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  過去作品集 作者:雪芳
これは、「グループ小説」第十二弾、「起承転結」企画です。「グループ小説」で検索すると、他の方の作品が読めます。
神様からのお手紙(結)
 僕は初めて女の子にアタックした。
 水野さつき、北嶋萌、伊集院彩香。
 アピールしたのはこの三人。当たって砕けろ的なアピールだったけれど、夕方の六時に会う約束を一方的な勢いで交わされてしまうほどの好印象を得ることができた。
 アピールの後に再び来た、お手紙。そこに三人のうちの誰かの名前と、金額を書かなければならない。書いた後は運任せ、どんな結果になるかはまったく分からない。
 きっと、神様だって、分からない。

 結果は明日の夕方六時。
 萌ちゃんの名前を書いたのならば映画館へ。水野さんの名前を書いたのならば資料室へ。伊集院さんの名前を書いたのならば伊集院さんの家へ。それで結果は分かる。
 選んだ女の子の待つ場所に行き、その子が僕に熱っぽい視線を投げかけていたならば、僕は【神様のお願いを叶えてあげるキャンペーン】で幸運を勝ち取ったこととなる。もし冷たい目線、もしくは友人的な視線ならば、僕はまた彼女のいない寂しい男としての日々を過ごすこととなる。

 思い、考え、悩み、達観し、そして僕は、手紙に返事を書いた。

 僕は萌ちゃんの名前を書いて映画館に……行かないことにした。
 僕は水野さんの名前を書いて資料室に……行かないことにした。
 僕は伊集院さんの名前を書いて伊集院さんの家に……行かないことにした。
 名前を書かず、値段だけ書いた。

 0円。

 アピールしまくって、悩みまくって、混乱しまくって、出した答えはマクドナルドのスマイルより無意味な価格。三人との約束の直前、僕は突然の腹痛に襲われるだろう。もちろん仮病ですとも。
 布団に包まりながら、どうしてこんな答えを出しちゃったんだろう、今までのこと意味ないじゃんと思うけれど、それ以上に、「選べっこない」という決定的な考えがあった。

 誰か一人と付き合うには僕は優柔不断すぎた。誰か一人と付き合える、僕はそんな男じゃない。相応しくないのだ。

 密かに密かに思ってきて、ずっと三人が好きだった。突然ふってわいた大チャンスに、だから浮かれ気分で挑戦したのだ。そして遠くで見るのではなくて、中身の、そこにいて僕をちゃんと見つめてくれる三人に触れることができた。

 ずっと、だからこそ、そして、夢から覚めてしまった。
 恋をするのは簡単だ。でもそこから先に行くには、僕はあまりにも有頂天で軽すぎる。

 神様が提示してきたルール。場合によっては杞憂に過ぎてしまうかもと思いましたが杞憂以前の問題でした。部屋がとても広く感じます。漫画もゲームもないので寝るしかありません。

 金にがめつい神様。あなたの手なんか借りなくても、真面目で内気な男にはこうしてバットエンドが訪れました。ハッピーエンドはアトキンソン・健太にささげます。

「自分の不甲斐なさ、もっと早く気づけば良かったなぁ……」
 僕はため息をついて、寝返りをうった。やっぱりちょっと勿体無かったかも、なんて、未練がましく思うのも、過ぎた今じゃあ笑い話か。
「いいや、そのお陰でお前は助かったんだ、翔太」

 なんの前触れもなく耳に入りこんだ言葉に目を開けると、何故か部屋に健太がいた。
「け、けけ、アトキンソン健太!?」
「ボンジュール、翔太」
 スキンヘッドで部屋の明かりを反射させながら健太はにやりと笑う。
「お前、なんでここにいるんだよっ」
「健太の肉体に完全に憑依できたからな。お前が神にすがらない人間で助かったよ」
「どうしてそのことを……」
 神様からのお手紙があったことは、誰にも話していない。そもそもこんな奇妙な話を信じるような人間なんかいないだろう。ましてや僕は春休みに入ってからというものの、健太とは資料室でしか会っていないのだから。
「健太お前、ただのアトキンソン健太じゃないのか?」
 まさか、と半信半疑で呟いた言葉に、健太は頷くと、
「俺はただの人間じゃない。アトキンソン健太ウィズ福沢諭吉にとり憑いた……俺は、我眉幸之助の亡霊だ」

 ポカーン。

「誰それ?」
「殺人鬼だ。映画『怨霊の血しぶき』に出てくる元殺人鬼の亡霊、ガーウェインのモデルさ。そしてお前は、怨霊のチャーリーのモデルである茶谷林太郎の父親、茶谷森太郎だ。正確に言うとお前は生まれ変わりだがな」

