平成シンデレラ(文学)
母が私の長い黒髪を丹念に編み込んでゆく。十の指が忙しなく動く。
「あなたは世界で一番 美しい私の女の子」
私は瞼を閉じて母の琴の声に聞き惚れている。
「あなたは世界で一番可愛い私の女の子。きっと世界で一番幸せになるわ」
きっと。
「あたし、世界で一番素敵な人と結ばれるわ」
そして、世界で一番美しく可愛い女の子だった女は、赤い果実酒をぶちまけた。
「何すんのよっ!」
果実酒を頭からかけられた女が、憤慨して酒をかけた女に掴みかった。
「うるさいクソ女!馬鹿みたいに男に媚売って、最低!」
「なによっアンタだって、どうせこの人の金目当てのくせにっ」
二人は、まるで獣のようにお互いのドレスと髪を引っ張い、揉みくちゃにしてゆく。
その様子を、艶やかな衣装に身を包んだ女共がひそめきあい、上等な衣装に身を包んだ男共があっけに見下ろしていた。
ぎゃあぎゃあと絡み合う二人を目の前に、一人の男がおどおどとうろたえている。
「ふ、二人ともやめなさい、喧嘩はよくないよ…」
聞く耳もたず、ついに二人は噛み合い出した。
男はその光景に苦虫を噛み潰したような顔をすると、片手をあげて自身専属のボディーガードを呼び出した。
ボディーガードが二人の女をがっちりと掴んで無理矢理引き離す。二人の鼻息はまだ荒く、互いを牽制しあっている。が…、
ついに、果実酒をかけられた女がさめざめと泣き出した。
途端に泣いていない女の方に非難の目が浴びせられる。
「……な、この女が悪いのよ、最初に私を馬鹿にして…」
だが、女の言葉に取り合う者はいない。いさかいの発端を見ていた筈の男は、すでに涙する女の背中をなでさすり、慰めている。
……あぁ、この人も。
「出口は、何処でしたかしら」
女は凛と立ち上がる と、ドレスの乱れを直し、ボディーガードが指差す方へ滑るように歩き出した。
屋敷の外を女は颯爽と進む。
「…あのっ!」
呼び止められ見返ると、先程のボディーガードがハンカチを握った手を伸ばしていた。
「これを…」
それは、遅すぎた女の涙に差し出されたものだった。
無言のまま赤い目で女はボディーガードを頭の先から爪先まで見やると、小さく微笑んだ。
「…私、世界で一番素敵な方を探しているの。ごめんなさいね」
そう言うと、再び女は歩き出した。
だが、再び立ち止まり、そして振り替えった―――
「タクシーくらい呼びなさいよ!」
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