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第2部
第78話 盲目のピアニスト
「ここがその家?」

20分間歩いて、俺達は一軒の家にたどり着いた。
家は結構大きい。
やっぱあの人、お嬢様なんかなぁ?


78 盲目のピアニスト


パイモンがインターホンを鳴らす。
すると1人の女性が出てきた。
少し、いやかなり太って……いや、ふくよかな女の人。女の人は俺たちに目をやる。

「Wer sind Sie?(誰?)Ist es das Kind des Fans dieses Kindes?(あの子に何か用かしら?)」
「Ja.(はい)Wir kamen, um Ihre Tochter zu treffen.(娘さんに会いに来たのですけど)」

パイモンが何か返事をすると、おばさんは困ったように微笑む。

「Es ist damit.(そう)Aber sie ist blind, wie sie in Nachrichten sagte.(でもあの子はニュースで言ってた通り、目が見えないの)Wenn es Frotzelei ist, halten Sie es bitte an.(冷やかしなら止めてちょうだい)」
「Wir sind keine solchen Absichten.(冷やかしではないのですが)」

はぁっとため息をついて、パイモンが俺に首を振って戻ってくる。

「ダメですね。完全に冷やかしと思われてます」
「冷やかしかぁ」

まぁそう思われても仕方ないよなぁ。
芸能人の家にいきなり、知らない奴が押し寄せてきたら、まぁそう思うわな。
俺は困って2階の窓を眺めた。

あれ?なんか人影……

耳を澄ますと、かすかにだが、ピアノの音が聞こえる。
あ、あの人が弾いてるのかな?
おばさんは俺たちに軽く会釈してドアを閉めた。

「なんで合わせてくれないかなぁ」

ヴォラクがしみじみと呟く。
本当になぁ。まぁた追い払われちゃったよ。

「でも少しだけピアノの音が聞こえたんだよなぁ」
「あ!それ俺も聞こえた!幻想即興曲弾いてたよなぁ」

え、何?何曲って?

「光太郎、なんて?」
「だから幻想即興曲。ショパンの曲だよ。めちゃくちゃ難しいんだぜアレー。手がもつれるもつれる」

光太郎は笑いながらピアノを弾く真似をする。
あ、そう言えば……

「お前、中3までピアノやってたな」

確かそうだった。さらに家にはでけぇグランドピアノがあったのも覚えてる。
やっぱこいつはすごすぎる。

「そーそー。母さんが教養っつってピアノやらしてたんだよ。まぁ上手くなんなかったけど」
「嘘だぁ。エリーゼの為に弾けてたじゃんか」
「いや、あれ簡単な楽曲だから」
「ふーん。よくわかんねぇけど俺、音楽なんて3以上取ったことないわ!」

中谷はこんな状況でもガハハと大笑いしている。

『音楽的センスは光太郎しかなさそうですね』
「どうみても主と中谷に音楽という言葉は似合わない」

パイモンとストラスがそんな失礼な事を言っていたなんて俺は知らない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「しかしどうしましょうか。母親があの調子では本人に会えませんね」

広場に戻った俺達はこれからのことを話し合った。
でもなかなか、いい案は出ない。
門前払いさせるんだ。どうしようもないもんなぁ……

「何かあるといいんだけどー」

ヴォラクはしみじみと呟いてフラリと歩いて行く。

「ヴォラク?」
「中谷、一緒いこ」
「どこに?」
「んー聞き込みに」
「いーけど」

中谷とヴォラクははぐれない様に手をつないで、広場の中央に歩いて行った。

「いい情報があるといいんだけどね」
『全くです』

どうなんのかなぁ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
暫くすると、2人がまた手をつないで戻ってきた。

