目の前に出てきた人は綺麗な女の人。
俺達よりもガタイは良かったけど(デンマークの人ってガタイいいんだなぁ…)、でも女の子らしい可愛らしい顔つきだった。
この人がナターリエさんのお姉さんのクリスティーネさんなんだろうか?
127 無い物ねだり
出てきた人は俺達を見て怪訝そうな表情を浮かべる。
そりゃそうだろう。見ず知らずの、しかも東洋人が家を訪ねてくるなんて思わないはずだ。
「Noget?(何か?)」
女の人の声に反応して、俺と光太郎はセーレの後ろにサッと隠れる。
なんだか声は不機嫌そうだ。
「Du er definitivt på Christines?(貴方はクリスティーネさんで間違いないですね?)」
「Ja.(そうだけど)」
パイモンが俺達に振り返って頷く。
どうやらこの人がナターリエさんのお姉さんらしい。
クリスティーネさんは玄関に少し凭れかかりながら、俺達に質問した。
「Hvad vil du? Jeg genkender dig, men ikke for os.(何か用なの?私は貴方達に見覚えがないのだけど)」
「Looking for din søster. Kender du opholdssteder?(貴方の妹を探しているのですが、居場所をご存じで?)」
パイモンの質問にクリスティーネさんの表情が変わる。
「Her, fordi min søster ikke var i København.(妹ならコペンハーゲンにいるからここにはいないわ)」
クリスティーネさんはそう吐き捨てるように返事をしてドアを閉めてしまった。
残された俺達に嫌な空気が漂う。
「パイモン」
「……何か隠してますね。妹の話題を出した瞬間、表情と声色が変わりました」
じゃあクリスティーネさんはナターリエさんの居場所を知ってるのか?
でも固く締められたドアは再び開かれることはなさそうだ。
ため息をついたパイモンが俺達に提案した。
「仕方がありません。また第三者から情報を集めましょう」
「そうだな」
俺達がクリスティーネさんのアパートから立ち去ろうと足を動かしだしたけど、シトリーだけが動かさない。
「シトリー?」
「……近い」
近い?何が?
思わず頭に?を浮かべた俺の横を光太郎が横切った。
「シトリー、それって」
「あぁ。指輪が反応してやがる。この近くにグレモリーがいるみたいだな」
シトリーが手に持っていたのはダイヤなのかな?すっげーキラキラ光った宝石がついた指輪だった。でもあれ何だ?
ストラスは何か感づいたのか、驚いたような声を上げる。
『シトリーそれは……』
「あぁ。これはグレモリーの契約石の欠片だ。どうやら主人の元に戻りたいらしいな。グレモリーのエネルギーに反応してやがる」
えぇえ!?契約石の欠片って!
『しかしそれではあちらにも……』
「俺が感じ取れてんのならグレモリーもこの契約石を感じ取ってんだろうな。向こうから仕掛けてくっかもしんねぇな」
シトリーは指輪をポケットにしまう。
「やっぱこのアパートに居るんじゃねぇか?」
「でも入れてくれないし」
「そうだけどよ」
実際そうだとしたら力づくでも入りたいけど、そう言う訳にはいかないしな。
とりあえず、このアパートは絶対に怪しいという事を結論付けて、俺達はアパートを一度離れた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『これは……契約石の』
「グレモリー?」
グレモリーの表情に緊張が走る。
何が起こったか分からない私にはただグレモリーの顔色を伺うしかできない。
グレモリーは何かを考え込んだような素振りを見せ、顔を上げ私に向き直った。
その表情はどこか焦りが見える。
『Natarie. Du leder efter, er dem?(ナターリエ。貴方自分を探してる人間を私に探してほしいって言ってたわね?)』
「Ja.(え?うん)」
『Lad mig finde.(私が探してあげるわ)』
思ってもいない展開に自分の表情が華やいでいくのが分かる。
そんな私の頬を優しく撫でて、グレモリーは美しい笑みを浮かべて姿を消した。
だけどどうしてグレモリーは急に私のお願いを聞いてくれる気になったんだろう。
契約石って呟いてたけど、これがどうかしたのかな?
グレモリーと2人っきりの時にだけ身につけているダイヤモンドの指輪。宝石の中でも格別に有名で格別に美しい。
ブリリアンスカットが施されたそれは私の指で美しく光を反射している。
こんな物を貰えるなんて思ってなかったから驚いてしまった。かなり大きいダイヤだけど何カラットくらいあるんだろう?
