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第2部
第76話 戦いの終わり
『ここまでくれば大丈夫でしょう』

私は公園まで直哉を引っ張っていきました。
直哉はその間も拓也が心配なのか、ずっと後ろを振りかえっていました。


76 戦いの終わり


夜の公園には人はほとんどいません。
2人組の学生が公園のベンチに座って談笑している姿くらいしか……そんな中、子どもとフクロウのコンビは異色に見えるでしょう。
直哉は泣きはらした目を擦りながらポソポソと呟く。

『直哉、目が腫れますよ』
「兄ちゃんは大丈夫なのかな……」
『大丈夫です。拓也ならばきっと』
「ストラス!直哉君!」

公園にはセーレとパイモンが居て、私たちの姿を確認すると、こちらに走り寄ってきました。

「主は?」
『……あの建設中のマンションにいます。ヴォラク達もいますが…やはり不安です。援護をお願いします』
「それはわかっている。それよりあいつの契約石は持ってないのか?」

その事ですか。確かに慌てていて考えてなかったですね。

『拓也の家にあります。私が持ってきましょう』
「わかった……おい、お前」

パイモンが直哉に声をかけると、直哉はビクッと肩を揺らしました。

「主の弟ならば主の苦労もその目で見てきたはずだ。なぜ悪魔と契約した」
「俺……だって……」

直哉はパイモンが怖いのか、それとも罪悪感からか泣き出してしまいました。
そのように泣かなくてもいいのですよ。

『ラウムは悪魔という事を打ち明けずに直哉と契約したのです。契約の件では直哉に非はありません。むしろラウムは拓也の弟という理由で、直哉をはじめから契約対象として狙っていた様です』
「……ならばしょうがない、と言うべきか。ふん」

パイモンは契約者以外の人間には子供だろうと容赦がないですね。
直哉は肩を震わせて泣き続けています。

「直哉君。泣かないで、ね?拓也は俺たちが絶対に助けるから」
「絶対だよ……」
「わかった。約束する」

セーレが直哉の頭を撫で、直哉を励まします。
しかし直哉は頭を横に振って涙を流し続けます。

「ラウムが言ってた。俺が言ったから皆を不幸にしたって。俺、俺……人を殺しちゃったんだ」
「ストラス……」

セーレの視線から思わず逃げてしまいました。
そうですね。私がちゃんとしていれば事件を未然に防ぐことができたかもしれないのに。
そうすれば拓也も直哉も……
私の態度を見て、セーレは少しだけ辛そうな顔をして直哉に話しかけました。

「直哉君、悪魔は心の隙間に入り込む。心を強く持つんだ。もう二度と悪魔に居座られないように」
「……うん」
「話は終わったか?行くぞセーレ。ストラス、できるだけ早く契約石を持って来い」
『わかりました』

パイモンは事務的な事を簡潔に述べると励ましか、直哉の肩を軽く叩いて行きました。
そしてパイモンとセーレはマンションに向かって走り出しました。
さて私は契約石を取りに行き、直哉に儀式の手伝いをしてもらわねば。

―拓也side―――――
ラウムとボティスがジリジリと俺に近寄って来る。
ただでさえ逃げ場の少ないこの場所では、満足に走りまわることもできない。

「嘘だろ……まだ戦えって言うのかよ……」

血は固まったけど相変わらず直哉に殴られた部分はズキズキと鈍い痛みが走る。

「拓也」
「シトリー動いて大丈夫なのか!?」

体中からポキポキと恐ろしい音を立てながらシトリーが近寄って来る。
その顔はやっぱり苦しげだ。

「大丈夫な訳ねぇだろ!でもタイマンでもお前が不利なのに2対1は絶望的だろ」

よくわかってるな。ハッキリ言って勝てる気がしない。
早くパイモンとセーレが来てくれれば!

