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  過去作品集 作者:雪芳
ドラウプニル(ファンタジー)
 お前は大地を踏むもの。風のようなもの。水のようなもの。
 砂塵の中に希望を探すもの。時の嵐に夢を願うもの。冷酷な夜に朝日を祈るもの。歩みの正しさを思うもの。
 旅人と形容されるもの。

 ほぅ、疲れてきたようだな。それもそのはず、歩き始めて何度、太陽はお前の上を通り過ぎたことか。夜は土の上で寝続け、お前の背骨は軋んで悲鳴をあげている。
 お前は歩みをやめぬまま鞄から取り出した地図を広げる。
 どうやらもうすぐ街に着くらしい。しかし、おかしな話もあるものだ。街などどこにも見あたらないのだから。
 見渡す三百六十度、お前の周りは荒れた砂地。わずかに焼けた苔に似た草が薄い皮膚のようにしがみつくだけの地平線だ。

 おい、歩みを数えたか。星を読んだか。
「うん、おかしいね。確かに正しく進んだはずなのに」
 歩みに正しさなどあるか。
「説教は後にして。困ったな、心底困ってる」

 お前は鞄の中身を探る。赤ん坊なら二人も詰めれそうな大きな鞄には、錆び付いたランタンと旅に必要な小道具、それに雀の涙ほどの携帯食料。
 これでは人間の場合……。
「ヤバい、死んじゃう」
 目算を誤ったな。お前の人生は思ったよりも退屈なまま終わりそうだ。
「笑えない冗談は葬式の後にして。僕はここで死ぬつもりはない」
 お前は地図を凝視する。水晶体と太陽光で地図でも燃やす気か、目を凝らし続ける。
 乾ききった風が吹いて、お前はようやくなにかに気づいた。

「……これ、なにか文字が書いてある」
 愚直な。地図も読めなかったのか。
「違うよ、隠し文字だ。なんだコレ。光に透かすのか。えっと、」
 お前は地図を太陽に翳して言葉をゆっくりと紡ぎだした。

「ドラウプニルは黄金の腕輪、黄金の街に住まう滴りし者」

 と、お前が文を言い終わるか終わらないかのところで、とつぜん天地が消え去った。
 あまりに突然の出来事に、お前は悲鳴さえあげる暇なく暗闇に落ちてゆく。いや、吸い込まれているのか。もしくは、暗闇になってしまったのか。

 お前はこのような時にまずなにをすべきかを考えた。そして目を閉じた。
 暗闇が迫ったとき、人がやるべきことは決まっている。瞼を閉じ、一呼吸をおく。冷静のたもとを感じたら、意識を開くのだ。
 そう、お前は目を開いた。
 暗闇はいつの間にか消え去っていた。そしてかわりに、奇妙な空間が四散していた。
「魔法?」
 間抜けだな。お前は街の扉を引いただけだ。
「地図の文は魔法錠だったんだね。そっか、ここがドラウプニル」

 お前はすぐさま立ち上がった。思わず薄目になる。それもそのはず、周囲は視界がぼやけるほどに輝きを放っていた。ランタンが百ならんでもこれほど光をたたえないだろうというくらいの量。まるで神の後光のそれは、黄金だった。
 黄金が山のように重ねられている。反射する光は、小さな太陽の粒となって周囲をどこまでも照らしている。上空は光が混ざり合い白夜のように妖艶だ。
 お前は自身を囲む黄金の山に生唾を飲み込む。
 当たり前か。一握りあれば働かずに一生を終えることができる富が、ぞんざいに積み上がっているのだ。旅人風情が永遠に得られはしない巨万の富。畏れを感じるのも無理はない。
「……うぇ〜、お腹すいた!」
 全く、お前というやつは。


