殿になるらしいが、長方形の箱に階段状のピラミッドを幾つか乗せたような形であり、ギリシャの神殿というより、どこか東南アジアかインドあたりで見かけそうな、細かな動植物の彫刻が特徴的な神殿である。 
 広場から入口までの階段は、幅二〇メートルほどで、およそ二〇〇段ほどもあるだろうか。エディウス神殿に次ぐ高さであり、広場から見て、およそ五〇メートルほどの高さに立っている。
 因みに見えているのは神殿の祭壇がある部分だけであり、巫女や女官、それから神殿に暮らす女性たちが居住しているのは、神殿の地下部分と、その背後に城壁と呼べるほどの高い壁に囲まれた部分になる。
 アーシア達の一行が広場を一周して階段下に止まった時には、武装した女性兵士達と、それを指揮する巫女のエリス達、そして、一〇名ほどの女官を引き連れた、年配の巫女頭が整列していた。
 小者達が下車用の階段を置き扉を開くと、待ちかねたように、扉が開いて、まずはユウとリナが飛び出し、両脇に立ち、サーベルを抜いて掲げ、次いで、片手に荷物を抱えたケイシーが降りて一歩脇によると、最後にアスカが颯爽と登場した。
 どうやら、馬車の中で騒いでいたのは、これだったらしい。
 ユウとリナについても、一応の戦闘訓練は受けているため、サーベルの扱いについてはとりあえずの不安は無いが、本職であるエリス達や兵士達からすると、一生懸命なのが微笑ましいといった感じであろう。
 そして、一人だけサーベルを佩いていないアスカは、そのまま巫女頭の数歩前に立つと、手にしていた特殊警棒を一振りして伸ばす。
 静まり返ったその場では、その音はかなり大きく響き渡り、何人かの兵士がぴくりとそれに反応するが、そんな事はお構い無しに、その音を合図にユウとリナがサーベルを収め、馬車に残していた荷物を手早く両手で抱えると、アスカの背後についた。
 そして、おもむろに特殊警棒を顔の前に掲げて挨拶するアスカ。
「はじめまして。巫女頭さま。帝都のしきたりや礼節を弁えぬ田舎者ゆえ、非礼がありましたらお許しください。ソナス語にもまだ不自由しておりますゆえ、言葉遣いについても、どうかご容赦ください」
 とそこで頭を下げ、手にしていた特殊警棒をくるりと反して、手袋に何か仕込んであったのだろう。綺麗な金属音を立てて叩くようにしてしまい、拳銃と並んで装備している、腰のホルダーに収納する。
 エリス達も兵士達も、その見慣れぬ道具に興味津々といった様子である。
 マントを上げて背中を見れば、「つかみはばっちり」とでも書いてあるに違いない。
 いずれにせよ、アエリス神殿の面々の、意表を突いた事だけは確かである。
 一瞬の間を置き、我に返ったらしい巫女頭が鷹揚に頷き、ぎこちない笑みを浮かべて四人を先導して階段を上がっていく。
 本番はこれから、と、決意も新たに、その後に続く四人。
 ケンジもナオキも、あとは待つしかなかった。


 四人が通されたのは、神殿の一階(つまり最上階である)にある、巫女たちの控えの間であった。
 薬草や香草を煮出し、蜂蜜で味を整えたお茶が供され、社交辞令と世間話から始めたかったらしいが、ソナス語ならともかく、巫女頭の第一言語であるダッセル語がまともに話せる者はなく、仕方なくソナス語に切り替えても、細かなニュアンスは伝わりにくい。
 それでも、アスカ達が手土産に持ってきた、チョコチップ入りのクッキーや、料理長が根をあげるほどの厳しい品質チェックの結果、ようやく合格点がもらえた、パイ生地に生クリーム挟んだシュークリームもどきが効果をあげ、場の空気が一気に和む。
 その後は、アスカの熱弁と、ケイシーの冷静な補足、そして、用意していたフリップや図を使った説明が功を奏し、保護されている者たちから希望者を募り、神殿内の一角を使って、アスカの言う「テストケース」とやらに協力してくれる事となったのである。
 とは言え、起業という言葉もなければ、女性が借金をして単独で商売を始めるなど、聞いたことも無い者たちばかりで、まずはなんだかわからなくても、仕事をしてみる気持ちがある者で、裁縫や手作業の得意な者を集めてもらう。
 とても一時間や二時間で終わるような作業ではないため、その日は神殿に宿泊することが決まり、ケンジやナオキ達には、翌日迎に来てもらう事にして、四人は本腰を入れて、聞き取り、つまり面接に挑む事になったのである。
 最終的な選考に残ったのは五人、エレラ・ガンペッタという元帝国男爵夫人を筆頭に、マリーン、ラヴェイタという二人の平民、そして解放奴隷のメルタとディニであった。



 
ご意見・感想お待ちしています。
よろしくお願いします。

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