「池上ーあの人に会えるぜ!」
「え!なんでだ!?」

中谷の急な発言に俺だけじゃなく、光太郎もストラス達も目を丸くした。
中谷が向いた先にはひげの生えた爺さんが噴水前のベンチに座っていた。

「あのじいさんが教えてくれたんだ」
「知り合いなのか?」
「んー。顔見知りって感じらしいよ。なんかその人、毎週水曜にここの広場から少し離れたバーで数年前から演奏してんだって。バー自体も隠れ家的な感じで通ってる人も年配の人が多いから、知る人ぞ知るって感じらしいよ。んで、今日は水曜だからその人が演奏しにくるんだって!」
「でかした中谷ぃ!ヴォラクゥ!」

俺は2人の頭をグジャグジャに撫でまわした。

「なにすんだよ拓也!」
「俺、お前より背が高いのになんか複雑」
「でも夜と言う事は、また深夜に行かねばなりませんね」

パイモンの一言で空気が固まる。
そっか。また夜の2時とか3時に行かなきゃなんないのかぁ。
次の日学校なのに……でも毎週水曜しかやってないっつってるからなぁ。

「しょうがないよな」

俺の呟きに光太郎達も苦笑いを浮かべる。

「まぁ今日でテスト終わったのが救いだよな。大丈夫だよ」
「今日は俺、マンションに泊まろ。拓也達もそうしたら?」
「じゃあそうする」
「なら一度戻ろうか。また夜に来るんだろ?」

ストラスを肩にのっけたセーレが立ちあがる。

「そうだなぁ。俺も一回家に帰りたいし」
「じゃあもどろっかぁ」

ヴォラクがのほほんと言う。
まぁ夜まで何にもできないしなぁ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「っつーわけなんだよ」
「へぇ、そうだったんだ」

マンションに戻った俺達はとりあえず、一度解散した。
ストラスと一緒に家に帰ると澪がいたので、俺は今日のことをすべて話した。
もちろん直哉のことも。

「でも悪魔ってすごく怖い」
「え?」

澪の言葉に澪の膝に乗っていたストラスも澪に目線を向ける。

「だってやっぱり人間の姿して近づかれたら分からないもん。直哉君じゃなくてもあたしでもきっとわからないと思う」
「……」
「直哉君……すっごく辛かったと思う。あたしにも話してたもん。友達ができたって」
「俺さ、直哉達を危険な目に遭わせないために剣の稽古してんだけどさ」
「うん」
「でもダメなんだ。必死で稽古しても本気の殺し合いになると、足がすくんじまう。いくら剣を振っても攻撃は当たらない。相手は俺の攻撃も何もかもお見通しで、でも俺には相手の行動が全く読めなくて……パイモンは練習が足りないだけって言ってたけど、やっぱり俺1人じゃ悪魔を倒せない」
「拓也」

「シトリーが光太郎に言ってた。何千年も戦いながら生きてきたんだって。昨日今日、練習したような奴に負けるはずがないって。その通りだと思う」

「うん……」
「俺は倒せなきゃいけないし、強くならないといけない。でも…そこまで強くなるのに何十年かかるんだよって思っちまうんだ」
『拓也……』
「稽古しても、素振りの練習しても、こんな基礎的なことやっててもダメじゃんって思っちゃうんだ。でもそれやらなきゃ先に進めなくて……完全に体が気持ちについて行ってないや」

俺は一気にまくし立てるように話して息をついた。
暗い話しちゃったなぁ。澪もきっと驚いてんだろうな。

「拓也、それでいいと思う」
「え?」

澪は悲しそうだけど、嬉しそうでもあった。

「辛いこといっぱいあると思う。抱え込まないで全部話してほしい」
「嫌じゃない?愚痴聞かされてさ」

澪は首を振る。

「そんな訳ないよ。嬉しい。拓也がそれで少しでもすっきりできるなら」
「あ、あの……俺が、頑張るからっ!」
「うん」

ストラスはやれやれと言う目で見ている。(悪かったなチキンで)

頑張ろう。
澪が笑ってられるようにもっともっと強くなって皆を守れるように。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「拓也、ストラスいらっしゃい」
「ちす」

