グループ小説の三題噺として書きました。お題は紅茶、財布、鉛筆でした。他の方も同じ御題で書かれていますので、グループ小説で検索してみてください。
正義のヒーロー(青春ホラー)
ヒーローの話をしよう。必要悪でもいい、絶対悪でもいい、その真逆に位置する、
「正義のヒーロー」
の話を。
「工藤俊です。趣味はサッカー、好きなものは紅茶、将来の夢は正義のヒーローです! ……なんちゃって」
ここに一人の少年がいる。工藤俊、親の都合で引っ越してきたばかりで、今日が新しい小学校の初登校日だ。
俊は一番前の窓側に案内されると、そこに席を取ることとなった。男女比が合わないのか、隣は男の子だ。
「よろしくね。君はなんて名前?」
うつらとしていたのかハッと顔をあげると、少年は俊に視線を傾けた。品定めするようなガラスの瞳。
「……中井光」
絞り出すように光は答えると、そのまま机に伏せてしまう。
(人見知りかな、それとも具合悪いのかな)
光の態度に心配しつつ、俊は黒板に向き直った。
チャイムがなり、休み時間に入る。授業終了の挨拶を終えると光はすぐさま廊下に立ち去ってしまった。
嫌われたかもしれないと思うと俊の胸が痛んだ。友達がいないから俊は不安だし、なにより嫌われるのが苦手なのだ。
と、光と交代するように女の子がドッと押し寄せてきた。
「ねぇねぇ俊君ってドコに住んでたの?」
「俊君サッカー部入るんでしょ?」
「なんで転校してきたの?」
殺到という言葉を使ってもおかしくないくらいの状況。それはひとえに転校生という理由だけではなかった。俊は意識していないが、まるで白人とのハーフのように色素が薄く、整った顔立ちをしている。
四方八方から飛ばされる質問に、俊はニコリと微笑みながらそれに答えてゆく。
俊が何人か女の子の名前を覚えた頃、先程まで教室にいなかった光が戻ってきた。友達だろうか複数に囲まれるように、教壇の前に立つ。
「やだ、もう来ちゃったよ」
「うそ、ああやだやだ。俊君、また後でね」
途端にそそくさと女の子が立ち去り始めた。なんとなく皆、光に目線を当てている気がする。去り際、女の子の一人が俊に投げかけるように呟いた。
「俊君、あいつらには特に気をつけてね」
……気になる言葉を残して。
俊の初日はそうして終わりを告げようとしていた。帰りの玄関口で挨拶を交わしながら靴を中履きから変える。
俊の気持ちは晴れ晴れとしていた。クラスメート達は、一部のグループ以外もう覚えた。優しくて気のきいた人達ばかりだ。
「きっと上手くいきそうだな」
俊はにこにこと笑みをこぼしながら、靴紐をきつく締め直す。
その時ふいに、太陽が雲で隠されてしまったように目の前が陰った。顔をあげる。光だ。
「どうしたの、光君」
「あの。ごめんね、俊君挨拶してくれたのに答えられなくて」
俊は驚き、じわりと心が温まるのを感じた。立ち上がって、光にピースをする。
「大丈夫、具合悪かったんだろっ」
朗らかな俊の答えに、今度は光が驚く。
「俊君って良い奴だなぁ……」
光は感嘆するように目を丸くさせると、すぐに不調そうに伏せた。
「違うんだ。具合悪かったんじゃなくて、あいつらに君をマークさせたくなくて……」
語尾が萎んでゆく。だが、意を決したように光は口火を切った。
「僕、いじめられてるんだ」
「えっ」
「昼間に見たろ。僕を呼んで見えない場所でいじめる。行かないともっと酷い目に合うんだ。光殺し隊とか言って……」
俊は唖然としながら光を見つめた。光は肩を震わし、悔しそうに眉間の皺を寄せている。その目から滲むのは間違いなく涙だ。
こんなごく普通の子がいじめられるなんて。俊に素直な衝撃が走る。光は少し猫背なことを除けば、ごくごく普通に見える。
それが、あいつら……気をつけてといった女子の言葉が頭に響く。
「だから、俊君は僕と遊んじゃ駄目なんだ」
「そんな変な話があるもんかっ!」
