沙織の様子が変だ。
どうやら昨日の少年、拓也がこっちに来て、なにやら沙織と話をしたらしい。
拓也たちは沙織と話した後、慌てて帰ってしまったらしいけど。でも沙織は何があったか教えてくれない。
ただ虚ろな眼差しで外を見ていた。
13 大好きな君へ
「セーレはあたしといて楽しい?」
突然の沙織の問いかけに俺は目が丸くなった。
「楽しいよ。こんなにのんびり過ごせるなんて久しぶりだからね」
「本当に?本当にそう思ってる?」
しかし沙織はそれでも不安そうに俺に問いかけてくる。
「沙織、何かあったのか?拓也たちが原因なのか?」
「そんなんじゃない。ただそう思っただけ……」
沙織は俺と目も合わせないまま俺から離れていく。
俺は何がなんだかわからずに首を傾げるしかなかった。
次の日、拓也は来なかった。
俺と契約することを諦めたのか?感じたのは少しの安堵感と少しの罪悪感。
あんな少年があのマルファスと戦ったのだ。よっぽど怖かったし嫌だっただろう。
でもあの少年は真っ直ぐに俺を見据えてきた。そしてあの少年はこれからも悪魔と戦うんだろう。
マルファスよりも巨大な悪魔たちとも戦う日が来るんだろう。
しかし俺になんの力になれるんだ?俺は物を持ってくる、人を運ぶことしかできない弱い悪魔で……フォカロルの様に海を操ることや、フォラスみたいに生と死を司る力もない。
「足手まといなだけじゃないか……」
何もできない悪魔、ただの能無し、それを思い知らされる。
俺たち悪魔がこの世界にいることは本来なら許されない。
俺がいることは沙織たちにも悪いことになる。それくらいはわかっている。
でもこの世界が眩しすぎたから……
地獄とは比べ物にならないくらいに明るくて優しかったから。
朝になれば太陽が昇って明るく照らし、夜になれば月が出て優しく照らす。
羨ましいと思った。このままでいたいと思った。
このまま、ずっとこのままいれたなら……
朝起きて、おばあさんの手伝いをし、由愛たちのご飯を沙織と他の子達と作って、学校まで見送って、小さい子どもたちを公園まで連れて行って、由愛たちが帰ってくればまた皆で遊んで、男の子たちのキャッチボールに付き合って……
「これ以上は何も望まないのに……」
このままでいたい。このまま沙織と契約していたい。そう思っているのに……
あの少年の真っ直ぐ俺を見てくる目が頭に媚びりついて離れない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ストラス、もうセーレと契約するのは諦めようと思うんだ」
光太郎のマンションで俺とストラスと光太郎とヴォラクは皆で集まっていた。
中谷は当たり前だが練習中。来週には組み合わせ抽選会で大阪に新幹線で行くらしい。
『なぜです?拓也』
「だって悪魔に見えないんだ。あんなに穏やかに笑って申し訳なさそうに頭下げて、俺には普通の人間にしか思えないんだ……今の生活が幸せなら、巻き込みたくない」
ストラスはため息をついた。
『私とてセーレをあの娘から引き離すのは気が引けます。あれだけセーレを想っているのです。昨日今日現れた私たちに連れて行かれたくないと思うのは当然でしょう。しかしセーレには拓也、貴方や光太郎、中谷や他の契約者を守ってもらいたいのです』
「俺を?なんで?セーレは戦闘向きじゃないんだろ?」
光太郎も自分の名前が挙がったことに不思議そうにストラスを見つめた。
『えぇ。セーレは確かに戦闘には不向きです。しかし彼のスピードは悪魔の中でも最速なのです。拓也、貴方や光太郎に他の悪魔が攻撃を仕掛けたとき、セーレに任せとけば彼のスピードについていくのは難しい。ヴォラクも気兼ねなく攻撃に徹底できるのです』
「つまり、セーレに拓也達を任しとけば攻撃を交わしてくれるから、俺も拓也たちのことは気にせずに、ただ悪魔を倒すことだけに集中すればいいってこと」
「なるほど」
ヴォラクは絆創膏だらけの腕を上げて大きく背伸びをした。
まだ4日しか経っていないのに、ヴォラクの傷はもう軽い切り傷程度にまで回復していた。
俺は改めて悪魔のすごさを実感したよ。
