『あの医者から返信きたみたいだぞ。今日マンション来い』
シトリーからの簡潔なメールが送られてきたのは3間目の授業が終わる頃だった。
58 助けたかっただけ…
メールの内容を見て、俺はケータイを閉じた。
来たのか。返信の内容は書かれてなかったけど、マンションに来いって言ってるんだ。
何かしらの情報は掴んだんだろう。
今日学校終わったら即行でストラス連れてマンションに行こう。
俺はそう思い、4間目の授業を受けた。
◆◇◆
「え?結局返信きたんだ」
昼休み、パンを食ってた光太郎の手が止まる。
「らしい。だから今日もマンション行くんだ。お前らは?中谷は部活?」
「そ。なんかわりぃな。俺いっつも居なくて」
「しょうがねーよそれはさ。光太郎は?今日塾ないよな」
「うん。付き合うわ」
俺と光太郎は学校が終わったらマンションに行くことにしたのに……
「じゃあ50点以下の人はプリントを提出して帰るように」
6間目、社会の授業で小テストがあった。50点以下は課題提出らしい。
俺は見事にそれに引っかかってしまった。
「あはは。池上だっせー!」
桜井が指を指して笑ってる。んだよ自分だって53点のクセに。
でもその3点が勝敗を分けるものなのだ。
「池上ー一緒に課題やろー♪」
中谷はなんでそんなにのん気なんだ?
小テストの課題常連者たちがどんどん集まっていく。
「まぁ歴史なんだし教科書見て、すぐに終わらせろよ」
光太郎の視線が痛い。
俺たちは他の50点以下の奴ら数人で、数十問ある問題を分担して解いていった。
俺が解く場所は(10)〜(17)まで。
教科書を見ながら、穴埋めに当たる言葉を探していく。
あぁマジでめんどくさい。何だよこんな課題出しやがって。
20分後、課題が終わって俺たちは全員で出しに入った。
先生は「全員でやっただろ」と言いながらも、俺たちの課題を受け取った。
なんだかんだで優しいんだよなーこの先生。
とにかく課題も終わったので俺は中谷たちに別れを告げて、光太郎とマンションに向かった。
「光太郎、ストラス連れてくるからマンション行ってて」
「おー」
俺は光太郎と別れて、一度家に戻った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ストラス、行くぞ」
『何かあったのですか?』
「あのメールの返信がきたんだって。見に行こう」
『わかりました』
ストラスは俺の肩に乗っかる。
「母さん、ちょっと出てくるー」
「気をつけてねー」
俺は母さんにそう告げて、家を出た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「メールなんだって?」
「主……これです」
マンションについて部屋に入った俺は、パソコンの画面を覗き込んだ。
『契約というのは何を意味するものなのでしょうか?私には分かりかねます。患者のことも患者が頑張ったから病気が改善されただけで、決して私個人だけの力ではありません。』
「……どういうことだ?」
『随分とはぐらかしていますね』
「裏をかいてるんだ」
パイモンの言葉に俺は首をかしげた。
「裏を?」
「今回のメールは契約の意味を知ってるかどうか、患者がなぜ急に90%以上という異常な回復を遂げたのか、知りたい事はその2点です。普通ならば、契約の意味を知らなければこのメールを返信しないか。それとも身に覚えがなければ、何か分からないが契約はしていない。そう答えてくるはずです。しかしこの男はそれを敢えて書かずに契約の意味を教えてくれと言ってきています。普通、見ず知らずの人間にこのような内容は返さないはずです。これはその正体がわかっていて、尚且つ私たちの契約を意味する答えが一緒かどうかを確認するような内容になっています。まぁ患者の理由については確かに上手くはぐらかしていますがね」
「なんかパイモン探偵みたいだな。俺にはよく分かんないけど……」
「呑気に言っている場合ですか。主、返信しますか?」
「うん。もちろん」
パイモンはメール画面を開く。
「でも契約の意味はこっちも伝えないでおこう。向こうがはぐらかすならこっちもはぐらかそう」
「わかりました」
パオモンは文章を打っていく。
今度はどんな返信が帰って来るんだか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「返信がきている」
空き時間、自室のパソコンの前の椅子に座って私はメールを開く。
『契約を知らないのならば、なぜそれを聞いてくるんですか?貴方が知らないと言うのならば、こちらの人違いか貴方が隠しているかどちらかになりますね』
「やはり……な」
向こうもそう簡単に契約の意味をむやみに言ってはこないか。
完全に駆け引きの状態になってる。だが私は絶対に折れない。
折れるのはお前たちのほうだ。
私は急いで返信を打ち、たくやと言う奴に送った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「主、また返信が来ましたね」
「え!?もう?」
メールを送ってから1時間くらい経ったかな?
