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 実際に起こった事件を基にしたフィクションです。
過去作品集
作:雪芳



愛の叫ぶ方へ(文学)


 赤いスカートをはいた女の子がいる。小学生高学年あたり、ごく普通の、子供の、女の子だ。

 彼女は酷く強ばった頬と堅く閉じた唇とを小さく震わせると、意を決したように衣服を脱ぎ始めた。
 まず上着に手をかけて、次にスカートに手をかけて、裏返しになることも厭わず、次々と自身の衣服を剥いでゆく。最後には当然のことながら、下着姿の彼女が残る。
 彼女の動作が、とまった。
 塗れた黒耀石の瞳が、じいっと僕を見据える。美しい双眸は、何かを考えあぐねているように、不安で湿っていた。

 深く息を吸い込むーー、彼女はついに上半身を包む薄い布地をめくった。シャツが事務的に、無機質な動作によって畳に叩きつけられると、そこに膨らみのない乳房が開く。年齢のわりに発達していない、深雪に野苺でも浮かべたような胸を隠すことなく、彼女は更に続けた。ショーツに手をかけて。足首まで一気におろす。

 彼女はーー鏡の中の彼女はーーようやく、感情を口角にたたえた。

 微笑む彼女には、ペニスが付いている。ずんぐりと成長し始めた、男の象徴が。
「こんにちは」
 彼女は『僕』に、僕は『彼女』に挨拶をした。鏡の中で、彼女は僕になった。

 それから丁寧に、隠されていた体をまさぐった。顔、首、胸、腹、スッと股に手を伸ばす。
 指で先端を持ち上げて微かに押してみると、生ぬるい快楽があった。柔らかな皮膚に包まれた、弾力のある棒。
 下を探ると、袋状の皮膚があり、中に二つの玉がある。鏡で見ると、自分勝手に蠢いているのが分かる。揉んでやると鈍い痺れが走る。玉が睾丸といい、そういう部分なのだという知識は、だいぶ前からある。
 白い腹の下にぶら下がるそれらは、だが僕には異質でなければならない。

 と、背後からカタンと物音がした。心臓が早鐘と化す。金属質の扉が摩擦する音、ママが帰ってきたのだ。

 僕は急いで衣服を身に纏うと、なに食わぬ顔で居間に飛び出した。
「おかえりなさいっ」
「ただいま、舞花」

 ママは気だるそうに買い物袋を床に落とすと、充電、といって手を広げる。僕はそこに飛び込んだ。太陽の匂いを含んだ桃色のカーディガンから、汗ばんだママの温もりを感じる。外はもう春なのだ。
「いい子にしてた?」
「うん!」
 ママはニッコリと笑みを作り、愛おしそうに僕の襟首に指を置くと、乱れを丁寧に戻し始めた。

 ふいに、母が呟いた。
「あら、裏返しだわ」
 しまったと叫びそうになる。僕はなんとか冷静さを引き留めると、ママに返した。
「やだぁ、気づかなかったよぉ」
 疑惑の目が刺さる。
「もう。女の子なんだから気をつけなさい」
 が、ママは一瞬で疑惑を取り去ると立ち上がった。
「今日はハンバーグよ。冷凍じゃないやつ」
「本当? ママのハンバーグ久しぶりっ」
 僕はママの足に抱きつくと、大きく叫んだ。
「あたし、ママが大好き!」


 男である僕が、舞花という女の子になったのは、ママがそれを望んでいるからだ。というか、ママは全く僕が女の子だと思いこんでいる。だから僕は、素直に舞花を演じている。
 ママが変になってしまったのは、パパのせいだ。パパはハッキリ言って、ママを愛していなかったと思う。
 パパはいつもママを蔑み、働きもせずに家でゴロゴロしていた。その上、便座が冷たいだのインターネットが繋がらないだの些細なことで機嫌が悪くなると、ママを殴った。
ボコボコだった。
 それでもママがパパと離婚しなかったのは、ママを殴った後のパパが異様に優しかったからだ。僕まで危害が届かないことも理由だったかもしれない。青痣に血を滲ませながらママが言った言葉を僕は鮮明に覚えている。
「パパはいつか良くなる。だから、望はみんなに言わないのよ」