ダイヤモンドの指輪……契約石もグレモリーにピッタリな気がした。
華やかで美しい。永遠の愛を誓い合う代名詞の宝石。
ただ、グレモリーは愛を嫌っている。そこだけがダイヤモンドの意味と違うけれど。
グレモリーがいなくなった部屋は私1人になり、静かになった。
今の時間は何時かな?確か12時前くらいかな?白夜に包まれた今の時期、時間の感覚がなくなってしまう。
そしてこの部屋に時計がないことから、その間隔はますます私から遠ざかっていく。
ギイ……と扉が開く音が聞こえて、今の時刻を把握した。12時ちょうどに姉さんがお昼ご飯を持ってくるから。
私は指輪をポッケにそっとしまい、いつもの通りベッドに横になった。
姉さんはいつものように一言も言葉を発さず、ご飯を机の上に置く。
いつもならそのまま出ていくのに、今日に限って姉さんは出て行かない。
「Cool?(姉さん?)」
「De ting du kan lide Hans?(あんたはハンスの事が好きなの?)」
突然の問いかけに一瞬、息が詰まったのを感じた。姉さんはどうしてそんな事を言うのだろう。
なんて答えればいい?姉さんがハンスに好意を抱いているのは知ってる。
そしてハンスも姉さんには優しい。きっとハンスも姉さんの事を愛してる。
なら私は邪魔なんじゃないか。
ネガティブな事を考え続けて出た答えは偽りの言葉だった。
「Hade. Jeg vil han dø Nante.(嫌い。あんな奴大嫌い)」
姉さんの目が大きく見開かれる。
その表情に少しだけ気をよくした私は言葉を並べ続けた。
「Life skruet på grund af ham. Løbe hurtigt. (あいつのせいで人生が滅茶苦茶なんだよ)Men jeg kan lide min søster.(早くここから逃げ出して自由になりたい。でも姉さんの事は大好きだよ、家族だから)」
これでいいはずだ。
あたしは今まで何も言い返さなかったし、抵抗もしなかった。でも逃げたいと口にしたら、きっと姉さんは逃がしてくれる。
そうしたら消えよう。二度と2人の前には現れないでおこう。
この世界で最も憎くて最も愛しい2人には二度と会わない。
心にそう決めて、私は姉さんにさっきの言葉を放った。でも姉さんは私を睨みつけ、顔を歪めた。
「Stop lyver!Ligesom en vane!!(嘘!好きなくせに!!)」
その言葉に今度は私が目を丸くする番だった。姉さんは私の嘘なんてとっくに見破っていたのだ。
私が横になっているベッドに近づいて姉さんは声を荒げる。
「Ligesom en vane!Ligesom en vane!!(好きなくせに!好きなくせに!!)」
「Jeg kan ikke lide. COOL ting er, at jeg elsker!(好きじゃない!姉さんの事は好きだけど、あんな奴大嫌い!)」
でも姉さんは悲痛な声で泣き叫ぶ。
「Hvad er du, så hvorfor ikke køre? Fra jeg ikke hader ham?(じゃあ何で逃げないの?彼を心から憎んでないからでしょう?)
核心を言い当てられて言い訳ができなくなる。
そんな私を見て、姉さんはますます涙を流す。
「Din søster er en grusom verden. Det er derfor en meget brutal slags.(あんたは世界一残酷な妹よ。優しいゆえに平気で残酷な嘘をつく)」
「Jeg……(私は……)」
ただ姉さんの事も大好きだしハンスの事も大好きなのに……なんで伝わらないのかな。
姉さんは「認めないと責められない」とか、「嘘つき」と繰り返し嘆いている。
そんな姉さんの姿を見て、心が抉られるように痛い。
心に形があるのなら、きっともう私の心には沢山のひびが入ってる。少しつつけば割れてしまいそうなほどの……
そしてその瞬間はあっさりと訪れた。
「Jeg hader dig.(私はあんたが嫌いよ) Jeg hader dig al den kærlighed, der er gået Hans!(ハンスの愛を全て持って行ってしまうあんたなんか大嫌い!)」
何かが壊れたような音が響いた。
姉さんはそのままわんわん泣き続け、私は何も言い返す事が出来なかった。
泣きたいのは私の方なのに……だってそうじゃない?私は被害者だよ?ここに閉じ込められて暴力を振るわれて……なんで私が追い詰めたみたいな言い方するの?
涙が頬を伝って零れていく。でも声帯は潰されたように声が出なくて、ただ涙が零れていくだけ。そして湧き上がってくるのは憎しみ。
酷いよ姉さん、いっつもそうやって私をのけ者にして。自分はいつもハンスに光を貰ってたくせに、私の苦しい部分なんて知らないくせに。
それなのに私の事を憎んでるなんて!
