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第2部
第81話 信頼と不審
「光太郎ーお前元気ねぇぞ」

竹刀を構えたシトリーに指摘されて、俺は不意に我にかえった。
手に持っていた竹刀はいつも以上に重く感じた。


81 信頼と不審


「そう、かな」

思い当たることがありすぎて苦笑いしかできない。
そんな俺をよそに、竹刀をブンブン振り回しながら、シトリーは少し呆れた表情を浮かべた。

信司の話を聞いて次の日、何となく謝りづらくもあり…俺は憂さ晴らしに剣の稽古をしていた。
俺の横では、シトリーと同じように顔をしかめているパイモン。

「あぁ。なんか動きも緩慢だし、心ここに非ずだなー」

ピンポイントを突かれて言い返すこともできない。なんか色々駄目だな。
こんなに引きずっちゃうなんて。

「今日はもう止めようや。パイモン、サンキューな」
『それは構わないがいいのか?』
「光太郎がこの調子じゃな」
『確かにな。よし、出ろ』

完全に俺そっちのけで話が進んでるし、でもしょうがないか……俺自身気付いてる。
いつも以上に動きが悪いってことくらい。
迷惑掛けちゃってるなぁ。全然駄目だなぁ。見抜かれちゃってるなぁ。考えれば考えるほど悪循環。
シトリーは俺を置いてさっさと出て行く。
俺は慌ててその後を追いかけた。

「はぁ……」

どうやって謝りに行こうか。どんな顔で会えばいい?
メールは送ったんだけど、返事は帰ってこない。
そうだよなぁ。最低とまで言って、なにノコノコ送ってんだよって感じだよなぁ。
どうしようかなぁ。どうしようか……
セーレがコーヒーを俺に渡して話しかけてくる。

「元気ないね。どうしたんだ?」
「あんがと……友達と喧嘩しちゃってさぁ」
「喧嘩か。確かに気分は下がっちゃうよな」
「貴方といい、拓也といい……よく喧嘩するわねー」

いやヴアルちゃん、そんな感心したように……
あー思い出したらマジでへこんできた。

「さっさと謝ってこいよ。これじゃ稽古もできねーだろ」

シトリーが菓子を食いながら、呆れたように俺を見てくる。そんな簡単に行けたら悩んでねーっつの。

「だってなんか気まずくて」
「んなこと言ってる場合か。情けねぇな」

うぅ……情けないのはわかってんだよ。
ヴォラクも呆れたように俺を見て、肩をすくめている。
はぁ、なんだかなぁ。俺は決心して、コーヒーを飲みほして立ち上がる。

「よし!今日謝りに行く!」
「……急だなお前」
「だってなんかこうでもしないとじわじわとテンションが下がってぇ……」
「わかったから早く行けよ。うぜーな」

我が物顔のシトリーにマンションから締め出されて(ここ俺の親父のなんだけど)俺は病院に向かった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「杉村信司君?彼ならリハビリ室にいるわよ。入れないから病室で待ってなさい」

看護師の人にそう言われて、仕方なく俺は病室に向かう。
でもそこには既に人がいた。

「あれ?」

思わず声が出て、青年がこっちに振り返る。やば。

「あ、あの」
「信司の知り合いか?」
「あ、はい。友達で……」
「そうか友か」

青年は何かを考え込んで、俺に問いかける。

「君は信司の友と言ったが、それは何を基準にしているんだ?」
「え?」
「友の基準とは何なのだ?それによって人間の関係は何が変わるんだ?」

何かいきなり変なこと言って来たんだけど……何なんだこいつ。
思わず固まった俺に青年は軽く笑う。

「人間は頭では考えずに物事を定義する事がある。非常に興味深い」

何言ってんだよこの人、かかわりたくない奴だな。
なんとかこの人の質問攻めから逃れたくて、俺は無難な話題を提供した。

「信司の親戚かなんかですか?」

信司には兄弟はいない。
友達にしては年がかなり離れてる気がするんだけどなぁ。
青年は俺をジッと見て、軽く笑う。

「主と(しもべ)……そういうとこになるな」

え、なんだよそれ。主と僕って……メイドカフェみたいだな。
信司の家は別にそんな億万長者とかではない。そんなお手伝いとかはいないはずだけど。

「それはどういうご関係で?」

わからなくなって、たまらず問いかける。
しかし青年は笑ったまま。

「お前が知る必要はない。俺はあいつの影につき従うだけ」

なんか言い方が怖い。
その時、声が聞こえて後ろを振り返ると、そこには信司の姿。
足にグルグルのギプスを巻きつけて、松葉杖を器用に使ってゆっくり病室に入ってくる。

「信司」
「何してんだ?」

信司は松葉杖をついて、俺に近寄ってくる。
本人目の前にしたらやっぱり緊張してしまって、俺はガチガチの状態で信司に謝罪した。

「いや、その……謝りたくて」
「……別にいい。そんなこと」

あっさりと返ってきた返事に俺は思わず目を丸くした。

「でも……」
「気にしてない。俺とお前は友達だろ?」

その言葉に胸が熱くなる。
良かった。嫌われてなんかなかったんだ……なんだか気持ちが晴れた。
俺はそのまま、まだリハビリがあると言った信司にエールを送って病室を出た。

