Debut
「レヴィ!」
ナオキの言葉に軽く頷くと、レヴィは伝令を控えの兵達に向かわせる。
戦場の中央で戦っている六〇〇名の歩兵は、一〇〇〇名ほどの敵を相手に、装備と練度の優越を十分に発揮し、数でほぼ倍する敵の攻撃を、果敢に防いで一歩も引かない。
よく見れば、多少押され気味であるのは事実だが、作戦上、中央の部隊は戦線を維持してさえいればいいのだ。十分過ぎるほどの働きだった。
そして戦力を集中させた左翼の一四〇〇名は、およそ八〇〇名ほどの敵を相手に、じわりじわりと、確実に押し続けている。
しかし、選りすぐった最精鋭部隊とは言え、初めから圧倒的に少ない兵力で戦っていた右翼の四〇〇名については、辛うじて戦線を維持しているだけで、八〇〇名近い敵を相手に、最初からひたすら下がり続け、既に三〇〇名ほどにまで打ち減らされているように見える。
このままでは戦線を破られ、寸断されるか包囲されるか、何れにしても押しつぶされてしまうのは間違いない。
戦闘が開始され、矢を交えてから三〇分、歩兵同士が槍を交えて既に二〇分近い。
戦では押している時は負傷者も少なく、例え負傷しても戦線が前進する事で、味方に救出してもらえる可能性があるが、当然押されている時には、動けなくなった時点で死ぬ確率が一気に跳ね上がることになる。
そのプレッシャーに絶え続け、全力を振り絞っての二〇分である。
右翼はそろそろ限界だった。
当然、こちらの予備兵力六〇〇が右翼の救援に向かうのに合わせ、敵の予備も動き出した。
予備の歩兵戦力六〇〇は、駄目押しとしてこちらの右翼に。
こちらの予備に対しては、右翼の下がった間隙を突き、機動力のある騎兵三〇〇(騎兵を中心とした打撃集団であり、騎兵そのものは七~八〇騎ほど)を投入してきている。
勝負に出てきたのだ。
確かにそれで間違いは無い。
こちらの右翼をもみ潰し、同時にこちらの予備兵力を、騎兵の打撃力をもって突破すれば、後はその二つを合わせてこちらの本陣に残っている騎兵を叩くのみ。
当然、敵の予備兵力の全てがこちらの右翼に向かってくる。
残っているのは、既に仕事は終わったものと思い込んでいる、三〇〇名ほどの弓兵だけだ。
敵の命令はもう変更の効かない段階にまで進んでしまっている。
再び伝令に向って、陣太鼓を鳴らすように指示するレヴィ。
太鼓が響き、それに気付いた左翼の指揮官の隣で、ハイズ家の軍勢にしか存在しない、新しい兵科の信号兵が、金属製のビューグルと呼ばれる信号喇叭を吹き鳴らす。
その瞬間、左翼部隊はそれまで抑えに抑えていた力の全てを、敵の右翼に向って解き放った。
「これも予定通りか」
予定通りなのがつまらないとでも言いたげな様子のレヴィであるが、ナオキは突入のタイミングを測るに集中している。
「……準備はいいか?」
レヴィが何処か楽しげな様子で後方に控えているナオキを振り向いた。どうやらそろそろ騎兵を投入する頃合だと思っているのだ。
言われるまでも無い。
そろそろ頃合であったし、なによりナオキも、丘の上に立ち馬上から戦場を眺めているだけの状況にはうんざりしていたのだ。
「見ての通りだ」
答えを聞いてニヤリと笑うと、レヴィの腕が振り上げられ、最後まで残されていたこちらの騎兵三〇〇(こちらは半分以上が騎兵であり、三〇騎の竜騎兵が中心となる)が、声も無く、まるで遠乗りにでも出かけるかのような気楽さで突撃を開始した。
しかし、総大将自らが突撃の先頭に立っているのに、付き従う者達のふてぶてしさはなんだろうか?
