ふたりのゆう(ホラー)
悠一郎さん、あなたはいつも困ったような顔をしていました。それは私が、いつもあなたに迷惑をかけてしまっていたからに他なりません。私は小さく微笑むだけでも、鼻の先に指をおくだけでも、あるいは目をしばたくだけでも、あなたを困らせてしまっていたから。
私はあの時、どうして幽霊で、どうしてあなたに憑いてしまったのか分かりません。
そしてどうして、幽霊の癖に誰にも見えてしまうのかは、やはりどうしても分からないままです。
姿が人間のように可視できたのは、死にたかったのではなく、生きたかったからだと考えられるかもしれません。
とり憑いたのは、あなたと名前の漢字が同じだったからかもしれません。現に、あなたが私の名前を口にするたびに、私はとても嬉しくて嬉しくて、幽霊のくせにニコニコしていましたから。
あなたの側にずっといたくて、離れられなかったのかもしれません。だから憑いたのかもしれません。
でも、あなたの名前を知る前から、あなたの側にいたかったから。
やっぱりどうしてか、分かりません。
私には分かりません。
悠一郎さんは、私がとり憑いた時、とても取り乱していました。何故だか私には分かりませんでしたね。私には記憶がなかったから。
ああ、分からないことばかりです、どうしてこんなに分からないの。
分からないことさえ、不安で、分からないのではないかと思います。
君は、生きてないのですか。
そう言った時の悠一郎さんの顔、困ってました。それからずっと、困っていましたね。
でも、悠一郎さんは優しかったです。すごく優しかったです。
私と手を繋ぎ、街に出て、お洋服を買ってくれました。私は血だらけの服から、秋色のワンピースに毛糸のロングコートを羽織りました。そうして上機嫌にジャンプしたら、悠一郎さん、あなたは照れ臭そうに下を向きました。
可愛かった。
だけど、悠一郎さんは、すぐになにかに怯え始めました。街中の人が敵にでもなってしまったかのようにとても怯えて。世界の全てに威嚇するように周囲を見つめて。
君は生きているよね、生きているよね、生きているよね。
私は死んでいます、死んでいます、死んでいます。
誰もいない公園で、あなたの背中をさすりながら、そう呟いた時、あなたはふらふらとした足取りで鞄を捨てました。
その鞄の中には、私が着ていた血だらけの服が入っていましたよね。
どうして捨ててしまったのでしょうか。……尋ねれば、よかった。
今思うと、出来ることは沢山ありました。しなければならないことは、沢山あったのです。
なのに私は、幽霊である自分に甘えていたから、何も出来ませんでした。
あなたは電車に乗ります。私の分まで切符を買って。
君は幽霊かもしれない。だけど幽霊なのに僕には見える。だから君の分も切符が必要だろう?
私の、しなくともよい質問に、あなたはこう答えました。あなたは優しく、私は愚かでした。
後悔だけが残りました。
悠一郎さん、
悠一郎さん、
悠一郎さん、
あなたを、見つめたい。
そしてあなたに、様々なことを尋ねたい。
なにもかも分からない愚かな私の、道しるべになってほしい。
あなたしかいないの。
私にはあなたしかいないの。
悠一郎さん。
あなたは電車から降りると、駅前の工具店に入り、そこでロープを買いました。
そして森に入りました。
深い深い、森。
そして、
ロープを使いました。
これで、心中だね。
と、ゆって。
悠一郎さん、あなたはどこに行きましたか。
ここにはあなたの抜け殻しかありません。その抜け殻も、もう殆んどが腐り落ちて、肉片だけがロープからつり下がっています。
そして、私はどこにも行けなくて、ここにいます。
あなたの抜け殻の、そばにいます。
悠一郎さん、私は幽霊です。私は、誰にでも見ることができる幽霊です。
だから悠一郎さん、あなたも、見える幽霊になって下さい。見えない幽霊ではなくて、私のように、いつまでもいつまでも見える幽霊になって下さい。そして私が、あなたに気付くようにして下さい。
見えなければ私は、感じることが出来ません。
あなたを見ることができたら、何もかもが分かるのです。
あなたを見ることができたら、私は私が分かります。
あなたの顔は鏡。
あなたの声は鏡。
鏡に映る私は世界です。
あなたが私の、世界の全てです。
あなたを見つめたい。
あなたも見つめてください。
そして、呟いて。
悠一郎さん。
悠菜。
それが世界の名前です。
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