 お前は黄金の間を歩きだす。きょろきょろと辺りを伺い、食料となるものを探す。
 驚愕だな。黄金しかない。
 仕方なくお前は黄金の山を登り始めた。黄金はよく擦れた小石のようで不安定だったが、注意すれば滑らずに進むことが出来そうだった。
 苦心して、ようやくお前は身の丈の何十倍もある黄金の山を登りきった。しかしそこにあるのは落胆だ。
「地平線が白くて見えない」
 白い霧に霞んでしまったよう。もちろん霧ではない。金の輝きが光のベールを生んでいるのだ。
「水もない……」
 そういえば。
「嫌すぎる予感……」
 それは今に始まったことではない。
 さぁて、がっくりと膝を折ったところで、餓死する前の説教をしようではないか。まずなにかから語ろうかと思案していると。
「なにか聞こえる」
 やれやれ、まだ生きるつもりか。

 お前は音を壊さないように腰をあげると、耳をすました。音の方向を確認し、今度は下へと向かう。近寄るにつれ、次第に音がはっきりと聞こえ始めた。
 ふむ、金と金が打ち合う音だな。
「そして人間の息遣い……」
 お前は黄金の山に隠れながら慎重に歩を進めた。そうして音の主を見、お前は緊張を僅かに解いた。
 老人だ。盗賊という風貌ではない、ごく平凡な男のようだ。背を丸めて、黄金の山に手をのばし、まさぐっている。
「こんにちは」

 男がお前に反応する。酷使していたのか、赤く充血した目でお前を舐めるように見つめる。
「旅人か」
「はい。すみませんが、どこか羽を休める場所を知りませんか」
「いいだろう。連れていってやる。ただ、もう半刻待て。夜になるまで捜し物をしたいんだ」

 そう言うと、男は枯れ木のような腕を再び黄金にうずめた。お前はそれを覗きうかがう。腹は減っているが、男がなにを探しているのか興味がわいた。
「よかったら手伝わせて下さい。なにを探しているんですか」
「黄金だ」

 耳を疑う。お前に至っては目を点にする。
「黄金って、その……どんな黄金です?」
「黄金は黄金だ。鉄鉱石の一種で、川を流れていることもある。熱によって加工が出来て、金になる」
 お前は素直に首を傾げ、黄金のひとつを摘んだ。重みを感じる手のひら、お前は黄金に爪をたてる。
 ふむ、金メッキではないようだな。
「えっと、黄金ってこれですよね」

 男が首を伸ばすように強く反応する、しかし間もなく作業に戻る。
「俺が探しているのは黄金だ。黄金なんだ……」
 男がブツブツと呟きながら黄金の山をかき混ぜ、貪るように摘んでは捨てる。飢えた獣よりも必死なその横顔に、お前は沈黙する。なにも言えなくなる。

 ここには黄金の山がある。男は黄金の山から黄金を探している。奇妙なことだ。極めて怪しく、理解の難しい男の行動に、だがお前の表情はどこか神妙になる。
 お前は人間だ。どんなものにも感性の糸を張り巡らせている。妙な出来事を妙というだけで終わらせることが出来ない……。

 ふいに、男の細い首に垂れ下がったペンダントが歯ぎしりに似た音を立てた。どうやら特別な機能のついた懐中時計だったらしい。男は文字盤を確認すると黄金から手を離した。
「また夜になってしまったようだ」
 風に吹かれたようにフラリと立ち上がり、男はお前を再び舐めるように観察した。油にでも浸せば、こんな眼になるのだろうか。そう思えるくらい血脈が走っている。
「ついて来るんだ」
 きびすを返す。お前はついてゆく。

 黄金の粒に覆われた大地は、歩きにくく、お前は丁寧にバランスをとりながら男の背を追った。目映く輝く金に目が眩む。お前は薄目の上に手をおいて、なんとか進む。
 歩みながらお前は、黄金の山に目を配った。これほどまでに乱雑に黄金が置かれているということに、お前は驚きを隠すことが出来ない。そして老人の目的にも。
「……一帯、黄金ばかりですよね?」
「そうだ。ここには黄金しかない」

 男は手で弾きながら答える。さも当たり前だろうにと興味がないようでもある。黄金から黄金を探すことの、どこが奇妙なのだと憮然と言い放つようでもある。

 しばらく進むと、お前は手を下ろした。視界が正常に開けたのだ。左右に黄金がなくなり、代わりに石の壁広がった。

 高い。人の背丈の五倍はありそうだ。拳ほどの煉瓦が規則正しく並んでいる。
 石の壁は真横にどこまでも伸びていて、果てが見えなかった。じっと奥まで見つめていると、自分が小さくなっていくような不思議な感覚が沸き上がってくる。金色の水面のような輝きが揺らめいているのは、黄金の山のせいか。

