連続失踪事件簿(文学)
その異変に気づいたのは、すでに時計の針が午後三時をすぎたときだった。
「課長、なんだか朝より人の数が減っていませんか?」
僕が素直にその異変について尋ねると、堅物な課長はただウンウンとうなづくばかり。なんとも釈然としない気分であるが、僕も机に向かう。
四時。書類に区切りがついたので顔をあげると、また人が減っている。
「おい、なんだか人が少なくないか」
「そうか? みんな早退したのかな?」
同僚は我関せずという風に鞄を持つと、最終の外回りに行ってしまった。
「早退って……、年末だろ」
おかしい。年末なのだからふつうは忙しいはずだ。新人の僕でさえ、その理屈は分かっている。
現に僕の目の前には明日までに書き上げなければならない書類が山ほどあって、残業を覚悟しているのだ。
どういうことなんだ――?
疑問が頂点に立つ、六時。ついに部屋には僕と課長だけになってしまった。外回りに出かけた同僚は戻ってきても良い時間帯のはずなのに、いない。
社員が次々に消えている。僕は不安にかられて、もう一度課長に訪ねた。
「あの、やっぱり人の数が減っていませんか」
「帰ったんじゃないか?」
そんな無責任な。
「君は帰りたいかね」
「えっ、でも僕は書類が……」
「書類など誰にでも書ける」
課長の思わぬ切り替えしに、僕は動揺した。帰れるものなら帰りたいのが本音だが、なんだか奇妙すぎてそれも怖い。
「帰りたまえ」
僕のアタフタとした態度が気に食わなかったのか、厳格な課長が言いはなつ。怒らせてしまったのだろう。仕方なく僕は書類をまとめると、逃げるようにその場を後にした。
企業や銀行のビルが並ぶ通りを横にそれ、駅に向かう。歩きながら僕は、おそるおそる同僚に電話をかけた。
もし同僚が“消えて”いたらどうしよう……、そんな非現実なことに怯えていると、すんなりと電話が繋がった。
「なんだよ」
「なんだよじゃないよ、今おまえどこ?」
「はぁ!? まぁいいや、彼女んち」
耳を疑う。
意味が分からない。なぜ彼女の家なんだ、仕事はどうしたんだ。
疑問をぶつけると、すぐに意外な答えが返ってきた。頭の中で不思議なミステリが変形し、その色を変える。そうか、今日は……。
再び会社に戻ると、時計の針は八時を指していた。電気スタンドの薄明かり、その中で黙々と書類を書く課長と目が合う。
「忘れ物か?」
むっつりと言い放つ課長に向かって、僕は紙袋を掲げた。
「ケーキです。一緒に食べませんか」
驚いたのか、わずかに眉根を寄せる課長。遠目から、作業に当たっている書類が誰のものか分かる。
……やっぱり。
「人を減らしてたの、課長だったんですね」
「なんのことかね」
「みんなの仕事をかわりにやって、早めに帰らせてたんですよね? 大丈夫です、自分の仕事は自分でやりますよ。僕も独り身ですし」
課長は気まずいのか照れているのか頭を掻くと、そうか、と小さく呟く。不器用な気遣いがなんとも愉快に感じられて、僕は思わず吹き出した。
「クリスマス、僕なんかで良ければ一緒に祝ってくれませんか」
「プレゼントは仕事しかないぞ」
「言ってませんでした? 僕、この仕事が好きですよ」
ケーキを開いてろうそくを立てる。コンビニの前で値段を下げて売っていた安物のケーキが光で揺らめく。まさか上司と二人、会社でクリスマスを祝う日が来るなんてな。社会人一年目、なかなかないことじゃないか。
いっそのこと清しこの夜でも歌ってみようかな、そう思って深呼吸すると、部屋の扉が静かに音をたてた。
「あの〜、よかったらケンタッキーどうですか?」
意外や、同期の女の子だ。
「先に帰らせてもらいましたけど、気になっちゃって……恋人とかもいないし」
嬉しいお客の登場に課長と目を合わせる、と。
「あれー? 今年は人が多いわね」
小さな男の子をつれて、お局様まで。その背後からはドヤドヤと、まだまだ人の声が続く。どうやら課長のことを心配したのは僕以外にも沢山いたらしい。
「……まったく、プレゼントの意味がないじゃないか」
課長は所在なさげにため息を吐く。その頬が幼いころ読んだ絵本のサンタクロースのように紅色で、ついに僕は、腹を抱えて笑い出してしまった。 |