「でも気が引けるな……泣かれたら俺どうしよう」
『それでも仕方ありません。セーレがいないとこの先色々と不便なのです』
「わかってるよ」
『拓也、そうと決まったのなら今からセーレに会いに行きましょう』
「いや、今日は無理だ」
『は?』
「今日は澪と一緒に宿題やる予定なんだ。だから無理」
『……拓也ぁあああぁぁぁあ!!!』
ストラスは怒ったのか俺に口ばしで攻撃してくる。
『貴方という人は……!この状況がどういうことか分かっているのですか!?一刻も早くセーレと契約しなければならないというのにまだそんなことを!!』
「いいい、痛いって!マジでマジで!!わかったわかったよ!」
俺は泣きながら(本気で悲しい)澪のケータイに電話した。
「もしもし澪?」
『あ、拓也どしたの?』
「今日の予定駄目になっちまったんだ。ストラスがうるさくて……」
後ろの方でストラスが当たり前です!と言っているが無視。
『そうなんだ。あ、この間言ってたあの例の人?』
「うん。なんかまた今から会いに行くことになってさ……」
『へぇ……あ、あたしも行ってもいい?暇だし。それに』
「それに?」
『好青年なんでしょ?見てみたい』
澪―――――――――――――――――――――――!!?
「あ、そうなんだ……うん。じゃあ一緒に行こう……」
『本当?わぁ楽しみ!ありがとう』
「あはは……いえいえ……」
プチッ
「残念だったな拓也」
「ふられてやんの」
『まぁ拓也は情けないですからねぇ』
ケータイの声が聞こえてたのか、それぞれが容赦のない言葉を俺に浴びせてくる。
しかしショックのデカイ俺はそれに反応することもできなかった。
その後、俺は澪と合流して太陽の家に向かった。
澪はセーレに合えるのが楽しみなのか少しウキウキしていた。
そして俺は澪がセーレに恋してしまったらどうしようと気が気じゃなかった。光太郎のフォローも全く耳に入らない。
そんなこんなしているうちに太陽の家に着いた。
あいかわらずそこは子どもたちで賑わっていて、でも俺と同い年くらいの奴らは部活なのか知らないけど数人姿が見えなかった。
「あ!拓也君!フクロウさん!」
由愛ちゃんが俺を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる。
由愛ちゃんは俺の目の前に来て、光太郎たちをキョロキョロと見回した。
「この人たち拓也君のお友達?」
「おう!今日は友だち連れで来たんだよ」
「かわいー」
澪は子どもが好きなのかニコニコと由愛ちゃんを見ていた。
由愛ちゃんはストラスに手を伸ばした。
俺はさっきの仕返しにストラスに由愛ちゃんのとこに行けと言った。
「ストラス」
『……ほぉ』
ストラスは嫌そうに反応したが、俺はニヤニヤ笑ったまま。
ストラスは恨めしそうに俺を見て由愛ちゃんの腕の中に飛んでいった。
けっざまぁみろストラスが。
由愛ちゃんはストラスを抱き抱えたままヴォラクを見つめた。どうやら由愛ちゃんは年の近そうなヴォラクと話したいようだ。
「ねぇねぇ何歳?由愛はね、6歳なんだよ。小学校1年なんだよ。貴方は何歳?8歳?9歳?」
「な!俺が8歳!?ふざけんなよ!俺はこう見えても数千歳はいってんだぞ!」
ええええぇぇぇええ!?ヴォラク!お前そんなに年いってたの!?
なんかちょっとショックなんだけど……
しかしヴォラクは見た目は子ども、由愛ちゃんは嘘だぁと笑い飛ばした。
「嘘じゃねぇ!!!」
ヴォラクは気に食わないのか訂正するもまた嘘だと言ってあしらわれる。
次第にヴォラクの表情が不機嫌になっていく。
「焼き殺したろか……」
ボソッとヴォラクはつぶやいたが、目はマジだ。
俺は慌ててヴォラクを止めた。
「わ――――――!そう言えば由愛ちゃん!今日はセーレいないのかなぁ!?」
俺がその話題を出した途端に由愛ちゃんは悲しそうな顔をした。
「セーレね……いるんだけど最近元気ないの……」
「え?」
「なんかボーっとしてね?由愛のお話も聞いてくれないし、由愛心配なの」
「由愛ちゃん……」
これってもしかしなくても俺のせい?俺のせいでセーレは気にしてんのか?