 ポカーン。ポカポカーン。

 僕は呆気にとられるあまりに唾液を垂らしながら健太を見つめた。僕から視線をそらすように、健太は勉強机に置いていた神様からのお手紙に目をやる。
「神からの手紙に、お前は誰の名前も書かず、0円と書いたんだな。だからこそ、お前は助かったんだ」
 助かった? むしろ傷心状態なんだけど。自分の殻にこもっちゃってるんだけど。
「まだ気付かないのか。神は神でも、あの手紙を送ったのは死神となった茶谷林太郎だ」
「し、死神だって!?」

 僕は意外な事態に唖然とした。まさか神様が死神だなんて、詐欺じゃないか。
「そんなの聞いてないぞ! 神様は僕の願いを叶えてくれるって……」
「そうだな。そう勘違いしてもおかしくはないな。だけどお前はよく紙を読んだか?」
「読んだよ! 読んだって!【神様のお願いを叶えてあげるキャンペーン】、だろ!?」
「そうだな。神様のお願いを叶えてあげるキャンペーンだ」
「だったら僕の……!」
 反論しようとして、俺は言葉を飲み込んだ。神様のお願いを叶えてあげる、神様のお願いを叶えてあげる……神様のお願い?
「まさか僕が、神様のお願いを叶える側なのか?」

 俺の返答に、健太が頷いた。いや、健太にとり憑いているらしい殺人鬼が頷いた。
「詐欺じゃん!」
「嘘はついていないだろう。そうやって人に夢をみさせて、その代償として魂を貰うのが、死神のスタイルなんだよ。いや、林太郎は、寂しかっただけだろうけどな。だろう、林太郎」
 健太が見つめる先、神様からのお手紙が、不意に不思議な光を放ち始めた。緑色の、蛍火のような温かな光は、次第に大きくなり、小さな人間の形へと変わっていく。光が影のように明確な輪郭をもった瞬間、それは一人の小さな男の子へと変貌した。
 僕は何故か、彼が茶谷林太郎だとすぐに理解できた。

 呪いの資料室で、水野さんが読んだ『T市の郷土史』。その中に、林太郎事件という奇怪な話があった。蔵の中で死んでいたという茶谷林太郎。彼が、林太郎なんだ。そして僕は……。

「お父さん、どうして女の人を選ばなかったの? どうしてお金を使わなかったの?」
「えっと〜」
 当たり前だけど、滝汗ですよ。
 僕は素直に戸惑う。健太いわく、この林太郎という男の子の、どうやら僕は父親だったらしい。だけれども記憶がない。それどころか、子作りした記憶さえないのだ。そんな、女の人とあんなことこんなことした記憶なんてぇ。

「何をにやけてるんだよ、お前」
 健太の突っ込み。緩めてしまった頬を真面目にしめ直す。いかんいかん。
「り、林太郎君……。僕はその、君のお父さんみたいだけど……、記憶がないんだ。その、生まれ変わり? らしいけどさ」
「知ってるよ。でも死ねば思い出すよきっと」
 無茶苦茶純真無垢な笑みで恐ろしいことを、サラリといってのける八歳児の死神、林太郎。こわい、こわいよママン。
「林太郎、これで分かっただろう。お前にはもう父親はいないんだ」
「そんなことない。邪魔しないで!」

 林太郎の眼光が光る。途端に、なんの物理的接触もなく、健太が吹っ飛んだ。猛烈な音を立てて健太がベットにぶち当たり、羽毛布団が弾けとんだ。
「ああっ、僕のベットが! ってか健太が!」
 ひらひらと羽毛の舞う部屋を横切って、砕け散ったベットの破片を集めようとして、不意に手を掴まれた。見るとそこに林太郎。いやん。
「ねぇ、お父さん。なんでも夢を叶えてあげる。だから僕と一緒に行こう」
 無茶苦茶弥勒菩薩のような笑みで恐ろしいことを(以下略)。
「駄目だ、林太郎!」
 横からの制止。ベットを吹っ飛ばして健太が立ち上がる(ああ、ベットが!)。林太郎はにこやかな笑みのまま舌打ちをすると、僕の腕から手を離し、健太に向き直った。
「変なの。死んでずっと一緒にいてくれたくせに、どうして邪魔ばかりするの? お父さんの思い人を横から奪ってったり、今までとは別人みたい。僕の味方じゃなかったの?」

 林太郎の言葉に健太の表情が翳る。
 そういえば健太は散々、僕にときめきかけた女の子のハートを不思議な行動と謎の札束で奪っていた。
 しかも、殺人鬼ガーウィンのモデルとなった我眉幸之助だといっていた。だとすると、二百年前にT村で五人の人間を殺していたのは彼だということになる。

