『エアリス・リンガーバーグ?それが今回の契約者、そして悪魔ボティスと?』
俺は家に帰ってからストラスに状況を説明した。
36 色褪せない想い
「あら、また日経平均株価が下がってるわ」
「1ドル103円か。完全な円高だな」
ニュースを見ていた父さんと母さんは困ったように顔をしかめた。
直哉はいまいち意味がわからないのか首をかしげていた。
「さ、直哉。お風呂入っちゃいなさい」
母さんは渋る直哉を風呂に連れて行く。俺はその後すぐにリビングに下りた。
父さんは渋い顔でテレビを眺めていた。
話しかけると渋い表情のままため息をつく。
「あぁ拓也か。まったく困ったものだよ。このままじゃ給料も下がりそうだ」
そりゃ大変だ。
俺はストラスを肩に乗せて、ソファに腰かけた。
悪魔が起こしたことらしいと父さんに話せば、目を丸くした。
「本当なのか?」
『えぇ。今日アメリカに調べに行ってきました。間違いありません』
「アメリカに?一体どうやって?」
そういやセーレの能力を父さんに言ってなかったな。
「俺と契約してる悪魔の中にどんなところにでも一瞬で運べる奴がいるんだ」
「そんなすごい力を持っているのか。やはり悪魔は怖いな」
父さんは感心したように呟いた。
『今回の会社のエアリス・リンガーバーグって奴が今回の契約者みたいだ』
「エアリス・リンガーバーグか。明日会社の誰かに聞いてみよう。知ってる者もいるはずだ。わかったら連絡をしよう」
「さんきゅー父さん!」
『助かります。名前がわかっただけでまだどの人物かを特定できていませんからね』
「わかった」
「なぁに?また何かあったの?」
直哉を風呂に入れてきた母さんが心配そうにこっちにやってきた。
「拓也が悪魔を見つけたそうだ。今回の保険会社の」
「あの件の?また悪魔なの?」
心配そうな母さん。当然だ。エジプトの事件からしか知らないから。
今回、危険な悪魔かどうかすら俺には分からない。
『いえ、そこまで危険な悪魔ではないはず。今回の悪魔、ボティスの能力は過去と未来の透視。そして争いごとを調停する力。契約者が命じさえしなければ危害はないはずです』
なんだ安心。
しかしストラスは言葉をつづけた。
『ただ、契約者が命じれば毒を塗った剣を持ち、大きな牙と二本の角を生やした人間に似た姿になります。その時のボティスは殺戮を好み、止めるのは難しいでしょう』
なんだと?それのどこが危険じゃないって言うんだ?
父さんと母さんは顔を見合わせた。
俺も気まずそうに肩をすくねる。余計なこと言うなよストラス。
まぁとりあえず無理はしないよと言って俺は逃げるように2階に上がった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「余計なこと言うなよな。心配してんじゃん」
『しかし嘘をつくわけにもいかないでしょう?ならばいいではありませんか』
まぁそうだけどさ。
「でもあんま心配かけたくないんだよ」
『気持ちはわかりますが、嘘をつかれる方がつらいのではありませんか?』
「そうだけどさぁ」
『そんなに愚図るくらいなら少しは剣の練習でもしたらどうです?そうしたら自信がつくかもしれませんよ?』
「ヤダよ。疲れるし」
『貴方は光太郎と中谷と違い、何もしてないではないですか。時間はあるはずですよ。まぁ無理にとは言いませんけどね』
ストラスは俺がやる気がないのを知ってか、そのままベッドに横になった。
だいぶ涼しくなった今の季節。ストラスにはちょうどいいみたいだ。
俺もベッドに横になって明日のことを考えた。
