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セルリアンブルーの瞳 作者:小室
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1.鬼塚

挿絵(By みてみん)
 その日は梅雨の晴れ間でやたらと湿気っぽかった。左坤伊織(さこんいおり)は車から降りるとその湿気に思わず顔をしかめた。一方、彼の師である夜桜月冴(よざくらつかさ)は涼しい顔で隣に立った。
「あれですか」
 夜桜は、前方に見えるこんもりと盛り上がった部分を指さした。
「ええ。この地図が正しければ」
 いつのものかは判らないかなり古ぼけた地図だった。当初、このあたりの古い地図だと思われたが、どうも様子が違っていた。というのも、この一見築山のような盛り上がった箇所がぽっかりと空白になっていたからだった。あえて書かなかったのか、本当に何もなかったのかは判らないが、奇妙に思えて実際に現地に赴いたのだった。
「築山・・・みたいですね」
 左坤が率直な感想を口にすると、夜桜は小首をかしげ、その築山をジッと見つめた。
「もっと近くに行ってみましょう」
 そう言うと、さっさと草をかき分け進んでいく。慌てて左坤もあとを着いていった。

 不思議なことに、その築山のような場所へ着くとあんなにもうるさかった虫の音が一切しなくなっていた。そのことに左坤は気味の悪さと妙な胸騒ぎを感じていた。
 ぐるりと回ってみると、崩れたのか土がむき出しの部分があった。
「先生、まさか掘ってみる気じゃないですよね?」
 嫌な予感がして左坤が問うと、夜桜は口の端だけ笑みを浮かべこちらを見た。
「いかにも掘ってくれと言わんばかりに土が崩れてますね」
「いや、たまたまですよ。まずいですよ掘るのは」
「ちょっとだけ。あとで埋めれば良いですよ」
 夜桜は掘る気満々だ。第一誰の土地かも判らないまま勝手にやってきているだけでもまずいのに、さらに掘るなんて。さすがに左坤は慌てた。ここが誰の目にも付かない山の中ならまだしも、郊外とは言えすこし離れたら住宅が建っている。誰が見てるか判らないのだ。フィールドワークとはいえやり過ぎだろう。
「先生、せめて土地所有者に許可を取ってからの方が・・・」
「それって弁護士としての意見ですか?」
 夜桜が酷く冷たい目つきで左坤を見据えた。確かに左坤は夜桜の助手であると同時に弁護士だが、これは一般常識としての意見だった。
「弁護士としてなら最初から止めてますよ」
 日頃からあれこれと夜桜を諫める左坤だが、それは弁護士として以前に個人的にもひどく心配してのことだった。もちろん助手として夜桜に従事しているのもあるが、夜桜は左坤のそういった行動が、全てもめ事を起こさないためのお目付役としてとしか思っていないらしく、ひどくうんざりしているようだった。
 世間的に、先生と助手というスタンスを取ってるだけで、それは本当の意味ではなく、左坤が夜桜のそばにいるためのものだと思っているようだった。
「伊織くん。僕に協力してくれる気があるならスコップを持ってきて下さい」
「俺だって先生の協力はしたいです。でも、今日は見るだけって話だったじゃないですか。掘るのはちゃんと許可を取ってからにしましょうよ」
 左坤のまっとうな意見に、夜桜はため息をついた。たぶん融通の利かない奴。とでも思っているのだろう。いくら民俗学者として興味を抱いたとしても、好き勝手調べていいものではない。日頃はごく常識のある夜桜だが、研究に対しては別だった。特に妖怪関係のものには目がない。
 左坤が知り合ったときから、彼は民俗学者というより妖怪研究者として有名だった。妖怪と聞くと異常なほどのめり込み、周囲を引かせるほどだった。
 彼が未だに恋人の一人もいないのは、そういった一般的に残念な部分が強かったのもある。優れた容姿も知性も持ち合わせていながら、神は時に残念な要素を加えることがある。夜桜はその典型だった。