 なのに今は僕をかばってる? なんでやねん?
「あの時はあれが正しいのだと思っていた。生贄を捧げれば、お前の寂しさは安らぐだろうと思ってたんだ」

 わけも分からず、僕はクエスチョンマークを浮かべまくった。そうだ。そもそもどうして林太郎は死神になってしまったんだろう。
「なんだ。何もかも本当に、忘れちゃったんだね、お父さん」
 悪魔も逃げていくような笑みを浮かべていた林太郎が、初めて悲しそうに眉毛をひそめた。林太郎はどうやら、人の心が読み取れてしまうらしい。そうか、神様だもんな。
「教えてあげる」
 僕を見透かす林太郎の目。それは、悲しみ色に澱んでいる。
「親よりも先に死に、しかも自殺をしてしまったものは、永遠に世をさまよう。お父さん、あの日のことを覚えていないの? 二人目の妻を娶るなんて言ってさ、僕と喧嘩したあの日……僕は自殺したんだよ」

 その言葉に、僕は瞬間的に自分の血が全て抜けていった気がした。青ざめる。震える。感覚がなくなる。
「殺されたんじゃない、自殺したんだよ」
 僕はこの言葉を聞いたことがある。どこかで。どこだったろう。遠い、とても昔のような気がする。
「林太郎をみた……」
 無意識に、唇が動いていた。
 かつて僕は、この言葉を口にしたことがある。どこでだったろうか。生まれる前に。そして死に行く直前に。
「お母さんだけじゃなくて他の女の人にも揺らぐなんて、そんなの許さないんだ……」
 林太郎を見た。蔵で。そして知った、真実を。だからこそ僕は。
「駄目だ、納得するな、翔太。俺みたいになるな」
 真っ白になりかけた頭を覚ますように、強い言葉が僕の背中を打ちつけた。ハッとして、振り返る。健太だ。健太はぐっと涙をこらえた瞳で、僕をじっと見つめていた。

 俺みたいになるな。その言葉には、確かな後悔が宿っていた。健太は何かを後悔している。なにかを悔いるなら、あのことくらいだろう。

 健太に憑いた亡霊は、林太郎のために罪のない人々を殺した。けれど林太郎の寂しさは治まることなく、ついには熱病を流行らせてしまった。犯した殺人は結局、林太郎の孤独を癒すことは出来なかったのだ。
 林太郎が起こした事件に決着をつけるために自ら首をくくった、殺人鬼。

 林太郎の孤独を癒す本当の方法、それはなんだろう?
 分からない。僕には記憶もないし、林太郎に対する愛情もないんだ。僕は僕でしかない。内気で、すぐに調子に乗って、そのくせ自分では何も出来ない、優柔不断で金もない。
 そんな僕は、林太郎の父親としての答えなんか出せない。

「林太郎君。僕は一色翔太っていうんだ。茶谷森太郎って言う、君のお父さんじゃないんだよ」
 僕の答えが意外だったのか、林太郎が目を丸めた。
「そんなことない」
「そんなことあるんだよ。現に僕は、以前の僕とは違って、君をみても悲しくて死んじゃったりしない。女の子に夢中な、ただの引きこもりでしかない」
「そんなことない……」

 林太郎の大きな目に、じんわりと涙が浮かびあがる。少し胸が痛む。
 だけどそれは、二百年もさまよって、挙句の果てに死神になってしまった林太郎への同情であって、父親としての同情じゃない。僕は僕の答えを林太郎に伝えなければならないのだ。空白でも、0円でもない、僕なりの答えを伝えなきゃ。

「君のお父さんとしてではなく、誰かの恋心を金で買うんでもなく、僕が君の、神様のお願いを叶えることはできる?」
 綺麗な涙が一筋、林太郎の目から流れた。それは穴の開いた泉のように溢れ、涙は後から後から流れ始める。
「本当に、お父さんじゃないんだ」
 林太郎は目を瞑る。幼い声色は涙で震えて、鈴のように鳴る。
「お父さんは僕の意見なんかきかないもの……」

 そう呟くと、林太郎の体が再び光で満ち始めた。蛍火のような光。儚く、今にも消え去ってしまうような光。その光はやがて粒になると、瞬く間に部屋を染め上げてゆく。
「林太郎君?」
 眩しい部屋の中で呟くと、真横から健太の声が聞こえた。
「ああ。転生の道を選んだみたいだな」
「どうしてだよ。死神だったんだろ?」
 僕の質問に、健太は溜息をつくように答える。
「死神になったのは許されたかったからさ、自殺したことをな。お前が森太郎ではなくなってしまった今、許されるも何もないさ」
 光はどんどんとその輝きを増していき、健太の姿は確認できない。けれど声色で、健太が穏やかな気分で今起こっていることを受け止めているのが分かる。
「さぁて、俺も地獄に落ちるか。短い時間だったけれど、楽しかったよ」
 にこやかなその口ぶりには、安堵が混じっているような気がした。