俺は荷物を持って、マンションに向かった。
マンションではもう付いていた中谷がヴォラクとゲームをしている。

「光太郎は?」
「まだだけど、もうすぐ来るんじゃないかな?」

そっか。まだ来てないんだ。
俺は荷物を置いて、中谷とヴォラクのゲームに割り込んだ。

「よぉ来たよ~ん♪」

あ。光太郎が来た。
光太郎が荷物を置いて、俺たちに近寄ってくる。
あーぁ、本当にテスト終わってくれてよかったなぁ。もう勉強しなくていいし、気兼ねなくできるよな。

「お前ら寝なくていいのか?行くの夜中の2~3時だろ?」

ビスケットをバリバリ食いながら、雑誌を見ていたシトリーが俺たちに目をやる。
今の時刻は夜の8時。
やっぱ少しは寝た方がいいのかなぁ?

「どうする?」
「じゃあ寝よっかなぁ。昨日までテスト勉強してたからあんま寝てないし」

確かに。そう言われればそうだ。
俺も昨日4時間くらいしか寝てないや。

「中谷は?」
「んーこの面クリアしたら寝るー。ヴォラクのベッド使うから気にしなくていいぜー」

ふーん。まぁ盛り上がってるしな。
セーレがコーヒーをカップに注ぎながら、部屋を首でクイと指す。

「拓也は俺のベッドを使うといい」
「さんきゅ」
「……」
「なんだその期待する目は」

光太郎はシトリーを見つめたまま。
シトリーはバツが悪そうに雑誌で顔を隠した。
でも光太郎は目を逸らさない。

「……あ~~~!わかったよ!使えよ!俺のベッド使え!!」
「ありがとー♪」

強制的に言わせたな光太郎……
スキップしてシトリーの部屋に入っていきやがった。
セーレとシトリーは同じ部屋。当然俺もその部屋に行くわけで。

「なんか修学旅行みたいだな」

光太郎がウシシと笑う。
確かに。なんかおもしろいな。
俺達は少しだけ話をして、そのまま眠りについた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「主、主……起きてください」

ん?何?
体を揺すられて目を覚ます。
目の前にはパイモンの姿。

「あれ?」
「おはようございます。現在の時刻は朝の2時です」

もうそんな時間なのか?俺6時間も寝てんじゃん。
隣のベッドにいたはずの光太郎がいない。

「光太郎は?」
「もう起きています。あいつは1時にすでに起きていました」

そっかぁ。
目をこすりながら、リビングに移動する。
ソファにはシトリーが雑誌を顔にのせて、そのまま横になっていた。ヴアルもシトリーの上で横になっている。
光太郎はテレビの前にストラスと座っていた。

「中谷は?」
「セーレが起こしに行っていますが、まだ起きていません。ヴォラクと眠っていましたが」

あー中谷寝起き悪そうだ。

「2人とも起きてってば!」

セーレの声が聞こえる。苦戦してんなぁ……
暫くして、眠そうな顔をした中谷とヴォラクがリビングにはいってきた。

「眠いー死ぬー」
「俺も眠いー死ぬー」

本当にそっくりだなこいつら。
眠そうな中谷を揺さぶって、俺たちはオーストリアに向かった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うおー人が多いなぁ」

今の時刻は夜の7時30。
広場は結構な人の多さ。

「で?そのバーってどこにあるんだ?」
「えーっと……どこだっけヴォラク」
「んー忘れた」

なぁ!!?

『何をしているのです』
「貴様、なぜ覚えていない」
「2人とも、ふざけてる場合じゃないんだよ」
「中谷ー何やってんだよー」

全員から責められて、2人が顔を見合わせる。

「じゃあこっち」
「待てよ!てきとーだな!!」

2人は適当に歩いて行く。
俺達は人込みをかき分けて、必死で後を付いて行った。

歩くこと20分……

いい加減歩きすぎじゃないか?
ぜってー間違ってる気がする。
パイモンもストラスも少し苛立った顔をしてる。(ヤバいって中谷ぃ)