 左坤がなんとか夜桜をなだめ、近くに駐めた車までやってきたときだった。
「月冴くん?」
 その声に振り向くと、そこには夜桜の義兄である留目心輝(とどめもとき)がいた。
「ご無沙汰してます。兄さん」
 留目は、元刑事の科学捜査官だ。夜桜の姉の旦那で、姉はしばらく前に病気で亡くなっていた。二人の間には女の子が生まれたが、その子は不幸にも事故で亡くなってしまった。それ以来留目とあまり交流がなかった。
「ご無沙汰してます留目さん。どうしてここに?」
 不思議に思い左坤が問うと、留目はひどく真面目くさった顔で答えた。
「こちらこそご無沙汰してます。今日は休みなので知り合いの家に行ってました」
 留目は誰に対しても丁寧な受け答えをするが、その見た目は言葉に反して厳つく近づきがたい。そのギャップが左坤には面白く感じていた。
「ああ、もしかして安曇(あずみ)さんですか」
「はい。お二人はフィールドワークでしたか?」
 二人の装備を見て、留目は察したようだった。郊外とは言えアウトドアな格好をしていれば目立つだろう。
 ちなみに安曇というのは、有名オカルトサイトの管理人であり、祓い屋という名で知られている人物である。本名は安曇天都(あずみたかと)。二人は直接は会ったことはないが、度々留目の口から話題が出るので知っていた。
「いわくつきの古地図を入手したので現地を見に来ました」
 ぶっきらぼうに夜桜が答える。左坤に止められたので機嫌が悪い。
「ああ、あの空き地の。もしかして、本当に鬼塚なんですかね」
 留目の一言に、左坤は凍り付いた。折角なだめたのにそんなことを言えば暴走してしまう!
「やっぱり、あれは鬼塚なんですね?」
 左坤の悪い予感は的中していた。先ほどとは打って変わってイキイキとし、留目に食いついたからだ。
「あくまで噂・・・ですが。安曇さんがそうおっしゃってました」
「兄さん、よかったら安曇さんにその事を詳しく聞かせて貰えませんか?」
 グイグイ迫る夜桜に、留目は圧倒されていた。夜桜のこういった態度にある程度慣れていたものの、久しぶりに体験すると普段冷静な留目でも圧倒されてしまうようだった。そんな様子に左坤はハラハラする。
「残念ですが、安曇さんはさきほど長野の方へ行かれました」
 留目は言いにくそうにそう告げた。
「え!?」
「仕事のようです。戻るのはいつかは聞いてません」
「そう・・・ですか」
 端から見てもひどく落ち込んでしまった夜桜に、留目は困った様子だった。
「お力になれず申し訳ありません」
「いえ・・・」
 今は落ち込んでいるが、これで諦める夜桜ではない。その事を嫌と言うほど知っている左坤は、新たな不安を感じていた。
 鬼塚などと、おいしいエサを撒かれたのだ。なんとしてもあれを掘り返そうとするだろう。その許可を自分が取らなくてはいけないことに、左坤は頭が痛くなってきていた。
 自然とそんな気持ちが表れていたのか、留目は左坤の何とも言えぬ恨めしい視線に気付き、一瞬ギョッとした。その瞬間留目には、左坤の気持ちが伝わったようだった。
「あの。よろしければこれから家に来ませんか?」
 この場を治めるように、留目は提案した。彼なりの気遣いなのかも知れない。
「・・・はい。あ、トロは元気ですか?」
 そんな留目の提案に夜桜は落ち込みつつ承諾した。その時、留目はトロという名の真っ白な猫を飼っていたのを思い出していた。
「はい。元気にしてます。是非会ってやってください」

******

 留目の家は相変わらず小綺麗にしていて気持ちが良かった。家に上がりながら、左坤は先ほどの自分の態度で、留目に気を遣わせていることに気付き恐縮していた。
「今お茶を淹れてきます」
「あ、兄さん。線香を上げてきても良いですか?」
 夜桜の言葉に、留目は嬉しそうに頷いた。
「俺も上げさせて下さい」
 二人は、仏間に上がり焼香を済ませる。病死した夜桜の姉も綺麗な人だったが、良く懐いていた娘の舞幢(まほろ)まで亡くなってしまったのには、正直堪えた。特に夜桜は舞幢とはフィールドワークに連れて行くほど可愛がっていただけに、ショックは大きかったようだった。舞幢が亡くなってからは、避けるかのように留目とは連絡を取らなくなっていた。
 なので、なぜ留目が刑事を辞めて科学捜査官になったのかは判らなかった。