これが普通の騎士達であれば、主君と共に馬上にある事を誇りに思い、なんとしても武勲を掲げて主君の歓心を買うべく勢い起つであろうし、先頭に立つ主君に感動すら覚えるくらいであるはずなのだ。
にもかかわらず、この者達にはそうした気負いや騎士としての当然の情動というものが全く感じられない。
特に騎竜に乗った男達の態度と言えば、戦争を行っているようにはまるで見えない。
商家の番頭あたりが、ちょっと用事を足してくるのと、なんら変わらない程度の気楽さなのである。
更に言えば、騎竜に乗る以上、その身分は恐らく騎士以上の者に違いないはずであるのに、顔まで覆うような騎士らしい飾りの付いた兜を被った者など一人もおらず、その装備もまるでバラバラだ。
そのくせ手にした竜騎槍だけは、真新しい揃いの金属製である。
「速度を上げろ!」
レヴィの掛け声、というより、レヴィの動きを察知して、殆ど遅れる事無く全騎が進撃の速度を速める。
その最中にも、余計な掛け声やら叫び声やらは決して上げたりはしない。
振り向けば、今こそ本陣は完全にがら空きである。
総大将すらそこにはいないのだ。
綿密な指揮命令系の構築と、総大将以下小隊、分隊の指揮官にまで至る、高度な専門教育を受けた指揮官と参謀達の育成あっての大技である。
そして、騎兵がその真価を発揮する突撃の速度へと達した時には、左翼と中央部隊との間隙は、騎兵の一団が、余裕で通りぬける事ができるほどになっている。
騎兵投入の時期は絶妙であり、完璧だった。
そのまま左翼と中央の部隊の間隙を抜け、騎兵は直接敵の本陣を目指すのである。
レヴィの右手が上って「M9」が火を噴き、それを見ていた本陣では、たて続けに音響花火が発射された。
「雄たけびを上げろ!」
花火の炸裂と同時に全ての指揮官達が声を上げ、釣られるように、それまでほとんど無言で戦っていた、全ての兵士が喉が潰れそうなくらいに声を上げる。
まるでたった今はじめて戦がはじまったかのような勢いであった。
駆けながら右翼をみれば、中央の部隊と右翼の部隊の間隙を突く事で突破を図った敵騎兵と、同時に投入されたこちらの複数の部隊が入り混じり、中央の部隊と右翼の部隊の双方を一部づつ巻き込んで、その場で完全な乱戦状態に陥っている。
当然、敵の騎兵はこちらの騎兵の脅威とはなりえない。
右翼への増援部隊には、最初からとにかく乱戦に持ち込むようにと指示してあったのだ。
乱戦になるとどうしても損害が増えてしまうのであるが、この際それは仕方がないと判断されていた。
その分右翼に配置したのは全軍から選りすぐった精兵達である。
敵の左翼は一部の小部隊が集団としての戦力を維持している程度で、全線にわたって混乱状態になっているし、中央にいたっては、騎兵に背後から襲いかかられる可能性に浮き足立ち、もはや完全に逃げ腰だった。
もう考えるまでも無い。
敵の本陣までの間で残っているのは、大半が矢を撃ちつくした弓兵だけだ。竜騎兵を先頭にした騎兵の突撃を目前にし、堪えきれるわけがなかった。
こちらが当たる以前に蜘蛛の子を散らすように逃げだして、本陣を守るのは馬回りの者が僅かに数十名である。
もうレヴィやナオキが後続を引っ張る必要は無い。
先頭を走っていたナオキは僅かに手綱を緩めると、同時に周囲を見回し、手にしていた長槍を振り上げ咆哮する。
「進め! 突撃だ! 叩き潰してしまえ!」
同じように手綱を緩めたレヴィが隣で突撃を叫び、更に速度を落としている。
これ以上の突撃に、指揮官は不要であった。
……敵の本陣であがった味方の歓声に気付いて見渡せば、混乱していた右翼はともかく、左翼と中央では完全に追撃戦へと移っており、そろそろ戦後処理に頭を切り替えるべき時に移っている。
戦場のど真ん中で停止し、レヴィに従っていた従騎士の一人を選んで、本陣への伝令に走らせる。
集合の合図を行わせるのである。
恐らくそれで右翼の敵も、降伏するか逃げるかするだろう。
再び戦場を見渡し敵の本陣で勝どきを上げる騎士達をみて、ナオキは大きく安堵のため息をついた。
「よくやった」
何時の間に寄せたのか、鐙が触れそうなほどの位置までレヴィが来ていた。大きな声ではなかったが、その声は実によく響く。
負けはしないと思っていたが、損害は決してゼロには出来ない。
右翼はどれほどの死者が出ただろう?
