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セルリアンブルーの瞳 作者:小室
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挿絵(By みてみん)


 雨音が聞こえている。
 左坤伊織は薄暗い部屋で目を覚ました。頭はぼんやりしているが、一見して見知らぬ部屋だと理解した。心地よい雨音のせいか気持ちは落ち着いていた。
「ここはどこだろう?」
 ふいに扉が開き何者かが入ってきた。
「やあ左坤くん。気分はどう?」
 見知らぬ男性がにこやかに微笑む。この部屋の持ち主なのだろうか?
「えっと・・・大丈夫です。あの、あなたは?」
 体を起こすと右手首に妙な違和感を感じた。
「ん?」
 それは身に覚えのない大きめなブレスレットのようだった。しっかりと手首に填まり、奇妙な装飾がされている。
「それは外しちゃ駄目だよ」
 男性の言葉に左坤は首をかしげた。だんだんと頭が覚醒していくと共に数々の疑問が浮かんでくる。この男性は誰なのか、ここはどこなのか、なぜ外しては駄目なのか、一体自分の身に何があったのか。
 そんな疑問を読み解いたのか、男性はにこやかな笑みを浮かべ口を開く。
「僕は安曇。留目さん経由で名前だけは知ってるかも。ここは僕の家で、君はしばらく寝込んでたんだ。例の塚の中であれに触れたからね。あれの影響を抑えるために勝手ながら腕輪で封印させてもらってる。だから、それは絶対に外しちゃ駄目だよ」
 寝込んでた?影響?封印?
 奇妙な言葉に左坤は言葉を詰まらせる。この男性は安曇天都という夜桜の義兄の知人で、オカルトサイトの管理人をしている男だったようだ。そう気付くと共に、例の鬼塚で倒れてしまったのを思い出していた。
「あの、鬼塚の中に石棺のようなものがあったんですが、あれに触っただけなのに倒れちゃったみたいで」
「僕もあれがホンモノだとは思ってなかったけど、アタリだったんだね。その石棺に封じられてた鬼と呼ばれるものに、君は取り憑かれちゃったみたいなんだ。その辺の記憶はどう?」
 そう聞かれても、左坤には記憶が無かった。ただ真っ暗な闇に意識が解けてしまったような妙な覚えがあるだけだ。気付くとここにいたのだった。
「判りません。それで、その鬼・・・に俺は取り憑かれちゃったみたいですが、何かしてしまったのでしょうか?」
「うー・・・ん。まぁ君の意志ではなかったとは言え、ね。それなりにあったようだよ。怪我の功名というか、それで判ったこともあるし」
「一体俺は何をしたんですか?」
「夜桜くんに聞くといいよ。・・・被害者だし」
「えっ?先生?!」
「ああ。今は大丈夫だから安心して」
 夜桜に何をしてしまったのだろう。救うつもりで鬼塚に行ったというのに、逆に苦しめてしまったようだ。左坤は自分のふがいなさに気づき後悔していた。
「それにしても、上手い具合に封じられてよかったよ。まぁ、この先色々大変だと思うけど、夜桜くんと相談して頑張ってね。僕にできる事なら協力するし」
「はあ・・・」
 一体何をしたのか、この先大変だとか不気味な発言は気にはなったが、今は夜桜にしでかしてしまったことの方が重大な問題で、それ以外は頭が回らなかった。
 安曇がもう少し休んでいて、と告げて部屋を出て行ったことすら気付かないほどだった。

      ******

 出された食事もあまり喉を通らなかった。あれから散々思い出そうと努力したが、ちっとも思い出せない。記憶が無いということは、それだけで充分に嫌なものだが、その間自分が何かをしでかしてしまったというのがとても恐ろしかった。鬼に取り憑かれたとは言え、左坤の体が勝手に誰かを傷つけていたとしたら、それは堪え難い恐怖だ。

 まるで、夜桜が呪いにより凶暴化した時と同じではないか。

 夜桜はこんな恐ろしい思いを満月の度に感じていたのだろう。頭で理解するのと、実際に経験するのとでは重みが違いすぎる。改めて左坤は戦慄を覚えていた。
「伊織くん」
 その声にハッとすると、夜桜がこちらを見つめていた。
 アレコレ考え込んでいて、部屋に入ってきたことにも気付かなかった。
「先生!あの、大丈夫ですか?俺、何かしちゃったようで」
「・・・覚えていないようですね」
 元々、妖怪関連以外で表情豊かな方ではないが、今の夜桜は特に感情が読めなかった。と、夜桜の首の周りが赤くなっているのに気付く。
「先生、その首・・・」
「大丈夫です。それより、伊織くんの状況をきちんと話した方がよいですね」
 そう言うと、側にあった椅子に腰を掛けた。左坤は無意識に居住まいを正す。
「あなたは今、鬼に取り憑かれている状態です。その腕輪で封じてはいますが、祓ったわけではありません。・・・あえて祓ってはいないのです」
 淡々と話す夜桜に、伊織はただ聞いているだけしか出来なかった。あえて感情を押し殺したような夜桜の態度に違和感に似たものを感じたからだ。

 左坤は、鬼に取り憑かれ地下に閉じ込められていた夜桜を襲ったらしい。その時に首を絞めたのか、跡が未だに残っている。危なく命を落としそうになったようだ。
 鬼に取り憑かれ、自我を失いあろう事か救うはずの夜桜を殺そうとした事実に、左坤は絶望感を感じた。足を引っぱるどころの問題ではない。一体今まで自分は何をしてきたのだろう。逆に苦しめてしまうなんて。
 落ち込む左坤に、夜桜は淡々と言葉を続けた。後になって、あえて感情を押し殺していた訳を知ることになる。

「鬼と化した伊織くんに僕は何度も犯されました」

 耳を疑った。
 今、夜桜は何を言ったんだ?