 部屋に戻ると、留目が丁度お茶を用意しているところだった。紅茶の良い香りが部屋中に広がっている。
 二人が落ち着いたところで留目が心配そうに口を開いた。
「月冴くん。少しは落ち着きましたか」
 その問いに、夜桜は眉をしかめる。
「どっちの意味です?」
 その冷たい響きに、留目は察しが付いたようだ。
 もちろん、先ほどの落ち込んでいた件を言ったわけだが、夜桜はもう一つの方だと感じたようだった。夜桜が生まれながらにして苦しんでいるある事のことだ。
「すみません。そう簡単には解決できるものではないですね」
「諦める気はないです」
 夜桜は鋭い視線を留目に向けた。その綺麗なセルリアンブルーの瞳で見つめられると、誰しも息を呑むほどだった。
 だが、彼を魅力的にしているこの瞳の色こそが、今も苦しめられていることの表れでもあった。
 呪われし者の象徴でもある。一般的には到底理解の出来ない異形の呪い。

 夜桜は、その異形な身体の呪縛に苛まれている。
 細かく言えば、それだけではなかったが。

 彼の家で代々受け継がれている呪いとしか言いようのないもの。それは、男子のみが現れるもので、同時に二人は発症しなかった。必ず一人に現れ、その一人が亡くなると、別の一人に発症するという奇妙なものだった。
 それが発症している証が、セルリアンブルーの瞳だった。

 夜桜が異常に妖怪に熱心なのは、自分の身に起こっている呪いと関連づけて考えているのもあった。もちろん、個人的な好奇心も大いにあったのだが。
 妖怪や怪異の中に、自分を苦しめる呪縛を解く方法があるのかと考えていた。その事に、助手である左坤は充分知っていたが、なにぶん度が過ぎる為、頭痛の種にもなっている。

「あれが鬼塚だとしたら、ホンモノの鬼が眠っているかも知れませんね」
 ワクワクした様子の夜桜に、留目は心配そうに告げる。
「どうでしょう。かなり古いもののようですから得体の知れない菌が繁殖してるかも知れません。それに有毒なガスなどの危険がありますので、充分に気をつけて下さい」
 留目の一言に、ちょっとだけ考えるそぶりを見せた夜桜だったが、そんな危険性よりも一体中に何が隠されているのか気になっているようだ。
「ニャー」
 そこへ猫のトロが声を上げた。人なつこいこの猫は、グルグル喉を鳴らして夜桜の膝で丸くなった。
 そんなトロを優しく撫でながら夜桜は否が応でも舞幢との日々を思い出していた。

「舞幢ちゃんと約束した事、覚えてますか?」
 ぽつりと夜桜は呟いた。留目は直ぐに反応する。
「月冴くんの呪いを解くこと。ですか」
 夜桜はこっくりと頷くと、トロを優しく撫でながら言葉を続けた。
「僕の、というより僕の家の、ですが。舞幢ちゃんはとても僕を心配してくれました。彼女のためにも、自分自身のためにも、いい加減この呪縛を解放しないといけません」
「そのためにあなたが努力をしているのは知っています。私も微力ではありますが協力を惜しみません。ですが、本当に無理だけはしないで下さい。死んでしまっては元も子もありませんから」
 留目の言葉に困った笑みを浮かべる。
「兄さん。そうは言いますが、相当無理をしないとこの呪いは解けそうもないですよ」

 先祖代々続く、呪われた血。いくつもの可能性を試し、それでも解けなかった忌まわしい呪い。この血をを絶やすことでしか、呪いは解放されないのだろうか。

「とにかく今は、この鬼塚です。もしかするとこの呪いを解くヒントが隠されているかも知れません」
 そう言うと、夜桜はトロを抱き上げ留目に渡した。
「行きましょう伊織くん。早く許可をもらって発掘しなくてはなりません」
「はあ。・・・判りました」
 そう簡単に事が進めば良いのだが、多分持ち主を探すだけでも大変な予感がする。
 それよりも、あの鬼塚と思われる場所。あそこで感じた妙な胸騒ぎが気がかりだ。こういう予感だけは外れたためしがなかった。

 留目に見送ってもらい、二人は家を後にした。
 晴れ渡っていた空がいつの間にか、どんよりと厚い雲に覆われている。

 まるでこの先の出来事を予言しているような、不安な雲行きだった。
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