俊は大声を張り上げた。周囲の視線が集中する。構わず俊は光に言った。
「友達になろうよ。きっと楽しいよ。みんなとも少しずつ良くなっていけばいいんだよ!」
「でも、あいつらは強いんだ」
「強いったって同じ小学五年生じゃないか。なんかあったら僕が守ってあげるよ。僕、空手も習ってるんだ」
俊はそう言うと、適当に拳をふった。
「ね、怖くないよ。友達になろう!」
「俊君……」
光は両手で顔を覆うと、えんえんと泣き始めた。その背中を俊は撫でる。
「大丈夫だよ。僕は……正義のヒーローなんだ」
俊の夢は、キラキラと胸に輝いていた。
次の日から俊と光殺し隊の攻防が始まった。攻防、とは言っても、ただ光と仲良くするだけのことだった。
だがそれだけで周囲の態度はガラリと変わってしまった。転校初日にあれだけ声をかけてくれた女の子達も全く話しかけてくれず、俊と光を遠巻きに、いや、無視するようになった。まるで腐った死体にでもなってしまったようだ。
「ねぇ俊君、僕のことなんてほっといていいんだよ」
「そんなことないよ光君。間違ってるのあいつらだもん」
そうしていじめの標的である光を励ますのが俊の日課となった。
慣れてくると不思議なもので俊は平気だった。自分が正しいことをしていると感じていたし、絶対的な自信があった。
だが、光の様子はどんどん暗くなった。仕方ない、光には自分正しいという感覚がないのだから。
とにかく傍に居続ければ光もいつか元気になってくれるはずだ。俊は比較的楽観していた。
しかしすぐに事態は一変した。
ある日俊が登校すると、いつもは俊より早く来るはずの光の姿がなかった。
おかしいなと思い、周囲を見渡す。
……しまった。光君だけじゃない、あいつら――光殺し隊の姿もいない!
俊は教室を飛び出した。無視だけでは気持ちが済まなかったのだろう。自分の安易さに苛立ちながら俊は走った。
すぐに光の姿は見つかった。窓の外、グラウンドにある体育倉庫に向かっている。光殺し隊も一緒に。
俊は全力で階段を駆け降りると中履きのままグラウンドを横断した。そして体育倉庫にぶつかるように入る。
「光君っ!」
ガラリと扉を開けると、中に光の姿があった。光殺し隊に囲まれるように座っている。
「俊君っ!」
光が腰をあげる。その瞬間、俊に衝撃が走った。後ろにも光殺し隊が隠れていたのだ。
背中を蹴られ、俊は前のめりに倒れた。
「丁度いい所に来たんだね、俊君♪」
光殺し隊の一人が俊の背中にのっかかる。
「どうしよっか。お前さぁ確か、将来の夢って正義のヒーローだよな」
空気が吸えず苦しむ俊の顔を嬉しそうに見下ろす。
「正義のヒーローは弱い者の味方か?」
「あ、当たり前だろ」
懸命に息をしながら俊は答えた。光殺し隊が一斉に大笑いする。一体、何人いるのか。暗くて俊には判らなかったが、その声は百にも二百にも聞こえた。
「だっせー!」
「ヒーローなんているわけねぇだろ!」
洪笑を冷静に見上げながら俊は悔しそうに顔を歪める。それが気に食わなかったのだろう、俊の背中に次々と乗り始めた。俊の呻きも気にせず体重をかける。
「じゃさ、じゃさ。お前、光の代わりになれって言われたらやるのか」
苦しみの中、それでも俊の正義感は折れることはなかった。
「や、れる、よ」
「決まりぃ! 筆箱出せよっ」
一人の号令を合図に、次々と何かが回される。それが何なのか俊が確認する暇もなく、次は俊の背中から光殺し隊が退き始めた。かわりに、俊の両手足をがっちりと固定する。
「やめてっ、やめてっ!」
光の懇願を聞くはずもなく。
シャツをぐいっと上げ、背中を露わにさせると、
「ヒーローを改造してやろうじゃん」
何かを振り降ろした。
「ぎゃあっ!」
俊の体を痛みが雷のように走った。背中に弾丸を撃ち込まれたような感覚。何かが貫いたのか、一点に集中して熱い。
「あーあ、芯が折れちゃった。どうしてくれんだよ」
……芯?