『ラウム、継承者ハ俺ニ任セテヨ。シトリー頼ムネ』
『オイ。アイツヲ八ツ裂キニシヨウッテ言イ出シタノハ俺ダゾ。マァイイケドサ』

恐ろしい事を口にして、ラウムとボティスは一斉に俺達に襲い掛かってきた。
ちょ!さっきまでとスピードが全然違うだろ!!
俺は牙をむいて襲いかかってきたボティスの攻撃をギリギリで交わす。
俺が避けた場所をボティスの鋭い牙が覆う。

「はっ」
『甘イゼェ!』

何とかかわせたと思ったのに!ボティスはそのまま尻尾で俺を攻撃してきた。
体制を全く変えないで尾で攻撃してくるなんて、全然考えてなかった。
確かに蛇ならそう言うこともできそうだ。
しかもその力はあの体勢からは考えられないほど勢いがあり、かなり強い。俺は軽く1mは吹っ飛んでしまった。

「っつ……」
『ヘヘ、大シタ事ナイネェ。スグ油断シテ』

痛ぇ!強く打ちつけた挙句に摩擦によって背中が焼けるように熱くて痛い。
ボティスの小馬鹿にした笑い声が聞こえる。
その横ではシトリーとラウムが戦っていた。

「くっ!」
『哀レダナァ。傷サエ負ッテナカッタラ、モウ少シ速度モ攻撃モマトモダッタロウニ』

やっぱ痛いんだ!
シトリーは必死になってラウムの攻撃を避けてるけど、苦しそうに顔を歪ませている。

『シトリー!』

ヴアルがラウムに指をさす。
しかし、カラスになったラウムは空を自在に飛び回って、今までよりもスピードが遙かに早い。
ヴアルも爆発させるタイミングが掴めない。
シトリーも苦しそうに息を吐く。このままじゃシトリーがやられるのも時間の問題だ!
ボティスがゆっくり、ゆっくりと俺に近づいてくる

「くっそ……!」

剣にイメージを流し込んでいく。
竜巻みたいに1発のデカイ攻撃じゃ当たらない。きっと避けられてしまう。ならサミジーナの時みたいなカマイタチで仕留めてやる!
俺のイメージを受け取るかのように剣が薄く輝きだす。
俺はそれをボティスに向けた。

『イイゼ。ウッテキナ』
「お望みならな!!」

剣から大量のカマイタチがボティスに向かって飛んでいく。

『カマイタチカ!』

ボティスは頭を隠して丸まってしまう。
なんだよそれ!避ける気ねぇのかよ!!
耳を塞ぎたくなる様な音が聞こえて、カマイタチはボティスに突き刺さる。
突き刺さった個所からは血が溢れた。

「な……」
『浄化ノ剣モ大シタ事ナイナ』

ボティスは丸くなっていた体を元に戻して、小馬鹿にしたように笑う。
ウソだろ?効いてない?
でも血は出てるんだ!もう一回当てれたら!

『2回モ喰ラウト思ッテンノカ?』

ボティスは俺が剣にイメージを込めてる間に猛スピードで俺に向かってくる。
俺はそれに気づいて慌てて逃げるように走り出したが、ボティスの方が早かった。

『逃ガサナイ!』
「うわああぁぁあぁああ!!!」

ボティスの尻尾が俺の腹に巻きついて持ちあげられる。
何だよこれ!マジで怖い!!
尻尾はギリギリと俺を締め付ける。

「あっが……!」
『アバラ骨折ッチャオウカナァ』

痛い痛い痛い!!締め付けが激しくて上手く呼吸もままならない。

『拓也!』

ヴアルが爆発させようとボティスに指をさす。
でもその瞬間、ボティスは俺を包んで丸くなってしまった。
なんだよこれ!狭いし!痛いし!怖いし!!
身動きが取れない俺の目前にボティスの顔が寄ってくる。

『骨ヲバラバラニシテ、足カラ順番ニ食ッテコウカ』

背筋が凍った。
相変わらず、締め付ける力は強い。
マジで骨がきしむ!