「その事で、あることが判りました」
「・・・先生・・・俺・・・なんてことを・・・」
 左坤の言葉を無視して、夜桜は続ける。

「鬼に犯されることで、あの呪いは治まるようです」

「えっ?」
「見て判りませんか?僕の瞳の色を」
 言われて初めて気付く。本来の色であろう琥珀色の瞳がこちらを見つけている。あの、呪われたセルリアンブルーの瞳ではなかった。
「ですから、あえて封じているだけで祓ってはいないのです。この仮説が正しいかどうかも確かめるためにも」
 頭が回らない。弁護士として常に冷静な判断や決断をしなくてはならないが、こと、夜桜のことになると冷静さが欠けてしまうようだ。それは以前から感じていたことだが、今は特に自分がしてしまったことの重大さや、驚くべき事実に混乱は増すばかりだ。

「伊織くん、僕に協力して下さい。嫌でしょうが、これしか今の所呪いを治めることが出来ないのです」

 きっぱりと言い切る夜桜に、左坤は動揺した。
 それって、つまり、どういう・・・。
「あの、俺・・・ちょっと混乱してまして・・・その、つまり・・・」
 頭を抑え、落ち着くよう心の中で叱咤した。話をまとめると、とんでもないことを被害者である夜桜から提案された気がする。
「俺が、鬼を封じられた俺が、先生の呪いを治めることが出来るんですよね?それは、理解したんですが、ただ、その方法が今ひとつ理解できないのですが・・・」
 自分に言い聞かせるように話す左坤に、夜桜はため息をついた。
「伊織くんは、言いにくいことを僕に言わせるのですね。だから弁護士って嫌いです」
「えっ!いや、そういうつもりでは・・・!」
「あなたの体液が呪いを治めると言うことです。なぜなのかわかりませんけど。とにかく、そういう訳ですから、お願いしたいのです」
「えー・・・と、体液って・・・その、セックスしろって事ですか?」
 その一言に、夜桜は今まで見たこともない恐ろしい笑顔を浮かべた。

「唾液や泪でも構いませんよ?」

 ああ。そうか。てっきり、もっとどストレートなものかと・・・。
「すみません。ええ、ぜひ協力させて下さい」
「ありがとうございます。では、これは下げておきますね。・・・ゆっくり休んで下さい」
 ニコニコ笑顔のまま(背筋が凍るような)夜桜は、左坤の食事を下げて部屋を出て行った。それを見送り、ホッと息をつく。

 しかし、なんということだろう。
 あの代々に渡って続いた呪いが、鬼の体液で治まるなんて。

 それに。

「俺は、先生を犯してしまったのか・・・」
 無意識だとは言え、とんでもないことをしてしまった。
 夜桜は努めて冷静に対応してくれたが、普通なら訴えられる事件である。
 しかも、そんな相手にあんな頼み事をしなくてはならないとは。もっと他に有効な方法はないだろうか。このままでは夜桜が不憫すぎる。
 後悔と反省とが頭をグルグル回るが、答えなど見つかるわけもなく、いつの間にか左坤はそのまま眠ってしまっていた。

       ******

「話してきたの?」
 下げてきた食事を受け取り、安曇は声を掛けた。
「ええ。・・・安曇さんには大変お世話になりました」
「大したことはしてないけど。でも、その呪い、いつまで治まるんだろうね」
 言われるまでもなく、それは夜桜の懸念していることだった。多分、一時的なものでしかないのだろう。根本的な解決ではないようだ。
「わかりません。これから色々試さなくてはいけませんし」
 努めて冷静な態度を貫く夜桜を見て、安曇はこれ以上詮索しないようにした。
「あれさえ外さなければ大丈夫だとは思うけど、僕もそんなに詳しいわけじゃないし、あんまり無茶なことはしないでね」
「あ、はい。・・・充分気をつけます」
「あとさ。多分・・・だけど」
 安曇はくるりと背を向け言葉を続ける。
「鬼の体液って妖怪に詳しい夜桜くんならよく知ってると思うけど。主に性的なモノが多いのは知ってるよね」
「・・・精力・・・的な意味でだと理解してましたが」
 その答えに、安曇は顔だけこちらに向けた。
「特に精液ってさ。淫欲の象徴とされてるよ。気をつけてね」
 そう言うと、さっさと食事を片付けに立ち去った。
 呆気にとられ、しばらく佇んでいた夜桜はふと我に返る。

 これは思った以上に厄介なことになった。と、やっと気付いたのだった。
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