アシッドドリーマー(文学)
家を出てから、何だかんだで一ヶ月になる。東京は思ったよりも良い所だった。田舎の方がドロドロしてたよなぁ、と今更に思う。
毎朝俺は、カーテンを開けて太陽光を仰ぎ見る。俺の住むボロアパートの周辺は、よりによって大都会のクセに緑林地帯だ。しかも密猟禁止なんて看板まで立っている。
東京都、烏山。何故か俺は、一ヶ月前からココに住んでいる。
「宗チャンさん、オハヨーゴザマス。」
「お早う、ハナ嬢。」
外に出たら、国籍不明の(多分東南アジア辺りだろう)幼女ハナ嬢が花に水をやっていた。
ハナ嬢は学校に行っていない。かなりの確率で密入国だと思う。これまた国籍不明のサム山とギリギリコーカソイドに見える太郎氏(絶対偽名)との三人で、このアパートの大家にこき使われている。
日本は寛大なので、こんな奴等の存在を認めている。まぁ、警察とかに見付ればアウトかも、だが。
「バイトですか?」
「うん、今は近くのカラオケ屋だから今度三人で来なよ。奢るし。」
奢りという単語に至極感銘を受けたような様子のハナ嬢を背に、俺は腕を振りながら歩き出した。
俺は今、大昔自分が差別意識を持っていたフリーターなんぞをやっている。
勿論、昔はやる気なんかこれっぽちも無かった。というか、個人的にフリーターは人間失格だった。いや、実際問題、俺は今人間失格なのかもしれないが。
まぁ、真面目にフリーターやってる奴もいるさ、だけど俺はフリーターの多くを占めるダラダラ人生組だった。
「こんな筈じゃなかった。」
一言で表すならばコレに尽きる。
俺は正直、中学までは自分は人より出来る奴だと思っていた。
というか、現にまぁまぁ出来た。勉強しなくても偏差値60は硬かったし、他のヤツラに俺は一目置かれていた。兄貴が東大生だったし、母親も大学教授の端くれだったから、俺はテッキリ自分が出来る奴だと勘違いしていた。
気付いたのは、17。
適当に入った高校で最下位を取り、「ヤレバデキル」という俺の地位は見事に崩れ去った。それでも尚、親は俺に期待をかけてはいたけれど。
入れる国立大学も無くて、とり合えず私大に入った。19になってそれも辞めてしまった。親には怖くて言えないでいる。勿論バレていない筈が無いが、親も何も言ってこない。
で、フリーター。
「宗君、コレにカラ坊描いてよ。」
バイト先のカラオケ屋の店長に呼ばれて、俺はマーカーペンとボードを渡された。ボードには下手糞なゴシック体で、カップル二時間200円!…と書かれている。
店長は、俺がある程度絵が描ける事を知っている。俺が電話受付の際に、片手間に落書きを描いていたからだ。
我ながらやめておけば良かったのにと思うし、もしかしたら、俺はわりと上手いのだと主張したかったのかもしれないとも、思う。
絵の傍に、結局の所ずっといたいと思っているのかもしれない。
もう、絵を描かない方法も忘れてしまった。
カラオケ屋のマスコット・カラ坊を、俺はクルクルと描いていく。自然に脳裏に五歳の頃、画用紙に「孫悟空(鳥山明の)」を描いていた事を思い出した。
「やっぱり上手いね。なんでイラストレーターとかにならないの?」
店長が笑いながら言う。その言葉は俺の空っぽになった心に少し触れたけれど、ソレを俺は表情に出さない。
「こんなんじゃ無理ですよ、あーゆーのはよっぽど才能がないと。」
俺は答える。作り笑いを添えながら。
これがいつも通りの答えだ。これ以外を、俺は言えないでいる。
時々、ほんの少し想像する。
マンガ雑誌にマンガを投稿して、新人賞を取るっていう妄想。「驚異の新人現る!」ってね。・・・寂しいヤツ、俺。
淡い期待は宙を舞って、俺の指はカラ坊にマイクを持たせた。
このカラ坊を見たヤツは、カップルでカラオケに行くと二時間200円だと知るだろう。カラ坊を描いている人間が、どうして私大中退してカラオケで働いているのかさえよく分かっていない元漫画家志望だとは想像さえ出来ないだろう。
だってカラ坊は、こんないも幸せそうなスマイルで唄ってんだから。
バイトも終わって、アパートに足を向ける。
あんまりにも歩くだけで暇だったから、俺は再び空想しようとした。
最近の空想は酷くワンパターンだ。子供の頃は想像力は無限だと思っていた。それも17に勘違いだと気付いた。俺の頭は猛スピードで退化しているのだ。
もう、明日はボケるしかない…とさえ、思っている。
まだまだアパートまで距離があったから、今度は頭の足りない哲学をしてみた。題して、「大人と子供の境界線はなかった。」
子供の頃は、大人が子供は純粋だ、繊細だなんて言うもんだから、丸々それを信じて、自分は何より尊いのだと思っていた。大人はみんな、馬鹿だと思っていた。
ずっと「子供である自分」に固執していた。でも、俺は気付けばもう大人だ。エンドラインも、スタートラインもなかったよ。
こども、こども、こども。
今もわりとその肩書きを気にはしているが、ピーターパンシンドロームって程じゃない。
今思えば、大人も馬鹿だが子供も大変馬鹿だ。救いようがない。
結局、地球は馬鹿が回しているのだという結論に到った。
ああでも、俺だけが馬鹿なのかもしれない。俺だけが大人や子供の条件を理解できずにいて、俺だけが、愚かなのかもしれない…。
まぁ、どうでもいいか。
「宗チャンさん、おかえんなされ。」
遠くから、コーカソイド(辛うじて)の太郎氏の声が聞こえて、俺はアパートに着いたのだと漠然と気が付いた。
俺は太郎氏に「ただいま」と返すと、さっさと自分の部屋へと向かう。そこで、アノウ、と太郎氏に尋ねられて俺は振り返った。
「ハナ嬢が宗チャンさん奢ってくれると。」
モゴモゴと太郎氏は言った。
「うん、お隣のよしみで奢るよ。ただしカップル割引で。ハナ嬢が幼な妻で太郎氏とサム山がホモカップルでな。」
俺はにんまりと笑って太郎氏を背にした。
太郎氏の事だ。きっと今後ろで笑っていて、明日にでもマジで店に来るだろう。
大人にもなりきれず、子供にもなりきれず、ピーターパンにさえなりきれず、俺は今日も幼児の頃と殆ど変わらずにアジアの片隅をふらふらしている。
漠然と自分は大人なんだと知ってはいるが、確証は無い。
俺の心は子供のままで、いつまで経っても夏休みが好きだったり、御絵描きがすきだったりしてるんだから。
日本は寛大なので、こんな阿呆の存在も認める。だからきっと、俺は日本を出たら死んでしまうんだろう。
ふとんに潜り込んで、俺は少し自分に笑った。
錆びついた夢で俺が匂う。
きっと俺は、明日も馬鹿なんだろう。
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