 ワレモマタ霊トナリテコノ事件ニ決着ヲツケン。我眉幸之助。

 二百年間、二人が背負ってきたこと。本当の意味の決着が、今つくんだろうか。
 僕は光に向かって、言わなければならないことを口にした。
 林太郎の言葉が僕に思い出させた過去の自分。死んだ林太郎との接触以外も、記憶は残っていた。森太郎が大切にしていた、いくつかの記憶。その中の、一番古い記憶。
「不甲斐ない父親でごめん」
 そう。殺人鬼我眉幸之助は、茶谷森太郎の息子だったのだ。とは言っても林太郎が生まれる前、子供がいなかった親類に養子に出してしまっていた。林太郎と幸之助は、兄弟なのだ。それを多分、林太郎は知らない。僕と幸之助だけが、林太郎のために人まで殺した幸之助だけが、知っている……。
「おやすみ」
 光が闇に溶けてしまうように、僕を包む強烈な輝きが、ほんの少しだけ瞬いた。

 こうしてとても静かに、僕の奇妙な話は終わる。


 僕がその手紙を受け取ったのは、高校一年と二年の間の、ある暇な春休みのことだった。
 真っ白な封筒と便箋。封筒に住所は書かれてなくて、もちろん切手も郵便局の消印もない。封筒のど真ん中に、大きな文字で僕の名前だけが書かれてあった。

 それは『神様からのお手紙』だった。

 お手紙によって、僕にもたらされたチャンス。そのチャンスを掴むことの出来ないまま、僕の春休みはもうすぐ終わる。春休みが終われば僕は二年生になる。たぶん二年生になっても、僕はなにひとつ変わっていないだろう。ベットから布団になるくらいのもので。
 僕は今日も、内気に真面目に、ちょっとばかし顔がよく、生きてゆく。
 手に持った紙が、カサリと乾いた音を立てた。その紙には何も書かれていない。

 と、チャイムの音が鳴り響いた。
 健太だろうか。昨日、悩んで結局、気絶した健太をタクシーに乗せてやった。病院に連れて行くように運転手に頼んだから、きっと昨晩は病院にいたはずだ。全身の骨がちょっと変な方向に曲がっていたけれど、入院しなくてすんだのかな。うーん。もしかして田中さんちの太郎くん?

「はいはいはい〜」
 とりあえず急いで玄関に向かう。宗教とか新聞勧誘じゃありませんように、と祈りつつ、扉に手をかける。一気に開いた。

 が、そこにいたのは健太ではなかった。健太なんて言う、わけのわからないアトキンソンではない。ましてやご両親が大変なお茶目であらせられる田中の太郎くんではなかった。
 見つめた途端、急激にあがる体温−−、
 をなんとか押しとどめ、僕はなんとか平静を装った。
 まさかって思いつつ、やったって思いつつ。
「どうして来たの?」
 なんてすっとぼけてみる。

 彼女は笑った。僕をみつめて、キュートな笑みで。
 それは夕方六時、少し前の出来事。神様からのお手紙の、続き。真っ白の紙の向こうにある、ドキドキの笑顔。
「熱が下がりまして、今度は私から会いに来てみました。ご迷惑だったでしょうか?」
「そんなことないよ。驚いただけ。治ったばかりなのに、大丈夫?」
「お優しいんですね」
 そう言って、彼女、伊集院さんは微笑んだ。よく見ればパンダを手にしている。
 紫色の蘭。高貴な紫に、粉雪のような白い斑点が浮ぶその姿は、『上品な美しさ』という花言葉に相応しい。

 初めて伊集院さんに花をプレゼントしたのは、もう二百年も前の話だよ、といっても、きっと信じてはくれないだろう。蘭が好きで、紫という色が好きだった。伊集院さんが二百年も前に、紫の蘭をみたいと夢見ていたと言っても、意味はないのだ。
 僕はもう、茶谷森太郎じゃない。伊集院さんも、森太郎の妻じゃないのだ。
 ……あの二人はなんだかんだで、僕が伊集院さんを選ぶことを望んでいたようだけれど。

 困ったなぁ。萌ちゃんと水野さんになんて言おう。なんて困りながら、伊集院さんを家に招く。
 僕は結局のところ、神様に感謝している。なんだかんだいって、チャンスは与えてくれたらしい。
 ここからどうするかは神頼みではなくて、僕のアピールだ。あくまで今の、僕次第。



 もしも、真っ白な封筒に名前だけの手紙があなたに届いたら、迷わず封を開けて欲しい。
『おめでとうございます!
 あなた様は、【神様のお願いを叶えてあげるキャンペーン】に御当選されました!』
 と、書かれていたら。
 もしかしたらちょっとした、チャンスかもしれないから。



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