目を閉じて真っ暗な世界にすれば、目の前には俺と同じ名前を持つ女。
生まれた時から家族で、脳内で毎回バトりながらもお互い愛しくて大切な存在だった。
そいつは怒ってる、今までにないくらい。
『シトリー、あんたって本当に馬鹿!あんたいつからそんなドMになっちゃった訳?』
きっとそれは素直じゃないもう1人の俺からの励まし。
129 いつだって君がいた
「来る時間間違えたかなぁ」
愚図るシトリーを引っ張ってマンションに戻って、次の日に澪と合流して再び俺達はデンマークのロスキレに向かった。
時間はまだ朝の4時だったけど、広場にはちらほらと人がいた。
澪は落ち着かないのか、ヴアルの手を握ってキョロキョロと辺りを見渡している。
パイモンからも頼むって言われちゃってプレッシャーかかってんのかも。俺はそんな澪に声をかけた。
「澪、平気か?」
「あ、うん。ちょっと緊張しちゃって……あたしなんかが役に立つのかなって」
「深く考えんなって」
俺は笑って澪を励ますと、澪も少しだけ笑い返してくれた。
パイモン達はシトリーが持っているダイヤの欠片が埋め込まれた指輪の反応を追っている。
あれでグレモリーを見つけるんだそうだ。
でも今の時間は朝の4時。俺達は昼前に出たのに時差の関係でこの時間だ。
流石にこんな時間に人が居んのか?と思ったけど、やっぱ1日中夕方のせいで感覚がなくなってくるんだろうな。
「反応がすんな……」
シトリーが指輪を握りしめて呟いた。
それに俺達は反応して辺りを慌てて見回す。
するとゆっくりと何かに包まれる感覚が体中を走った。
「これっ……」
『来ましたね』
ストラスが俺の肩で気を張ったのが分かる。澪もヴアルの手を握る力が強くなる。
全ての時間が止まってしまったような空間の中に俺達は閉じ込められた。
そしてゆっくりとグレモリーが歩いてくる。
「……綺麗な人」
澪がうっとりしたように呟く。
俺と光太郎も赤くなった頬を隠すためにお互いにビンタした。
『また来たのね』
氷のように冷たい声が空間を支配する。
そしてその指にはダイヤの指輪。
「あれって」
俺が指さした先を見て、パイモンとセーレが顔を顰めた。
だって契約石を身につけてるってことは契約者が……言いたくない単語を引っ込めて、俺はグレモリーが喋るのを待った。
グレモリーは指輪を見て小さい声で話しだした。
『この指輪を身につけてた子はね……愛によって心を壊され、愛によって殺された。復讐と独占欲、嫉妬に心を奪われて、最後は共に死ぬ事を選んだ』
悲しそうな顔で指輪を見つめながら話すグレモリーに少しだけ心が締め付けられる。
グレモリーは指輪から視線をシトリーに移し、睨みつける。
『愛など所詮は紛い物。そんな紛い物に私は堕ちはしない。お前が私を愛すと言うのなら……その愛を語るお前全てを私は否定する』
「グレモリー……」
固まってしまったシトリーを筆頭に嫌な空気が漂う。
グレモリーの指先が光っていく。まさか魔法を使おうとしてんのか?
それが固まってる一般人に当たったらどうするんだ?死んじまうのか?何としても止めなきゃ!!
「やめてよ!」
俺が止めようとグレモリーに手を伸ばそうとした瞬間、大きな声によって遮られた。
グレモリーもその声の主を凝視している。
「澪……」
「酷いよこんなの……どうして話を聞いてあげないの?」
『私は……』
パイモンの言った通りだ。澪の言葉にグレモリーは明らかに動揺している。
そんなグレモリーにヴアルと澪はゆっくり近づいた。
「誰が悪いなんてきっとないよ。誰かのせいにしたら駄目だよ」
澪はシトリーの過去を知ってるんだろうか?シトリーがグレモリーに恋をしてるっつーのは前に俺が教えた事あったけど。
「光太郎、お前喋ったのか?」
「俺は何も……多分ヴアルちゃんじゃね?」
あぁそっか、何だかどんどん広がっていっててシトリーには少し悪いことしたかな?