 お前は振り返る。黄金の山がぬっとお前を見下ろしている。
 お前は思う、まるでゴミ溜めのようだと。

「おい、旅人」
 男に呼ばれる。
「旅人は山から何も持ってきてはいないな」
 質問に首を振る。
「それなら大丈夫だな」
 男はお前の仕草を確認してから相づちをすると、両の手を前に出した。ゆっくりと壁に手を“沈めて”いく。
「来い」
 お前もまた、両の手を壁に沈めた。

 砂塵が舞う。お前は目を閉じる。呼吸を止めたまま、まっすぐ前進する。
 すぐに砂の洗礼はやみ、お前は息を吸い込んだ。人間のにおい。お前は開眼する。
「ようこそ、旅人さん、ドラウプニルへ」

 男が手を広げてお前を招き入れた街は、強固な壁と同じ煉瓦で作られていた。煉瓦で出来た箱が大地から規則正しく生えてきたようだ。高さは先ほどの壁ほどではないが、お前は今まで見てきた建物の中でも天に近い方だと感じた。大地までぎっしりと煉瓦を敷き詰めてある。
 振り返る、壁がある。振り返る、街がある。見下ろす、見上げる、そして威圧感がある。
 お前は汗ばんだ。重たい、と。

 そう、この街は陰っている。夜の闇とは異質の影が漂っている。

 男に導かれ、お前は大通りらしき一本道に足を踏み入れた。
 巨大な石を一刀両断したように建物は羅列していて、目を凝らすと奥に壁があることが判る。もしかして街は壁に囲まれているのかもしれない。
 建物にはこれまた規則正しく窓が並べられていて、そこから疎らに光が漏れている。ぼうっと前をみると、光の点がやがて線になっていき、光の線が奥にぶつかっているような錯覚に陥る。
 横も同じく。縦に幅の広い通りが、横に少し狭まった通りが走っているのだが、光の線が壁に収束していた。

 美しいというより神経質だ。

 人が傍らをポツポツと流れていく。住民の表情さえ、どこか陰鬱で、触れただけで発狂してしまうのではないかとお前は思った。心が数値化され剥き出しになっているようだと。
 考えすぎだ。
「うん、そうだね。考えすぎかもしれない。だけど長居はしたくないね」
 男に伝わらぬようコッソリと、お前は呟いた。

 羽を休めるところ、と要望したお前が案内されたのは宿屋だった。銅で出来た看板がぎこちない音をたててふれ動いている。踏み入ると、男はお前に頭を下げた。
「いらっしゃい」
 どうやら宿屋の主人だったらしい。
「息子がやっているんだがね」
 なるほど、だから日中ずっと黄金を探す暇があったわけか。

「一階で酒場もしているから少しうるさいんだが、何階に泊まりたいかね。三階より上は静かで少し値段も張ってくる」
 カウンターの奥に入り、手慣れた手つきで帳簿を開く男。お前は男ではなく、カウンターに面した酒場に目を向けた。

 街の様子とはうって変わって、人間の活気に満ちた喧噪がそこにはあった。住民たちのイメージは整えられすぎた煉瓦に刷り込まれたのだと、お前は胸をなで下ろす。
「良かった」
 お前は頬を弛めると帳簿に名前を刻み始めた。黒耀石で丁寧に出自まで添える。そして、男に差し出した。
「泊まります」
 お前は二階を選ぶ。

 賑やかであることはなによりも尊いことだと思う。何故、二階を選んだのかと問いかけると、お前はそんな風に嘯き、久しぶりのマトモな食事を腹に納めていく。
 酒場で疲れをそぎ落とすように愚痴をこぼしあい酒を飲む人々の熱気。それが飽和した部屋の片隅で、一人黙々と食事をする。
 誰とでも知り合いではないくせに、まるで親類の婚礼式にでも出てきたような弛んだ顔。
 その顔のまま、乾燥させた肉や果実でない、もちろん乾パンといったものでもない、瑞々しく潤んだ野菜を口に運ぶ。油の乗った分厚い肉にかじりつく。新鮮で清潔な水でそれらを流し込む。