痛みと疑問で混乱する俊の目の前に何かが現れた。投げられたのか床を転がってゆく。
鉛筆だ。
俊は青ざめた。
「おーと、さすがに痛かったか? どうする? やっぱり光クゥ〜ンにバトンタッチする?」
サディスティクな笑いが暗い体育倉庫に絶望的に木霊する。
押しつぶすように固定された手足と鉛筆で抉られた背中が、俊に痛みを主張する。
朝の会が開始するのに後十分以上はある。それまで俊は光のかわりに鉛筆を突き立てられる。そう考えると、俊にモヤモヤとした迷いが生まれた。今イエスと言ったなら、きっと俊は助かる。
「俊君、俊君……」
だがそれでは光は守れない。救えないんだ。
「俊君……」
怯えきった光の声が何度も俊の鼓膜を叩く。
あの日、俊はいじめに苦しむ光を守ると誓ったのだ。あの時、俊はヒーローの道を選んだのだ。
体が熱をはらむ。
俊は、決断した。
「やれよ、思う存分やればいい……」
そして目を閉じた。
ズキズキと存在を主張する傷のせいで椅子にもたれ掛かることも出来ず、俊は机にうずくまる。一体、何回刺されたのか検討もつかない。頭を下げながら教室全体を横見る。光殺し隊連中の真面目そうな顔。
(……まるでなかったみたいに普通なんだな)
大人には光殺し隊はとんでもない暴力集団にとても見えないだろう。何事もなかったかのようにペンを走らせる小学生達。平均的かつ日常的な態度。
見た目だって俊や光と変わらない。ごく普通の情景に溶け込む、悪事など働いていないかのような仮面をつけて息を潜める。
ふいに光と目が合った。そこに、複雑な表情。俊にかばってもらった喜びはない。それでも光は、ぎこちなくも口角をあげた。
(大丈夫だ、僕はまだ頑張れる……)
光の笑みに癒される。俊は拳を固く握りしめると、授業に集中し始めた。
一日の終わりを告げるチャイムが鳴る。
教師の挨拶を合図に、籠を開けられた鳥のように教室から次々と子供達が出てゆく。
「光君、一緒に帰ろうか?」
俊は明るく光を誘った。授業の間ずっと考えていたことだ。もしかしたら光は今朝と同じくあいつらの手にかかってしまうかもしれない。
「ね?」
「う、うん……」
俊の行動が意外だったのだろう。もしかしたら見捨てられると思っていたに違いない。光は狼狽えながら頷くとランドセルを背負った。
「さっ、行こっ」
片手に鞄、もう片方に光の手を取ると、俊は颯爽と廊下へと駆けだした。がらんと口を開く扉、忌々しいこの教室から出たいと俊は思っていた。
バンッ!
が、脱出は叶わなかった。唐突に腹部に衝撃が走り、真後ろに吹き飛ばされる。俊は芯の残る背中を強打し、激痛に飛びのいた。
何の前触れのない痛み。吐き気がする。腹を蹴られたのだ。
朦朧としながらも俊は、自分に襲いかかった出来事を冷静に見やった。
光殺し隊だ。
彼らは後ろ手に廊下へと続く出口を閉ざすと鍵をかける。カーテンも閉め、前から、後ろから近寄る。俊は卑怯者と罵りたい気分になった。早々と教室からクラスメートが出ていったのは多分、彼らの指示によるものだろう。
教室に味方になりそうな人間は一人もいない。
逃げ道を奪われ、まるで罠に入り込んだ小兎にでもなってしまったかのように俊と光は絶対絶命だった。
「光君、僕の後ろにいるんだ」
俊は光を庇うようにヨロヨロ立ち上がると、ゆっくり一歩を踏んだ。光殺し隊はさぞ待ってましたと言うようにクスクスと笑い、俊を取り囲む。
「お前さ、空手ならってるんだって? やってみろよ」
「無駄な暴力は振るわない。僕はお前等とは違うんだ」
「あっそ。……やれ」
光殺し隊は慣れた手つきで俊の体を拘束すると、床に叩きつけた。口を真一文字に締め、俊は沈黙のままリーダー格に睨みをきかせる。
「ムカつく。まぁいいや。今日は金だけ貰うよ」
俊の片手から乱暴に鞄が引き抜かれる。彼等はまるでハイエナのように俊の鞄の中身をぶちまける、財布を掲げた。
「良い年して仮面ライダーの財布かよっ!」
財布を野球ボールのように投げあいながら笑う。俊はそれを全く無関心そうな表情で見上げた。
「どうしたよ、ショックで頭真っ白になったのかなヒーローさん。シュワッチ! ってか!」
俊の頭上でポンポンと跳ねていた財布が重力にそって落下する。
「よっ!」
重たい振動が破裂した。光殺し隊の一人が地面落ちた財布を飛び跳ねて踏みつけたのだ。何度も、何度も繰り返される。何度も、何度も何度も何度も。
「やめろよ」
ついに俊が唇を動かした。それに全員が聞こえないふりをして交互に財布を踏みつけてゆく。円弧を描き、キャンプファイヤーでも楽しむように。