―シトリーside―――――
「くそっ!拓也!」
『イイノカネェ余所見シテテ。ボロボロジャン』

ラウムにところどころを切り裂かれている箇所はジクジクと鈍い痛みが走り、俺は薄い呼吸をして歯を食いしばった。

「ちくしょう!てめぇうざいぜ!!」
『ソリャコッチノ台詞ナンダヨ』

急がねぇとマジで拓也がやられちまう。
ボティスは完全に拓也を覆うように丸くなってしまった。
あんな丸くなった状態じゃヴアルが爆発させたら絶対に拓也も巻き込まれる!
じゃあ表面だけを爆発させたら……いや駄目だ。んなことしたら恐らく拓也は殺される。
かといってこのままでも間違いなく殺される。
くそっラウムすら倒せないのに拓也を救えるわけねぇだろうが!せめてヴォラクが戦えたら状況はこんなに不利じゃなかったのに!

「シトリー!」
「セーレ!パイモン!」

マジか!これで状況も少しは変わるはず!

『ケッ雑魚ガ何人集マッテモ何モ変ワリハシナイ』
「状況は?」

安心からへたり込んでしまった俺をセーレが支える。

「最悪だ。ヴアルを庇ってヴォラクがやられて、俺も骨を何本かやられた」
「それでよく動けたね……」
「まぁ気合いがあれば何でもできんだよ。それより拓也がボティスに掴まってる。あれを何とかしないと拓也はどうしようもねぇ」
「ボティスが拓也を……」

セーレがボティスに目をやる。
話を聞いていたパイモンも悪魔の姿に変わり、剣を握りしめる。

『ヴォラク』
『なに?』
『この階に結界を張っとけ。逃げられたらどうしようもない。セーレ、お前はシトリーを頼む。ヴアルは俺のサポートを』

2匹いっぺんは流石にパイモンでもきついんじゃねぇのか?

「君はラウムとボティスを相手にするのか?」
『そうよ。1人じゃ無理よ』

同じことを思ったのは俺だけじゃなかったようだ。
セーレとヴォラクを抱きかかえてるヴアルが心配そうに確認をする。

『だからお前にサポートを頼むと言っているだろう。2度も言わすな。セーレ、お前はシトリーとラウムを頼む』

ちょっと待て。結局俺が戦わなきゃいけないのかよ。

「俺、骨折れてんですけど」
『それを俺に言ってどうする。お前は俺に何を言って欲しいんだ?同情でも欲しいのか?』

やっぱりこいつは性格悪すぎるぜ。
拓也、いや契約者以外の事なんてなんも考えてねぇ。まぁ慣れっこだけどな。

「へっ人使いが荒いな」

俺はセーレに支えられながらも立ち上がる。
セーレが大丈夫かと俺を心配してくるけど、軽く頷く事で戦えることを伝えた。

『マダ来ルカ?』
「まぁね」

頼むパイモン、拓也を救ってくれ!

―パイモンside―――――
『パイモン。ソレ以上近ヅクト、コイツノ骨ヲズタズタニスルゼ』

俺が近寄ってくるのを確認したボティスは更に丸く固まっていく。
どうやら煽っているみたいだな。

『ボティス、早く主を放すんだ』
『嫌ダネ。オイタシタ分ハ責任ヲ取ッテモラワナイトネェ……』

相変わらず餓鬼くさい。だからこいつは気に食わないんだ。

『ふざけるな。それに貴様は言っていただろう。主の力が必要だと。このままでは主は死んでしまうぞ』
『……ウルサイナァ黙レ、コレ以上騒グト、コイツヲ殺スゾ』

やはりそう来るか。それ以外に言葉はないのか。
そう言いたくなる気持ちを抑えて俺はボティスに向き直った。

『馬鹿かお前は』
『ア?』
『それはお前の切り札だろう?主を殺したその瞬間に、俺がお前を殺す』
『ダカラ?』
『人質まで使った以上、逃げられると思うなよ。ある意味お前は主を人質としてるせいで、今は身動きがとれなくなっている。それが肉弾戦主体のお前にとってどれほどの痛手かわからないのか?』
『ウルセェ!』

