コーヒーを紳士に(文学)
自分を旅する大人の味わい。
それが、缶コーヒーの老舗である我がミスト社新作のキャッチコピーだ。
「もうコーヒーはこりごりですよ。胃に穴があきます。」
最近の僕の口癖。
冬に向けて新作を模索して一年、漸く新作の『レディ』が完成したが、試作部の僕は、それまで毎日コーヒーを飲まされた。最低50缶、多い日は100缶。
「そういうけどね、カフェインは茶葉より少ないんだ。茶を作ってる部門はもっときついぞ」
「僕はお茶なら飽きませんよ」
「私はお茶の方がごめんだな」
真面目な顔で答えられて、思わず嘆息する。
「課長は化け物ですね」
「ああ、コーヒー豆で出来た上質の化け物さ」
嬉しそうにそう返すと、課長はマグカップを取り出した。
「君も飲むかい?」
「勘弁してくださいよ」
「なぁに、ミルクだよ」
課長はマグカップに牛乳を注ぐと、僕に差し出した。丁重に、受けとる。
「助かります。豆に殺されるところだったので」
「新人には少々辛かったろうね。まぁ、死神はもう宣伝部や販売部を狩りに行ったんだから、安心しなさい」
課長もマグカップを手にとると、カップを僕に軽く向けた。乾杯の意味らしい。僕もそれにならう。
外はもうブラックコーヒーのように暗かった。課長は真っ暗な窓の外を観覧しながら、牛乳を口に含む。
「課長は何年、この仕事を?」
「…さぁ、いつからだったかな。長いよ、人生の半分はコーヒーで出来てる自信はあるが」
そう言ってマグカップから口を離す課長に、僕は思わず目を丸くした。
課長のまばらに生えた髭に、白い液体がついていない。課長が飲んでいるのは、間違いなくコーヒーだ。
「…大変ですね」
「そうか?楽しいよ」
夜の闇に閉ざされたオフィス街は、まるで死んだように光が少ない。わずかな光の中には、僕らのような残業戦士たち。
「尊敬します」
僕はそう呟くと、まだ半分のこっているマグカップを、机の上に置いた。
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