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セルリアンブルーの瞳 作者:小室
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5.陰雨

挿絵(By みてみん)
 まだ梅雨は明けないのか、朝から雨が降り続いている。
 左坤伊織は、その雨音を聞いていた。あれ以来ずっとぼんやりしている。こんな風に考え続けていても何も進展しない。頭ではわかっていたが止める事が出来なかった。

「なんてことしちゃったんだろう」
 何度目かの繰り返し。深く後悔しながらも記憶が無いというのは如何ともし難く、不可抗力とは言え自分自身に嫌気が差していた。
 それに追い打ちをかけるかのような夜桜の提案。あのような非道な行為を受けながらも、そんな相手に協力を求めなくてはならないとは。いくらその身の呪いを抑える効果があるとは言え、嫌な思いをさせなくてはならないことがとても辛かった。
 自分は、苦しませるために助手になったわけではない。
 やっと、呪いを打ち消す可能性が見えたと言うのに、輪を掛けて苦しめる結果になるとは。あまりにも夜桜が不憫すぎる。

「ああ・・・他になんか良い方法ないかなぁ。先生が辛すぎるよ」
 ソファーに寝転び、窓辺を見つめる。気が滅入るような長雨。まるで憂うつな自分の気持ちと同じに見えた。
 と、ノックの音と共に聞き覚えのある声が聞こえた。
「左坤くん。いいかな?」
「あ。はい!」
 ドアを開けて入ってきたのは、左坤の先輩である椎名樹(しいなたつき)弁護士だった。
「先輩。ご無沙汰しております」
「お久しぶり。・・・いきなりだけど、大変な事になったらしいね。月冴くんから聞いたよ」
 椎名は、夜桜の弁護士団の一人でもあった。夜桜の元に左坤を紹介したのが彼だった。他にとあるお屋敷の主人と契約することになり、夜桜には左坤を任せることになったのだった。
「ええ。その・・・とんでもないことを」
「月冴くんが恐縮してたよ。呪いを解く代わりに君には負担を掛けちゃうって」
「えっ?・・・いや。俺は別に」
 なんだろう。夜桜は襲われたことを伝えてないのだろうか。もし、知っていたら事情が事情でも、椎名がこんなに落ち着いているはずはないだろう。あえて言わなかった。と察した。
「そうか。それを聞いて安心したよ。月冴くんは色々・・・複雑な環境にいるし、君が彼を気に掛けてくれて嬉しいよ。それで、君の方はどうなの?倒れちゃったみたいだけど」
「もう大丈夫です。もしかして、先輩そのこともあってお見えになったのですか?」
「まあね。僕の大事な後輩だし。それに月冴くんはかなり無茶をして妖怪だのなんだのって繰り出すでしょ?君も振り回されてるの見てるしさ」
「俺は好きで助手をしてるだけですから。それに、俺が止めないと歯止めがきかないですし。ご心配有難う御座います」
 左坤が頭を下げると、椎名はホッとした様子だった。
 このあと、椎名は少し雑談をしてすぐに去って行った。今抱えているクライアントが何か問題を起こしたらしく、電話に出るなり慌ただしく出て行ったのだ。

 しんと静まりかえる部屋に、雨音が聞こえていた。
「先生・・・言えるわけないよな。自分が襲われたなんて。しかも、紹介して任せた男にだなんて」
 ここでうじうじしても仕方がない。左坤は意を決し、夜桜の元へ向かった。

           ******

「先生?」
 左坤が夜桜の部屋へ訪れると、彼はがっくりとうなだれていた。驚いて駆け寄ると、ようやく左坤の存在に気付いたようだった。手で顔を覆っていて表情は見えない。
「伊織くん。どうしました?」
 くぐもった声が指の間から聞こえる。一体どうしたのだろう。
「先生こそ、どうしたんです?具合でも悪いのですか」
「いえ・・・そうではないのですが」
「ではなぜ顔を?」
 左坤の言葉に、夜桜は小さくため息をついた。
「覚悟はしてたのですが、いざとなるとキツイもので」
「?」
 一体何のことですか?と、聞こうとした時、覆っていた手をどかしこちらを見つめた。「あ!」
 思わず左坤は声を上げた。
 夜桜の瞳の色が、あのセルリアンブルーになっていたからだ。
「先生。まさか・・・」
「そのまさかですよ。どうやら呪いは解けないようです」
 左坤は絶句した。初めて呪いが解けたと思ったらもうあの瞳の色を宿している。忌まわしい行為の代償の割に効果は短いようだった。左坤は自分が夜桜を襲ったのが正確には何時のことなのか分からなかったが、3日も持たなかったのではないかと推測した。もしかすると1日なのかもしれないが。
「丁度いい、試してみましょうか?」
「え?」
 困惑する左坤をよそに、夜桜は何気ない仕草で顎を持ち上げる。
「先せ・・・んっ!」
 理解するまでに、多少の時間を労したがどうやら唇を塞がれたようだった。もちろん夜桜が好きでしているわけではないのだが、なんら躊躇いすら感じられないのが不思議だった。
 いやらしく唇を吸い、漏れる息づかいに背筋がぞくぞくする。