ボティスは顔を出して俺に牙をむける。牙からは毒液が流れている。
怒らせたみたいだが、どうするべきか。
とりあえず攻撃しながら様子を見るしかないか……
俺は剣を構えてボティスに向かって走り出す。
そんな俺にボティスも牙から毒液を放出して俺に飛ばしてくる。しかしそんな物を簡単に食らうほど俺は馬鹿ではない。
どんどん距離を詰めていく俺にボティスも状況の悪さを感じ取ったようだ。

『チッ……』

馬鹿だな。主を掴んでいるせいで、尾で俺を攻撃することもできない。
短距離戦が主体のお前には今の状況じゃ短距離線は最大のネックになってる。
ボティスは毒液を吐きながら、牙で俺に噛みついてくる。
俺はそれをかわして、距離をどんどん詰めていく。

『調子ニ乗チヤガッテェ!クソガァ!!』
「うあ!」

ボティスが主を投げ捨てて俺に向かってくる。

『主!お逃げください!』
「ててっ……パイモン!平気なのか!」
『大丈夫です!ヴアル!頼むぞ!』
『わかった!』

ボティスの攻撃を交わしながら、なんとか反撃しようと試みる。
しかし尾まで攻撃できるようになったボティスの攻撃範囲はかなり広い。
そしてヴアルの爆発を食らいながらも皮が厚いのかケロリとしている。

『ちっ!』
『モラッタ!』

ボティスの尾が腹に巻きつく。しまったな……
尾がギリギリと俺を締め付けていく。確かにこれを喰らった主は一溜りもなかっただろう。
ボティスの顔が俺に近づいてくる。

『顔溶カシチャウヨ……』
「パイモン!」

心配など要りません。

『ふふ……』
『何ガオカシイ』
『やっぱりお前は馬鹿だよ。油断して……』

なぜ気付かないのか。俺が剣を握っていることを……無防備に自分の顔を近付けていることを。
俺は手に持っていた剣を思いきりボティスの目に突き刺した。

『ギャアアァァァァアアア!!!』

ボティスが痛みから悲鳴を上げ、暴れ出す。
そのまま俺はボティスに地面に叩きつけられた。ちっ吹き飛ばしやがって……
締め付けられた事と、吹き飛ばされた衝撃で体中が痛む。

『クッソ、ガアァァアアア!!』
『駄目!!』

ボティスは怒り狂って、毒液を目標も決めずにまき散らす。
ヴアルが爆発を起こすが、それすらも何も感じないのか、その場で暴れまわる。

「ひっうわあぁぁあ!!」
『主!』

まずい!毒液が主に!
俺は必死で手を伸ばし、主を突き飛ばした。
毒液が俺の顔に降りかかる。顔が溶けていくのがわかる。

「パイモン!」
『平気です。このくらいならばすぐに治ります』

ボティスは今も痛みで暴れ回っている。
でも毒液を振りまいてるこいつに近づけないな。

『主、ボティスに魔法をぶつけてください』
「え?でも……」
『今のあいつに近づくのは危険です。完全に我を忘れている。主の魔法で一撃で仕留めてください』

俺の言葉に頷いた主は剣にイメージを吹き込んでいく。

―拓也side――――――
怖い。目の前で暴れ回っているのは巨大な大蛇。
思わず腕が震えるが、パイモンが体を支えてくれている。
大丈夫、きっと大丈夫。
俺は剣をボティスに向ける。

「行け!!」

竜巻がボティスに命中する。
悲鳴が聞こえて、ボティスがその場に倒れこんだ。
これで倒したんだよな……

『ボティス!!』

シトリーと闘っていたラウムが悲鳴じみた大声をあげる。

「残るはお前だけだぜ」
『畜生ガ!ダガ怪我ヲシタテメェトパイモンナラ俺1人デ!」
「させると思ってんのかよ!いい加減にしやがれ!!」

一瞬の隙をついて、シトリーはラウムにタックルをかまして羽交い絞めにした。

『クソッ……放セ!』

ラウムがシトリーの背中に剣を突き刺す。
シトリーの体から血が吹き出るのを見て、思わず目を逸らしてしまった。だってこんなの!