「本当は許して等ないのだろう?」
「許すも許さないもどうでもいい。そんな事もう無意味だ」
「ならばなぜ偽りの言葉で隠すのだ?人間はなぜ表面だけは綺麗に繕おうとする?」
「……後味が悪いから」
「本当にそうならばいいのだがな」
「……」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あー良かったぁ。気分すっきりした」

この高いテンションのまま、家に帰るのはもったいない。

「そうだ。中谷に連絡してみよ!」

拓也は今日は確かおばさんが友達と出かけるから、直哉君のお守に付きっきりだって言ってた。
時刻は昼の3時。
中谷って確か今日は練習午前だって言ってたよな。
俺はポッケからケータイを取り出して、見慣れた番号に着信を入れた。中谷はすぐに出てくれた。

『ちぃす広瀬』
「中谷、今出れる?ちょっと遊ばねぇ?」
『いいよー。どこにいる?』
「んーじゃあ駅前のゲーセンで待ち合わせよーや」
『りょうかーい』

よっし!パァッと遊ぶぞ!!
俺はルンルンの気分のまま、ゲーセンに向かった。

◆◇◆
「よーす!」

駅にはもう中谷は着いてて、手を振ってきた。

「わりぃな中谷。急に呼び出して」
「いいっていいって!暇してたとこだし」

俺達はその後、ゲーセンに行ってしばらく遊んでいた。
そして時間も6時になったので、その場のノリでどっかに飯を食いに行くことにした。
ファミレスに入った俺達は飯を食いながら、またいろんなことをダベった。
剣の稽古のこと、学校のこと、宿題のこと。2年生になるのに対する不安。
話していくと、時間って結構過ぎていく。そして俺は思い出したように信司の話をした。

「俺さ、幼馴染がいるって言ってたじゃん?」
「んーあのバスケのーって奴?」

どうやら過去に一度だけ話した話題を中谷は覚えてくれてたようだ。

「そうそう。んで、昨日喧嘩しちゃってさぁ。今日謝りに行ったんだよね」
「うん。大丈夫だった?」
「おかげ様で。そしたら病室に変な男がいてさ。なんか訳わかんない事ばっか言ってくるんだよ」
「へーどんな?」
「自分と信司は主と僕の関係だーとか言うし、影に付き従うとか、主と僕とか……どこの国だよって感じじゃん!」

俺は笑って飯を食うけど、中谷はなんか複雑そうな顔。

「なぁ、それって悪魔って訳じゃないんだよな?」
「あく、ま?」
「だって主とか……聞き覚えめっちゃあるんだけど」

思ってもみない言葉に目が丸くなる。
確かにパイモンとか他の悪魔も契約者のこと「主」っていう奴いたけど。けど……

「嘘じゃん。俺の周りに悪魔と契約してる奴なんていないって!」
「桜井の幼馴染はしてたじゃん」
「だけど、さ!」

思い返せば、確かに何かおかしな感じはしてた。
なんで自分も人間なのに、そんな人間全てに対する疑問を口にしてたのか。なんで信司を主といってたのか。
なんで神様を信じてないとか言ってたんだ?
悪魔だとしたら、変なことだと思ってた言葉も納得できる。

「う、嘘だ。お、俺電話してみる!」

俺は慌てて信司のケータイに電話をした。

『おかけになった電話番号は現在電波の届かない場所にあるか、電源がついていないか……』
「つながらない……」
「だって病院って携帯の電源消さなきゃいけないだろ」
「じゃあ今から病院行って!」
「もう19時30だぞ!家族以外でこんな時間に取り次いでもらえるかよ!」

じゃあどうしろっていうんだよ……
中谷もバツが悪そうにしている。

「お前がそんなこと言うから気になって仕方ないじゃん」
「ごめん」
「とにかく明日病院に行ってみよ……」

ウソだ。そう思ってても不安は拭いきれない。
信司はそんな奴なんかじゃない。小さい頃からよく一緒に遊んでた。中学は違ったけど、それでも仲は良かった。
今でも結構頻繁に連絡を取ってた。高校に入ってからも、それは変わってない。
信司におかしな点は見られなかった。
電話とメールだけじゃ限界があるだろうけど、それでも疑う部分なんて全くなかった。

そんな信司が悪魔と契約してる?

