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  過去作品集 作者:雪芳
 原作ランデブーさん。
注射禁止!(エロコメ)
「あっ、あっ、ああっ」と、いえば、喘ぎ声。
 言葉にすれば単純明快極まりないものなのに、いざ耳にしてしまうと心中穏やかではなくなってしまうのは何故なのだろうか。男は狭苦しい暗闇の中で悶悶としながら耳を手で覆っていた。

「ああっ……あ、ぅうん、あうぅん」
 それでも、絶好調な女性独特の粘っこい声色は、簡単に男の指をすり抜けてしまう。鼓膜を弾き、いやんあはんと脳内を駆け巡る。そして脳内のあらゆるシナプスを刺激し、彼に様々なことを喚起させる。

 目の前に女の豊満な体がある。
 女は扇情的な瞳を濡らす。
 淫靡に足を広げる。
 そしてあの、喘ぎ声。

「あっ、ああん、もうだめっ、はぁっ、ああんっ!」

 堪らず、男は股間を握り締めた。


 夢から覚めると、男が横たわる狭苦しい暗闇に、いくつかの光が差し込んでいた。どれほどの時間が過ぎたのか、耳を覆わなくともあの淫乱な呻きは聞こえない。かわりに、幼い子供たちがキャッキャと走り回る声や、それを窘める大人の声がする。

 朝になったのだ。もしかしたらもう、昼を過ぎているかもしれない。

 男はのっそりと上体だけ起こし、腹ばいのまま暗闇から光の世界へと顔を出した。眩しい太陽が男の茫漠とした姿と匂いを浮かび上がらせる。髭で埋まった顔、紙切れ同然の汚れきった衣服、垢としょんべんが混じった刺すような体臭。

 欠伸で開いた口だけが目立つその姿は、茶色い蓑虫のよう。もしくは、家を背中にしょってあるく例の軟体動物か。ダンボールハウスから飄々と体を出したホームレスは、巨大なカタツムリに見えるかもしれない。
 ふいに視線を感じて、男は緩慢に首を右に傾けた。見やると、小さい子供がこちらを指差している。と、母親らしき人物がサッと子供の腕を掴んだ。そして訝しい視線を男に送るとそそくさと立ち去ってしまった。
「朝になりゃ、俺の方が異物なんだよなぁ」と、母親の立ち去る背中にぽつんと呟く。

 見渡す周囲に広がるのは、健全で明るい公園だ。活動的な遊具、はしゃぐ子供たち、さわやかな立ち木、……そしてダンボールハウス(+α)。これを異物といわず何を異物といおう。男にとって、自身が異物じゃなく溶け込めるのは昼間ではなく夜、闇の中だけである。

 しかしそれが最近、異物によって侵されようとしている。
 不況の煽りなのか、温かくなってきたせいか、はたまたそういうプレイなのか。夜の公園で、えっちらおっちらと遊びに励む輩が増え始めたのである。モチロン遊びの内容はセックス、だ。
 お陰で、それまで静かに過ごせた夜にも落ち着いていられなくなってしまった。昼間はテンションが高い子供たちのせいで、夜もテンションが高い大人の子供たちのせいで。
 折角見つけた好条件立地だというのに、これでは住むに住めない。しかも夜の子供たち、その勢力を絶好調拡大中なのだ。

「ったく、これじゃあ夜の異物があっちじゃなくてこっちになっちまうよ。……ん、異物?」
 と、その時、ピンと考えが浮かんだ。

 よくよく思えば、セックスに夢中になっている人間とホームレス、戦闘能力が強いのはホームレスの方である。
 武器として強烈な匂いもあるし、あっちはホームレスなんて触れたくもないはずだ。男自身、自分がくっちゃくて汚いくらい知っている。なんたってたまに自分の匂いで具合が悪くなる時があるのだ。

 喘ぎ声が聞こえたらすぐにダンボールハウスから飛び出し、彼らを追い掛け回せばきっと来なくなるだろう。
「なんたってアッチはパンツも履いてないしな!」
 男は意気込むと、股間をぎゅっと握った。