何も起こりませんように。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「拓也、おはよう」
次の日、家を出ると澪とばったり出くわした。
「あ、おっす」
俺は軽く手を上げ、そのまま2人で登校する。
新しい悪魔のこと、今回の事件のこと、全てを俺は澪に話した。
澪は相槌を打ちながらも真剣に話を聞いてくれた。
「そっか。無理しないでね?中谷君達も頑張ってるみたいだし」
「え?澪知ってたんか?」
中谷と光太郎が稽古してるなんて。
「うん。こないだ中谷君が教科書借りに来てね。その時に聞いたの」
いつの間に澪と仲良くなったんだあいつ。油断も隙もねぇ。
俺がうぬぬ……と首をひねっている間にも澪は不安そうな顔をしていた。
「みーお!」
「裕香。おはよう」
あ、橘さん。相変わらず元気だな(笑)
橘さんはニコニコしながら澪の横に並んだ。
「じゃあ俺先に行くわ」
「え?あ、うん」
なんとなく居づらくなった俺は足早に澪と橘さんから離れた。
あーぁ……せっかく澪と登校出来てたのに。
「よっす池上」
「あ、立川。ちぃーす」
交差点でばったり会った立川が手を振ってきた。
「憂鬱だよなぁ学校って。今日は家庭科もあるしさぁ、めんどくさいことこの上ないぜ」
「家庭科って何するんだったっけ?」
「食品群の違いの続きだろ。タンパク質とかさぁ」
あぁ、なんかよくわからんかったから寝てた気がするなぁ。
確か先週、あてられた光太郎が答えれずに恥ずかしそうにしてた。
まぁ塾で家庭科なんてやらないもんな。光太郎が3や2を取る数少ない教科だ。
でも1時間目から家庭科って萎えるなぁ。
俺達は行く前から帰りたいだの、めんどくさいだの愚痴をこぼしながら学校に向かった。
「あれ?光太郎休み?」
教室について席を見ると、光太郎はいなかった。
いっつも早く学校に来てるのに。
俺は鞄から携帯を取り出すと、一着のメールが。
『わりぃ。今日はちょっと休むわ。風邪ってわけじゃないからさ。マンションに行ってる』
なんだそりゃ。風邪じゃないんかい。
俺はメールを見て呆然とした。光太郎は授業をさぼることはあったけど、学校自体を休むなんて珍しいなぁ。また特訓でもしてんのかな?
「そんな無理しなくていいのに」
「拓也、メール広瀬からか?」
上野に話しかけられ、俺は慌てて首を縦に振った。
「うん。今日休むってさ」
「か―――!いいなぁあいつは!休んでもついていけんだからよー」
上野は羨ましそうに頬杖を突いた。
外では野球部が朝練を終えたのか、走って部室に駆け込んでいる。
あーぁ……なんか無気力。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「お前、なんかとぼけてんな」
「へあ!?」
昼休み、中谷に言われた痛烈な一言。おもわず声がひっくり返ってしまった。
中谷はデッカイ弁当箱と、コンビニで買ったパンをほうばりながら続きを言った。
「いっつもならもっと慌ててるぞ。それがなんかぼーっとしちゃってさ。今日行くんだろ?」
まぁそうなんだけどさ。やっぱ昨日の言葉が気になってしょうがない。
“用されてないんだよ。お前は。悪魔と一緒に行動してるからな”
俺の行動をウリエルはわかってると言っていた。
なら今この状況もお見通し?なんか閉じ込められてるみたいだ。
ロールキャベツを食いながら俺は目を下にそらした。だって殺すって言われて、何にも気にしないでいられる方がすごいと思う。
しかも相手は本気だった。
オロバスの言ってた選択を誤るなってこのことかな?天使の言うことを聞いとけってこと?悪魔を地獄に戻していったら俺は本当にまた自由になれる?