また医者から返信が来たらしい。
『今回、随分早いですね』
「向こうも気がかりなのでしょうね。見て下さい」
『契約のことを貴方たちが聞いてきたんです。意味を教えるのが筋でしょう。それに私が隠していると、勝手に決め付けないで頂きたい』
「まーたこんなか」
「話が進展しませんね」
俺のため息が聞こえたシトリーがこっちに向かってきた。
「お前らそんなん堂々巡りやってんじゃねーよ。貸せ。俺がやってやる」
「えー?シトリーできんのかよ?」
「あたりめーだろ。俺様を誰だと思ってんだよ」
光太郎のからかいを簡単にあしらって、シトリーはパイモンからパソコンを奪う。
「妙なことを打ったら3枚におろすからな」
「任せとけぃ」
シトリーは鼻歌を歌いながらメールを打っていく。
「大丈夫なのかしら?」
「さぁ」
セーレとヴアルの不安そうな声も聞こえた。
そんな俺たちの気も知らないで、シトリーは鼻歌交じりで文章を打っていく。
「できた!送信っと!」
シトリーは打ち終わったのか、送信ボタンを押した。
ちょっと待てよ。
「待て!なぜ出来上がった文章を見せないんだ!?見せてみろ!」
パイモンがシトリーからパソコンをひったくる。
ストラスとセーレとパイモンが文章を覗き込んだ。
『しらばっくれんじゃねーよ。お前が契約してんのは分かってんだからよー。ウダウダ言ってっと強制処置とんぞコラー』
この文章を見て、パイモンがシトリーに掴みかかった。
「なんっだ!この文は―――!!」
「えーだってビシッと言わなきゃさー」
「こんな文を送って、警察にでも言われたらどうなる!?これは悪質な脅迫メールだろうが!!」
「彼に任せたのが間違いだったね」
『えぇ全くです』
全くです。で済まないだろ。どうすんだよ!警察とかに言われたら!
俺たちが揉めている間にまた返信が帰ってきた。
ガバッ!
その効果音に似合うような音が俺たちから発せられる。
ヴォラクとヴアルは興味が無いのか、ゲームをしてるけど。
「返信きたよ!マジで?」
「ほらな、俺様が打ったんだからよー」
「とりあえずパイモン、開けてみてくれ」
「わかった」
パイモンはクリックしてメールを開く。
メールの返信は随分怯えたものだった。
『すまない。マスコミには言わないでくれ。私は殺される訳にはいかないんだ。』
「あっさり白状したな……」
「やっぱ俺様だからよー」
「シトリー黙って」
「……セーレって俺に何気に酷いよな」
でもこれって……
「やっぱ契約してるってことだよな」
『そうですね。今回ではっきり分かりましたね。しかしマスコミに言うなとは……どういうことでしょう』
「とりあえず、直接会って話を聞いてみましょう」
パイモンは病院が終わったら会えないかと言うメールを送った。
帰ってきたメールを光太郎が読み上げる。
「あ、OKだって」
「では病院が終わる時間までこのまま待っていましょうか」
「光太郎ー拓也ーゲームしよー」
ヴォラクとヴアルが手招きしている。
「おー。コントローラーよこせよ」
俺と光太郎はそのままヴォラクたちとゲームをして暇つぶしをすることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『拓也、そろそろ時間です。行きましょう』
夜の7時過ぎ、ストラスに急かされて俺たちは名古屋に向かうことにした。
だけど……
「ヴォラク、ヴアル。お前たちは留守番だ」
「え!?何でだよ!」
「のけ者にするの?ひどい!」
パイモンの切捨てにヴォラクたちはわめき出す。
「こんな大人数で押しかけるわけにも行かないだろう。それにまぁ契約者いないしな。残念だったな」
確かに8人で会いに行くのもなぁ。
でもヴアルとヴォラクは不満そうだ。
「こないだは行ってもいいって言ったじゃん!もし何かあったらどうすんだよ」
「今回はシトリーもいる。大丈夫だ」
「戦力外通告だってよ。ひひ」
「うっせーよシトリー!」
ヴォラクがシトリーの足を蹴りつける。
「いってぇな!この糞ガキが!」
『喧嘩してる場合じゃないよ。早く行こう』
セーレがジェダイトを召喚して俺たちを急かしている。