姉さんは泣きながら私の部屋を出ていく。
部屋じゃない。きっと頭を冷やすためにアパートから出て行くんだ。
それにハンスは今日の授業は午前までだ。今からここに来るだろう。
今からハンスはここに来る。
「Hvis du har en god en. COOL……(酷い。姉さん……)」
姉さんが私の事を憎んでるなら、私も姉さんの事嫌いになってもいいよね?じゃあハンスは私が独占してもいいよね?
私達がいなくなった世界で姉さんなんて永遠に孤独になってしまえ。
壊れた心が復讐に走りだした私を見て、ケタケタ笑う。
本当にグレモリーの言ったとおりだった。私の大切な物はとっくの昔に全て壊れてたんだ。
でももうどうでもいいよ。今から私は永遠の幸せを手に入れるから。
ハンスと2人っきりの幸せを……
ハンスも復讐したら許してあげる。貴方のせいで辛い思いをしたんだから。
可哀そうなハンス。私達2人から愛されさえしなければ幸せな人生を歩めたのに。
今から訪れるであろう至福の瞬間を、私は目を細めて待っていた。
―拓也side―――――
「やっぱさぁーあのマンションだよなー」
光太郎がぽつりと呟いたのを聞いて、俺も同意見だと頷く。
またいろんな人に聞きこみをしてるけど、情報は手に入らない。
シトリーも契約石の反応が消えてしまったと言ってたし。となるとやっぱあのアパートが怪しいんだよな。
「じゃあお姉さんもグルになってたってことか?」
「さぁ、でも怪しいんじゃね?」
光太郎もさっきの少し動揺した様子が頭から離れないんだろう。
光太郎はいつも以上に必死な気がする。いや、いつもやる気がないわけじゃないんだけどさ。今回はいつもより気合入ってるって言うか……
「光太郎さぁ、今回やけに張り切ってんな」
その言葉に光太郎は目を丸くした。あれ?自覚なかったのか?
「……さっさと決着付けてほしいのかもな」
「え?」
決着?何の?あ、シトリーのか。
光太郎は苦虫を噛み潰したような、少し悔しそうな表情を浮かべた。
「俺はグレモリーって奴が気にくわねぇ。だってあいつをずっと苦しめてきた奴なんだろ?女だろうとぶん殴ってやりたいよ」
「光太郎……」
光太郎はシトリーの過去を考えるとやるせないんだろう。握りこぶしを作った。
「シトリーは自分が悪いっつってたけど、グレモリーがシトリーを怒るのは間違いだろ?逆の立場だったら自分は行けたのか?俺はそう聞きたいよ」
「でもシトリーがいいっつってんだからいんじゃね?」
「そんなんじゃなくてだな!」
「だって俺達がどう言ったって当人同士の問題じゃん。俺達がとやかく言うのはあれじゃね?」
俺の言葉に光太郎は「そうだけどさ……」と小さい声でポツリと呟いた。
『Fundet.(見つけた)』
「え?」
頭の中で誰かの声が聞こえて、光太郎に向けていた顔を違う方向に動かす。
でも何も変わった様子はない。あれ?聞き間違いか?
「拓也?」
「あ、いや、何でもない」
俺はそう答えた瞬間、思わず固まった。
「何だよこれ……」
「はぁ?って、え?」
俺の言葉に光太郎も視線を俺と同じ方向に向ける。
俺たち以外の人間が完全に固まったように動かないのだ。
走り回ってた子供も無茶苦茶な体勢で止まったままだし、歩いていた人もその状態で固まったように動かない。
俺たち以外の全ての人が止まってしまった。
「な、な、な?なぁ――――――!?」
「主!」
パイモン達がこっちに走ってくる。
「パイモン!これどういう事!?」
「結界ですね。恐らく悪魔と契約者以外の人間がこの結界の中に入ると動きが止まってしまうのでしょう」
「じゃあこれ外から見たらどうなんだよ!」
「結界の中です。外から中の様子は恐らく確認できません。しかし向こうから仕掛けてきたようですね」
仕掛けてきたってまさか……
ハッとしてシトリーに目をやると、いつになく真剣な表情をしている。
セーレもストラスもパイモンも、俺も光太郎も緊張してる。
ピリピリした空気が俺達を包み込んだ。そして全ての動きが止まってしまった空間の中、歩いている人がいる。
まさかあの人が?