「あ、中谷ここじゃない?」
「え?そうなの?」

ヴォラクが指差したところは小さな看板が立ったバーだった。

「本当にここなのかぁ?」

俺とストラスはマジマジと覗き込む。
なんて書いてるか分かんないけど、確かにバーっぽい。

「ここと思う」

中谷もそう言っているので、俺達は中にはいってみることにした。
地味な外見に反して(失礼)中は結構広い。縦に広い建物なんだなぁ。
店の中には結構な人がお酒を飲んでいる。
そしてこじんまりしたステージには今は、バイオリンとチェロを弾いている人たち。

「すげぇな」

光太郎がどっから出したのか知らないが、デジカメでカシャカシャ写真を撮る。

「それ、焼き増し宜しく」
「任せとけ」

何やってんだ中谷、光太郎。

「Was machen Sie dem Getränk?(お飲み物は何になさいますか?)」
「へ?」

急におばさんがメモ帳みたいなものを持って、俺たちに話しかけてくる。
店員なのか?
だとしたらやばい。俺ら客ってわけじゃないんだよな……

「Mir tut es leid.(すみません)Weil wir kamen, um ihre Aufführung zu hören, haben wir das Geld nicht.(お金は持ってないんです。彼女の演奏を聞きたくて)」

セーレが何か言うと、おばさんは頷いて、席を指差して何かを言って去って行った。

「あそこの席に座って聞くといいってさ。いい人だね」

なんかよくわかんないけど確かに……俺達は指定された席に座る。
机には目次のようなものが置かれてある。
うーん……何かいてるかわからんな。
肩に乗っていたストラスが、顔を覗かせて、紙を見ている。

『ピアノの演奏はどうやら8時からみたいですね』
「マジで?もうすぐじゃん」

今の時刻は腕時計では3時を指している。
となると、いまからか……

そう思った時に、バイオリンとチェロを弾いていた男性が挨拶をして、その場を去っていく。
皆が拍手したので、俺達も拍手をした。
一気にざわめく会場……来るか?

喝采と共にステージに上がってきたのは、杖を突きながらゆっくりと歩いてくる女性。
本当に目が見えないんだ。
店員さんが彼女の名前をマイクで読み上げていく。
その人は俺達に頭を下げて、ピアノの座席に着く。

流れてきた音楽はとてもきれいで心地いい。
音楽なんてさっぱり分かんない俺でもすっごい綺麗な音に聞こえた。
目が見えないのにこんなに弾くことができるんだな。

その人の演奏が終わるまで、俺達はそのピアノに聞き惚れていた。

「主、行きましょう」
「え?」

演奏が終わって、その人がステージの奥に引っ込む。

「おそらくもう帰るのでしょう。出待ちしましょう」
「ファンみたいだな」

睨まないで。すいません。
俺達は裏口と思われる出口で彼女が出てくるのを待った。
30分後、彼女が出てきた。

「あ、出たよ」
「よし」

セーレが彼女の前に歩いて行く。

「Mir tut es leid.(すみません)」
「Sind Sie für etwas für mich?(私に何か?)」

セーレは少し困った顔をしてこっちに振り返る。

「パイモン、なんて聞けばいいんだ?」
「単刀直入で聞けばいい。反応で見極めるから」
「わかった。Schließen Sie kein Vertrag mit dem Teufel?(貴方は悪魔と契約しているのではないのですか?)」

女の人は目を丸くした後、すぐにほほ笑んだ。

「Ach……Warum wissen Sie es?(まぁ……貴方はなぜ知っているの?)」
「は?」

どうしたんだセーレ。
パイモンもストラスもヴォラクも目を丸くしている。

「何があったんだよ」
『あっさりと白状したんですよ。しかも嬉しそうに』

たしかに女の人はニコニコしている。
へ?なんで……?