 少しは余裕を持て。胃がもたれるぞ。

「構わないよ。この街を出たらまた当分は乾燥食料のオンパレードなんだから」
 やれやれ。そんなに食うのが好きなら旅人などやめてしまえば良いものの。
「駄目だよ。まだ季節をひとつしか越えていないんだから」
 いつの間に空にしたのか、骨ばかり乗った皿の前で手を組む。祈りを重ねる。

「へぇ、風神にも祈るのか。アンタ旅人かい」
 と、お前の向かいの椅子に、見ず知らずの男が腰掛けた。つばの広がった帽子を目深く被り、うす茶に汚れたマントを纏う。旅人かと思い、だがお前は瞬時にそれを否定した。ひとえに彼がぶくぶくに膨らんだ鞄を足下に置いたからだ。巾着型の鞄は、その口から色鮮やかな杖を舌のように出している。
「あなたは商人ですね」
 お前の観察眼に商人は少し目を丸めて、微笑を漏らした。
「そう。商人の国の魂からの商人。アンタは旅の国の旅人だろう」

 国を当てられたのは初めてだ。

「なぁに驚くな。俺が商人の目印となるような珍品を担いでいるように、アンタが旅の国にあるカルマを履いているから分かるんだ」
 商人に指を指される。参ったな、全くもってその通り。靴は国の神官から下される唯一無二の(カルマ)業だ。このカルマを踏んで、お前は宛のない旅をしている。
「何を求めて旅をしてるんだい? 良かったら情報交換でもしないか」
 大地をさまよう者同士、当然と思える会話の糸だ。
 商人は時折、旅人から日々の記憶を紡ぎとる。そうして事前に、様々な地域について調べる。
 情報こそが彼らにとっての命綱であり、なによりの商品とも言える。そうそれは、お前にとっても同じこと。

 いくつかの情報を酌み交わす。喜ばしいことに、商人はお前がまだ行かぬ土地からの者だった。彼の言葉から想像を膨らませ、まだ見ぬ大地や文化を頭の中で転がす。曖昧だが、新たな目標が浮かび上がる。
「そうか。ウルド(運命)を探しているのか。それは難しいな。古の神々が海に沈めた秘宝を手にするより難しいかもしれない」
 希望に目を光らせるお前に対し、極めて冷静に、商人は口ずさんだ。他人事のような励ましをこぼすこともなく、天井を見上げる。
 お前は商人の動作を、空気の少ない水面から顔を覗かせる魚のようだと思う。

 気づくと、お前たちは寡黙になっていた。交換すべき情報もつき、会話のタネもない。合理的で一過性のみの関係のお前たちはともに視線を浮遊させる。空に虚ろな心を泳がせて、何かを掴むでもない。
 商人は立ち上がった。
「じゃあな。骨にならない程度に風を楽しめ」
 鞄を背負い、のろのろと人垣に向かってゆく。お前はそれを止めた。

「尋ねたいことが!」
 商人が肩越しにこちらをうかがう。お前は彼の動作を好意的に受け取ると、疑問を口にした。
「街の外にあったあの山はなんですか?」
 ほんの僅かに商人が訝しげに帽子のつばを抓る。考え、彼は静かに告げた。

「君が思うとおり、あれは我々にとって価値あるものさ。現にこの街の人間は、私のような者にあれを売る。あれに魔法錠をかけて守る。この街を入るときに君は言われたはずだ。あれを忍び持ってはいないかとね。外に持っていけば金になると知っているからさ」
 そこまで言って何かを理解したのか、商人は片目だけ大きく開いた。そして、
「我々にとってのあれが、彼にとってのあれとは限らない……」
 ニタリと笑い、立ち去った。

 黄金は商人にとって黄金に間違いなく、やはり老人は黄金の中で黄金を探しているようだった。商人の表情とともに反芻する事実。とり憑かれたように黄金の中に黄金を探し続けている老人。
「なんだろう」
 どうした?
「とても虚しい気分だ」

