イタズラ(ホラー)
こっくりさんの流行は、ある周期で起こる。
その町は田舎だった。田舎となると塾に通うこどもの数は少なく、比較的自由な環境となっている。それなのにゲームセンターなどはなく、公園さえ遊具は寂れていて、こどもたちは時間を持て余していた。
だから、こっくりさんが町の小学校で流行ったのも当然といえば当然であったかもしれない。
「こっくりさんやろうよ」
声をかけたのは、美由紀だった。
放課後の教室はすでに薄暗く、宿題を忘れて居残りをさせられた愛と、噂話などに花を咲かせていた美由紀と桜の三人しかいない。愛は居残り用の算数プリントをようやく終え、ランドセルを片づけていた。
「え? わたし?」
「そ。愛ちゃん」
愛は驚き、美由紀の奥で机を動かす桜に目をやった。美由紀と桜はいつも一緒にいる仲良しだが、愛は違う。クラスでも大人しく、同級生よりも図書館で借りたと過ごす時間の方がはるかに多い。だが桜は愛の視線に気づくと、ニッコリと笑った。
「いま流行ってるんだよ。二人だけじゃつまんないし。おいでよ」
「うんっ」
愛は嬉しそうにはにかむと、ランドセルを置き、自分の椅子を桜の机へと引きずった。
ひとつの机を中心に、みっつの椅子を寄せあう。ちょうど三角の形になると、桜はいそいそと机の中に手を伸ばし、紙と十円玉を取り出した。広げられた紙は少し薄汚れていて、その中央に置かれた十円は粘着質な光を放っている。美由紀と桜がこっくりさんをかなり行っていることが一目で分かる。
「愛ちゃん、ルールは知ってるよね?」
「うん」
紙に書かれた鳥居の上に指を置くと、十円玉がひとりでに動き、鳥居の下部分にある「はい・いいえ」の選択肢と平仮名の文字列によって「言葉」が表れる――それはこっくりさんのメッセージ。
愛はパッと頭にルールを浮かべた。
「じゃ、十円に指をおいて」
桜の命令に従って、愛は指先を十円玉に指を置く。桜と美由紀も続く。三人の人差し指で十円玉が隠れると、桜と美由紀が詠唱を始めた。
「こっくりさん、こっくりさんおいでください……」
愛はこっくりさんをやったことがないが、たぶん動かないだろうと思っていた。しかし驚くことに、詠唱が終わるとすぐ、十円玉は動き始めた。
食い入るような三人の瞳の中央で、十円玉はナメクジのように紙の上を這う。そして文字列を一周すると、従順な犬のように鳥居に収まった。
「やった。桜ちゃん、質問」
「美由紀ちゃん先でいいよ」
「じゃあ……こっくりさん、愛ちゃんの好きな人は誰ですか?」
青天の霹靂。愛は目を丸くしながら二人を交互にみた。ニヤニヤとする二人。そんな三人にかまわず、十円玉は至極ゆっくりと、カ行に向かう。
カ、ズ、ヤ。
瞬間、愛は顔をみるみるうちに赤くさせた。それを見て桜が「嘘! 当たったの?」と興奮の声をあげる。ますます愛は頬を染める。
ついに恥ずかしさで泣き出しそうになると、美由紀がサッと口をついだ。
「カズヤ君、格好いいもんね。ちなみに桜ちゃんの好きな人はヒカル君だよ」
「ヤッダ言っちゃうの。愛ちゃん、三人だけの内緒だよ。私たちも愛ちゃんの好きな人みんなに言わないって約束するし」
ホッと安堵が胸に下りる、と同時に愛の口元がほころんだ。
愛には親しい友達がいない。本ばかり読んでいるので、無視されることもあったし、ジロジロ見られながら陰口をたたかれることも少なくはなかった。だから、秘密を共有できることが嬉しい。好きな人がばれてしまい恥ずかしくてたまらないが、それでも喜びの方が強かった。
それにしても、「こっくりさんってすごいね」。
「愛ちゃん初めてなんだ。こっくりさんはなんでもお見通しなんだよ」
「そうそう。桜ちゃんなんて、こっくりさんのお陰でヒカル君とつきあうようになったんだよ!」
美由紀の発言に、愛は素直に感嘆した。それはどちらかというと、こっくりさんの力より桜が男の子とつきあっているという意外性によるものだった。愛はなんだか少し、照れくさい気分になった。
「愛ちゃんとカズヤ君のことも聞こうよ!」
桜の提案に少し迷い、……肯く。もしかしたら、という淡い期待が甘く高鳴った。
二人は先ほどと同じように詠唱を終えると、「愛ちゃんはカズヤ君と結ばれますか?」
ズズズ、ズ。
再び十円玉が這い始めた。スピードが速い。愛は困惑しながら、その行方を見守った。
…………いいえ。
愛の体に冷たい電撃が走る。なんという結果だろう。愛は唖然と十円玉を凝視した。
嘘、嘘だ。
「愛ちゃんはどうして結ばれないんですか?」
慌てたように続て入る美由紀の質問。十円がまた動き出す。
ズ、ズズ、ズズズズ、……ズ!