……もしこの瞬間、彼等の一人でも俊の瞳の色を目に入れていたら、次の瞬間の悲劇は起こらなかったかもしれない。
「やめろって言ってんだよ!」
俊を掴んでいた光殺し隊の体が、ふいに浮かび上がった。瞬く間に床に叩きつけられ体勢を崩す。
「な、なんだよ!?」
目の前で起こっている事態を理解出来ないまま彼等は動揺を口にした。しかし間をおいて次に口から生まれたのは呻きだ。
「俊君!」
光の感嘆。
彼等の口をぶち壊したのは驚くべきことに、俊の拳だった。
小さくも強固な正拳が的確に光殺し隊の頬にめり込んでゆく。一人、また一人と倒れてゆく。助けを呼ぶまもなく、地面に叩きつけられる。
最後の一人が倒れても尚、俊の制裁は終わらない。圧倒的な力の下で血の混じった唾液が彼等の口から滴る。
「死ね! 死ね! 死ね!」
財布を最初に踏みつけた一人に跨り、叫びながら拳を降り下ろし続ける俊。
俊の目は喜びに満ちていた。かっと瞳孔の開いたそれは充血し、柔らかく歪んでいる。正義に酔いしれている。
拳は血塗れになっても、止まらない……。
俊の拳がようやく痛みを囁き始めたのは、静かなチャイムの音色が橙色に染まりきった頃だった。カーテン越しでも力を失わない強い斜陽が俊と横たわる無惨な少年達の姿を浮き彫りにする。
「し、俊君……」
光は上擦った声で彼の名を呼んだ。俊は、ヒーローは、呆然と拳に目を落としていたが、自身の気持ちが終着したのだろう、逆光の中で光に向き直った。
「何か、飲もっか」
俊は再び光と手を繋ぐと、最上階に上った。最上階には上級生だけ使うことが許された自販機が設置してある。
「おごるよ」
俊は光に微笑みかけると、ボロボロになった財布から小銭を取り出し、自販機に放り込む。
二人は熱い紅茶を手にしながら佇んだ。何もかもが嘘だったかのような、いつも通りの風が二人の体を吹き抜けてゆく。
「……空手してたって本当だったんだね」
「うん。光君ごめんね、怖かったろ?」
「そんなことないよ。確かに怖かったけど……嬉しかった」
光のぎこちなく、真っ直ぐな笑顔に俊は目を伏せた。
「でもこれでバイバイだね。前の学校でも同じことをやらかしたんだ。だから転校してきて、また、転校だよ」
「そう、だったんだ」
光は俊の悲しげな横顔に何も言えなくなり、同じように足下に視線を落とした。俊の上履きはまだまだ白い。
「折角、光君と友達になれそうだったのに」
また、おしまいだな……俊がそう言葉を殺すと、光から予想してなかった答えが返ってきた。
「友達だよ! 俊君は僕の、ヒーローだよ!」
光の真剣な顔。光は猫背で小さい人だと感じていた俊の心にその言葉は、今までのどんような痛みより強く差し込む。最後は暴力で解決してしまったヒーローへの、何よりも力強い声援。
「ありがとう……」
俊は素直にそう告げると光に手を伸ばす。光はそれに応じて手を堅く握ると、
「最後だし、一緒に帰ろう」
と照れくさそうに目尻を下げた。
なんて軽やかな足取り。俊は確かに正義をやりとげたのだという実感と共に光と廊下を歩く。階段さえフワフワとした足でステップを踏んで。
ステップを踏んで。
次の瞬間、俊は地面を失った。反射的に足下を見下ろした時には周囲がぐるりと回転し、どこか得体の知らない場所に飛ばされる感覚だけがあった。
光におごった紅茶の缶が俊の足により天井へと蹴りあげられる。
そして何故だか階段の上で、笑顔をみせる光が見えた。
ぎこちなさのない。
スローモーションの世界で俊はぼんやりと、ああ、そうか、と思った。
女の子たちは光を避けていた。気を付けてと言っていた。
光殺し隊のやつらに鉛筆をもった者はいなかった。皆ペンだった。
どうして彼等は俊が空手をやっていると知っていたのか。俊は光にしか言っていないのに。
光は一度も攻撃を受けていない。
そこまで考えて、俊の思考は途切れた。
あたりに、静かな静かな沈黙だけが横たわる。饒舌な闇がそこかしこにひしめいている。血のように赤く染まった光の中に何もかもが流れ去る。
階段の下を見下ろす、彼だけが息をしていた。そこに怯えはない。悲しみもまた、ない。
そこにはただ、感謝だけが。
「邪魔な部下から救ってくれて有り難う、ヒーロー」
ヒーローの話をしよう。必要悪でもいい、絶対悪でもいい、その真逆にいる
「正義のヒーロー」
の話を。
ねぇ、誰がヒーローなのかを。
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