ストラスも少し深刻そうな顔をしている。
とりあえず俺は由愛ちゃんにセーレを呼んでくるように頼んだ。
「大丈夫なのかな?昨日の兄ちゃん、ヴォラクが沙織って子泣かすからじゃねーの?」
「えー?俺のせいだって言うのかよー光太郎」
「大丈夫かなセーレの奴……」
澪も少し心配そうにあたりを見渡してる。
しばらくすると由愛ちゃんが戻ってきた。
「あのね。セーレがね、部屋に来てくれって!案内するね」
由愛ちゃんは大事にストラスを抱えたまま、家の中に入っていってしまった。
俺たちは慌ててその後を着いていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「セーレ!連れてきたよー」
「由愛、ありがとう。ごめんな」
由愛ちゃんがドアの前で声を出すとセーレが顔を出した。
セーレは由愛ちゃんの頭を優しく撫でた。
ストラスは由愛ちゃんの腕の中から抜け出し、セーレの肩に飛び乗った。
「あっフクロウさん」
「はは。フクロウさんも話しに加わりたいみたいだ。由愛、フクロウさん借りるよ?」
「由愛も一緒にいちゃ駄目?」
「難しい話だから由愛にはわかんないよ。皆と遊んでおいで」
セーレは由愛ちゃんの背中をポンっと押した。
由愛ちゃんは少し名残惜しそうにセーレを見たが、そのまま走って外に行ってしまった。
「ごめん。入ってくれ」
セーレは俺たちを部屋に招き入れた。
セーレを見た澪が俺の耳に顔を近づける。
「本当に優しそうな人だね」
澪がポソッと俺に呟いた。俺は軽く頷いてセーレを見た。
セーレは確かに少し元気がないような感じだった。
「久しぶりだなヴォラク。まさかお前まで拓也と契約してるなんてな」
「飴のためだよ」
「飴?」
セーレは一瞬はぁ?という顔をした。
俺は少し気まずくなってセーレに解説をした。
「契約内容……助けてくれたら飴あげるって」
それを聞いたセーレはおかしかったのか軽く笑った。
ヴォラクがセーレにかみつく。
「なんだよセーレ!笑うことかよ!」
「ごめんごめん。確かに飴おいしいもんな。ヴォラクの気持ちわかるよ」
セーレは相変わらず穏やかな笑みを浮かべた。
しかしストラスが話題を出した途端にセーレの表情が変わった。
『セーレ、沙織と契約を切るつもりにはなりましたか?』
「ストラス、俺もお前に聞きたいことがある」
『なんでしょう?』
「お前沙織に何か言ったか?」
まずい。俺たちは瞬間にそう思った。
「昨日お前たちが帰った後から沙織の元気がないんだ。もしかしたら何かあったのかって思ってな……勘違いだったら悪いんだけど」
『貴方と契約を切れといいました』
「ストラス……」
セーレの顔が悲しそうに歪む。
『セーレ、今この事態は何かがおかしい。悪魔が全てこの世界に召喚されるなんて今までになかったことです。それに未だに召喚者が見つからない。これも明らかにおかしい』
「それはわかってる」
『それに悪魔は拓也の指輪を狙っているかもしれません。貴方の力が必要なのです』
「だからって沙織に何を言ってもいいと思ってるのか?」
「セーレ……」
セーレは握りこぶしを作った。
「沙織は俺の恩人だ。俺にこんな暖かい気持ちをくれたのも、眩しい世界に存在を許してくれるのも、全部沙織のおかげなんだ。沙織を傷つけたことは許せない」
『あの程度のことを言わなければ貴方は拓也と契約しないでしょう?』
「……」
『考えて見なさい。悪魔と契約するということはそれ以上に危険に巻き込まれることです』
「それは……」
『仮にも悪魔は異次元の存在。本来ならばこの世界での存在は許されない。貴方ならまだしも他の危険な悪魔も召喚されているのですよ。もし7つの大罪のアスモデウスや、ルシファー様の腹心中の腹心パイモンやバティンに出会ったらどうするおつもりなのです?貴方はルシファー様のお気に入り。貴方が地獄に戻るためなら彼らは契約者である沙織をあっさりと殺してしまうかもしれません』