俺達の目の前に歩いてきたのは本当に絶世の美女と言うに相応しい女の人だった。
髪の毛は肩につくくらいのボブで、頭には豪華な冠。
この広場に場違いな細身のドレスに身を包んだこの人は明らかに一般の人じゃない。
思わず見惚れてしまった俺と光太郎は慌てて頭を振った。
「グレモリー……」
シトリーの言葉に予想が確信に変わった。
この人がグレモリー……シトリーがずっとずっと想ってきた人。
パイモンとセーレ、ストラスがその場にひざまずく。
「お久しぶりです。女帝グレモリー様」
しかしグレモリーはその透き通った青い目を細めて、俺達に視線を送る。
そして俺に視線を移した。
あまりにも綺麗な人がまっすぐ俺を見てくるもんだから、思わず目を反らしてしまう。
『私の居場所を随分と嗅ぎまわっているわよね。何の用なのかしら?汚らわしい継承者』
「け、汚らわしいって……失礼だな!」
俺の反論にグレモリーはフンと鼻を鳴らした。
『さっさとこの場から去りなさい。貴方のような醜い人間など視界に入れたくもないわ』
「なぁ!!」
なんて酷い事を平然と!俺ら初対面だよね!?他の悪魔にもこんな酷い事言われた事ないんですけど!!
「グレモリー」
シトリーが前に出てグレモリーと対面する。グレモリーの表情が変わっていく。
その目は更に冷たいものになり、全てを凍らせるような鋭い視線がシトリーに向けられた。
『私は過去に言ったはずよ。二度と私の前に現れるな、と』
「あぁ、だから最初で最後だ。俺はお前に謝りに来たんだ」
『性懲りもなく……貴方がいくら頭を下げた所で過去は戻らない。私が貴方を許すことは絶対にない』
「……それでもいいさ。ただ俺はちゃんとした謝罪をさせてほしいだけだ」
シトリー達の間に入る事が出来ない。
俺達は黙って行方を見守る事にした。
「グレモリー、俺はあの時の事を1日たりとも忘れたこともないし、後悔しなかった事もない。俺のせいでついた傷なら、俺が何とかしてそれを治したい。またいつか……誰かを好きになってもいいように」
『要らないわ何も。ルシファーといい貴方といい、どうして私を放っておいてくれないの?どうして1人にしてくれないの?』
「……」
『誰とも関わりたくないの。その平穏を乱してまで貴方が私に伝える物など何もない。わかったならばさっさと消えなさい。貴方の顔など見たくない』
何も言い返せないシトリーを見て、グレモリーは踵を切らして帰っていく。
でもシトリーは顔を上げ、大声を上げた。
「あるに決まってんだろ!俺は今でもお前が一番大事だ!世界で1番だ!!そんなお前が苦しんでんのを黙って見てるわけねぇだろ!!」
グレモリーは進めていた足を止め、絞り出すように呟いた。
『その言葉を……あの200年間の間に1度も聞かせてくれなかった。貴方の言い分は全て嘘偽りよ』
思わず「ひど……」と呟いてしまった。
だってそんなバッサリ切り捨てることないだろ。シトリーがどれだけグレモリーの事を想ってたのか分からないのか!?
この言葉に光太郎も怒りを隠しきれなかったのか、声を荒げた。
「黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって……てめぇは自分で何かしようとしたのかよ!」
光太郎はそのままグレモリーに近づいていく。
「自分は何もせず黙って助けを待ってたくせに……いい身分だな!助ける事が出来なかったからって全てをシトリーのせいにする気か?ふざけんじゃねぇ!!」
『……』
「何のアクションも起こさないでただのうのうと助けだけを待つ。それが出来なかったら責め立てる。傲慢な奴だな!てめぇは他人を批判できるほどの何かをしたのかよ!?」
『……ほざいてなさい。外野が口を挟む事ではないわ』
グレモリーはそう言い返して姿を消した。
グレモリーがいなくなったことで結界が解除されたのか、固まっていた人たちが動き出した。
でも俺達は何だか気分が悪いままだ。
「主」
「何?」
「澪に連絡を入れてもらえますか?グレモリー様は女性には心を許しています。澪にならば少しは対応もまともになるでしょう」
まぁグレモリーって人は怖いけど危険な感じじゃないよな。
きっと澪もシトリーの事を応援してるはずだ。来てくれる。
俺は頷いて澪のケータイに連絡を入れた。
「ちっくしょ……馬鹿光太郎。てめーのせいだぞ」
「お前は黙ってて良かったのかよ。全否定されたんだぞ?」
「……マジきついわ」
シトリーは光太郎の肩に頭を乗っけた。
肩が小刻みに震えてたのを見て、胸が締め付けられた。
「帰ったら残念会しような」
「てめぇマジ殺す」
光太郎は溜め息をついてシトリーに帰ろうと促す。
でもシトリーは首を縦に振らない。まぁ縦に振られても困るんだけど。
澪と連絡が取れた俺はセーレに話しかけた。
「澪、今日用事あるから明日しか無理だって」
「そうですか。明日は確か土曜でしたね……なら私達も一度戻りましょう」
「あーどうなんのかな?」
『そうですねぇ』
でも事態は急展開を迎える。
そんな事は露も知らず、俺達は光のささない曇り空を見上げた。
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