 そうしてママは捨てられた。思えばママはとても愚かな人だった。

 カリカリ、カリカリ、という音で目が覚めた。誰かが爪で壁を擦っているんだろうかと思ったが、隣でママが寝ていないこと、うっすらと扉から明かりが漏れていることから、それがママだと分かった。
 僕は起き上がり、そっと床に足を沈めると、音を立てないように扉まで腹ばいに前進した。僅かな隙間から、隣接する居間へと視線を回す。
 思った通り、ママがパソコンを立ち上げていた。摩擦の音ではなく、パソコンが立ち上がる音だったのだ。電気も点けず、薄暗い部屋でママは、真剣にウィンドウを睨みつけている。

 真っ赤に充血した瞳をカッと見開き、紫色の不健全な唇に痩せた指を置き、泡を吐く蟹のようにブツブツと何かを呟き、ほつれて絡みあった髪を束ねることなく四方に伸ばすママ。何故か薄笑いを浮かべるその姿に、蛍火のような微かな明かりが灯る。
 鬼のようだ。ママを誰よりも愛し、おかしくなってしまったママの異常さを知りながらも変わらず慈しみ続けているこの僕でも、そう思ってしまう。異形な空間に、異形なママがいる。
 怖い。怖い!
 僕は溜まらずベットに逃げ込んだ。布団がバサリと冷たい体を包み込む。ハッとした。僕がたてた音にママが気づいた。
 カタン、と椅子が動いた。湿った足の裏に床が押されて、粘着質な足音が生まれ、近づく。
 僕は見てはいけないものを見た。ママは僕が寝ている間に、しかも部屋を暗くして何かをしていた。必死で!
 僕は見てはいけないものを見てしまったのだ!!

 布ずれがゴキブリの徘徊を思わせる。軋みながら扉が開く。近づく、近づく、近づく。
 僕はイチかバチかを決め込んで、わざと寝返りを打った。ママ、僕は寝ているよ。
 だけど無情にも、近づく、近づく、近づく。

 ……閉じた瞼に生暖かい吐息を感じた。
「舞花、起きてるんでしょう?」
 執拗なほどに濃厚な沈黙が、閉ざされた部屋に充ちる。痛いほどに饒舌な暗闇もまた、満ちる。
 おしまいだ、そう思った。だが。

「……なんだぁ、寝てるの」
 艶っぽいママの囁き。獣の熱が瞼から遠ざかる。ぎしっ、ぎしっと遠ざかる。

 瞬間、ドッと冷や汗が背中を走った。助かった。僕は安堵し、だが目を瞑り続けた。
 遠くから再び、あの音が響いてくる。カリカリ、カリカリ。鼓膜ではなく直接、頭蓋骨まで浸透してくるような微細な音だ。
 カリカリ、カリカリ。カリカリ、カリカリ……。
 カリカリ、カリ。

 眠りに落ちながら、それはやはり、何かを爪で掻いている音だ、と思った。


 本当の名前は、望だ。
 僕は勉強机に背中を押しつけながら、ランドセルを抱えた。青いランドセルの名札部分には、しっかりと
「望」
と書かれている。
 舞花というのは、僕がもし女の子に生まれていたら付ける予定だった名前だと、ママが教えてくれたことがある。その時のママは優しく、けしておかしくはなかった。
 僕がママにとって舞花になってからというもの、ランドセルは一度も背負っていない。ママは“青い”ランドセルを背負うことを許していないし、“生まれたばかり”の舞花は学校に行ってはいけないのだ。
「全部、パパのせいだ」
 僕は心の底からパパを恨む。
 好き勝手にママを殴り、好き勝手に生きたパパ。最後には好き勝手に外で女を作り、そいつと何食わぬ顔で逃げて、ママを狂わせた。僕も狂ってしまった。
 僕はパパを許さない、絶対に許さない。