「……」
『巻き込みたくないのならば今すぐ契約を切りなさい』
「ストラス、言い過ぎだって」
俺はストラスをいさめた。しかしストラスは首を横に振った。
目の前にいるセーレは明らかに肩を落としている。
「でも俺が君に協力してなんの役に立てる?ヴォラクみたいに戦う事もできない。ストラスのような頭脳も持ち合わせてない。足手まといなだけじゃないか……」
『貴方には拓也を守ってもらわなければなりません。貴方のスピードには他の悪魔もついてはこれないでしょう』
「……」
「あの、さ」
俺はセーレの前に歩み寄った。
「お前もすっげー嫌だと思うんだよ。お前、由愛ちゃん達と一緒にいる時さ、すっげー楽しそうだったから。本当に由愛ちゃんたちのこと大好きなんだって伝わってきたし、本当なら俺も巻き込みたくなんかないんだけど……でも俺超チキンだから悪魔と戦うの怖いし、嫌だし……死にたくないし、あんたがいれば安心だってストラスも言うから、自分勝手だってわかってるんだ!でも頼む!俺と契約してくれ!」
セーレはそっと俺の腕を取った。
「セーレ?」
「こんなに細い腕でマルファスと戦ったなんて怖かっただろう……君みたいな、沙織と同じくらいの子にこんな危険が迫ってるなんて」
「セーレ」
「沙織との契約を破棄するよ」
「いいのか!?」
セーレは困ったように俯いた。
「わからない。これが正しいかどうかなんて……でもこのままじゃいけない気がするんだ」
「セーレ……」
ヴォラクはやれやれと頭を掻いた。
「やっと話はまとまったね。それで、いい加減出てきたらどうなの?」
「え?」
その瞬間、ドアの隙間から沙織が顔をのぞかせた。
「沙織」
「契約、破棄するんだね……」
「沙織ごめん。言い訳なんてしない。俺にはこれしか言えないから」
「それがセーレが望むことならあたしは何にも言わないよ。契約石取ってくる」
沙織は目に涙を溜めながらもその場から立ち去った。
「一応、石のことも知ってるんだね」
「全部話したからな」
ヴォラクはやれやれと肩をすくめた。
俺たちはなんて言葉をかけていいのかもわからず、ただ立ち尽くすしかなかった。
本当にこれでよかったのかな。セーレの幸せを奪うような形になっちゃって……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
沙織は手に小さな箱を持って帰ってきた。
その箱を開けると、中には青い石のついたピアスが入っていた。
『サファイアのピアス。間違いありません。セーレの契約石です』
沙織はピアスを大事そうに持ってセーレに手渡そうと手を伸ばした。
しかし沙織の手は硬く閉じられてピアスを渡そうとしない。
「沙織……」
「あれ?ごめん。渡す、渡すね」
しかし手は一向に開かれない。
沙織は目に涙を溜めて顔を俯かせた。
セーレが沙織に手を伸ばした時、小さく、本当に小さく沙織がつぶやいた。
「契約……無くしたくない」
「……!」
「沙織さん」
沙織は涙を流しながらセーレを見た。
「やっぱヤダ!セーレとの契約を無くしたくない!このままずっとこの家で、皆で暮らしてたいよぉ!」
沙織はその場に泣き崩れた。
セーレの伸ばした手は宙ぶらりんになったまま…そして悲しそうに沙織を見ていた。
「拓也、これって……」
澪が心配そうに俺に話しかけてくる。
俺もこんな状況で上手く話を切り出せるほどできた人間じゃない。
何を言ったって結果は同じなんだ。気休めにしかならないし、俺が励ましたところで嫌味にしか聞こえない。
セーレは沙織の頭を優しく撫でた。
「沙織……沙織はどこか行きたいとことかある?」
「行きたいとこ?」
沙織は涙を目に溜めながらセーレの顔を見上げた。
「最後って言いたくなんかないけど、俺の力……沙織の為に使うよ」