早く確かめたい。「何だよそれ。意味わかんねぇ」って言ってほしい。
俺の杞憂であるってことを確認したい。
信司はきっと今までの信司のままだ。
その日、中谷と別れて家に帰ってからも、その事が気がかりだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「退院、ですか?」

次の日、昼時に確認しに行くと信司が退院したと告げられた。

「そうなのよ。今日の朝一番にね」

何だよ……連絡くらい入れてくれてもいいじゃないか。
慌ててケータイに電話をする。
でも相変わらず電源は切られてる。

何だよ。人がこんなに心配してんのに。

信司の家に行こう。
どうも確かめなきゃ気が済まない。
俺は看護師の人に礼を言い、病院を出て信司の家に向かった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やっとこの日が来た」

松葉杖で一生懸命歩いて、着いた先は体育館。
ここでバスケ部は練習してる。そしてあいつ等も……

「本当にいいんだな?」

今まで何も言わなかったこいつが急に確認するように俺に声をかける。

「いまさら何を」
「別に。聞いただけだ」

何しても遅いんだ。
このままあいつ等の思う通りになんかさせるか。
警察に行っても良い。そう思った時期もあった。でも確かに俺の怪我は練習によるものだった。
さらに他の部員たちとレギュラーは隔離されてたから、あいつ等が首を横に振れば証拠もない。
それ以上に注目の目を浴びたくなかったし……

でもこのままで行かすわけがないだろ?

完全に歩けるようになるには3か月。それまで俺は…地獄を過ごさなきゃなんないんだ。
あんな奴らのせいでバスケを辞めなきゃいけなかった。
あいつ等は3年だ。今年にはいなくなる。

だけど全てに絶望した。

知らんふりする監督、自分の才能がないだけなのに俺に無理難題を押し付けてくる先輩。
何も知らないくせに言い人ぶる竹下先輩。
怪我したのを心配はしてくれたけど、チームメイトに迷惑がかかったってあいつ等にヘコヘコしてた両親。
俺はあいつ等のせいって言ったんだ。
それなのに両親は信じてくれなかった。

自分が暫くバスケできないから僻んでるんだろう?とまで言われた。

全てに嫌気がさしたんだ。その全てをこれから俺は変える。
あいつ等がいなくなれば少しは俺の世界も明るくなる。

もうあんな悔しい思いするのも、あんな無理な特訓させられるのも、全てお終いなんだ。

一歩一歩、体育館に向かって進んでいく。
試合しましょうか先輩。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いない?」

信司の家に行って、インターホンを押したら出てきたのは信司のおばさんだった。
おばさんは嬉しそうに笑っている。

「えぇ。歩けるようになったからーって早速バスケ部見に行って。あの子ったら」
「そう、なんですか」
「そうなのよ。もうバスケはしないーとか言っちゃってた癖に……結局は好きなんだから」

早く確認したいのに。
何でこうすれ違っちゃうかなぁ?

「その、練習って俺も見れますかね?」
「え?光太郎君が?」
「やっぱ学校は入れないっすよね……」

あー馬鹿なこと聞いた。
おばさんあんぐりしてるよ。

「大丈夫じゃない?」
「え?」
「いつもなら警備員がいるけど春休みだからいないはずよ」
「ありがとうございます!」

俺は頭を下げて礼をして走り出した。
学校に向かって走っていると、ケータイのバイブが鳴る
ケータイにかかってきたのはシトリー。

「なんだよシトリー」
『何だじゃねぇよ。今、中谷から聞いたぞ。悪魔かもだって?』

中谷そっちに居んのか?余計なことを~~~……

「まだわかんねーよそんなの。今から確認しに行くんだ」
『どこにだ?俺も付いてってやる』
「いーよ別に」
『よくねーから言ってんだ。違ってたら違ってたでいいだろ。でも本当だったら洒落になんねぇぞ』
「……わかったよ。京大(けいだい)高校だから」
『よし、すぐ行く』

シトリーはそのままケータイを切った。
中谷もいるのか?とりあえず、そんなこと言ってらんない。
シトリー達が来る前に、確認しとかないと。

大丈夫。絶対契約なんてしてないはずだから……
自然と走るスピードは速くなる。

そのまま俺は全速力で高校に向かった。


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