出口の見えないものほどイラつくものはない。
なんだよ。俺はこんなに悩んでんのに、でっけーパン食いやがって。
的外れな八つ当たりを考えてる自分に嫌気がさし、俺は忘れるかのように弁当の中身を口の中にかきこんだ。
「じゃーな。また明日な。気をつけろよ」
放課後、中谷はスポーツバッグを背負い、手を振った。
俺はそれに手を振り返して、ストラス達がいるであろうマンションに足を運ばせた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「よぉ拓也久し振り。何日ぶりだぁ?」
ドアを開けたら出迎えてくれたのはまさかのシトリー。
「バイトは?」
「今日はねぇ」
なんかこいついっつもいないから、いると妙な感じだな(失礼)
シトリーはソファに腰掛けて携帯をいじっている。
「よぅサボリ魔」
「なんだよー学校サボったの今日が初めてだって」
光太郎は参ったなぁと言う風に頭を掻いた。
奥からパイモンとストラスとセーレが出てきた。
「主、準備はできていますか?」
「エアリス・リンガーバーグ、調べてみたよ」
セーレは俺に印刷した紙を渡した。
そこには社長らしい人物の横にいる綺麗な女性の姿。
「え、この人?」
『そのようです』
「めっちゃ美人だよなー!ちょーストライク!」
あっそ。シトリーの言うことはさておいて、俺はマジマジと印刷用紙を眺めた。
「なんだよ。お前実は年上フェチか?」
「ちげーよ!ばーか!」
なんでこいつはこんなことしか考えないんだろう。
「ボティスってさ、蛇なんだろ?この人女なのによく契約したよなぁ…と思って」
「確かに。肝が据わっているとしか言いようがありませんね」
パイモンも蛇が嫌いなのか、乾いた笑いを浮かべた。
そんなパイモンの肩を叩きながらシトリーがせかす。
「そんでー?行くんだろ?早く行こうぜ」
「お前なぁ……また女だからって理由かよ」
「あれ?他に理由が必要かぁ?」
「別に」
こいつはいつもこういう奴だ。
「まったくあいつは……いつまでこだわっているんだ」
俺と光太郎は顔を見合わせた。
パイモンの肩に乗っていたストラスも首をかしげる。
「どういうことだ?」
「奴にも色々と事情があるのですよ」
パイモンはそのことについては教えてくれなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アメリカに着いた俺達は早速その会社に向かった。
でも時間は朝の6時。当然開いているわけもなくて。
「どうすんだよー会社って大体9時からだろ?めっちゃ待つじゃん」
俺はため息をついて辺りを見回した。
6時だって言うのにニューヨークは中々のにぎわい。さっすが大都市だ。
「だアホ。だぁから俺様がいんだろい」
シトリーはフフンと鼻をならし、もう仕事をしているのであろうガードマンの方へ向かって言った。
「シトリー」
「んぁ?なぁにパイモンちゃん」
「ふざけるな。心配せずともあの方は生きている。それだけはわかる」
「……」
「お前ももうあの方に縛られるのはやめたらどうだ?あの御方は誰にも心を許さない。特に俺たち男に関してはな」
「あら?パイモンって男だったんかぁ?ショックゥ」
「ふざけるなと言っているだろう。何百年、あの御方に時を費やすつもりだ?あの御方の代わりになれる女なんてこの世にいない。あの御方のことはもう諦めろ」
「お前に言われると、あいつに言われてるみたいだ」
「……」
「なんでもお見通しなんだなぁ。あーぁ、テンション下がった」
「俺のせいだと言うのならそれは謝る。それでもな」
「その先は言うなって。惨めになんだろぃ」
「すまない……でも覚えておいてくれ。俺達は裏切り者だ。想っても辛いだけだぞ」
「わかってる」
シトリーは軽く笑い、手を振った。
「本当に頑固なんだから……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「成功成功。俺様最高♪また来たら連絡してくれるってよ」
シトリーは携帯を握りしめ、ニヒッと笑った。
「じゃあその間待ってればいいんだな?でもかなり待ちそうだなぁ」
「いや、会議があるから7時30には来るそうだぞ」
「どちらにせよ1時間は待つんじゃん」
その間なにすんだよぉ。コンビニにでも行っとくのかぁ?
「公園にでも行く?」
「なんかリストラしたみたいだなぁ」
ヴォラクと光太郎の会話に思わず吹き出してしまった。
とりあえず俺達はこのまま待っていても拉致が明かないので公園で待つことにした。
PLLLL…PLLLL
1時間程度、時間をつぶしたところ、シトリーに電話がかかってきた。
さっきの男だ。シトリーはそう呟き、電話に出た。
「あ、はぁ?マジかよ、つかえねー。いっぺん死んでこいや」
なんて怖いことを!ていうか何があった!?