そんな中、光太郎が気まずそうな顔で手を顔の前に遭わせた。
「悪い。俺8時から用事あんだよね。抜けていい?」
「え?そうだったのか?」
「うん。親父たちとね。まさか此処まで長引くって思って無くてさ。悪いな」
光太郎は申し訳なさそうに頭を下げて、荷物をまとめて部屋を出て行った。
「となるとシトリーも無理だな」
「俺も戦力外通告か」
シトリーはポリポリ頭を掻いて、ソファに座った。
『結局俺たちだけになったね』
『まぁ仕方がありませんが』
「なーなーどうしても俺も行っちゃダメ?」
「ダメだ」
「パイモンうぜぇ。中谷がOKしたらいいって言ったじゃんか」
「確かに言ったが……できる限りお前は行動を控えるべきだ。こっちも今回は人手は足りると思っている。まぁ日本国内の距離なら中谷がいなくても行動はできるだろうが。それにお前、もう契約石のエネルギーを使い切ってるだろう?お前が下手な行動を起こせば、中谷の命に関わってくるんだからな。この間は死者が出てるという緊急事態だったから許可したまでだ。行きたかったら1回1回中谷に許可をとることだな」
「う……」
契約石のエネルギーってどういうことだ?
確かに契約者の中谷がいなくてもヴォラクは普通に行動できる。
でも何で中谷が一緒じゃなきゃダメだってパイモンが言うんだ?
ヴォラクが怪我したら中谷が居ても居なくても中谷の寿命を削るというのには変わりないのに。
ヴォラクは黙り込んでソファにドスッと音を立てて座った。
「お前、行きたがるなら中谷と契約しなきゃよかったじゃん」
「シトリーだって……絶対ついてくかんな」
「しつこいなお前も」
「うっさい!行くったら行く!」
「勝手にしろ」
『とりあえず行こう。時間になってしまう』
セーレに急かされて、俺たちは名古屋に向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここで待ち合わせ場所なんだよな?」
病院のとある居場所で、俺はキョロキョロとあたりを見渡した。
「そうですね。もうすぐ来ると思いますが…」
「あれじゃないか?」
セーレの視線の先には1人の男がこっちに向かってきた。
テレビで見たときとまったく同じ男。
精神科医、溝部辰彦だった。
溝部は俺たちに怪訝そうな顔をしながらも話しかけてくる。
「君たちがメールの相手かな?」
「そうだ。貴方が溝部医師で間違いないな?」
「あぁ。私が溝部だ」
本人だと確認できたところで、俺たちは場所を移動した。
人通りの少ない場所に移動した俺たちは話を切り出すことにした。
「単刀直入で聞くが、お前が契約している悪魔は誰だ?」
「それより先に約束してくれ。全てを話したらマスコミには言わないと」
やっぱりこのおっさんは何か勘違いしてる。
「俺たちマスコミに言う気はないんですけど」
「え?」
俺の言葉におっさんの目が丸くなる。
「ちょっと色々あって、悪魔と契約してる人たちを捜してるだけで……」
「……そうなのか?」
「理解したか?俺たちはマスコミ等に情報を漏らす事などない」
その言葉を聞いて、少しだけ安心したのか、おっさんはポツリと口を開いた。
「私はブエルと契約している」
「ブエル……」
ヴォラクがその名前に反応する。
「ヴォラク、知ってんのか?」
「……」
ヴォラクは黙って答えない。
「ブエルはヴォラクの親代わりだった悪魔だ」
「は?」
セーレは少し気まずそうに俺の質問に答える。
「ブエルは悪魔の中でも極めて温厚な性格でね……暴れん坊なヴォラクを諌めたりと、色々手を焼いてやってたんだ」
「ヴォラク……」
「別にしょうがないし。さっさとブエル地獄に還そう」
ヴォラクはそう言いつつも顔を俯かせる。
その光景をよそに、パイモンは案内するように促す。
でもおっさんは首を横に振った。
「ダメだ。そんなことをしたら私は魂をとられてしまう」
「どういうことだ?」
「契約内容は力をもらう代わりに安穏な生活を与えること。お前たちが来たらきっと私は……」
「それでも案内してもらう。心配するな。お前は俺たちが守ってやる」