この戦いは、ナオキが手塩にかけて育てた常設軍の初陣でもあったのだ。
ナオキも勝利が嬉しくないわけではないが、兵が傷つく以上、とても喜んでだけいる気にはなれない。
「……だろう?」
まるで投げやりな答えに一瞬黙ったレヴィだったが、ニヤリと笑って兜を脱ぐ。
「まぁな。この戦で面白そうな事も思いついたし、また忙しくなる。だからこの兵はお前が自分で面倒を見ろ。案外向いているかもしれんぞ? 多くはやれんからな、せいぜい覚悟しておけ!」
と、今度は本格的に笑いながら、脱いだ兜でナオキの肩を叩き、集まってきた騎士や兵士達の歓声に答えて右手を上げた。
兵士達の上げる勝鬨に包まれ、巨大な騎竜に乗った騎士の姿を見送る。
面倒を見る?
と、訝しげな顔でレヴィの背中を見つめるナオキだったが、どうやらレヴィは領地をくれるつもりらしい事は理解している。
感情が追いついてこなかっただけである。
一瞬の間を置き、ようやく感情が思考に追いついたころ、ナオキは慌てて声を上げようとしたが、その瞬間に合わせたように振り返ったレヴィと目が合い、同時に右手が、ベルトで腿に巻かれたバヨネットに触れているのに気付いて、天を仰いだ。
「……ったく、そういう事かよ」
ナオキの呟きに込められた思いは、恐らく本人にしかわからないものである。
それでも、最初からあらゆる事を計画的に、もしくは自らの計画に巻き込もうとする様な、ある意味強引なレヴィの性格は、二人が初めて出会った頃から変わってない。
レヴィは自身がそれを望んでいる限り、あらゆる機会と手段をもってそれを実現してしまうのだ。
後妻の産んだハイズ伯爵家の第四子。後継者争いには全く無縁の放蕩息子。
単なる生意気な子供に過ぎなかった当時から、誰にも負けない強烈な輝きをその瞳の奥に隠していた。
恐らく、ナオキに対し、思うように兵を育てて見せろと言ったその時から、レヴィはナオキに領地を持たせる事を画策していたに違いない。
――勝利の喜びに沸く兵士達への対応で近付く事も出来ないレヴィに代わり、命令と指示を求めて駆け寄ってくる騎士達へ、本陣の移動やら負傷者の手当てやら斥候の準備、投降した兵士達の処遇まで、この軍勢の運用のあらゆる事を指示してゆく。
全ての騎士と兵とがナオキの指示を当然としているが、レヴィがそうなるように、二年もの時間をかけて仕向けたのだと、今更ながらに気付いていた。
苦笑しながら戦場を見渡せば、傾きかけた太陽に、昇ったばかりの二つの満月。周囲の森には既に夜の闇が迫りつつある。踏みしだかれた牧草地に、転々と散らばる死体が目に入る。
歓声と怒号、そして、止めを刺される敵の負傷兵達の悲鳴。
この情景を作り出したのは確かに自分の育てた兵たちと、自分の立案した作戦なのである。
つまらない愚痴や泣き言など言ってはいれなかった。
レヴィに反発する領主達との戦はネルの各地で続いていたが、これで、レヴィはネルのほぼ全土を単独で掌握した事になる。
ネル半島に事実上のハイズ王国が誕生したのだ。
「なぁ、レヴィ? 爵位に領地に、異世界の技術に知識に人々。そんなモノまで手に入れて、一体今度は何が欲しいっていうんだ?」
ナオキの漏らした日本語の呟きは、誰に聞かれる事も無く戦場の風の中に溶けていく。
そのまま暫くなにやら考え込んでいたナオキだったが、頭を一つ振って、奪った敵の糧食の移動や戦利品の回収、さらには野営の準備についての指示と、指示してあった警戒態勢の進捗状況確認等々、暗くなる前に、とにかく全ての作業を終えてしまおうと矢継ぎ早に指示を飛ばしはじめた。
と、不意に、レヴィに出会った日も、今日と同じミルヴィーとシルヴィーが、共に綺麗な満月の夜だったのを思い出した。
……それは、もう一〇年以上も昔の話、ナオキ達がこの地に来てから、まだ半年かそこいらの頃であった――……。
感想ください。
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