 お前を仰ぐ。お前は天井の木目でも数えるように視線を泳がし続ける。
「あの人は特別な黄金を探しているんだ。自分だけの特別な黄金を。だから虚しいんだ」
 それの、どこが虚しいというのか。
「だけど僕らのような他人には、黄金に包まれながら黄金を探す彼の姿には滑稽さばかり感じられる。だってあんなに探してても結局あの人は黄金の山にいるんだから」
 ふぅむ。
「だから虚しい」

 つまりこうか。お前はウルド(運命)を探している。それに重ねているんだろう。

 お前は目を点にしながら視線を落とす。どうしてそれを、という言葉を口にしようとして、寂しげにコップを握った。溜息。
 我々の関係に言葉などいらない。ただ相手を汲む想像だけがある。

 不意に肩を叩かれた。
 お前は気持ちを切り替えて、肩を叩いた人物を見た。酒場の主人だ。
「なぁ、オヤジはまだ黄金を探していたのかい?」
 呆れたような表情。
「ええ、探していましたよ。そこで偶然会ったんです」
「参ったな。まったく、黄金の中に黄金を探すなんて、おかしいと思わないかい、旅人さん」
 お前は口を閉じた。おかしいとも、おかしくないとも言ってはいけないような気がした。
「世界中を旅する人間だって、狂ってると感じるだろう。聞いてくれないか。最初はね、まぁまぁ普通だったのさ」
 そういって酒場の主人は腰を下ろした。まだ四十を超えるか超えないかの男は、やはり親子らしくどことなく老人に似ている。

「オヤジが黄金を探し始めたのは、俺が成人した辺りからだったよ。最初は川から始めたんだ。川で黄金を探し始めて、次は山で、その次は山を掘り出して、その次は家を引っ掻き回した。たまりかねて黄金の山で黄金を拾ってオヤジに渡したらさ、違う、なんていってさ。挙げ句、最近になって黄金の中から黄金を探すようになった」

 主人は、狂ってんだろう、と頭に指を置いた。ニヤニヤと、人を侮辱するための歪んだ笑みを添える。
 何故そのようなことを聞くのだろう、とお前は思った。
「オヤジはああですけどね、うちは普通の宿屋ですから、心配しないで寝てくださいね」
 思わず、立ち上がる。こわばった表情のまま、お前は荷物を背負った。
「どうしました?」
「少し疲れたんで、早く寝るだけですよ。失礼します」
 お前は素っ気無く主人に手を振ると、その場を後にする。やれやれ、お前はいつもそうだ。少しは落ち着いて話を聞くということを覚えたらどうなんだ?
「あの人は親を馬鹿にすることで自分は普通なんだと誇示したいだけだよ。卑しい」
 他人をすぐに見下すお前とどう違う?
「違わないさ。だから腹がたつんだ」
 そうか。好きにしろ。
 お前はきっと、この街をすぐに出て行くのだろうな……。

 予想の通り、お前は翌朝に旅立つことにした。

 朝靄の香る道をお前は行く。
 まだ空は紺色ではあったが、運良く朝市が開かれていた。そこで携帯食料と水、いくつかの日用品を買い終わる頃には、朝日がゆっくりと登り始めていた。
 壁を通り抜け、光が射し始めたばかりでまだ物静かな黄金の谷間を進む。
 まったく、そんなに急ぐこともないだろうに。
「急ぎたい時に急がなくて、いつ急ぐのさ」
 自分の苛立ちや迷いに理屈をこねるなど子どもだな。

 説教くさい嘲笑を受けても尚、止まらない。次の街までこのような調子かもしれないと思うと旅立ってもいないのに疲れを感じる。

 朝日が完全に上りきって周囲が白い光で包まれる頃には、暗いというよりも黒い感情が匂ってきて、疲れは絶望に変色していく。まいったな。
 やれやれ、そう嘆息していると、幸いにもお前を止める声があった。お前は立ち止まるしかなかった。何故なら自身にまとわりつく迷いそのものの声だったからだ。