俺達がヒソヒソと話している時、グレモリーが澪に問いかけた。
『貴方はなぜ男を庇うの?男なんて自分勝手で嫉妬深くて……それなのに』
「そんな事ないよ。優しい人いっぱいいるよ。全部がそうだって決めつけちゃ駄目だよ」
グレモリーは否定するように首を横に振るけど、さっきまでの刺々しさはなくなってる。
『違う、わかってないの。貴方が庇う物は何もないわ。いつだってそう、悲しむのは女ばかり。私の契約者もそのせいで命を落とした』
澪は少し黙って俺に振り返った。
「ねぇ拓也、少しだけこの人と話しちゃ駄目?ヴアルちゃんと3人で」
「でも……」
「わかった。しかし危険が迫ったら叫べ。待機しておく」
パイモンは勝手にそう決めて、俺と光太郎の腕を引っ張っていく。
引きずられながら精いっぱいの抵抗をする俺にストラスがフォローした。
「ちょ、危ないって!澪だけじゃ!」
『拓也、心配いりません。グレモリー様は女性に危害は加えません。澪に賭けてみましょう』
シトリーもセーレとヴォラクに連れていかれて、本当に澪とヴアルとグレモリーだけになる。
「相っ変わらずあんたって肝心な時にチキンねー」
女の人の声が聞こえると思ったら、いつのまにかシトリーが女になっていた。
女のシトリーはシトリーに文句を言うように愚痴を言い続ける。
「チキン、のろま。かっこわるい。あんたはあたしなんだからイメージ崩さないでよ」
「シトリー、その言い方は」
「セーレは黙ってて。あんたさぁ、ボコボコに言われるためにわざわざここに来たわけぇ?あんたそんなにMな訳?気持ち悪いからやめてくんない」
多分女のシトリーには内側のシトリーの声が聞こえてるんだろうか。
シトリーは時々不快そうな顔をしながら愚痴を呟いている。
「違うでしょ。あんた清算しに来たんでしょ?だったらうだうだやってないで、きっぱりやって砕けてきなさいよ」
「シトリー」
「グレモリーに振られたからって何?あんた1人にでもなるの?グレモリーしか大切な人いないの?違うでしょ?あんた大切な子いるでしょ?少なくともあたしはいるわよ」
多分その言葉はシトリーにとってすっげー重たい言葉になったんじゃないかな、それと同時に一番励まされる言葉になったんじゃないのかな。
だって生まれた時からずっと一緒にいた、いわば兄弟のような奴からの激励コメントだ。少し手厳しかったけど、きっとシトリーは嬉しかったはず。
セーレも悪口を言いながらも励ます女のシトリーに何も言う事はなかった。
―澪side―――――
静まり返った世界の中であたしとヴアルちゃん、そしてグレモリーさんだけが動いてる。
グレモリーさんは広場のベンチに腰掛けてあたし達にも腰かけるように促す。
あたしとヴアルちゃんは言われるがまま腰かけた。
すっごく綺麗な人。神秘的で美人で知的そうで、こんな綺麗な人テレビでも見た事がない。
少し儚そうな華奢な体は守ってあげたくなる庇護欲に駆られてしまう。シトリーさんはこんな綺麗な人と付き合ってたんだ……
思わず見惚れてしまって質問をするのを忘れてしまったあたしをヴアルちゃんがつついた。
「澪ー呆けてる場合じゃないわよー」
「あ、そうだよね。ごめん。すっごい綺麗な人だから」
グレモリーさんはあたしとヴアルちゃんの小話をフッと笑ってほほ笑んでいる。
笑うと更に美人だ。本当に綺麗な人……
思わず顔が赤くなってしまったあたしは慌ててグレモリーさんから視線を反らした。
「あ、あの!何で貴方はそんなに……!」
思い切って話を切り出したのはいいものの、なんて質問していいかわからない。
しどろもどろになってしまったあたしをグレモリーさんはわかったのか、答えてくれた。
『なぜ、シトリーを憎むのか……そう聞きたいの?』
「それもあるけど……男の人全てが嫌いって」
あたしの質問に少し悲しそうに笑うグレモリーさん。
その表情を見て、胸を締め付けられたのはあたしだけじゃないはずだよね。
『どこから話したらいいのかしらね』
