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セルリアンブルーの瞳 作者:小室
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2.霧の中

挿絵(By みてみん)
 左坤伊織は、げっそりやつれていた。
 無理もない。持ち主不明の土地の掘削許可を取るため、あちこちかけずり回っていたからだ。
 もし、許可を取らなければ師である夜桜月冴は勝手に掘削するのは判っていた。そんなことをされては非常に困るので、左坤は必死で許可を取ったのだった。
「先生やっと許可が下りました」
 這々の体で夜桜に報告すると、彼は深くため息をついた。
「ずいぶんかかりましたね」
「これでも早かったと思いますが」
 ひどく冷たい態度の夜桜に、左坤は抵抗を試みた。
「あれから2週間もかかってますが」
 その一言にがっくりと肩を落とす左坤を見て、夜桜はそれ以上の言及は避けた。
 口では酷いことをいってしまったが、内心よく許可が取れたものだと感心していた。
「では、早速準備を調えてから行きましょう」
 ニヤリと笑う夜桜に、左坤は少し休ませて欲しいと思いつつも二つ返事をしていたのだった。

                   ******

 霧が濃く立ちこめている。
 事前にある程度準備をしていたのだろう夜桜は、手早く荷物を車に運び早々に目的地である鬼塚へ向かった。もちろん本物の鬼塚かどうかは不明だが。
 許可の報告をしたその日に行きそうな勢いだったが、さすがにくたびれている左坤に同情したのか、はたまた時間的に厳しいからか、夜桜は次の日の早朝に出かけることにしたのだった。

 濃い霧の中、2人は例の鬼塚へ到着した。周りはしんと静まりかえっている。
 車から色々道具を運び終えたが、左坤は最初に感じた嫌な感覚が拭えないままだった。
「では、ここから始めましょう」
 夜桜が例の崩れた部分を指さす。左坤はここまで来たらと覚悟を決めスコップで掘り出した。

 ザクザクと土を掘り進めるが、なんの手応えも感じなかった。掘り進めれば進めるほど、粘土質な土に変わりグッと重たくなる。左坤は体力には自信があったが、例の感覚がどんどん濃くなっていき、妙な息苦しさを感じていた。一方、隣で夜桜も掘っていたが、どこか楽しそうだった。
「伊織くん休憩しましょうか」
 顔色の悪い左坤に気付き、夜桜は提案した。左坤は息を吐くと、その場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?」
「はぁ…なん…とか…」
 肩で息をする左坤に、夜桜は冷たい水を差し出した。それを受け取ると一気に飲む。
「はぁー。なんか、変です」
 一息つくと、左坤は正直に言った。息苦しくて気分が悪い。ここから早く立ち去りたい気分だった。
 そんな左坤の様子に、夜桜は考え込む。
 今まで何度もこういった作業をこなしていた左坤が、こんな状態になるなんて普通ではない。ただ単に体調が悪いのか、それとも本物故の事なのか。
 どちらにせよ、こんな状態の左坤を放っておくことは出来なかった。
「帰りましょう。休んだ方がいい」
「すみません…」
 なんとか左坤を車まで運び、夜桜は手早く道具を車に積み込む。掘削途中のところはブルーシートを敷いた。
 運転席に乗り込むと、車を出す。相変わらず霧は晴れなかった。

 しばらく進むと、だんだん霧は薄れていった。それと同調するように、左坤の顔色も良くなってきた。それを見て、夜桜はホッとしていた。
「どうですか?具合は」
 夜桜の問いに、左坤は大きく頷く。
「だいぶ良くなりました」
 だが、念のためその日は休むことにした。鬼塚は逃げも隠れもしない。また折を見て掘削作業を再開すれば良いと、夜桜は思っていた。