ズズズズズズズズズズ――――!!
アイ ハ
ア
シタ
シ
ヌ
愛は悲鳴をあげながら十円玉に指を離した。桜も美由紀も青ざめ、指を離す。
嘘よ、イタズラでしょ!?
愛がそう絶叫しようとした瞬間、十円玉が
「浮かんだ」。
まるで見えない消しゴムでも敷かれているようだった。誰も触れていない。触れていないのに――。
「あ、愛ちゃん!」
桜の制止を振り切って愛が立ち上がる。そしてランドセルも忘れて廊下へと飛び出した。
激しい風に揺られる旗のような、バタバタバタという足音が廊下に響き、やがて小さくなるのを、教室で立ち尽くしながら桜と美由紀は聞いた。
「ど、どうしよう……」
桜が美由紀に視線を合わせる。
美由紀も桜を見つめ返し、二人はガタガタと体を震わせ、そして。
哄笑が教室に弾けた。
「おかしすぎっ! 今の顔見たぁ?」
最初に声をあげたのは美由紀だった。
「見た見た、こぉんなんなってた。マジキモいし!」
すぐさま桜が歯を剥き出しにして目を大きく開く。美由紀は桜の奇妙な顔に腹をかかえて激しく笑う。
「でもさ、これで美由紀ちゃんの好きなカズヤ君とられなくてすむね」
「本当。カズヤ君と会うたびに赤くなっちゃってさ、しかもカズヤ君と同じ図書委員になるんだもん。マジ死ねよだし」
笑いを堪えながら美由紀は十円玉を拾い上げると、セロテープで裏に張った磁石を剥がす。
「磁石で浮かばせるアイディアは最高だね。桜は天才だよ。あいつ超信じてたし」
「本当に死んじゃったりして」
「あはは。ま、もうカズヤ君を追いかけたりしないでしょ」
「だよねー」
相づちを交わす桜と美由紀。二人は目を合わせると、再び激しく笑い出した。
二人の目論見どおり、翌日に愛は登校しなかった。とはいっても勿論、死んだのではない。ショックで休んだのだ。
「美由紀ちゃん。見てよ、今日も休むみたいだよ」
げた箱の並ぶ玄関口で、桜はある場所を指さした。
ガランと空虚なそこは、愛のげた箱だった。愛の朝は早く、逆に桜と美由紀は遅刻間際に登校する。二人が到着した時間に愛の上靴しかないということは、愛は休みとなる。
「本当だ。今日も休み、」
「桜ちゃん美由紀ちゃん。二人ともおはよ」
桜と美由紀は一斉に後ろを向いた。
玄関口。愛がニコニコと微笑みながら駆け込んでくる。
「愛ちゃん大丈夫なの」
元気そうに息を切らせる愛に、間髪入れず美由紀が尋ねた。
「あっ、……うん。ビクビクしたけど、昨日死ななかったし」
寂しげな愛の表情。少しやつれた様子ではあるが、気持ちを切り替えたようだ。
「……そ」
内心つまらないなと美由紀と桜が思っているとチャイムが高々になり始めた。
「急ごう!」
愛が駆け出したと同時に教室へ向かう。教室は二階だ。勢いよく階段をあがってゆくと、愛が美由紀と桜に叫んだ。
「また遊ぼうねっ」
付き合いが少ないことから気づかなかった、思ったより気さくな子だったんだな。走りながら美由紀と桜は、愛と気が合いそうだと感じた。と同時に、心が痛んだ。
自分たちはこんな良い子になんてことをしてしまったんだろう。
……後で謝ろう。
教室につくと、すでに朝のHRが始まっていた。担任女教師の冷ややかな一瞥の中、席につく。
「それでは、出席をとります」
担任が名前を読み上げてゆく。全員の名前を読み終わり、彼女は呟いた。
「あれ? カズヤ君がお休みね……」
と、教室を扉が大きく開いた。
「先生!」
飛び込んできたのは、カズヤだった。彼は慌てながら担任の前に出ると、絶叫した。
「愛ちゃんが、愛ちゃんがさっき車にひかれたんだ!」
教室がシンと静まる。まるで時を止めたような静寂に包まれる。
……虚無の広がる教室に、その声は響いた。
「あーあ、バレちゃった……」
後日。桜と美由紀は、愛がすでにカズヤと付き合っていたことを知った。
愛はこっくりさんがイタズラと知っていて、二人を許したのだ。
二人は愛の墓の前で手を合わせ謝ると、もう二度とこっくりさんをすることはなかった。
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