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セルリアンブルーの瞳 作者:小室
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6.告白

挿絵(By みてみん)
 満月が近づいていた。
 一時は治まった夜桜月冴の呪いは、何日も経たないうちに発症してしまっている。それはつまり、満月になるとその呪いは効力を発すると言うことだ。
 厄介な呪いを抑える方法が、左坤伊織が危惧していたとおり夜桜を更に苦しめる方法しかなかった。―――鬼の精液をその体内に受け入れること。
 そんなとんでもないことでしか、今の所抑えることが出来ないのだ。当の本人はなぜか嫌がっているようには見えないのだが。努めて冷静にしているのかと思ったが、どうもそうでもないようだと左坤は感じていた。
 ただ呪いを抑えるためだけに、好きでもない相手と性行為をしなくてはいけないなんてどう考えても異常なことだ。なのになぜ夜桜は平然としていられるのだろう。何年も側に居た左坤だが、そこのところが理解に苦しむ。

―――伊織くんさえよければ協力して欲しい。

 夜桜はそう言った。
 もちろん無理強いはしない、とも。

 夜桜は自分で言っている意味をちゃんと理解した上で左坤に協力を申し出ているのだ。だからこそ、理解できない。

 いや、無理にでも理解するとならば。

 相手が左坤だから、そう提案したと言うことだ。
 それはつまり、助手として仕えてきた左坤が相手なら耐えられることなのだろう。そう思うしかなかった。そうでないと理解に苦しむ。
 最悪の場合、相手は誰でもよく、ただ呪いを抑えることが出来ればそれでいい。ということだが。いくらなんでもそれはないだろう。左坤はそう考えていた。

 ―だとしても。
 あまりに苦痛ではないか。

 左坤は深いため息をついた。
「どうして、先生がこんな思いをしなくちゃいけないんだ」
 夜桜が何をしたというのだろう。ただこの家に生まれ、男だったからというだけで呪いを受けてしまうなんて。
 満月の度に意識を失い、その呪われた凶暴な力に振り回され、疲労困憊で迎える朝。

 己を失う恐怖。堪え難い凶暴性。屈辱的な拘束、冷たく暗い地下室。
 いつか、このまま自分を失ったまま戻ることが出来なくなるのでは?
 意識がなくなる度に、少しずつ大切なものを失っているのではないか?

 いつかこの身も心も全て呪いに支配されてしまうのではないか?

 口に出さずとも、夜桜が苦しみ耐える姿を左坤は知っていた。それについ最近己の身に起きた恐怖を体験した今、夜桜の苦しみを改めて感じ取ることが出来た。

「先生を少しでも救うことが出来るなら、俺は・・・」

 意を決し、左坤は夜桜のいる部屋へ向かった。

                    ******

「そろそろ満月ですね」
 部屋に入ると夜桜がそう声を掛けた。表情は穏やかだったが、左坤には夜桜が何を考えているのか分からなかった。
 もし、左坤が夜桜の提案を受け入れたとしたら。それでもこんな穏やかなままでいられるのだろうか?
「先生・・・」
 なぜこんなに冷静でいられるのか。それが気になって仕方がない。
「どうして、そんなに冷静でいられるのですか?嫌でしょう?好きでもない人と、・・・するなんて」
 心がざわつく。
 こんな事を聞いたとして、夜桜が本心を打ち明けたとして、その答えが拒絶でない限り納得はしないと言うことはよく分かっていた。だが、聞かずにはいられない。
 絶対に、拒絶してもらわなければ納得出来ないのだ。自分が助手になりたいと思えた人物だからこそだ。

 そんな決意の左坤を知ってか知らずか、夜桜は落ち着いた表情で小さく微笑んだ。
「僕には拒絶する権利などないのです」
「え?」
 何を言い出すのだろう?
 混乱する左坤を見つめたまま、夜桜は更に理解に苦しむ言葉を発した。

「これは、僕の罰ですから」

 一瞬にして空気が冷えた気がした。
 左坤はめまぐるしく今の発言を分析する。拒絶することも出来ず、罰として受け入れるしかない?そういう事なのだろうか。
 だとしても、一体何の罰だというのか。さっぱり見えない。
 ふっ、と自嘲じみた笑みを浮かべ夜桜は続ける。
「僕は卑怯な男です。こうして伊織くんに甘えて、おぞましい提案をしてまで抗うなんて」
 一瞬、夜桜の瞳に悲しい色が浮かんだ。
「・・・やはり、撤回しましょう。これは自分自身の手で解決しなければならないことでした。伊織くん。もう、あんなことは頼みません。鬼の方も祓って貰いましょう。――ですから、あの件は忘れて下さい」
「先生?」
 とまどう左坤だったが、夜桜は視線を外し背を向けた。
「先生、どういうことでしょうか?ちゃんと説明してくれないと判りません」
「振り回してしまい申し訳ありません」
 ちらりと振り向き謝罪すると、奥にある椅子に腰を掛けた。
「聞けば、きっと・・・もっと失望しますよ」
「何を言ってるんですか。俺の先生は、あなただけです。例え、何かがあったとしても俺の先生に代わりありません。お願いします。言える範囲で良いので教えて下さい。俺は先生の力になりたいんです」
 夜桜と出会い、知れば知るほど、どんどん引き込まれていた。最初は特殊な境遇故の同情かと思ったが、それでは説明できないほど左坤の中で夜桜の存在が大きくなっていくのを感じていた。だからこそ、自ら助手に志願したのだ。
 助手となった今も、もっと夜桜という人物を知りたいし、同時に力になりたいと感じていた。――例え夜桜の話がどんなに酷なものだったとしても。

 左坤の真剣な様子に、夜桜は観念したかのように小さく息をついた。
「・・・いいでしょう。そろそろ伊織くんにも僕のことを知ってもらいたいと思っていたところでしたし。気味の悪い話ですが聞いてもらえますか?」
「はい」
 左坤が近くの椅子に落ち着くと、夜桜はある話を切り出した。

 それは、夜桜の人生が大きく変わった出来事の話だった。

「僕が、夜桜月冴を殺した話です」

 ――自らの死を口にしながら、そのセルリアンブルーの瞳は妖艶に輝いていた。
 
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