                   ******

「おはようございます。昨日はご心配をおかけしました」
 朝早く夜桜の元へ向かったが、夜桜は寝室に閉じこもっているのか部屋にいなかった。
「先生どうしたんだろう」
 そう思い、ふと壁に掛かっているカレンダーに目をやる。まだ問題はなさそうだ。だとしたら一体どういうことだろう?
「先生?起きてますか」
 寝室の前で声をかけるが返事がない。左坤は意を決してドアを開ける。
「先生?」
 部屋は薄暗かった。明かりを求めカーテンを開けることにした。
「!!」
 思わず言葉を失う。
 辺り一面羽が散らばり、引き裂かれた枕や布団が固まっていた。
「先生!?」
 あまりの惨状に驚き夜桜を探す。ただ事ではない。怪我を負ってないと良いが。

 と。ことり…。小さな物音と共に、毛布を被った夜桜が現れた。
「先生?」
「伊織くん。僕はしばらく外に出られないようです」
 毛布で隠れて表情が見えないが、酷く落ち込んでいるようだ。一体何があったのだろう。
「先生、何があったんですか?これは一体…」
「僕がやった。あとで片付けておいて下さい」
「え?なんでまたこんな事を」
 刃物か何かで切りつけたのか、引き裂かれた寝具が痛ましかった。
「もう時間がないようです。まだだと思っていたのですが…」
 そう言うと、夜桜は蒼く光る瞳を左坤に向けた。
「僕は今、とても醜い姿になりつつあります。理性で抑えられるのも一時的かも知れません。これ以上酷くなる前に、閉じ込めて下さい」
「先生…まさか!」
 その声に応えるかのように、夜桜は毛布を滑り落とした。
 左坤は絶句した。

 なんてことだ。
 まだ、満月じゃないのに。

                   ******

 夜桜の呪いは、満月の夜だけの限定したものだった。
 だが、何故かまだ満月ではないというのに、夜桜の呪いが発動し、その身も心もおぞましいものへと変貌させている。こんなことは初めてだった。
 これは一体どういう変化なのか。
 呪いは、変化するものなのだろうか?
 現にこのように現象として現れている。
 変化するならば、その逆もまたあり得るのだろうか?
 夜桜が期待するような、沈静化という変化が。

 だが今は、酷く悪化している。予定よりも早く発動するなんて。

 と、そこで左坤はあることに気付いた。

 もしかすると、あの夜桜の変化は鬼塚と関係があるのかも知れない。
 あれを発掘してから、呪いに変化が起きたからだ。

 これが事実だとすると。

 鬼塚にかかわることが、夜桜にとって決して良いことになるのか判らない。
 ヘタをするとさらに悪化し、取り返しの付かないものになるかも知れない。

 左坤は、ジッと固く閉ざされた扉を見つめた。
 さきほど夜桜を閉じ込めた地下室の扉だ。

 この家には、呪いのかかったものが入れられる部屋がある。呪われたものの醜い姿を隠し、呪いゆえにわき起こる衝動を最小限に抑えるために。閉じ込めなければならないほど激しく変化するのは、満月の夜だけなのだが。
 満月以外でこの部屋を使うことになるとは思わなかった。

 夜桜は確実に悪化している。
 それは、人で有り続ける時間が少なくなったと言うことだ。

 つまり、夜桜が夜桜で有り続ける時間がなくなるのだ。

 もう時間がない。

 その言葉に、左坤は胸を痛めた。なんとか早くこの呪いを解き、夜桜を解放したいと改めて感じていた。

 その為には、やはり鬼塚を掘り起こすことが鍵となりそうだ。
 あの、嫌な感じのする鬼塚。正直、左坤は近づくのも嫌なくらいだ。
 だが、夜桜がこうなってしまった以上、嫌だなどと言ってられない。

「先生。俺行ってきます。鬼塚に」
 そう言うと、左坤はその部屋を後にした。

 いつの間にか、濃い霧が辺りを立ちこめている。
 まるで、今の先の見えない現状を表しているかのようで、左坤は不安になった。

 一番不安なのは自分ではない。そう気付くと気持ちを切り替え、車を走らせた。
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