おっさんは怯えながらも俺たちを家に連れて行くため、車に乗せた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『どうなるのでしょうね』
ストラスが車の中でボソッと呟く。
「さぁな。でもセーレが温厚って言ってんだ。大丈夫だろ」
『それではなくヴォラクです』
「何で?」
『先ほども申したとおり、ヴォラクがブエルを慕っているのは悪魔ならば誰でも知っていることです。ヴォラクにとっては少々辛いことになるかもしれませんね』
運転している溝部にずっと気になっていたのか、セーレが問いかけた。
「なぜ、悪魔と契約したんですか?」
「力が欲しかったんだ。患者を救える力が……」
「力?」
「精神科というのは外科や内科と違って、薬や手術でどうこうできるものじゃない。最終的には患者の気持ちが一番重要になる。だから救えない患者も何人も居た。数年前に1人の女の子が病院を訪ねてきた。その子は親に虐待を受けていたんだ」
「……」
「両親も警察に捕まり、その子の心の傷は深くてね。私がいくらカウンセリングしても症状がよくなることは無かった。その子は半年後に自殺したよ」
「自殺……」
「悔しかった。もっと最善の策があったのか?それを考えると夜も眠れなくなった。患者を助ける資格が私には無いんじゃないか。そう思いながらずっと患者を診察し続けた」
「ブエルの力は他人の心の傷を癒す力。だから貴方はブエルと契約したのですね」
おっさんは何も言わない。おそらくビンゴなんだろう。
何かすごく可哀想に見える。
だって患者を救いたいって医者が純粋に思うことだし。
自分のせいで人が死んだって思ったら、気が気で居られるわけが無い。
このおっさんは絶対に助けなきゃ……
車はおっさんの自宅に着いたようだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あなた、お帰りなさい。その方たちは?」
「……ブエルと話があるんだ」
奥さんは顔を強張らせた。
少し気まずい。そう感じながらも俺たちはおっさんに促され家に上がらせてもらった。
居間に通された俺たちは座っておっさんが来るのを待った。
『拓也、そわそわするのはおよしなさい。みっともない』
「だ、だって」
緊張するんだもん。しょうがないじゃん。
またヴアルみたいに結界張られて暴れまわられたらどうすんだよ。
待つこと数分、おっさんが居間に入ってきた。
「ブエル」
おっさんが名前を呼んだ瞬間、ブエルが入ってきた。
なんだよこの悪魔!
おっきな円の中に目があって、円の外には羊の足みたいなのが5本生えてる。何だこの気持ち悪い悪魔は!!?
俺は見た目に知らず知らず怯えて、後ずさっていたようだ。
『拓也、私たちがついています。怖がる事は何もありません』
ストラスが俺を安心させるように腕の中で呟く。
ブエルは俺を一瞬見て、おっさんの横に移動した。
「ブエル、申し訳ない。お前の存在がばれてしまったんだ」
おっさんは申し訳なさそうにブエルの頭を下げる。
しかしブエルの視線に耐えれなくなったのか、おっさんが土下座をした。
「頼む!私の魂をとるのは勘弁してくれ!私はまだ……医者でいたいんだ!」
『指輪ノ継承者……彼ノ者ニバレタノナラバ致シ方ナイ』
ブエルはゆっくりと優しい声でおっさんに話しかける。
セーレの言うとおり、温厚な性格の様だ。
『オ前ハ何カ勘違イヲシテイル。オ前ガコノ力ヲ見セシメニスルモノナラバ、私ハオ前ノ魂ヲトッテイタダロウ。シカシオハタダ純粋ニ人ヲ救ウコトヲ望ンダ。ダカラ私ハ何モ言ワナカッタノダ』
「ブエル……」
おっさんは少し涙声になりながらブエルを見上げる。
ブエルはそのまま俺に視線向けてくる。急な事に、背筋が伸びる。
『ソレヨリモ、オ前ハ私ヲ地獄ニ戻シニ来タノダナ』
「あ、そういうことになるな」
『ソウカ。ヴォラク、オ前モソウナノダナ』
「うん……」
ヴォラクは気まずそうに頷く。
ブエルがヴォラクの前に移動する。
『ソウカ。オ前ガ裏切リ者ニナッテシマッタノハ……私ニトッテ少々酷ダッタカ』
「そうかもね」
『戦イシカ楽シミノナカッタオ前ガ、今デハ戦イヲ失クス立場ニ回ロウトハ……誰ガ思ウダロウ』
