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  過去作品集 作者:雪芳
空のかけらとチポの羽(ほのぼのファンタジー)
 チポは男の子かもしれないし女の子かもしれない、大人かもしれないし子どもかもしれない、チポでした。
 もしかしたらあなたかもしれないチポは、勇気のあるチポでした。

 だからというわけではありませんが、チポは青い大地を歩いています。
 どうして大地が青いって? それは空のカケラが世界を覆ってしまったからです。

 空のカケラが落ちてきたのは、もう百年も昔のことでした。
 だからというわけではありませんが、チポはひび割れた青い大地を歩いています。空のカケラが落ちてしまったせいで、朝がなくなってしまった世界には、黒い空と実りのない青い大地だけが広がっています。

 ぽつり、あっ!

 遠くに赤い点を見つけて、チポは早足になりました。燃える星のような、赤い点です。
 点はどんどん大きくなって、小さな赤い鳥になります。鳥はどんどん大きくなって、鉄の鳥になりました。飛行機です。
 チポはみんなにないしょで、飛行機を作っているのです。
 どうしてないしょにしているかというと、みんなは飛行機をバカにしているからです。

 人は空を飛べないんだよ、だって羽がないんだから。みんなはそう言ってチポをバカにするのでした。
 おかげですこし前まで、チポの飛行機づくりはナメクジのはやさと良い勝負で、だからチポは、町より遠くの場所でひとり、飛行機づくりをはじめました。

 さてさて飛行機づくりをするチポですが、みんなにバカにされていますけど、バカではないと思われました。チポは人に羽がないことを知っていたし、空を飛んだ人はいないことも知っていました。
 だけどチポは、それが飛べない理由にはならないような、そんな気がしていました。
 羽がなければ作ればいい、飛んだ人がいなければ飛べばいい、チポはそんな風に考えていました。だからチポは、羽のある鳥を観察し、鳥のかわりになる機械の羽に名前をつけました。
 飛んで行く機械、飛行機と。

 そして今日、チポは空を目指すのです。

 チポは飛行機に乗りました。ギシギシと、疲れた炭坑員の背骨のような音がします。飛べるかしらと不安になって、飛べるかもよとチポは安心しました。
 せまい操縦席の前には、船から盗んだ舵(これをチポはハンドルさんと呼んでいます)があります。
足の部分には馬車から盗んだ足かけ(これをチポはエンジンさんと呼んでいます)があります。

 チポはまずハンドルさんにあいさつをすると、ハンドルさんを押したり引いたりしました。
 するとどうでしょう。飛行機がゆっくりと前進を始めました。チポはそのまま舵を、おっと間違いました、ハンドルさんを右にいっぱい回しました。ハンドルさんにあわせて、飛行機も右に旋回します。左に回しました。左にも旋回します。

 よぅし。

 チポはお腹に力をいれると、今度はエンジンさんにあいさつをして、エンジンさんを踏みました。
 するとどうでしょう。飛行機はさっそうと前進を始めました。チポはハンドルさんとエンジンさんを器用にあやつると、ねらいを定め、ハンドルさんを握りしめ、エンジンさんを踏み込んで――飛行機が猛烈なはやさで駆け出しました。

 大変です、チポと飛行機の先は崖です。
 ああ、わああああ〜〜!!

 と、多くの人は両手で目を覆い、世の中にあるありとあらゆる最悪の状態を、記憶のたんすから引っ張りだしたかもしれません。
 ですがご安心を。ほら、その十本の指の間から、チポと飛行機をご覧ください。きっとホッとするでしょう。したでしょう?