「ぐっ……くそが!」

シトリーの苦しそうな声が耳を刺激する。
それに比例するように体も固まっていく。

「ヴアル!早く俺ごと爆破しろ!」

突然のシトリーの言葉に俺だけじゃない。ブアルも固まった。
俺ごと爆破?何言ってんだよ……んな事したら死んじまうんじゃ!

『でもシトリー!』
「ここまで来たんだ!今更「でも」じゃねぇだろ!!さっさとやんねぇか!」
『……っ』
『止メロ!ヴアル!!』

ラウムがパニックを起こして暴れまわる。
しかしシトリーは更に力を入れてラウムを抑えるつける。
ヴアルの震える指がシトリー達に向けられる。そんな嘘だ……やめろ!!
巨大な爆発が起こる。

『ギャアァァ!!』

ラウムの悲鳴がその場を包み込んだ。
俺はその場に慌てて駆け寄った。
でもそこには焼けただれたラウムの姿だけ。何がどうなって……まさかシトリーは吹き飛ばされた!?

「俺ならこっち」
「あ……」

シトリーはジェダイトに乗ったセーレに助けられていた。
ヴアルが爆発させる一瞬、あの一瞬でセーレがシトリーをラウムから引き離したんだ。
そっか。これを見越してヴアルに爆発をしろって……
シトリーもすごいけどセーレもすごい。
よくあの一瞬で……でも、これで終わったんだよな。
剣が薄く輝きだす。

『主、召喚紋を』
「うん」

パイモンに手を持ってもらい、ラウムとボティスを囲んで魔方陣を描く。

「大丈夫なのか?顔、かなり溶けててヤバいよ」

俺のせいだ。
パイモンは皮膚がかなりただれてしまっている。

『平気です。こんなものすぐに治ります』

ならいいんだけど……
魔方陣の中にあいつらを囲んで一安心。これで終われる。

『拓也!』
「ストラス!直哉!なんでここに……!」

息を切らしながらストラスと直哉が走り寄って来た。

『直哉と契約石がなければラウムを地獄に返せませんからね。それにしてもシトリーといい、ヴォラクといい、パイモンといい、派手にやられましたね』

確かに。腹をパックリ斬られてるヴォラク、顔が溶けているパイモン、背中から血を噴き出しているシトリー、パッと見、かなりヤバいよな。
ストラスはベルトを、直哉は紙切れを持っている。
紙きれにはあの長い呪文が書き写されていた。

「兄ちゃん……」
「直哉、やってくれるな?」
「うん」

ボティスにはパイモンが、ラウムには直哉が、それぞれ呪文を唱える。

『クッソ……コノママデ済ムト思ウナヨ!!』

ラウムが憎し気に大声を出す。
まだ喋れんのか。

『復讐シテヤル!審判ノ下デ……貴様ヲブチ殺シテ地獄ノ業火デ焼キ尽クシテヤル!!』

直哉の呪文が終わりに近づいて行くにつれて、ラウムの体は薄くなっていく。

『審判デ勝ツノハオ前達天使ノ使者ジャナイ!俺タチ悪魔ダ!!』

ラウムとボティスは捨て台詞を残して消えていく。
直哉もその場でへたり込んでしまった。

「直哉」
「……兄ちゃん」

俺は直哉を優しく抱きしめる。

「帰ろっか」
「……うん」

俺達はその場をゆっくりと後にしようとした。のだが。

『拓也、これはどうするのです?』
「え?」

ストラスに指差された場所を見ると、地面には大量の血の跡。
このままだと建設再開した時に事件になりそうだ。

「今から拭いたら落ちるかなぁ……」

涙目の俺の発言に全員の顔が曇る。

「あたし公園からバケツとなんか拭くもの持ってくるね」
「なぜ顔を溶かされた挙句に奴らの尻拭いを……!」

ヴアルがどこか遠い目になりながらマンションを降りて行く。
パイモン、やっぱかなり怒ってる。怪我を負わせたのは俺。すっごく気まずい。
大量の血を地面にぶちまけているシトリーとヴォラクもスッゲー気まずそうだ。
暫くしてヴアルが水を入れたバケツとぞうきんを持って来た。