「あたしの為?」
「俺はこんなことしかできないけど……沙織はどこか行きたいとことかあるの?」
沙織はそのまま何かを考えるように頭を俯かせた。
「……あそこ。セーレと初めてあった場所に行きたいの」
「あそこに?」
「うん」
沙織はこくんと頷いた。
セーレは笑って快くその頼みを承諾した。
「わかった。じゃあすぐに行こう」
セーレが口笛を軽く吹いた。
するとすさまじい風が室内に吹き込んできた。
次の瞬間、目の前には翼の生えた1頭の馬が立っていた。馬は愛おしそうにセーレに頬を寄せた。
『久しぶりだな。ジェダイト』
セーレは見た目に変化は全くないが、それでも身に纏う雰囲気が少し違うような気がした。
馬はそれに答えるかのように小さく声を上げ、セーレの周りを駆けた。
「羽の生えた馬……」
『あの馬がセーレの武器、最速のスピードを誇る馬、ジェダイト』
「これがセーレの力……」
沙織は目の前の現実に息を飲んだ。
それを見てセーレは苦笑しながら沙織を見つめた。
『軽蔑した?』
「ううん……全然」
『なら良かった』
セーレは沙織を馬に乗せると自身も馬に乗った。
しかしそこでKYの発言が。
『セーレ。我々もお供してもいいですか?これから契約する拓也にも貴方の力を見せておきたいのです』
ストラス!空気読めよ!しかも俺の為かい!?
セーレじゃ俺に視線を送り頷いた。
『沙織がいいって言うのなら構わない。拓也とストラスくらいなら乗せれるだろう』
いやいやいや、沙織めっちゃ睨んでんじゃん!
この状況は嫌過ぎる!
「いやー俺はお邪魔虫かなぁ?なんて……あはは」
「別に構わない。セーレがいいって言うなら」
とにかくこの空気をなんとかするために俺は軽く笑って見せたが、その場の空気は全く変わらなかった。
沙織は俺を睨みながらも、付いてくることを許可した。
『なら乗ってくれ』
セーレは自分の後ろをポンポンと叩いた。
でも俺、馬に乗るの初めてなんだよねー。ていうか乗り方わかんないんだよね。
俺が馬の前で固まっていると、不思議に思ったのかセーレが尋ねてきた。
『拓也?君は馬に乗れないのか?』
「乗れないって言うか、乗り方がわかんないんだ(つまり乗れない)」
俺が気まずそうに言うと、セーレは軽く笑い、ジェダイトに伏せるように命令した。
するとジェダイトは俺の前に屈み、ちょうどいい高さまで伏せてくれた。
「すんません……」
俺はとりあえず気まずさから軽く謝って、馬に乗った。
ストラスは俺の肩に乗って馬が動くのを待った。
「ストラスー俺たちどうしときゃいいの?」
『そのままこの部屋で待っていてください。すぐ戻ります』
「えー……わかったよ。早くしてよ」
すぐ戻るって……お前が決めることかい。
俺はストラスに心の中で突っ込みをいれ、振り落とされないようにセーレにしがみついた。
『行くぞ!ジェダイト!』
セーレの掛け声とともに、ジェダイトは高らかに声をあげ、羽根を広げ走り出した。
急に吹いてきた突風。フォモス達の時とは比べ物にならない。
「うわ!ななな、なんだよこれ!?」
『拓也!喋ると舌噛むよ』
俺はそう言われて慌てて口を閉じた。
セーレの前に座っている沙織は、風の強さに目を瞑り、セーレにしがみついている。
『ジェダイト、そろそろいいな?』
『ヒヒイイイィィィン!』
ジェダイトはセーレの問いかけに答えるように声をあげた。
何が始まるってんだ……あれ?
「風がなくなった……」
俺は突然のことに瞬きをした。
周りを見てみてもまだ空の上……っていうか雲の上!?ギャ――!こわい!
でも寒くもないし、風も全く感じない。それなのに馬は走り続けてる。どうなってんだ?
沙織も不思議に思ったのかセーレを見上げた。
『今、音のスピードよりも速い速度でジェダイトは走ってる』
音の速度!!?マッハより速いってのかよ!?