 そう、チポと飛行機は崖から落ちませんでした。そして空を、夜のカーテンで隠された空を、飛んでいました。

 風が飛行機の頭からお尻へと流れてゆきます。まるで嵐のような風です。わがままで横暴で、自由気ままに動きまわる、あかんぼうのような風です。
 ハンドルさんがミシミシとまるで、疲れた炭坑員の体重に悩まされるベットのように軋みます。ちょっと力を抜いただけで大きく左右にぶらついて、糸が切れるように落下してしまうことでしょう。
 チポは両腕に力を入れました。
 エンジンさんもフワフワと頼りないです。チポはそちらにも気を配ります。

 チポは風で“もみくちゃ”にされながら、あることを思い出していました。みんなのことです。
 青い畑の前に立ち尽くすみんな。空のカケラは少しずつ植物を眠らせてしまいます。その植物を食べると、家畜はみんな寝てしまいます。そして眠ったまま、死んでしまうのです。
 人もまた例外ではありません。
 だからみんなは、畑に落ちた空のカケラを拾っては、海に捨てます。

 ですが海に捨てられた空のカケラは、水の粒となり、雲となり、ふたたび畑に降り注ぎます。それを取り除くのは、至難の業でした。
 少しずつ作物は実らなくなり、みんなの生きる気力もなくなっていきました。

 チポは思い出します。飛行機を作ろうと言い出した日を。そのときの、みんなの顔を。
 チポをバカにしながら、チポを笑いながら、みんなは泣いていました。みんなの心は、悲鳴をあげていました。
 飛行機という生きる望みに輝くチポを、みんなは泣きながら、バカにしていました。バカにしなければ、みんなは生きられなくなっていたのです。

 チポはだから、絶対に、飛行機で空を飛んでやろうと思いました。
 希望はけして死んではいないことを、みんなが死んでいないのだから死んでいないことを、チポは、証明してやろう、と。

 ガクン!

 とつぜん、大きな手で殴られたようでした。風さえもチポの味方にはなってくれません。
 チポは必死に飛行機のバランスを保ちながら、どこまでも暗い空へと飛び込みます。折り重なる真っ暗闇の向こう、その更に向こう。
 チポは背中に広がる大地へとけして振り向きません。振り向いたら最後だと、チポは思いました。
 ハンドルさんを握り、エンジンさんを踏み込んで、飛行機をあやつり、飛行機となって。チポは空となって。


 空となって。


 ――気がつくとチポは、空を見ていました。いつもの、あの空ではありません。そればかりか、あたりが穏やかな空気に変わっています。

 死んだのかしら。
 チポはぼんやりとしました。ですがすぐにハッとして、エンジンさんへの力を緩めていきました。
 ゆっくりと、ゆっくりと。飛行機が下降してゆくのを、チポは感じました。次第に、黒が近づきます。平坦な黒です。
 チポはその黒にそってバランスをとると、飛行機さんのお腹を黒にくっつけました。
 次の瞬間、重たい音が爆発し、風よりも激しい振動に襲われました。チポは飛行機さんにしっかりしがみつくと、それに耐えました。
 何時間か、何分か――黒と飛行機が摩擦し、飛行機が前進をやめてゆき――。

 ピタッ。

 …………あっ、両手で目を覆うのを忘れていましたね。でも大丈夫です。どうやらチポは、無事に着陸したようです。
 空に。
 いいえ、大地に。

 チポは周囲を見渡しました。そこは黒い、豊かそうな大地でした。チポは青い大地しか見たことありませんでしたから、それが大地であると気づくのが一寸おくれました。が、気づいてすぐに、すべてを理解しました。

 チポは頭をあげて、上に目をやりました。そこには空が広がっており、小さなチポを見下ろしています。チポはその場所の名前を知っていました。なぜならそれが、チポの故郷だったからです。
 チポの青い大地が空となり、チポの黒い空が大地となって、小さなチポの世界をつくっていました。

 空のカケラが剥がれた空は大地でした。
 空のカケラに埋もれた大地は空だったのです。

 生まれて初めて見る空は、チポが今まで見たことのない澄んだ色をしています。月は太陽となり、チポの体に降り注いでいます。
 その恵みを受けて、黒い大地にはまばらに緑が生えています。種を植えたら、きっと穀物がよく育つでしょう。穀物を眠ったものたちの口に入れてあげれば、目覚めるかもしれません。この大地は、生きているのですから。

 チポの頭の上に、虚空が存在しています。チポのお尻の下に、地平が存在しています。
 空と大地の狭間でチポと飛行機は存在しています。
 世界にすべてが存在しています。

 チポの目には、空を飛ぶたくさんの飛行機が映っています。





――fin――



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