「えっと……全部?」
グレモリーさんは笑いながら「欲張りね」と言いながらも教えてくれた。
『ずっと前から男と言う生き物は好きではなかったわ。私が悪魔として生を受けた時から、私の能力は全ての雄と言う生物を魅了する力だったから。男達はその力にきっと魅入られて私の元に集ってくる。私を心から愛している者はいないと思ってた』
「……」
『称賛、贈り物……全て苦痛でしかなかった。それは全部彼らの自己満足であり、私が望むものではなかったから。でも別に良かったのよ。悪魔で1人を望む者は沢山いる。寂しい事ではなかったし、部下だったけれど私を友として尽くしてくれる女性もいた』
贅沢な悩みなのかもしれない。
あたしなんてそんな事あったこともないし、誕生日でもないのに男子からプレゼントを貰ったこともない。ちなみに誕生日のプレゼントも拓也からしか貰った事ないけど。
もてて羨ましい。そう思うのに、それが苦痛って感じてる。
でもそうなのかな。自分の力がそんな力だったら少しずつ疑う気持ちが出ちゃうのかもしれない。
それがずっと積み重なって大きなものになっちゃったのかもしれない。
あたしは相槌を打つこともせず、ただ真剣にグレモリーさんの話を聞いた。
『いつぐらいかしら。ずっとずっと前なのかも忘れたけど、毎日私に会いに来る男がいた。来るなと言ってもしつこく毎日来るし、贈り物も他の悪魔は宝石などを持ってきていたのに、その男は花や食べ物、質素なものが多かったわ。それが逆に少し記憶に残ってたのだけど』
それがシトリーさんなんだろうか>でもシトリーさんなら宝石とか持ってきそうな気もするんだけど。
『でもその男がくれる物は私にとっては珍しい物だった。食べた事のない物や、見た事のない花、見慣れてしまった宝石よりも新鮮で……いつしか私はその男が来るのを心待ちにしていたわ』
やっぱりシトリーさんの事だ。
グレモリーさんの表情は思いだしているのか、少し嬉しそう。
やっぱり今でも好きなのかな……シトリーさんの事。
『いつからかその男と共に過ごす時間が増えて、その男の手が愛しく感じるようになってきた。その男は他の男と違って私を崇める様なことはしない。対等でありながら私を引っ張ってくれる存在だった。この男と出会うために私は今まで過ごしてきたんだ。そう感じていた』
二人の幸せそうな生活がなんでこんなにこじれてしまったんだろう。
堪らなくなってあたしはグレモリーさんに問い詰めてしまった。
「じゃあなんで、なんでこんな事になったんですか?なんでまた全てを嫌いになっちゃうんですか?お話は聞いてます。ずっとお城に閉じ込められてたって……でもシトリーさんは見捨てたわけじゃないんです!ただ、貴方に危険な目に遭ってほしくなくてっ!」
感情移入してしまったあたしは涙声になりながらも声を振り絞った。
ヴアルちゃんが背中を撫でてくれる中、グレモリーさんは笑った。
悲しそうで辛そうで苦しそうで、そんな色んな感情が入り混じったように笑った。
『愛はね、全てを壊すのよ』
「こわ、す?」
『愛してもらうためならば身を投げ打ってもいい、愛している者が他の者に笑いかけていれば激しい嫉妬が体中に駆け巡る。気持ちが少し入れ違いになっただけでも心は壊れそうなくらいの絶望を味わう。愛はとても恐ろしい物』
「……」
『少しの満足と幸福の為に、その倍以上の苦しくて辛い思いを味わわなければならない。こんな感情知らなかったら幸せでいられたのに……!』
気持ちを露にしたグレモリーさんになんて言っていいかわからない。
グレモリーさんは涙を流しながら感情を露にする。
『皆そう!ルシファーもシトリーも私を愛していると言う悪魔たちも、何も分からないくせに、何もわかろうともしないくせに!自分の愛だけを押しつけて満足して、私を物のように扱う!』
「そんな事っ……」