「俺、今の自分に満足してる。もう剣振り回してばっかの俺じゃないんだよ」
『ソウダロウナ。イイ目ヲシテイル』
ブアルは優しくヴォラクに話しかけて、俺に向き直る。
『我ヲ地獄ニ戻シタイノダロウ。ナラバ早クスルガイイ』
「え、いいのか?」
まさかこんなに上手くことが運ぶと思って無かった俺はつい聞いてしまった。
『別ニコノ世ニ未練ナドナイ。イツカハ終ワルモノ。ソレガ我ガ今日デアッタ。ソレダケダ』
「主、召喚紋をお願いします」
「あ、うん。ストラス頼むな」
『わかりましたよ』
俺は剣を手に持つ。
俺を見ておっさんが感心したように呟く。
「君はそんな力を持っているのか……」
「うん。まぁね……それより契約石、頼みます」
「……あぁ」
おっさんは少し渋っているようだった。
まぁ、こいつがいなくなったら90%以上の病気の改善率は無くなっちまうだろう。
でも……
「貴方は十分素晴らしい医者だ」
セーレは優しく笑い、おっさんを見る。
「患者のために、全てを尽くそうとした。悪魔と契約することもためらわなかった。素晴らしい意思を持ってるじゃないですか」
「だがブエルがいなければ……」
「確かに不満も出てくると思います。でもそれでいいんです。完璧な力なんて誰も持ってないんですから」
「そう、だな」
おっさんは今を出て行く。
どうやら契約石を取りに向かったようだ。
おっさんが持ってきたのはストラスいわく、アラゴナイトのバングルらしい。
それがこいつの契約石なんだとか。
おっさんがペンダントを召喚紋の中に入れる。
ストラスは聖水のビンを取り出して、おっさん少しだけかけた。
「お前、そんなもんどっから出したんだ?」
『企業秘密です』
ブエルは召喚紋の中に入っていく。
ブエルが召喚モンに入ったのを確認して、ストラスがおっさんに視線を向ける。
『さぁ、呪文を唱えるのです』
久しぶりに聞くな。その長いやつ。
おっさんはストラスの後をつっかえながら詠んでいく。
召喚紋に光があふれ出した。
ブエルの体が透けていく。
そんな時、黙っていたヴォラクが突然大声で叫んで、ブエルの名前を呼ぶ。
「……ブエル!また、また会ったら今まで通りに接してくれる!?」
ヴォラクにとっては切実な願いだったんだろう。
ブエルは目を細めて笑う。
『子供ノ責任ハ親ガトルモノダ。我ガ責任ヲ持ッテ面倒ヲ見テヤル』
ブエルはそのまま光に包まれて消えていった。
「いい悪魔だったんだよな……」
『えぇ、とても』
ヴォラクはそのまま顔を俯かせて肩を震わせている。
どうやら泣いてるようだった。
「いつまで経ってもガキ扱いすんじゃねーよ。バカ」
その言葉が弱弱しく感じたのは、きっと俺の気のせいじゃなかったと思う。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「じゃあお邪魔しました」
ブエルを還した俺たちは家に帰ることにした。
「拓也くんありがとう。今度は自分の手で、改めて患者を救っていくよ」
おっさんは笑って俺を見送った。
きっとできる気がするな。
だってあのおっさんは優しかったから。
俺はそう心に思いながら、ジェダイトに乗って家に帰った。
登場人物
ブエル…ソロモン72柱10番目の悪魔。
星かヒトデ、もしくは車輪のような五本の蹄のついた脚を持つ魔人として描かれる。
50の軍団を支配する長官である。
精神哲学、自然哲学、論理学を教授してくれる。
中でもブエルの治癒能力は肉体的なそれよりも、むしろ精神的な疾患についてその効力を最大限に発揮される。
契約石はアラゴナイトのバングル。
人を救いたいと純粋に思っていた溝部の考えに胸を打たれて、ほぼ無償で自分の力を与えていた。
また温厚な性格で、地獄ではヴォラクを自分の子供のように可愛がっていた。
溝部辰彦…名古屋大学付属病院に勤める精神科医。
元から有名な医師だったが、ブエルの力を借りてテレビに出るまでになった。
理由は自分の患者が救えなかったことに後悔して。
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