「昨晩、ドイツで裸にされた女性の遺体が見つかりました。被害は拡大する見込みで、ドイツ警察も捜査に取り組んでいます」
朝テレビをつけたら一番にそのニュースだった。
17 お互いの気持ち
「ドイツも怖いニュースがあるわね」
母さんがトーストを皿に盛りながらため息をついた。
直哉はニュースよりもアニメのお年頃なのかチャンネルを変えてくれと愚図っている。
「駄目だって直哉、このニュースを見てから」
「あら?拓也がニュースを見ようだなんて、どういう風の吹きまわし?」
「俺だってちょっとは社会情勢知ろうって思ってんだよ」
「何一人前に言ってんの」
母さんは笑いながらトーストとベーコンエッグを乗せた皿を俺に手渡した。
俺はトーストにバターを塗ってかじりつく。
「兄ちゃん!ジャム塗って!」
「え〜?甘えんなよーったく」
直哉が皿を俺に寄越してきたので、俺は仕方なく直哉のトーストにバターとイチゴジャムを塗ってやった。
「ほい」
「あんがとー!」
直哉は皿を受け取るとトーストにかじりついた。
俺はそのままニュースを何も考えることなくただジィッと見ていた。
やっぱり悪魔……なのかな?あれだけ探したのに手がかり1つも見つかんないなんて。
俺はなんだかどうしていいか分からず軽くため息をついた。
「朝からため息なんてついちゃって一体どうしちゃったの?」
「学校の宿題が多いからため息しか出ないのー」
「あんたちゃんと早めにやんなさいよ。お父さんももう手伝ってなんかくれないんだから」
「わかってるよ」
嘘が上手くなってしまったことにも少し悲しくなった。
俺はそれを忘れるかのようにトーストとベーコンエッグを食べて、皿を片づけた。
今日も一応ドイツに行くつもりだ。
俺は立ち上がって母さんに出かけるとだけ伝えた。
「え?こんな朝早くから?あんた最近いっつも出かけてばっかでしょ?少しは直哉とも遊んであげなさい」
「わかってるよ。今日帰ったら直哉と遊んでやるよ」
「帰ったらって……あんたいつも帰るの遅いじゃない。直哉と出かけてやるくらいしなさい」
何だよ!今日に限って!いつもは何も言わないくせに!
「俺にだって俺の付き合いがあんだよ。しょうがないじゃん」
「弟をそっちのけで付き合いも何もありますか。いい?今日はいいけど明日はちゃんと開けておくこと。わかったわね?」
「明日?なんかあんの?」
「明日はお父さんが休みだからね。家族で買い物に行くのよ」
これ以上逆らうと本気でキレるな。
「わかったよ。明日は開けとく」
「わかればよし。遅くならないようにするのよ」
「へーい」
俺と母さんのこの空気も読めないのか、直哉はいつもの口調で母さんに話しかける。
「母さん!今日ダイキと遊んでくる!」
「あら?そうなの。直哉も気をつけてね。6時までには帰るのよ」
「はーい!」
大輝って言うのは直哉の親友だ。よく家にも遊びに来る。
直哉は気持ちいい返事を答えると、ベーコンエッグを口に含んだ。
俺はそれを見て、出かけることにした。
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「澪だ」
光太郎のマンションに向かう途中、駅の前で立っている澪を見つけた。
隣には橘さんの姿、そして2人組の男も一緒に。
なんか本当にショックな時って、騒ぐ気も起こんないんだな。
そりゃ俺は澪の彼氏じゃない。澪が誰と付き合おうと勝手だけど、改めて俺以外の奴とこうやって遊んでるのを見るのは気分がよくない。
俺は顔を背け、そのままマンションに向かおうとした。
「あれ?池上君!」
世の中そんなに甘くなかった。
橘さんが俺に気づいたみたいでニコニコと俺に話しかけてきた。
橘さん、俺はあんたを恨むよ。こんなタイミングで話しかけて……澪達もその声で気づいたのかこっちを向いて来た。
やべ。澪と目が合った。
「あいつ隣のクラスの……」
男はどうやら俺と同じ学年のようだ。そういえば澪のクラスで見たことがある。
橘さんは何もわからないようで(まぁわかんないんだけど)、いつもの調子だった。
「池上君どっか行くの?あたし達これから4人でディズニーランドに行くんだー」
ディズニーランド……ネズミの国ですか?ていうかバリバリのデートスポットじゃん。
それに比べて俺は……
「俺、これから光太郎と遊ぶんだよ」
「あ!広瀬君?仲いいよねー」
あんた達もね。
俺は早く会話を終わらせたくて適当に質問に答えた。
男子達は俺と話したことのない奴だったので会話に加わろうとはしなかったけど。
でもなんかこの光景って……
「ダブルデートみたいだな」
ん……?今口に出た?出ちゃった?ギャ――――――――!!!