シトリーは電話を切ると、俺に向きなおった。
「残念だけどあいつ失敗したみたいだ。その女には護衛が数人付いてたらしくて、近づこうとしたら払いのけられたらしい。ま、今この騒ぎだし、慎重になるのも無理ないけどな」
そっか。じゃあどうすればいいんだ?
「会社に入ってしまったらどうしようもないな。もう戻りましょう」
「え?日本にか?」
「これ以上の進展は望めません。また日を改めた方が得策かと」
パイモンに説得された俺は、しぶしぶアメリカから日本に帰ることにした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
日本に帰った俺はそれぞれ解散した。
「ただいまー」
「拓也、ストラスお帰りなさい」
家に来ていたのか、澪が俺を出迎えてくれた。
「成果はあったの?」
「いんや。まったく」
俺が首を振ると、澪は困ったように笑い、そっか。と言った。
ストラスを肩に乗せたまま、俺と澪はリビングに向かった。
今の時間は午後の7時30分。もう夕飯を食べてもいい時間だ。
夕飯はもう半分は出来上がっており、直哉がテーブルについていた。
「あーストラス!」
『む』
ストラスは少し嫌そうな声を出したが、大人しく直哉の頭の上に収まった。
「はは!おもしれー見た目」
「笑っちゃだめだよ」
爆笑する俺を澪は笑っていさめる。澪だって笑ってるくせにさー。
「お。拓也おかえり」
「あれ?父さん今日はノー残業デーだっけ?」
父さんは毎週水曜日は一緒に夕飯を食うために残業をせずに帰ってくる。
俺達はこのことをノー残業デーって勝手に名付けてるけど(笑)でも今日は火曜だよな?
「いや、エアリスという女性のことを調べてな。伝えようと思って早く帰ってきたんだ」
「なに?なんの女性のこと?」
あ、母さんが来た。しかもなんか怖いし。
「いや、拓也の悪魔探しのことでな。特に深い意味はないよ」
母さんは疑っていたが、まぁいいわといい、ボウルに入れたサラダをテーブルに置いた。
とりあえず難は逃れた。
「悪魔のことは飯を食ってからな」
父さんは笑って肩を上げた。
俺もなんかおかしくなって笑いながら頷いた。
「あーうまい。幸せー♪」
「今日は拓也の好物の牛肉コロッケだものね。まだいっぱいあるからいっぱい食べなさい」
「うん。おかわり」
俺はおかわりしたコロッケをモグモグと食べながらテレビをつけた。
テレビのニュースは相変わらず会社のこと、エジプトの武装事件のこと。こんな事件に自分がかかわったなんて夢みたいだ。
ストラスも小さく小分けされたコロッケを食べながらニュースを見ていた。
その後、アメリカの保険会社のニュースが流れた。
「はぁ……なんか拓也がかかわってるとなると、とてもこのニュース人ごとじゃないわね」
「そうだなぁ。円高の影響も続いてるしな。こっちもいい迷惑だ」
「おじさん。やっぱり羽織を受けたんですか?」
「あぁ。売上高を下降修正せざるおえなくなってね。これが続くとボーナスも下がるなぁ」
その言葉を聞いて、母さんが顔を曇らせる。母さんだけじゃない、直哉も俺もだ。だってボーナスの月は俺たちの小遣いも2倍なんだもん。
こんなことで唯一の稼ぎが半減されちゃたまったもんじゃないよ。
早めに戻そう。そうしよう。
俺はそう心に決めてコロッケをもう1つ平らげた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「拓也。ちょっといいか?」
夕飯を食い終わると、父さんが資料を持って俺の横に腰かけた。
父さんは書類入れの中から数枚の紙を取り出した。
「資料になると思ってな。色々調べてみたんだが」
俺は手渡された紙をまじまじと見つめた。
「エアリス・リンガーバーグ。ノースカロライナ州出身。34歳バツ1、子どもは娘が2人……どこで調べたの?こんなこと」
「まぁ、外資だからな。他国の会社のことは大概のことはわかるんだよ」
「ふーん……でもノースカロライナ州ってどこにあんの?ニューヨークから近い?」