「ああ〜ん、もっと、もっとぉっ!」
 と、いえば、喘ぎ声。
 男は喘ぎ声を耳にすると、颯爽とダンボールハウスから飛び出した。
 男の狙いはバッチリ。カップルたちは突然あらわれたホームレスに悲鳴をあげると、パンツを残して去っていく。
 面白いくらいに逃げていくので、男は次第に楽しくなってきた。ナマハゲのようにただ追いかけていくのではなく、趣向を凝らして、わざと物音を立ててから飛び出したり、絶頂時寸前に飛び出したり、奇声をあげながら飛び出しててみたり。

「いい〜ん、もっと、もっと、ああ〜あ〜、……ギャーーーー!!」と、次々とカップルたちは逃げていく。
 普段は世間の目から逃れるように生きていることもあって、男はもうノリノリ、カップルを探して闇に目を光らせる。
 ……次の獲物がやってきた。

「ってか、外でやんの?」
「ごめんね、お金があんまりなくてね」
「いいけどちゃんと払ってよ」
「もちろん、二万円でいいんだろ」
 茂みに隠れながら観察する。女子高生らしき女の子と、どこか野暮ったいサラリーマン風の男だ。どうやら援助交際らしい。
 なんとも如何わしい輩だろう。これはもう、ただ脅かすでは駄目だ。成敗しなければ。
 ちょっとズレた使命感を燃やしながら、男はチャンスを窺った。

 物音をたて絶頂寸前に奇声をあげながら飛び出してやる!

 女子高生は慣れた手つきでパンツを脱ぎ、足に絡めて落ちないようにすると、ぼんと尻を突き出した。勝手にやれば、といった様子か。勝手にやりますとも、といった風にサラリーマンは尻にむしゃぶりついた。男もまた、むしゃぶりつくように二人を覗き続ける。

 やがて行為も佳境に近づいてきた。女子高生の方はボヘーッと尻を突き上げているだけだが、サラリーマンの動きが早くなってきた。
 男の、決断。

「きえええ〜〜!!」

 茂みを揺らしながら男は奇声をあげた。そしてバッと物陰から体を躍らせる。
「お前ら、そこで何をしている!」
 驚いてサラリーマンが女子高生から離れる。
「わわわ、ひ、人がいたなんて……!」
 サラリーマンは足をばたつかせると、地面においてあった鞄を担いだ。回れ右をし、ダッシュで立ち去る。
 やった! 男がガッツポーズを取ろうとしたその時だ。

「ちょっと待ちなっ」
 尻を突き出していたはずの女子高生が、次の瞬間、サラリーマンの首根っこを掴んだ。ぐえっ、と変な音を発しながら、サラリーマンが大地にひれ伏す。
 予想外の自体に、男は思わず後ずさった。だが、「あんたもだよっ」と罵声を飛ばされ、身じろぐ。
「あんた、何してんの?」
 怖いくらいに冷静な女子高生の視線が男を震わせる。まるで蛇に睨まれたキューバヒメガエル(世界最小の蛙)。
「い、いやその、ちょ、のぞき、のぞいてましたすみませんごめんなさい……」
 男は全身を恐怖で震わした。

「ふうん」
 女子高生はそういうと、凍てついた瞳で男を撫で回しながらサラリーマンの首根っこを掴み、今度は立ち上がらせた。
 そして、何故だか樹に手をつき、再び尻を突き出した。
「ちょうどいいや、あんた見ててよ」
「へ?」
「あたし見られてる方が興奮すんの!」


 さっきまでの愛想のなさはどこへやら。それから男は、世界で最も長い喘ぎ声を聞いたという。

 さて、その翌日。
 公園の中にあのダンボールハウスもあの男の姿も無かった。
 そのかわり、公園の前にある「駐車禁止!」の看板にバッテンがつき、「注射禁止!」という落書きがあったそうな……。


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