それなのに風の音は聞こえないし、普通に話しはできるし。
『これは俺の能力の一部なんだけど、俺はジェダイトに乗っている時、その飛行の障害となるものを全てかき消す力があるんだ。走るのに風は邪魔だし、高い所にいればその気温も気圧も邪魔になる。つまり身体に負担がかかるものを全てかき消すことができる。今はこのくらいの速度だけど、風と気圧の抵抗がないから光の速さで走ることもできる』
なるほど。だからさっきの台風のような風も、耳が壊れるくらいの風の音も寒いほどの温度も何も感じない。
むしろ今感じているのは、本当に何もない空間のような感じだ。
風も吹かなく、気温もちょうどいい。その中に座っている感じ。しっかし本当に便利な能力だな。
『拓也、風が無くなったから俺をつかまなくても落ちることはないよ』
うん。今の話を聞いてるとそうなるね。
でも実際にそんなことが起こっても怖くて手なんか離せるわけがない。
もし落ちたら俺はその場で死ぬ。いや、落ちた途端にショック死する。
「怖いから無理」
セーレは目を丸くしたが、俺が本気でビビッているのがわかるとそれ以上は何も言わなかった。いいね。そういう空気の読める人大好きよ(笑)
俺はそのままセーレにしがみつきながら地上を見下ろした。
雲の上からの地上は、本当に飛行機から見た時とおんなじで、本当に空を飛んでいると言う実感がわいた。
『そろそろか……急降下するぞ』
セーレはジェダイトに急降下するように命じた。
それを俺は慌ててセーレを止めた。
セーレは訳がわからないらしくキョトンとして俺を見てきた。
「このまま降りたら一般人に見られちゃうだろ?そんなの絶対ダメだって」
「あぁそうか」
セーレはなるほどと言いながらジェダイトに話しかけた。
『じゃあ全速力で降りてくれジェダイト』
おいいいいいいいいいいいいい!?人の話聞いてた!?
沙織も不安そうにセーレを見上げる。
セーレは相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべた。
『心配いらない。俺の能力の1つ。ジェダイトに乗っている人間以外…つまり他人にはこの姿が見えることはない。』
いいとこ取りすぎるでしょ。風の抵抗がないから全くわからないが、ジェダイトはものすごい速度で急降下している。
多分、飛行機なんかよりもずっと速い。
どんどん建物が立体的に見えてきて、車まで肉眼で確認できるほどになった。
大丈夫なのかよ!!?
しかし俺が思ってたこととは全く違い、セーレは緑の多い山の方に向かっていた。
あそこに?街のほうじゃなくて…ていうかここどこ?
俺がきょろきょろあたりを見回した2〜3秒の内にもう木が目の前に迫っていた。
そしてジェダイトは森林の中に飛び込んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここどこだ?」
俺はしゃがんだジェダイトから降りて、辺りをきょろきょろと見回した。
崖の上にはガードレールが見えた。
ここ山道?
ストラスは俺の肩に乗ったまま首をかしげた。
『このような場所に一体何が?』
「さぁ」
俺は振り返り、セーレに尋ねた。
「なぁセーレ。ここどこなんだ?」
『ごめんな。俺も地球の地理はわかんなくてさ。ここの名前はわからないんだ』
セーレは困ったように首を振った。
あぁそっか。悪魔がそんな日本のどこかなんてわかるはずないよな。
ぶっちゃけ東京すら知らなさそうだもん。
「ここ埼玉だよ。埼玉の山道」
「さい……たま?」
ええええええええええぇぇぇええぇえぇえぇぇぇええ!!?
馬に乗ってたのってたったの2〜3分だったよな!?2〜3分で埼玉の、しかもこんな山の中に着いちゃうのかよ!?
『どうです?拓也。セーレの力は』
「なんかビックリしすぎてなにがなんだか……」
俺はあはは……と乾いた笑い声を出した。
すると沙織がまっすぐ森の中を歩きだした。
セーレも何も言わずにその後を付いていく。
俺はわからなかったけどとりあえず2人の後を付いて行った。
森の中を少し歩いたところ、そこには小さな石が積み重ねられていた。
「お父さん、お母さん」
沙織の両親の墓……なのか?にしては雑すぎねえか?