「そうだな。結構近いな。時差も変わらないだろう」
「うーん。たぶんストラスとかに見せたら何かしらわかると思うなぁ。ありがと」
「あぁ。このくらいしかできないけどな」
「んなことないって。俺達、顔しか調べれなかったもん。後はシトリーが頼りだな」
俺はそう呟き、ストラスに資料を見せに行った。
直哉からストラスを取り上げ、資料を見せる。しかしストラスは困ったように眉を下げた。
『このような個人情報を見せられても』
「なんかわかんない?本当に何にも分かんない?」
『もう顔も悪魔の正体も割れてるんですから調べる必要はないんじゃないのですか?』
「でもお前、昨日までは助かるって言ってたじゃんか。」
『それはまだ顔が割れていなかったからでしょう。あとはシトリーから連絡が来るまではどうにもなりませんねぇ』
「やっぱり」
俺はため息をついた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次の日は光太郎もちゃんと学校に来ていた。
中谷からさぼったことを羨ましがられて苦笑いしていた。
そういえばシトリーから連絡ないよな。なんかパイモンが言ってたこと気になるし……
あいつの心の傷って何なんだ?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
学校も終わり、中谷は部活が休みなので、俺は中谷と光太郎とマンションに向かった。
こういうとき、何も習い事してないって楽だよなぁ。
マンションにはやっぱりストラスも居て、皆がリビングに集まっていた。
「拓也。やっほー」
「よ」
俺はヴォラクに軽く手を上げ、ソファに腰かけた。
「あれ?シトリーは?」
「ちょっとね」
セーレは気まずそうに眉を下げた。なんなんだ?この空気は。
「なんかあったのか?皆して集まって」
「シトリーを待ってるんです」
「え?」
今日学校で考え事をしていただけに、その名前に反応してしまう。
パイモンはそんな俺に少し困ったように笑った。
「昨日、主が帰った後、シトリーとセーレがもう一度アメリカに向かいまして……その時に、シトリーはエアリスの専属ガードマンの男を利用することに成功しました」
「じゃあすぐ見つけられんじゃん!」
俺はすぐにでも行こうと促した。
『シトリーがいなければいけません。でも帰ってこないのです。全く自由奔放ですねぇ』
パイモンは少し苦そうな顔。
もしかして。
「そういやさ、シトリーって一体なんかあるのか?昨日だって気になること言ってたし」
「え?シトリーってなんかあんの?」
気になってたことをパイモンにぶつけてみた。
昨日、その場にいなかった中谷はわかんないと言う風に首をかしげた。
「……まぁないと言えばウソになります」
「やっぱり!なぁ…あいつ何かあるのか?あの女好きに原因があんのかよ」
「えー?そうなの?あれって地かと思ってた」
中谷は1人だけ的外れなことを言ってくる。
「あいつがそのような悪魔と思っているのならそれは間違いです。あれは奴の心に空いた穴を埋めるための暇つぶし程度にしかすぎません』
「え?」
「言っていいものなのか……」
ストラスとヴォラクとセーレも首をかしげる。どうやら3人も知らないようだ。
でも俺はじぃ〜〜〜っとパイモンを見つめ続けた。
俺の視線に折れたのか、パイモンは観念したように俺たちに語りだした。
「あいつは、ある1人の女性に恋をしていました。女性の名はグレモリー。ソロモン72柱、いや、悪魔の中で最も美しい女性と言っても過言ではないでしょう」
「そうなのか?」
「シトリーは彼女に恋をして、100年もの間、彼女の元に通い続けました。そして彼女もようやくシトリーに心を開きました」
「じゃあ結ばれたってこと?」
中谷の簡潔な問いかけにパイモンは頷いた。
「しかし幸せな時間もわずかの間。グレモリー様は我らが悪魔の王、ルシファー様の妃になることになってしまいました。嫌がるグレモリー様をルシファー様が無理やり城に連れて行かれたのです。あいつはその時ただその光景を見てるだけしかできませんでした」