「Ich sage dieses nicht, Plötzlichkeit zu bemuttern.(私は母以外にこのことを言っていないのに)Es gibt Intellekt.(でも貴方は知っている)Ich bin schrecklich.(すごいわね)」
「Können Sie sich an ihn anpassen?(彼に合わせてもらっても?)」
「Ich kümmere mich nicht.(構わないわ)」
「あっさりすぎる……なんかあんじゃない?」

ヴォラクが中谷の後ろに隠れながら、顔を覗かせている。
女の人が歩いて行って、セーレが俺達に手まねきしている。
俺達は急いで後を付いて行った。

家に向かっている間に、セーレを介して少しだけ話をした。
女の人はアンジェラ・カリウスって言う名前で小さいころからピアノを習っていたってこと。夢はピアニストだったこと。
そして15歳の頃、事故で両目を失明してしまったこと。そのことが原因で家族と確執ができてしまったこと。
ピアノができないことへの絶望から部屋に引き籠っていつも泣いていたこと。
でも少しずつ、見えない目で鍵盤をたたきだしたこと。コンテストでいい成績を残せなくても、懸命に練習していたこと。

悪魔と出会ったこと……

「Weil ich fähig war, ihn zu treffen, war ich fähig, vorwärts zum einen Schritt zu treten.(彼に会えたから私は前に進むことができたの)」

アンジェラさんは嬉しそうに笑う。
ストラスに訳してもらって少し複雑な気分になる。
本当にそれでいいのかな。
だってその悪魔がいなくなったら、またピアノができなくなるとか……そんなペナルティはないよな?

「あの!契約内容とか何だったんですか?」
「?」

日本語が通じるわけないよな。アンジェラさんキョトンとしてるし……
そんな俺を見かねて、セーレが慌ててドイツ語に訳す。
アンジェラさんはそれを聞いて、笑って何かを話してる。

「契約内容、特にないそうだよ」

え、ない?じゃあ無償で力貸してるってこと?
それとも直哉みたいにただ騙されてるってこと?

『まぁ行ってみないとわかりません。それは後で考えましょう』
「うん……」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しばらくして、アンジェラさんの家についた。
ここからバーまでは多分30分くらいの道のりだろうけど、アンジェラさんは目が見えない。
当然、歩くスピードも遅い訳で……ここまで来るのに45分近くかかった。
アンジェラさんは見えない目で器用に鍵を開けていく。
やっぱもうずっとこんなんじゃ慣れちゃうもんなんだな。

家の中にはおばさんの姿がいない。
それを気になったパイモンがアンジェラさんに問いかける。

「Weil meine Mutter Krankenschwester ist, ist es heute eine Nacht von Pflicht.(私の母は看護士をやっていて、今日は夜勤なの)」

アンジェラさんの返事をストラスが俺たちに訳して伝えてくれる。
目が見えないのに、1人で大丈夫なのかな?
でもアンジェラさんは手で壁を伝い、廊下をまっすぐ歩いて行く。

そして1つの部屋にはいって行った。

俺達も後をついて中にはいる。
部屋の中はシンプルで、あまり物は置かれてなく、中心に大きなグランドピアノ。
そしてその横に角を生やした馬が座っていた。

「Amudoukiasuアムドゥキアス

アンジェラさんが名前を呼ぶとその馬はこっちに目を向けた。
こいつが悪魔アムドゥキアス……
馬は愛おしそうにアンジェラさんに歩み寄る。

「すげーユニコーンだ」

中谷が光太郎に耳打ちする。
アンジェラさんを気遣う様にアムドゥキアスはソファにアンジェラさんを連れていく。

「アムドゥキアス、お前は何をしてるんだ?」

パイモンの視線を感じ、アムドゥキアスは俺たちに近寄ってくる。
反射的にセーレの後ろに隠れてしまう俺達3人(笑)
アムドゥキアスは俺達を一目し、パイモン達に向きなおる。

『ソウカ……遂ニオ前達ニ見ツカッテシマッタカ』

アムドゥキアスは少しだけ残念そうに項垂れる。

「なぁ、あんた何でアンジェラさんと……」
『ナゼ契約シタト?』

そうだ。なんでアンジェラさんと契約したんだ?
こいつは思っていたよりも、温厚そうで優しそうでもあった。

『私ハ己ガ能力ヲ渡ス者ハ、ソノ者ノ今マデノ人生デ決メル』
「え?」
『アノ娘ハ事故デ失明シ、絶望シテイタ。シカシ…ソレデモ前ヲ向イテイタ。ソノ過去ト現在ノ姿ヲ見テ、我ガ能力ヲ渡スニ相応シイト思ッタノダ』
「……」
『人間ハ……意志ガ強イ』