「もう、行くのか」
 老人は黄金に手を突っ込みながら、お前に囁いた。
 彼の姿に気づいていなかったお前は驚き、眉間に皺を寄せて目を細める。それは黄金が明るすぎるせいではない。けして。
「あなたこそ、こんなに朝早くから探しているんですね」
「そうだ。黄金を思うと長らく寝てはいられないのでね。」
 それはそうと、と、老人は笑みを浮かべた。
「旅人は煮詰まっているようだな。捜し物はそんなに、見つかりにくいものなのか」
 それがあざ笑いに感じられて、お前はついに吐きつけた。

「ウルド(運命)を。黄金の中で黄金を捜すあなたよりは簡単ですよ」
 老人が口を閉ざす。そして枯れ木についた黒真珠のような目でお前を見つめた。
「旅人は黄金がないと思うか。己のための黄金がないと思うか」
 老人の怒るでも悲しむでもない静かな問いかけが響く。お前の荒くれたった心臓に浸透する。
「ならばないだろうな。いいや、なくても良いのだ。だが俺は捜すぞ、旅人」
 老人は腰をあげて、金塊を背に手を広げた。

「これが黄金かどうかは俺が決める」

 老人はくるりとお前に背中を見せると、再び作業に没頭する。
 お前はというと、無言のままそれを暫く見やり、それから、ざりざりと引きずるように足を動かし始めた。

「我々にとってのあれが、彼にとってのあれとは限らない……」
 商人の言葉を無意識につぶやく。酷く狼狽した様子のお前には、涙が滲んでいる。
「彼にとってのあれが、我々にとってのあれとは限らない……」

 視界が目映い。黄金の山を越える。お前は最初に落ちた場所の土を踏む。噛みしめるように。
 それから、来たときと同じように地図を開いて空に翳す。黄金による光の乱反射で隠し文字は読めない。だがお前は、魔法錠を紡いだ。

「ドラウプニルは黄金の腕輪、黄金の街に住まう滴りし者」

 来たときと同じように、また落下する。それを冷静に堪えて、お前は大地に足を踏み下ろす。
 瞼を開くと、街に入る前にえんえんと広がっていた荒れ地が、まだ横たわっていた。当たり前だ。世界がそうやすやすと形を変えるわけがない。
 荒涼とした大地は陽炎もなく、地平線がくっきりと己を主張している。お前は風にもまれながら、周囲三百六十度を見渡した。

「よし!」
 また地図を広げる。太陽の方向を確認する。
 なんだ。もう虚しさを捨てたのか。あんなにも迷っていたくせに。
「ごめん。でももう大丈夫だ。ここにウルド(運命)はいないって分かってるから」
 黄金の中に黄金を捜すことの皮肉さは伝わらなかったのか。お前は運命の中で運命を捜しているのかもしれないのだ。それをもう感じなくなってしまったのか。
「うん」
 どうしてだ?
「迷ってた時も不安だった時も、あんなに笑われても見下されても、求めてたから。求める以上、ここじゃないどこかにあるかもしれないんだよ」
 お前は大地に刻まれた方位を分析し、地図を読む。ふと、その真剣な横顔に悪態を吐きたくなったので吐くとしよう。
 ごほん。

 捜すのもいいが、そもそも存在しないかもしれないんだぞ。いささか、自信を持ちすぎてはいないか?
 尊大な自信は身を滅ぼすぞ。

「自分に自信を持たないで、何に自信を持つんだよ」
 屁理屈だな。
「理屈は屁と一緒にこねるもんだろ」

 お前はそう言って、地面に視線を落とした。だから私は、お前を見上げた。
「カルマ。今度はあっちへ行こう。まだ見てない場所はたくさんある。たくさんあるんだ」

 お前の目は輝いている。現実に怯えた過去がある。そこから息を吹き返す未来がある。
 愚かにも己を信じる。
そして己の感情でそれを証明しようと願う。良いだろう、その人生を欲するのならば、進め。この下らないくらいに冷酷で、無慈悲で、何もない世界に何かを探せ。
 お前が求めるなら、旅を求めるのなら、カルマは大いなる意味を持つ。

 お前は大地を踏むもの。風のようなもの。水のようなもの。
 砂塵の中に希望を探すもの。時の嵐に夢を願うもの。冷酷な夜に朝日を祈るもの。歩みの正しさを思うもの。

 そして、旅人と形容されるものなのだから。


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