「なんで!?なんで止めなかったんだよ!」
「反対すればグレモリー様が危険な目に遭うと脅されていたんです。行きたくても行けなかった」
パイモンの言葉に俺は愕然としてしまった。
あのシトリーがそんなこと……
「グレモリー様はそれから200年の間城に幽閉されます。その間、シトリーを待ち続けましたが、彼は1度も来ることはありませんでした。そしてわずかに心に憎しみが生じてしまったのです。その憎しみは段々大きく膨れ上がり…愛は憎悪に変わってしまったのです。力で自分を抑え込もうとするルシファー様、自分を好奇の目で見てくる悪魔たち、そして愛しているはずなのに助けに来るどころか、会いにも来てくれないシトリー。それらの憎悪が重なり続け200年後、一向に心を開かないグレモリー様にルシファー様の関心も薄れ、彼女は妃なのに、自分の城に返されることになりました。しかしその時、彼女はすべての男と言う生き物に対し、心を閉ざしてしまったのです」
なんだよそれ。そんなの悲しすぎる……
「シトリーはグレモリー様にすぐに会いに行きました。やっと自由になったのですから。ですがグレモリー様はシトリーを蔑み、自らの城に引きこもってしまいました。それからシトリーは数百年の間、今でもずっとグレモリー様のことを想い続けています。あいつが女性に対してあれほど手軽に手を出すのも、全てグレモリー様のことを忘れるため。ですが自らが犯した罪を憂い、いつまでたっても柵から抜け出すことができないのです。その罪悪感に耐えられず、忘れるためにまたいろんな女性に手を出し自己嫌悪し、完全な悪循環なのです」
「そんな……」
そんな辛い過去があったなんて……全く知らなかった。
中谷も光太郎もこの重い話に表情を暗くしている。
「あいつは主、貴方達人間が羨ましいのですよ」
「俺たちが?」
「人間は限られた時間があるからこそ互いを思い、尊重し合う。地獄ではそのようなことはまずありえません」
「……」
「あいつが望むのは愛する人と限られた時間でいいから共に居て、想い合うこと。あいつは誰よりも人間に対して自らに劣等感を抱いています」
そういえば似たようなことを言われたことがある。
ドイツで始めてシトリーに会った時、人間っていいよなって……劣情を抱いてしまうって。
「なんであいつが悪魔なんだろうな」
いつもはチャラチャラしてるくせに、いざって時は味方になってくれて。
エジプトの時はパイモンの意見に反対してくれたり…俺を武装集団から守ってくれたり。
「人間にしてやりたい」
俺の無意識の呟きにパイモンは優しく語りかけた。
「きっとその気持ちだけで十分ですよ。大丈夫、あいつは強いから」
「パイモン」
「強くなければ何百年も1人の女性を想い続けることなどできません」
「……」
「きっと大丈夫です」
「ただーいまー」
この暗い空気の中、聞こえてきたのは明るい声。
「なんだよー。お前ら、お帰りくらい言えねーのかよー。ひっでーなぁ」
シトリーはケラケラ笑いながらリビングに入ってきた。
しかし俺たちの雰囲気に気づいたのか、シトリーは俺たちに近寄ってくる。
「あん?拓也、中谷、光太郎どうした?」
「なぁシトリー。今幸せ?」
中谷の質問に、シトリーは目を丸くした。
「あ?んだよ急に」
「いいから」
「幸せなのかなー?でも楽しいぜ。バイトしたり遊んだり、お前らとツルんだりするのは」
「そっか」
中谷は満足そうに微笑んだ。
シトリーは訳がわからんといい、首をかしげた。
「俺もシトリーとツルむの楽しーぞ――!」
「声でけぇよ!馬鹿!急に何なんだ?まじきめぇし!」
中谷は笑いながら大声を出した。
中谷とシトリーがじゃれているのを見て、軽く笑みを浮かべた。
いつかは力になれるといいな。その女の人と仲直りできるといいな。
その時あいつはきっと笑うんだ。
本当の人間のような表情で。
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