 分かっている、夜桜は唾液でも効果があるのか試しているだけだと。

 そうは理解しているが、実際にされると頭が痺れて顔が熱くなるのを止められなかった。それ以上のことをしてのけたはずなのに、記憶が無い分初めての経験だった。夜桜はこうも熱いキスが出来るのか?などと頭の片隅で感じていた。
「・・・は・・・あ・・・」
 唇が離れ、ぼーっとする視界に妖艶に濡れる夜桜の瞳が映った。改めて、なんて美しいのだろうと感じていた。この瞳に見つめられたら逃れることなど困難に違いない。
 と、そう感じた瞬間、ある事実に気付いた。
「あ。瞳の色が・・・変わってないです・・・」
 思わず呟くと、夜桜は眉根を寄せた。
「そうですか」
 ムッとしたように呟くと、余韻に浸る左坤の頬を両手で挟むと親指で下まぶたを下げた。「では、こちらも試しましょう」
 左坤の返事も待たずに、夜桜の舌が左坤の瞳を舐める。
 その、あまりの行動に、思わず声を上げてしまった。
「変な声出さないで下さい」
 そう言って、また舌が瞳をなぞる。そんな経験などした事も無い左坤は、驚きと混乱で頭がパニックになっていた。
 そのせいか、ぽろりと涙が頬を伝う。
 そんな様子を見て、夜桜はニヤリと微笑んだ。そのまま涙を舌先でなぞり、涙の溢れる瞳に舌を這わせた。
「あ・・・あ・・・!」
 水っぽい音が耳朶に響く。赤くなった顔がジンジンと熱を帯び、涙を舌ですくわれる度にぞくぞくとした快感が背筋を走る。このまま続けられたら頭がおかしくなってしまいそうだった。
 だが、そう感じたときには夜桜から解放され、思わず膝をついていた。
「大丈夫ですか?」
 その声に見上げると、いつもと変わりない夜桜がこちらを見つめている。
 先ほどの行為などなかったかのようだった。
「・・・少し驚いただけです」
 なんとか落ち着こうと考えていたが、未だに心臓は早鐘のようだった。立ち上がって夜桜を見ると、その瞳の色は相変わらずセルリアンブルーだった。
「先生。まだ、のようです」
「そうですか。やはり精液ではないと駄目なのですかね」
「えっ!」
 さらっと呟く言葉に、思わずギョッとした。
「無理にとは言いません。伊織くんさえよければ協力して欲しいだけです」
「ああ・・・いや、その。でも、あれですよ?俺が先生に・・・」
「ですから、無理強いはしません」
 小さく笑うと、夜桜はソファに腰掛けた。
 だんだんと落ち着きを取り戻した左坤は、努めて冷静な夜桜の様子に戸惑っていた。
 無理に冷静を装っているのだと考えていたが、どうも違うような気がする。

 まるで、何でもないことのような。自然な振る舞い。

 あんな行為が、自然なはずはないだろう。なんせ強姦だったのだから。
 ではなぜ、夜桜はこんなにも落ち着いているのだろう。何年も側にいて、無理をしているかどうかなど分からないはずはない。多少は無理をしているだろうが、こちらが考えているほど深刻さは感じられなかった。
 これは一体どういうことなんだ?

 戸惑う左坤をよそに、夜桜は何か考え込んでいるのか頬杖をついて窓の外を眺めていた。未だに降り続く外の雨を。

 二人の間には、その陰雨の音が響いていた。
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