「舞花ぁ〜〜」
 ママが僕を呼びながら子供部屋に入ってきた。
「だめじゃないの、お兄ちゃんの部屋に入ったら。お兄ちゃんに怒られるわよ」
「お兄ちゃんはいつ帰ってくるの」
 僕はママを見上げながらボソリと質問した。ママは平然と僕からランドセルを奪うと、
「パパと魚釣りに行ってるでしょ、晩ご飯には帰って来るわよ」

 一体その晩ご飯はいつくるんだろう。

「じゃあ、ママはお昼ご飯を買ってくるから、何かほしいのある?」

 僕はいつもどおり首を振った。舞花に買ってきてほしいものなんてない。存在しない。
 そのように返事をして、だけど思い直して僕はママの背中に叫んだ。
「ドーナッツ買ってきて、お店の!」
 ママは驚いたように振り向くと、ニコリと笑って出かけていった。

 いつも買い物をするスーパーは家の近くにある。いつまでも来ることのない魚の晩ご飯のために、昼ご飯はいつもハンバーグだ。買い物の内容が決まっていることもあり、ママの買い物時間は驚くほど短い。
 そして何より重大なことだが、ママの買い物時間はママが外にでる唯一の時間でもある。

 この一ヶ月間、同じ毎日が繰り返されてきた。
 朝起きると僕はスカートを穿かされる。その頃には望もパパも出かけていることになっていて朝食は二人で出前をとり、昼前にママは買い物に出かける。
 それからママは昼ご飯として“久しぶりに”ハンバーグを作る。女二人で昼ご飯を豪華に過ごそうというわけだ。
 そして舞花とママはお昼寝をする。昼寝は夜まで、次の朝まで続く。パパも望……、僕も、永遠に帰ってはこないから。

 でも今日はいつもと違う。ドーナッツ専門店はスーパーより遙か遠くにあるのだ。必然的に、ママが帰ってくるのは遅くなる。
 僕にはやるべきことがあった。

 居間に進み、ダイニングテーブルに向かう。スカートを折らないように気を付けて椅子に座ると、僕は面と向かった。ママが昨晩使っていたパソコンだ。
 僕はどうしても、ママが観ていたものがなんだったのか知りたかった。だって、今まであんなことはなかったのだ。

 この奇怪な生活が永遠に続くとは僕も思ってはいない。いつかママは必ず気づく。
 ママはパートを休んでるみたいだし、生活費が底をつくかもしれない。僕だって学校を休み続けているから、いつか誰かが訪問してくるかもしれない。舞花の終わり、それが何をきっかけにいつ来るのかは解らない。
 解らないけれど、もしかしたらこのパソコンの中に、そのヒントがあるかもしれないのだ。
 心臓が高鳴った。ママが帰るまでに、僕は『僕の手がかり』を見つけるんだ。

 起動スイッチを押した。

 ぼんやりと光を弾きながらパソコンが動き出す。カリカリカリカリ、というあの音と共に光の帯がスーッと画面を流れていく。
 僕はタッチパネルに指を置き、ゲストをダブルクリックした。明るい音楽を奏でながら、画面が次へと移り変わる。次々とアイコンが並ぶ。僕はその中の一番上、“インターネット”のアイコンを選んだ。
 オンライン表示が右下に浮かび、ゆっくりと検索ページに繋がる。

 僕はパソコンと玄関、ふたつの方向に意識を注ぎながら事を進めた。ママが帰ってきたら何もかもが水の泡となる。
 慎重に履歴に進み、僕は驚愕した。
 履歴にはある掲示板の文字が並んでいた。一つを選択し開き、一番に飛び込んできた文字。

『件名:息子を娘にしたい』

 そこは、総合掲示板の悩み相談コーナーであった。息子を娘にしたいという相談を書き込んだのは、間違いなくママだ。その理由に、件名を思い至った経緯や、僕のデータが書き記されている。

『夫が先日、女とでていきました。さんざん暴力を振るった最低の人間でした。
私は恐ろしくてたまりません。
うちには十一になる子供がいます。男の子です。夫の血を受け継いでいます。
あの子はこのままだと、男になります。夫のように、汚らしく、野蛮な男にです。
私は子供を娘として育てることにしました。スカートを着せました。』

