都市伝説3
***皮膚***
ある日ふと、彼は自分の腕に線が書かれていることに気づいた。
ボールペンを長く走らせたようなその細い線は、手の甲から肘まで続いている。気になって触れてみると、それが妙な立体感をもっていた。
恐る恐る、彼は線の末端を指で擦ってみた。線が浮き出てきたので、つまんでそっと引いてみる。出てきたのは長い髪の毛であった。
どうしてこんなものが? 彼は首を傾げた。怪我などで毛穴が塞がってしまい皮膚の下で毛が伸びることはしばしばあった。しかしこんなに長く伸びるだろうか。そもそも、昨日までこんな毛はなかったはずだ。
彼はそんな疑問を抱きながら、いつしか忘れていった。
休日、彼は埃をかぶりかけていたパソコンを開き、久しぶりにネットサーフィンを楽しんでいた。と、お気に入りサイトが増えていることに気づいた。見てみると、愛妻料理に関するサイトのようだ。
彼はピンときた。そういえば、恋人がパソコンで調べものをしていた記憶がある。サイトはそのときに残したものだろう。恋人の可愛らしい一面を発見し、彼は頬を緩めた。
しかし次の瞬間には、笑顔は消えた。
究極の愛情レシピ
髪の毛を料理に仕込んで食べさせる。髪の毛は長ければ長い方が良い。気づかれなければ、恋人は永遠にあなたのモノ……。
画面の文字に冷や汗が滲み出る。
髪の毛は消化できないので、体内に残るのです……。
発汗部位から痒みを感じ、彼は無意識に首筋を掻く。
あの線の感触が、首筋を何本も走っていた。
***放置***
部屋の中で恋人を待っていた。すぐに帰ると言ったくせになかなか帰ってこない。
ふいに、外から車のエンジン音が響いてきた。窓を見る。
残念、ガラスに私の後頭部が写っているだけ。きっと隣の人の車ね。
私は待つ。恋人を待つ。
そういえば、と小さな疑問が湧く。
どうして私、私の顔ではなくて後頭部を見たのかしら。不思議ね。
まぁ、いいわ。
私は待つ。あなたを待つ。
ずっとずっと、……ね?
***霊視***
超能力者が行方不明者を探すというよくあるカルト番組を撮影していた。その日はいなくなった子どもの行方を聞くという企画であった。
父と母が子どもの特徴と消えた様子を涙ながらに語り、テレビスタッフは誰もがよい企画になりそうだと喜んだ。
しかし、いつもは喋りに喋る超能力者が何故か口を閉ざし、家族の話を適当に聞き流している。おかげで、なんとも寂しい内容になってしまった。
帰りの途中、やる気のない超能力者にスタッフは食ってかかった。
「なんでなにもしなかったんです!」
すると超能力者は「子どもが酷い殺され方をしていた。だから言えなかったんだよ」と寂しげに答えた。
そしてこう続けた。
「自分の子どもを殺してまでテレビなんて出たいものなのかね」
***針金***
ある沼で溺死体が見つかった。調べてみると先日に行方不明となった男性であった。
遺体は自殺として処理されたものの謎が残った。ひとつは男性には自殺する理由がなく、本人も自殺するようなタイプではなかったこと。
そしてもうひとつ。体内から大量の針金虫が見つかったこと。
カマキリを摘み、その腹を水につけてみる。すると尻からニュルリと糸のような奇妙ものが出てくることがある。これが針金虫という寄生虫だ。
この寄生虫はカマキリに寄生する。
かつては拷問にも使われたこともあった。
針金虫が泳ぐ水に指を入れる。すると針金虫は爪の間へと泳いでくるのだ。皮膚を貫こうとするので激痛を感じるという。
針金虫は普段はカマキリに寄生し、その脳を操っている。ある時期に入るとカマキリを水辺に向かわせて溺死させるのは産卵のためといわれている。
そしてその針金虫が人間の男性から見つかった……。
針金虫は本当にカマキリにしか寄生しないのか。針金虫が男性を水辺へと誘い、自殺させたのではないか。恐怖はつきない。
針金虫はごくふつうの水辺にいる。
あなたは突然、異様にのどが渇くことはないだろうか。あなたは自分が自分を操っているのだという絶対的な自信があるだろうか。
あなたの脳に針金虫は寄生していないか?
***産声***
彼女は待望の初孫であった。そのため彼女の祖父は記念に、特注で日本人形を作らせた。
それは彼女に目鼻立ちを模して作られており、まるで生きているような微笑をたたえていた。
しかし奇妙なことに、日本人形の髪の毛が伸びるようになった。カビのせいもしれないと疑った家族ではあったが、まるで彼女が成長に合わせるように髪をのばす日本人形が気持ちの良いものであるはずもない。
仕方なく家族はその日本人形を物置の奥深く仕舞うことにした。
やがて二十数年の時が経ち――、孫娘は嫁に行くこととなった。
神前式の前の晩、孫娘が自室で寝ていると、年老いた猫が鳴くような声が聞こえてきた。何事かと廊下を渡って行くと、物置から聞こえてくるようであった。
深夜なので家族を起こすこともためらわれ、彼女は一人、物置の扉を開けた。
すると、目の前に女性が現れた。キイキイカタカタと機械的な音をたてながら歩く彼女を見て、孫娘は悲鳴をあげた。
それは女性ではなく、自分と姿形の似た巨大な日本人形であった。
日本人形は孫娘によく似た声で「ワタシジャナイノ? ワタシハオヨメサンニナレナイノ?」と囁きながら孫娘に近寄ってくる。
ついに孫娘は気絶した。
次に目が覚めると、あの日本人形の姿はどこにもなく、祖父に作ってもらったという日本人形も見つからなかったという。
日本人形はどこへ行ってしまったのだろうか。
もしかしたらあなたの後ろに……。
***写真***
それは青年がまだ医学生だった頃の話だ。彼は学生として様々な科をまわされて勉学に励んでいたのだが、呼吸器科に配属されることとなった。
とはいえ学生だったので医者の後ろについていくことが多かった。
ある日のこと、いつものように診察室で医師の後ろにたっていると、肺ガンで通院する患者がやってきた。中年の、やけに太った目つきの悪い男だった。
医師は患者に手馴れた説明をし、レントゲンを見せると帰した。
患者が廊下へと引っ込んだ後、医師は青年に向きなおす。
「なぁ面白いものをみせようか」
医師はそう笑うと、戸惑う青年の目の前で、ファイルを広げ始めた。そのファイルは先ほどの肺癌患者のもので、白い影が何層にもわたって描かれている。
その中から医師は患者にも見せていないレントゲンを差し出した。青年はそれを手に取ると、戦慄した。
レントゲンの病巣部、そこには癌腫瘍特有の白く厚ぼったい影ではなく、無数の、まるで人の顔をした粒粒が映っていた。みな、苦悶や憤怒、憎悪の表情を浮かべている。
「あの患者はね、たぶん助からないよ」
医師はさも当然のように笑うと、それを丁寧にしまいこんだ。
|