橘さんはいいとこに気づいたとでも言うように俺に耳打ちをしてきた。
「流石池上君!実はね澪の右隣にいる男子いるでしょ?徳岡君って言うんだけど、あの人がね、澪のこと好きなんだって!だから今日はその口実の為に4人で遊んでんの。澪は全く気づいてないみたいでねー。あたし達も付いてかなきゃ行かないって」
澪のこと好き……まぁ澪、かわいいもんな。
でも絶対俺の方があんな奴よりも澪のこと好きなのに、なのに……
なぜかこの2人がつっくいちまえばいいって思ってる。
だって俺は澪を傷つけた。俺のせいじゃないとしても、俺の傍にいたらまた同じような現場に遭遇するかもしれない。
俺みたいな人間よりもこっちの明るい世界にいたほうがいいんだ。
俺も少し前まではそっちの明るい世界にいたのに、この指輪のせいで隠し事が多くなった。普通の人間じゃなくなった。
光太郎と中谷も巻き込んだ。そして澪も……
澪は大切な人だから……
「拓也?」
俺と橘さんの会話が気になったのか澪が心配そうに近寄って来た。
澪がこっちに向かってきた瞬間、徳岡って奴は嫌そうに俺を睨みつけてきた。
「なんだよあいつ……」
「松本さんの幼馴染だよ。大丈夫だろ?心配ないって」
その会話は聞こえはしなかったけど。
「広瀬君の所に行くの?」
「あ、うん」
それが何を意味するか澪にはわかってるはずだ。
澪はそっか……といい顔を俯かせた。
「あ。そろそろホームに行かなきゃ、じゃあね池上君!今度また大阪の時みたいに広瀬君と4人で遊ぼうよ!」
橘さんはそう言って澪に行こうと言った。
でも澪は俺の前から離れない。
「澪?」
「あたしも拓也と一緒に行く」
なんでそんなこと言うんだよ。昨日あんなに怖がってたじゃんか。
「駄目だって。危険だから」
「拓也がそんな目に会うのに、あたしだけ皆と遊んでるなんて嫌」
澪、そんな優しいこと言うから俺は期待しちゃうんだよ。
でもさ、それ以上にもう怖がらせたくないんだ。
怖いのは俺1人で十分だから……
「澪、橘さん達待ってんじゃん。遊んで来いって!マジお似合いだから!」
「え?」
澪は俺の言葉に目を丸くさせた。
「なに言ってんの?お似合いとか……あたし達、ただ遊ぶだけで」
「え?そうなの?俺はてっきりダブルデートかと思ってたよ」
痛い痛い痛い、胸が痛い。怪我なんてしてないのにパックリ切られたように痛い。
橘さんはナイス!という顔をしたが、澪は笑ってなかった。
顔はどんどん悲しそうに歪み、今にも泣きそうな顔になる。
「違うって言ってるのに……なんでそんなこと言うの?」
澪こそ、なんでそんな悲しそうな顔するんだよ……別に悪いことなんて言ってないじゃん。
ただ俺はお似合いって言っただけなのに……
「澪!早く行こ?切符もまだ買ってないんだから」
「ゴメン裕香。今日無理……」
「え?澪?」
その言葉に橘さんだけじゃない、俺もびっくりした。
「本当にゴメン。3人で行ってきて……」
「でも澪がいないと!」
確かに澪がいないと計画自体がおじゃんだもんな。
橘さんも徳岡達も焦っている。特に徳岡は俺が何か言ったんじゃないかとでも言うような目線を俺に向けてくる。
なんなんだよお前偉そうに……すげームカつく。
でも目の前の澪はイヤイヤと首を振った。
「じゃあせめて理由教えて?ね?」
「理由なんて……」
澪は俺を見た。そして顔をそらした。
「ただ気分が少し悪くなっちゃったから、本当にごめんなさい
「なんでだよ……」
これは俺の言葉じゃない。徳岡のだ。徳岡は澪の手を掴み、怒りを露にした。
「4人で遊ぶってのは2週間前から決めてたことだろ!ドタキャンなんてありかよ!?」
「ご、ごめんなさい」
「ちょ、怒りすぎだって!松本さん怖がってんじゃん!」
徳岡の怒気に澪は怯えながらも謝った。
徳岡の友達が慌てて徳岡を止めに入る。顔には明らかに冷汗が出ていた。
しかし徳岡の怒りは収まらないのか……俺にその怒りをぶつけてきた。
「オメェがなんか言ったんだろ!?」
「え!?俺!?」
こんな展開は予想してなかったんですけど。
徳岡の友達もこれはないと思ったのか止めに入ったが徳岡はもう止まらなかった。
「お前が松本さんになんか言ったんだろ?行かないでとか傍にいてくれとか!」
あのなぁ!こっちは言いたい気持ちを我慢して背中を押したのに。
なんっでテメーからそんなこと言われなきゃなんねぇんだ!!