 僕は、ママがスカートを買ってきた日のことを思い出した。ママはあの日、僕の目の前で僕の衣服を切り裂き、代わりにスカートやワンピースを買ってきたのだ。ママの行動は、ただ狂ったのではない、目的があったのだ。
 衝撃は終わらない。ママの相談は更に深みを増していく。

『そうして暫く生活しました。ですが最近、様子がおかしいのです。私は心配になりました。
よく観察すると、服が裏表逆になっていました。きっとあの子は、私がいない間にスカートを脱いでいるのです!』

 カァッと頭に血が上った。しくじった。ママは気づいていたのだ。僕の行動に。
 ママの狂気はついに、爆発した。

『私はあの子を完全な女の子にすることを決めました。ペニスと睾丸を取り除くのです!
みなさまどうか、私にお力をかしてくださいませ。
医者には頼りません。私の力でやります。
ですからあの子を、女の子にする方法を教えてください!』


 全身の血が絶え間なく頭へと上昇し、脳味噌を揺り動かす。ママは狂っていた。こんなにも狂っていたんだ。
 僕はスクロールをした。相談に対する返答は事務的に行われている。フィクションか何かと思っているのかもしれない。明るく楽しげな回答もある。
 ズキリと、ペニスと睾丸が痛んだ。想像を絶する恐怖に縮みあがる。
 狂ってる、狂ってる狂ってる!

『みなさん、お返事をありがとうございました。明日、決行致します。』
 最後の書き込みを読んだ後、僕の中で何かがパチパチと弾けていくのを感じた。
 ママを可哀想だと思った。さんざん弄ばれ、苦労して、酷い目にあって。簡単に捨てられた。
 ママを愛しいと思った。パパがいなくなっても、健気にも三人分のハンバーグを買ってくる。そして叶わない夢を見て。
 だからこそ僕は、ママの気持ちが少しでも安らぐよう、ママの変な行動に同意し、進んでスカートをはいたのだ。望という名前を忘れ、大好きな友達のいる学校を忘れ、舞花になりきったのに。
 ママは本当に、狂ってしまったのだ。


 その時、玄関から鍵を差し込む音が飛び込んできた。ママが帰ってきた! 僕は瞬間的にパソコンの電源を落とす。
「ただいまぁ。舞花、ドーナッツ買ってきたわよ〜」
 居間の真ん中で全身を強ばらせて立ち尽くす僕を見て、ママが訝しげに眉をあげた。
「どうしたの、舞花」
「違うよママ」
 ママの顔からさざ波のように笑みが消える。その無表情に身が竦む。
 けど僕は、言わなければならない。禁断の言葉を。このままでは僕は、望はママに殺されてしまうのだから。
 宇宙へと放り込まれたかのように重力を感じない体を意志で押さえ込み、僕は懸命に息をついだ。
 そして。
「僕は、僕は、……望だ!」

 自分の大きな叫び声に耳鳴りを覚える。それでも僕はきっぱりと、ママに言い切ることが出来たと確信した。
 枝が折れたように、ママが膝から崩れ落ちた。頭をダラリと下げて、喪心状態に陥っている。
 通じたのだ。
 僕はママの肩を抱きしめ、目を閉じ、壊れてしまわないように呟いた。

「大好きだよ、ママ」

 その言葉を紡いだと同時に、両腕に割れるような痛みが走った。雷に打たれたように目を開くと、鼻先にあの鬼の形相があった。
「ふざけんなよ、クソガキがっ!!」
 ママは僕の両腕を拘束しながら弾けたように居間を飛び出した。猛烈な早さでバスルームに入り、バスタブに僕を投げ込む。背中を打ち付け、僕は呻いた。

