完全なる傍観は蒼く(文学)
僕は瓦礫だけの街のひび割れたコンクリの路上に横たわっている。
コンクリは冷たくて、僕の中を渦巻く体温の全てを奪ってしまいそうだった。でも、それはどうでも良かった。
僕はこのままぶち壊れてしまいたい気分で一杯だった。街と同じ状態になりたかった。
その地震は、大きすぎた。
冬の酷く早い朝で。それはいつも通りの朝になるはずだった。でも、昨日と同じ朝は来やしなかった。
気が付くと、僕の周りの全てが破壊されていた。必死に駈けずり回って、壊れて重なり合った家具の間を必死になって抜け出した。鉄筋とパイプが、誰かが骨折して骨でも飛び出したみたいに、むき出しになっていた。
無我夢中、ぺちゃんこになった家から這いずり出た。
世界は、日常を否定していた。半壊した家は、昨日までの僕という存在さえもなかったみたいで。
早朝の清くて冷たいはずの空気に、色々な匂いが混じっていた。街中が血を流してた。街中が泣き叫んでいて、街中が呆然としていた。焼け爛れたところもあった。
僕はいつから歩いているんだろう?
怖くて家にはいられなかった。家族を見たくなかった。大丈夫か、大丈夫じゃないのか、分からなかったけれど。
分からないから、僕は家から逃げ出していた。
戦争が起こったんだと、思った。
学校で読んだ、はだしのゲンってマンガ。広島で、原爆が落ちて、其れからの話。
友達は気味悪がって誰も読まなかったけれど、僕は全十巻を貪るように読んだんだよ。
僕はその世界に飛び込んでしまったのだろうか?
瓦礫の下で、誰かが呻いているよ。
なんで、こんなに血が一杯あるんだろう。僕の着ている服も、なんで血だらけなんだろう。
血って言うのは身体の中にあるもので、外に出ちゃいけないんだよ。
僕は歩く、果ての無い道のりを。僕は歩く、自分の記憶を辿ってる亡霊みたいだ。
道路を歩いている途中、逃げ惑う人々に混じって、僕と同じように彷徨うおじいちゃんと通りすがって。
みんな同じなんだねと、あまりに滑稽で、悲しくなった。
立ち止まっても、また歩くよ。
歩いて、歩いて、時折走って、でも歩いて、転んで、走って。
ああでも、…僕は何処へ行くつもりだったんだろう?
お腹がすいて、僕は辺りを見渡す。
グシャグシャになったローソンを見つけて、残骸の中を潜り込んで、僕はお菓子の山を見つけた。お腹が空っぽだったから、貪った。死ぬほど食べてやろうと思った。
ヘンゼルとグレーテルの憧れの物語の、片隅みたいなのに、どうしてこんなに惨めなんだろうか分からなかった。
涙も出ない。枯れた?冗談じゃない。そんな涙は元々、持ってない。
僕はコンクリに仰向けになる。
もう、なにもかもボロボロだった。全てが崩れたあの瞬間から、何度も地震が起こって、僕は何もかも怯えすぎて何もかもどうでもよくなってしまった。ただ、身体だけが馬鹿みたいに億劫だ。
僕はコンクリに横になる。
このまま地中の奥に沈んでしまえばいいのに。そして、何処まで沈んでいけるか試して。僕はマグマの底で何もかも笑ってやる。
僕は狂ってしまったんだろうか?僕はイカレテしまったんだろうか?
取りあえず、僕は困っている。
その時だ。
お父さんの声が、遠くから聞こえて、僕は飛び上がった。お父さんが叫んでいるのは、確実に僕の名前だった。
僕は頭が真っ白になって、全ての重力と色彩を失った。
お父さんに駆け寄る。お父さんが、僕を思いっきり抱きしめる。
お父さんの嗚咽を、僕は宇宙の彼方から聞いた。号泣っていうんだ、こういうの。
酷く懐かしい気がした。
お父さんが僕の手を引いて。お父さんが言う、うちに帰ろう。
僕は泣きじゃくっていた。お父さんと手を繋ぎながら。
涙に埋もれて熟した目玉で、僕はふと空を見上げた。
日常、だった。
空だけが、馬鹿みたいに、日常だった。
僕の世界の全ての平穏を吸い込んで、微動だにしない、それは。
……それは、恐ろしく青かった。
煙が何本か立ち上がっていた。なのに、それ以外は残酷までに日常だった。
人間の声、皮肉っぽいノイズが耳の奥から聞こえて。それは、お天気お姉さんの声だった。
お姉さんが笑いながら言うんだ。
「お散歩に行きたくなるくらい、明日はとても綺麗な青空になりますよ。」
阪神淡路大震災、1995年1月17日。
あの日のことを、僕は何故か思い出していた。
もう、七年になる。
小学校を卒業して、中学校を卒業して、もうすぐ高校を卒業する。
世界は今日も、平然と流転を繰り返す。
泣きたくなる。
あの日は確かに記憶として身体に染み付いているのに、過去じゃなかったかのようで。
叫びたくなる。
今日も空は日常を描いていて。
今日も空は狂うほどに蒼い。
一筋の飛行機雲が青い空をたったひとつで切り裂いている。
明日は雨だろうか?飛行機雲がハッキリと現れるのは、空中に浮かぶ水の粒がとても大きくなっているからだと、何処かの誰かが言っていた。
明日も晴れだろうか?飛行機雲の予想は、あまり当たらないから。
今日も空は素敵に色づいて。
恐ろしいくらいの青を、その身に湛えて。
しらんぷりで染まる、日常を描いて。
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