アムドゥキアスは少しだけ微笑んで(多分俺にはそう見えた。馬の表情変化はわかんないけど)アンジェラさんに歩み寄る。

『Angela.(アンジェラ)Ich muß zur Hölle zurückkommen.(私ハ地獄ニ帰ラナケレバナラナイ)Können Sie sich allein verstehen?(1人デモヤッテイケルナ?)』
『……Ich verstand es.(……そうなの)』

アンジェラさんが残念そうに微笑む。

『Sie sagten.(前から言っていたわね)Wenn die Zeit kommt.(その時が来ちゃったのね)』

アンジェラさんはソファから立ち上がって、ピアノの前に座る。

『Angela?』
『Zu Ihnen Dank…(貴方に感謝を…)Ich gebe Ihnen all meine Gefühle.(私の気持ちを全て貴方に送るわ)』

ピアノの蓋を開く。

「どうなったの?」
『彼は地獄に戻ることになりました。アンジェラはピアノで彼に感謝を伝えようとしているのです』

アンジェラさんはピアノを弾きだす。
綺麗な音色、アムドゥキアスも聞き惚れている。

「なんか上手く行き過ぎてるねぇ」
「嫌なのかぁ?」
「別に。戦わなくていいのはいいことだよ」

中谷とヴォラクは演奏を聞きながらも軽く談笑している。
悪魔って本当に不思議だ。
ラウムやマルファスの様に危険な悪魔もいれば…ヴェパールやこいつみたいに人に危害を出さない悪魔もいる。
悪魔が全部悪いってわけじゃないんだよな。いい奴もいるんだよな。

アンジェラさんの演奏が終わりに近づいていくにつれて別れの時が近づいてくる。
そして演奏が終わった室内は静まり返った。

「主、召喚紋を」
「うん」

浄化の剣を出して、パイモンが召喚紋を描いて行く。
アムドゥキアスは大人しくその中に入った。
アンジェラさんはその中に石の付いたネックレスを入れた。

「あれって……」
「ヘマタイトのネックレス。彼の契約石だね」

セーレに教えてもらい、俺は再びアンジェラさんに目をやる。
アンジェラさんはストラスに呪文を自分の後について言う様に教えられている。
アンジェラさんはストラスの後を追って呪文を言っていく。そしてアムドゥキアスの姿が薄くなっていく。
でも最後の呪文を言う前にアンジェラさんがアムドゥキアスに手をのばして抱きしめた。

「Danke.Danke schön.(ありがとう、本当にありがとう)」
『Auf Wiedersehen.Meine schöne Angela.(さようなら。私のかわいいアンジェラ)』

そしてアムドゥキアスは消えて行った。
残された俺たちの空間に気まずさが残る。

「Danke.Danke schön.」

アンジェラさんはずっとそう呟いていた。

ありがとう。私を絶望から救ってくれて、暗闇しか見えなかった私に光を与えてくれて。
またピアノをする喜びを与えてくれてありがとう。

貴方は私の光だった……
アムドゥキアス…ソロモン72柱序列67番目の悪魔。
        29の軍団をもつ公爵であり、その姿はユニコーンとして現れる。
        しかし召喚者が望めば人間の姿でも目の前に現れるとされている。
        音楽の才能を開花させる力を持ち、楽器演奏だけでなく、ダンス、歌唱、作曲の能力も開花させる。
        非常に温厚な性格で音楽をいかに愛すかを判断して無償で力を分け与えた。
        アンジェラをかなり気に入っており、その目は慈愛に満ちていた。
        契約石はヘマタイトのネックレス。

アンジェラ・カリウス…盲目のピアニスト。
           もとよりピアノの才能はあったが、アムドゥキアスの力によってさらに研ぎ澄まされた。
           性格はいたって温厚で前向きである。
           アムドゥキアスを家族のように思っていた。


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