 ママの凶行は加速する。バスタブでよろめく僕の首元を持ち上げると、衣服をビリビリと破り始めた。
「やめて、ママ。やめて!」
 僕は抵抗する。
 だが、ママはとんでもない力を発揮して僕の服を毟ってゆく。全身を激しい痛みがかきむしってゆく。
 何がなんだか分からない。ひたすら僕は体を動かし、喚く。ありとあらゆる力を出して抵抗する!
 なのに無情にも事は進んでいく。痩せた体のどこにそんな力を隠していたのか、ママは僕を完全に裸に剥く。
 冷たい。水? これは水なの?
 ママがブツブツと何かを復唱している。その小さな言葉の泡は、不気味な力をもってして僕の脳髄、心臓まで滑り込む。

『息子は、風呂に入っていた所、誤って股間をぶつけました。助けてください。息子を娘に』

 体重よりも遙かに重い猛烈な力でママは僕を押さえつけると、睾丸をバスタブの縁に置いた。そしてシャンプーボトルを片手に持つ。まさか。
「ママやめてやめてやめてお願い!!」
 ママはボトルを高く掲げる。そこには、鬼の形相のママはいなかった。太陽の匂いを纏い帰宅する、あの女神のような優しい笑みのママがいた。

「大丈夫、ママがついてる」

 そして、ママは。


「やめてえええぇぇっーーーー!!」


 水から這い上がるように、僕は目覚めた。
 全身にとてつもない疲れがのし掛かっている。耳鳴りがした。叫んだらしい。目元に痒みを感じ指先で引っかくと、涙が薄く爪に浮かんだ。
「大丈夫ですか、綾瀬さん」
 白い天井の半分を、ひょいと、老人の穏やかな笑顔が埋める。
「先生……」
 僕をのぞき込む先生の顔が、更に綻んだ。
「大丈夫。もう大丈夫ですよ。すべては過ぎ去った過去のことですから」
 滝のような汗を噴出しながらガタガタと揺れる僕の体を、先生がゆったりと撫でてゆく。じんわりと伝わってくる暖かさが、この場所こそ現実なのだと、僕を優しく迎えていた。
 周囲を見渡す。白い壁は光を反射し、穏やかな斜陽の注ぐ窓には、青青とした緑が体を揺らしている。ギシリと、ベットのスプリングが軋んだ。
「安心してください。催眠治療は今日で終わりです。あなたの深層心理に隠れていた悪魔は、その姿を現しました。もう、怖くないはずです」
 深層心理。そうだ。あれは全部、過去の出来事なのだ。
 ママは……、母は数年前に他界した。

「これからは悪魔と対面し、少しずつ治療をします」
「先生」
 誰もが憧れを抱くような明るい表情で、先生は頭を斜めに傾ける。僕はゆっくりと言葉を探し始めた。いや、探さなくてもすぐに見つかる。

「あの子を呼んでくれませんか」

 コックリと肯くと、先生は看護士に合図した。看護士は部屋の扉を開けると、綾瀬さん、と名前を呼ぶ。看護士に呼ばれ入ってきたのは、一人の女性と、フリルのワンピースを着た女の子だ。
「あなた……」
「パパ?」
 心配そうに二人は僕を見つめている。僕の大切な、大切な宝物。

 今、魔法を解こう。

「裕太、おいで」
 両手を広げる。
 女の子はきょとんと目を丸くすると、みるみるうちに笑顔になってゆく。
「パパ、僕は裕太でいいの?」
「当たり前じゃないか裕太。お前は舞花じゃないよ。僕の自慢の……息子だ!」
 その一言に裕太は、うれしそうにピョンと跳ねると、僕の胸に飛び込んできた。
 僕は力一杯、彼を抱きしめる。たくさん、たくさん。僕は裕太をだき抱えながらベットから降りると、涙を堪える妻に近寄り、二人いっぺんに抱きしめた。
 たくさん、たくさん。

「大好きだ。愛してる、愛してるんだ裕太。偽りじゃない、そのままのお前たちを愛してるんだ。僕はお前たちを愛してるんだ!」
 僕は情けなくなるくらいの涙を流しながら、叫んだ。悲鳴ではなく、罵声でもない。心からの愛を抱きしめながら僕は、叫んだ。












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