『愛している時はまるで人形のように私を着飾り愛でる癖に、飽きたら愛でることもなくなり放っておかれる。好奇の目に晒され続けながら愛でられるのなんてもう沢山よ!私は飾り物の人形などじゃない!だけど愛に狂った男達は理解を示してくれない!』
自分の思いを全て吐露したのか、グレモリーさんは涙を流す。
どうすればいいんだろう。なんて励ませばいい?なんて言えばいい?でもわかったのは……グレモリーさんがすごく辛い目に遭っている事。
堪らなくなってあたしはグレモリーさんを抱きしめた。
わからないけど、言葉じゃ何も出てこないから。
「愛ってすごく綺麗なものだと思う」
ずっと黙ってたヴアルちゃんがポツリと呟いた。
「誰かの1番になるのってすごいと思う。それが家族愛でも友情にしても何にせよ、それだけで存在理由が出てくると思うから」
『ヴアル?』
「自分の好きな人が、自分の事を1番って思ってくれたら嬉しい。死んでもいいって思えるくらい嬉しい。グレモリーは違った?シトリーと一緒に居た時、幸せだったんじゃないの?」
『……幸せは急に終わりが来る物よ。その時の絶望は計り知れない』
グレモリーさんは指輪を見つめた。
『私の契約者は心から愛している相手に暴力を振られていた。姉に助けを求めたけれど、姉はその男の事を愛していたから私の契約者を救ってくれなかった。最後は壊れてしまったわ……男を殺して自分の物にして自殺して、姉が孤独になればいいと……愛は全てを壊すわ。人間が作った不完全なこの言葉のせいで、あの子は全てを失ったの』
どうすればグレモリーさんの心は開いてくれる?
傷は見せてくれた。でも消毒はさせてくれない。
「グレモリー様、シトリーと話し合うべきだよ」
『ヴアル?』
「少なくともシトリーはグレモリー様の事を今でも愛してる。自分の事を愛してくれなくてもいい、だけどいつかはグレモリー様の事を守ってくれる大切な人が出来てほしいと思ってる。きっとシトリーにとって今回が最後のチャンスだから……話し合って」
グレモリーさんは悩んでいる。
『顔も見たくない。私に再び愛を教え込もうとするあの男と』
「グレモリー様の一番幸せだった時期はシトリーと一緒に居た時でしょ」
『!』
「その時点で……答えは見えてるじゃない」
グレモリーさんは固まって声を出さない。
思い出してしまったのか、瞳が悲しそうに揺れる。
あたしはグレモリーさんの肩にうずめていた顔をそっと上げた。
「あたし、まだ恋愛とかしたことないけど恋した人は綺麗になるって聞くよ。苦しい事も楽しい事もあるけど、きっと幸せなんだよ」
ヴアルちゃんがあたしの手を引いて立ち上がる。
「ヴアルちゃん」
「後は本人同士だよ。行こう」
ヴアルちゃんに引っ張られてグレモリーさんと離されてしまう。
そんなあたしにグレモリーさんは声をかけた。
『待って!そう言えば名前を聞いてなかったわね』
「松本澪です」
『み、お……』
グレモリーさんの目が見開かれた。
あたしの名前そんなに変なのかな?なんでそんなに驚くんだろう。
そんな事を考えていると、あたしはグレモリーさんの腕に包まれた。
「グレモリーさん?」
『貴方、貴方だったのね……あの子が必死で守ろうとした子は』
何の事を言ってるんだろう。でもグレモリーさんの声は切なそうで、よくわからないのにあたしまで悲しくなってくる。
『澪、継承者の話は聞いているの。恐らく貴方にも悪魔の手は伸びてくるわ。でも大丈夫、全てを敵に回しても貴方を守ってくれる子がきっと現れる』
「どういう、事ですか……?」
『わかる日は来ないかもしれない。でもこれだけは覚えていて。貴方に全てを捧げてくれる子がいるわ。きっと』
よくわからない。グレモリーさんはあたしを誰かと勘違いしてるんじゃないのかな。
あの子が守っていたのはあたしじゃない。
でもこの状況で否定するのも気が引ける。あたしは何も言わないでただグレモリーさんを抱きしめ返していた。
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