俺が首をかしげているとセーレが俺にこっそりと教えてくれた。
『お墓はちゃんと別の場所にあるよ。ただ沙織はこの場所で両親を失った』
「え?」
確かにあそこは孤児院だ。沙織も何らかの形で親を失ったのはわかる。
けど突然突きつけられた現実にやっぱり戸惑ってしまう。
セーレは石の目の前で手を合わせる沙織を悲しそうに見つめていた。
『沙織は数年前、家族でドライブに行ってたらしい。ここは車の通りも少ないし、ましてや事故なんて滅多に起こらないとこだったらしい。沙織達は普通に楽しく家に帰ろうとしてた。でも突然車が猛スピードで走ってきた。その車は対向車線の線も簡単に越えて沙織達の車に向かってきた。沙織の父親はその車を避けようとしたときに……この崖から落ちてしまったんだ。車はそのまま崖を転落した。沙織は母親に抱き締められてたから軽症ですんだけど、沙織の両親は……その場で即死だったそうだ。沙織はこのことを、場所を絶対に忘れないように、この場所に自分で墓を作った。俺はたまたま沙織がああやってる場に居合わせたってところだ。沙織が両親がいないって泣きながら話すから、俺もいないって言ったんだ。
まぁ嘘はついてないしな。そしたら沙織が太陽の家に行こうって……』
そんなことが……両親がいることが当たり前の生活だった。
でも今、目の前にこうやって両親をなくした子がいる。なんか、すっげー複雑だ。
沙織は手を合わせて、何かを一生懸命祈っていた。
すると沙織は手を放し、立ち上がった。
『沙織?』
「もう終わった。気持ちの整理もちゃんとつけれた」
沙織はセーレの手にサファイアのピアスを渡した。
「バイバイだねセーレ。あたしセーレに会えてよかった」
『俺も沙織に会えてよかった。この世界に召喚されてよかった』
セーレは優しく沙織を抱きしめた。
沙織は泣くのを必死にこらえながらセーレにしがみつくように抱きしめかえした。
「ドラマみてぇ」
『ドラマ?昨日拓也が見ていたあの不良共の話ですか?』
それってごくせんじゃねぇかよ。こんな純愛と一緒にすんなよ。
そんなんじゃねえよ馬鹿。俺はそのまま黙って2人を見ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その後、俺たちはジェダイトに乗って太陽の家まで帰りついた。
ものの10分の間に埼玉と東京を行き来したことにやはり俺は抵抗を隠せなかった。
「拓也、おかえり」
俺達が帰りつくと、光太郎はトランプを床に置いた。
どうやらトランプを見つけて遊んでたらしい。
セーレは俺の手に契約石であるサファイアのピアスを手渡した。
『新たな主よ。このセーレ、全身全霊をもって主の為に仕えることを誓う』
「相変わらず堅苦しいよねセーレは」
ヴォラクはあくびをしながら近寄って来た。
沙織はやはり寂しいのか……顔を伏せていた。
「拓也、大丈夫だったの?」
「まぁね」
澪も心配そうに俺に話しかける。俺は軽くうなずきながら契約石を握り締めた。
「もういなくなっちゃうんだね」
『ごめんな沙織』
セーレは申し訳なさそうに沙織に頭を下げた。
「もう……会えないんだね」
『……うん』
ん?もう会えない?何言ってんだ?
「セーレ、俺の家はここから電車で2駅隣のとこだぞ?来ようと思えばいつでも来れるぜ。金さえあれば」
『え?』
沙織とセーレは驚きを隠せない顔をしていた。
「お前はこれから俺ん家の近くのマンションに住むけど、そっからここまで電車で行けば大体15〜20分くらいしかかかんねえよ」
『じゃあ2度と会えなくなるわけじゃなくって……』
「悪魔の事件が起こってなくて暇な時なら別にいつでもここに来ていいぞ」
そう言えば俺の住所まだ言ってなかったな。
セーレは今までのもめ事は何だったんだと言うように乾いた声を出した。
『あはは……そう。そんなに近く……はぁ……』
「あんたねぇ!」
沙織はまた俺に掴みかかってきた。やめてよ!澪の前なのに!
澪は案の定、驚いてる。
「紛らわしいのよ!!!」
その後、また軽く一揉め起こったけど無事セーレとは契約できた。
これからはまず自分の紹介をしよう。
そう心に誓いながら殴られた頬を俺はむなしく撫でた。
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