「やろっか……」

セーレのどこか生気のない声に俺達は頷いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やっと消えたな……」

1時間後、やっと血をきれいに拭くことができた。

「もう駄目だ。俺マジで死ぬ」

シトリーふらふらになってる。マジでヤバい。
時間は夜の9時過ぎ。
辺りは真っ暗。かなり遅くなっちまった。

『早く戻りましょう。さすがにその怪我で町は歩きまわれません』

ストラスの言葉にハッとする。
パイモンは顔が溶けてて、シトリーは骨が折れて体中を引きずっている上に背中が斬られている。挙句の果てにはヴォラクは腹がパックリと斬られている。

「できるだけ人のいないとこ通って帰ろうか」
「俺の顔が……」

パイモンは明らかにへこんでる。すいません。俺のせいですね。
俺達は人通りの少ないところを慌てて帰って行った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「拓也!」

玄関で俺を待っていた母さんが俺と直哉を抱きしめる。

「痛いって!」
「良かった……本当に良かった……」

あ、母さん泣いてる。
その姿を見て、俺まで少し悲しくなってくる。

「さ、パパも中にいるから早く入りましょう」

俺達は手をひかれて家の中に入った。

「兄ちゃん……」
「ん?」
「俺……」
「わかってる。何も言わなくていいよ。何もお前が悪いんじゃない」

直哉はその言葉で涙を流し、母さんに手をひかれて家の中に入って行った。

『拓也、どうします?』
「え?」

ストラスがポツリと話題を振ってきた。急だったからまともな返事ができなかったけど。

『和田という男性が自殺したのは紛れもなくラウムの力が働いたせい。直哉も無関係ではありません』
「だから?」
『確かに直哉がすべて悪いのではありません。しかし関与していたことに違いはありません。それを何も悪くないなど……』

何だよそれ。そんなこと言う必要があんのかよ。

「わざとじゃないんだ。ラウムが勝手に起こしたんだ。直哉は悪くない」
『拓也、それは甘いのではありませんか?すべての責任がないにしろ、直哉も事件の一角を担っていたのは確かです。それが本人に自覚がないとしても』
「利用されてた。それだけだ」
『……』
「直哉に言ってどうするんだ?直哉をへこませるのが目的なのか?」
『違います。しかし責任は取っていただかないと』
「謝りにでも行かせるのか?」
『この事を一生背負っていくという事です』
「そんなの本人が一番わかってる。俺たちがとやかく言う必要はねぇよ」

この傷はきっと一生消えない。
罪悪感は一生付きまとって来るんだ。
それをあえて蒸し返すことはない。

『あなたがそう言うのならば私はもう何も言いません』

ストラスは諦めたのか何も言ってこない。
直哉は何も知らなくていいんだ。
こんな汚い事に巻き込まれてた事もなにもかも。甘いかもしれない。
ちゃんと言うべきなのかもしれない。

お前は無意識にしても、こんな事件を起こしたんだぞって。

でもそれで直哉の心に深い傷が付いたらどうするんだ。
そう思うと、言うなんて絶対に出来ない。

お前は笑ってればいいんだ。
ラウム…ソロモン72柱序列40番目の悪魔。
    30の悪霊軍団を指揮する偉大な伯爵であり、本来は鴉の姿だが、召喚者が望めば人の姿となる。
    もとは天使であり、天使9階級の第5階級である座天使であった。
    契約者が望む対象の地位やプライドの崩壊を望めば、ラウムは快くその願いをかなえるのである。
    拓也を狙うために直哉と契約をしたが、最後は拓也に倒された。
    また純粋な人間が悪に染まっていく過程を見るのが好きで、自分の言うことを聞く直哉を気に入っていた。
    契約石はアイオライトのベルト。


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