「やめてよ!拓也は何も言ってない!あたしが行きたくなくなっただけ」
「なんだよそれ……信じらんねー……こんなドタキャンありかよ!俺らよりこんな奴かよ!」
澪の話聞いてなかった?まだ責任は俺なの?
ていうかなんかこんな奴とまで言われて黙ってられるほど俺はいい人間じゃない。
「あのなぁ……「徳岡君よりもずっとずっと拓也のほうがいいとこ持ってるよ」
え、澪?
徳岡も橘さんも徳岡の友達もポカンとしていた。
「拓也を馬鹿にしたら許さないから」
「っくそ!やめだやめだ!やってらんねーよ!!」
徳岡は気分を損ねたのかその場から離れて歩き出した。しっかり俺を睨んできて。
どうやら徳岡の中で俺は澪を狙う嫌な奴ってインプットされたみたいだ。
友達も徳岡の後を付いていき、その場に澪と橘さんだけが残された。橘さんが心配そうに澪に話しかける。
「澪」
「ごめんね裕香、あたしのせいで……」
「あんなサイテーな奴、こっちから願い下げだよ。あんな怒るなんてありえないし」
橘さんはそう言って笑い、澪に耳打ちをした。
「じゃあ、あたしは帰るけど澪、あんた楽しんできなよ」
「え?」
「え?じゃないし。アンタ池上君と遊びたかったからドタキャンしたんでしょ?あたしを振ったのは高く着くよ〜。今度パフェ奢りね」
「……うん。ありがと。パフェなんかじゃ足りないよ」
「それ以上はたからないよ。じゃね!」
橘さんも歩いていき、俺と澪はその場に2人で残された。
澪は気まずそうに俺を見上げてきた。
「拓也、迷惑だったならごめんね。でも本当に心配なの」
「うん、わかってる。でもまた怖いの見るかもしれないんだぞ?」
「怖いのも拓也がいるなら平気だよ」
神様。これは自惚れてもいいんですか?
澪の中で俺はかなり高い位置にいるって考えてもいいんですか?
俺はなんだか嬉しくなり、一緒に光太郎のマンションへ向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さっきの奴、澪のこと好きなんだって。橘さんが言ってた」
「裕香が拓也に言ってたことってそれだったんだ…でもなんとなく気づいてた」
「え!?」
気づいてたのに許可したのか!!?
「遊びに行こう行こうってしつこいんだもん。絶対OKするまで言ってくるだろうから、それなら裕香達も一緒に行った方が安心じゃん」
「確かに……そうかもしんねぇけど」
「でも拓也は反対してくれると思ってたんだけどなー……」
そんな!俺にそんなこと言う権利なんてないのに!!言えるもんなら俺だって言いたかったよ!あぁ!言いたかったさ!
でも付き合ってもないし、そんなこと言える立場なんかじゃないし。
「俺が言ったら行かなかったのかよ」
逆に攻めてやる。俺はそう思い、澪を見て言ってやった。
案の定、澪はポカンとした顔をしてこっちを見ていた。
「多分行かなかったかな」
今度はこっちが面くらった。
澪は少し、俯きながらボソッと答えた。
「だって徳岡君よりも拓也の方がずっとずっと大切だもん」
でもその言葉ははっきりと聞こえた。
澪は俺を追い越して早足で歩いていく。
「早くいこ!暑いしクーラーにあたりたーい!」
澪、それって!やばい。さっきまでとは違う痛みが心臓に来てる。
ドキドキがやばいくらい鳴ってるし、夏のせいじゃないのに顔も真っ赤だ。
俺は慌てて澪の隣に追いついた。
まだ顔赤かったからあんまり見られたくなかったけど、澪の顔も同じくらい真っ赤だった。
どうしよう幸せかも……
まだ付き合うとかそんなことじゃないけど、それでも澪の中で俺が大切っていうのがわかっただけでこんなに嬉しくてたまらないなんて末期だよもう。
でもこのままじゃなんか悔しいから、俺も澪に呟いてやった。
「じゃあ言えばよかった。澪があいつと一緒にいるのメッチャいらっときたし」
そしたら澪はさらに顔を真っ赤にして俺を見上げてきた。
やばい!その顔反則!!俺までつられて赤くなる。
夏のせいじゃないのに真っ赤になった顔…でも嫌じゃなくて心地よくて、嬉しくて幸せで胸がいっぱいだった。
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